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安土城摠見寺 信長公毎歳忌

 

blog2017-06-02-11.06.jpg去る6月2日は、かの織田信長公の忌日。今年も、安土城址にある信長公の菩提寺・摠見寺にて毎歳忌が営まれました。

私は近隣寺院でもあり、普段から摠見寺の和尚さんには、自坊の法務に御加担いただいていることもあり、毎年、何らかの役配に割り当てられているのですが、今年は副司寮(ふうすりょう)。ごく簡単に言うと、ご参集いただいた和尚さん達がお持ちになる香資(お香料)を受付でお預かりして、後に御礼や領収書をお渡しする係です。

そんなわけで、法要には参列しないので、こんな法要中の写真が撮れるわけなのですが……。

さて、下の写真、これは何でしょう。摠見寺の玄関口にあるものなのですが。

blog_2017-06-02-11.12.jpgそうです、火鉢です。ある友人はこの写真を見たとき、法要で使う香炉か?と言いましたが、さもありなん。安土城の金瓦がその雰囲気を醸し出しているからかもしれません。が、火鉢であることにかわりはありません。

私は見つけたことはありませんが、私たちの親の年頃の人たちに言わせると、子供の頃、安土山を散策していると、こういう金瓦が落ちていたそうです。400年前に焼け落ちた安土城の瓦。なんとも感慨深い物がありませんか?

最後にお知らせです。

blog_2017-06-02-11.10.18.jpgここ、安土城址では、摠見寺の安土山保勝会主催で、数年前から秋に「薪能と筑前琵琶の調べ」を開催されています。今年も10月1日の夜に開催されます。予約が必要です。詳しくは2017-薪能.pdfをご覧下さい。

 

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藤の寺(正法寺)

 

blog_MG_2888.jpg滋賀県日野町鎌掛にある正法寺(臨済宗妙心寺派)は、知る人ぞ知る藤の寺として有名です。訪れたのはゴールデンウイーク最終日の夕方。まさに閉門近き頃でした。檀家らしき方々が保存維持費用として200円を徴収されていましたが、おそらく、私が最後の訪問者であっただろうと思います。

blog_MG_2883.jpg夕陽がまだ高かったので、ゆっくりと藤を楽しむことができましたが、じつはまだ5分咲きぐらいでしょうか。それでも立派な藤棚にみごとな花が垂れ下がっていました。開山の普存禅師が元禄のころに京都の仙洞御所から移されたそうで、樹齢三百年とのことです。

本堂にも上がってみました。こちらのご本尊は通常非公開のようで、直接拝むことができなかったのですが、大きな十一面観音菩薩とのこと。

そして実はこのお寺、現妙心寺派管長の嶺興嶽老師の嗣法の師である、瑞雲軒松山萬密老師(妙心寺640世)が、徳源僧堂師家として上がられる前に住持されていたお寺なのです。本堂の中には、萬密老師のご親化の時のにこやかな写真が何枚も飾られていて、いかに、このお寺を大事に思われていたかが感じられます。

blog_MG_2887.jpgこの本堂正面の扁額も、萬密老師の揮毫によるものです。

ほかに、山内には鎌倉時代(正和四年〔1315〕)の非常に美しい石造宝塔があり、滋賀県の重要文化財になっています。

blog_MG_2895.jpgキリシタン大名としても知られるかの蒲生氏郷が善政を敷いたこの蒲生の地。付近は、小高い山があちこちにあり、穏やかな土地柄の小さなお寺でした。

藤の花はまだ少しの間、愛でることができそうです。お訪ねになってみては?

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瓦屋寺(滋賀)

 

s_MG_0429.jpg もう京都の紅葉も終わりですが、各地では今年は例年より少し早く紅葉を楽しめたのではないでしょうか。
友人知人からFacebookで寄せられてくる情報をみていても、いつもより早いんじゃないかっていう書き込みが多く感じられました。急に肌寒くなったからでしょうか。
このごろ、いきなり夏から冬になっているようで、過ごしやすい秋はすぐに終わってしまいますね。

s_MG_0386.jpgさて、11月半ばでしたが、雨上がりの朝に、自坊の法類で、親寺(本寺)でもある滋賀県東近江市の瓦屋寺を訪ねてきました。じつはあまり知られていませんが、紅葉で美しいお寺です。

s_MG_0463.jpgこのお寺はもともと華厳宗あるいは天台宗のお寺だったようです。大阪の天王寺を聖徳太子が創建されたときに、その瓦10万6千枚を焼かせたというこの地に、小野妹子が「瓦屋寺」として建てたのだそうです。
そして、江戸時代に臨済宗として中興された開山は、あの松島瑞巌寺に住まわれていた雲居希膺禅師の直弟子の香山祖桂和尚です。ちなみに、私の自坊では、この香山和尚の弟子が開山ですので、香山和尚を勧請開山としています。

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住職はこの春から交代されたばかりの若い和尚。毎日掃除におわれているとのことですが、美しい大伽藍です。
左手に見える茅葺きの本堂は、今、募財をされていて屋根替えを計画されています。大きな伽藍ですが、檀家数も多くないために、護持運営にはご苦労の様子です。

s_MG_0472.jpg来年の紅葉時期でも一度訪ねてみられてはいかがでしょう。そして、護持に少しでも浄財をご寄進いただければ、法類の私としても大変感謝申し上げます。

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大本山永源寺 開山寂室禅師650年遠諱法要


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去る11月7日、雲一つない晴天の下、永源寺派大本山瑞石山永源寺(滋賀県東近江市)にて正燈国師650年遠諱法要が厳かに執り行われた。
建長寺派、建仁寺派、大徳寺派、円覚寺派の管長をはじめ、僧堂師家や諸尊宿が大勢参列され、また檀信徒や一般来賓で大方丈は張り出し桟敷も含め参列者で埋め尽くされた。

我々禅文化研究所職員とも親しみの深い永源寺派管長道前慈明老師が導師を勤められ、厳かに展供十八拝式が行なわれた。その後、楞厳呪が唱えられ、約一時間半の儀式となった。

永源寺の開山正燈国師寂室元光禅師は美作の産、約翁徳倹の法を嗣ぎ、入元して中峰明本に参じた。
本山の直下を流れる音無川の渓谷のように清冽なその禅風は、後世、多くの人々に慕われた。

禅文化研究所としては今回、記念出版『訓註 永源寂室和尚語録』編纂のお手伝いを許されたことは光栄であった。
また『禅文化』誌242号では寂室禅師に関する特集を組み、管長の道前老師を始め多くの方々から玉稿を賜わった。
禅師を偲ぶきっかけとなれば幸いである。

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「永源寺に伝わる書画」展(滋賀県・觀峯館)

 

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先日、滋賀県東近江市にあります觀峯館に行ってまいりました。
書家の原田観峰氏の名前を冠されており、中国様式の建物と新館とに分かれており、今まで見たこともない大きな硯や、中国の書、離宮避暑山荘内部の復元などが展示されており、山荘内部は装飾品や天井まで細部にわたり復元されていました。

koba_0806.jpgこれにはアナウンスの説明もあり、当時の隆盛が良くわかります。
また、建物の最上階は展望台で、遠くの景色まで見渡せ、この日は天気があまりよくなかったのですが、晴れた日にはどんなにか気持ちが良いだろうと、少し残念でもありました。
また、オルゴールやクラッシクカーの展示もあり、多彩な展示物で楽しく過ごせます。

koba_0805.jpg今回は、滋賀県東近江市にある臨済宗永源寺派の大本山永源寺の開山である寂室元光禅師の650年遠諱に合わせて觀峯館で開催されています、「永源寺に伝わる書画」を伺いまいりました。あわせて、先月弊所より刊行いたしました季刊『禅文化』242号にも特集「永源寺開祖・寂室元光禅師」を組ませていただいています。

この企画展は11月20日まで開催されています。
会期は9月17日からでしたので、現在は後期展示となっていますが、ふだん拝見する事のできない寂室元光禅師や一絲文守禅師の墨蹟等、素晴らしい展示ばかりでした。
もう少し展示物の紹介をしなければいけないとは思うのですが、ぜひ、幣所刊行の242号を手に、寂室元光遺戒や墨蹟、江戸前期に書かれた「達磨図」の朱の色、そして、「地蔵十王図」の迫力に、足をはこんでいただきたく、少しだけの紹介とさせていただきます。

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滋賀 楊梅の滝

 

トップ画像1610.jpg今月の臨黄ネットのトップページの禅語「本来無一物」。その画像に使っているのがこの画像。これは、琵琶湖の湖西、白鬚神社よりほんの少し南の山にある滝を撮ったものなのです。

じつは、滋賀県に生まれてこのかたずっと住まいながらも、つい最近までこの滝の事を知りませんでした。両親や知人に聞いてもみましたが、意外に知られていません。とはいえ、湖西に住んでいる方は知っておられて、湖西線から見えたりするらしいので、彼岸(湖東からいうと)ではなじみの深い滝のようです。

ここは楊梅の滝と名付けられた名勝で、滋賀県一の落差があり、雄滝・薬研滝・雌滝の3段になって落ちていて、全体の落差は76mにもなるとのこと。

足利義輝公が名付けられたといわれるすばらしい滝です。ちなみに「楊梅」というのは「ヤマモモ」のことのようですが、義輝公はこの地におられて、ここでヤマモモを得られたり、この滝をヤマモモの木に見立てられて名付けられたのか、それとも、中国江西省にある楊梅山の故事によって名付けられたのか、残念ながら、それは定かではないとのこと。

14333607_1193277100746462_6506132688698885769_n.jpg一番下にある雌滝までは、国道161号線から車ですぐのところにある小さな駐車場から歩いて数分。雌滝へいたるまでにも、こんな小さな渓流に出会ったり、落ちている栗を拾ったりと、子供でも楽しんで行けます。

そうしてたどり着いた雌滝はこれ↓。 滝の付近に平らで大きな岩がありますから、坐禅でもして滝の音とともにそよぐ風に吹かれると、なんとも気持ちがいいのです。

14322444_1193280240746148_4476152646978151316_n.jpgしかし、せっかくここまで来たのなら、雄滝も拝んでみたい。そう思った私はあたりを見渡しましたが、どこから行けばいいのやらはっきり分かりません。スマホを取り出し、ちょっと調べてみたところ(インターネットにかろうじて繋げました)、雌滝の下にある岩をひょいひょいと渡って対岸に行き、そこにある道とも言えぬ道を登るべしとあります。

それらしきところを行くと、岩場には鉄製の長い梯子がかかっていたりして、ちょっと高所恐怖症の私ではありますがなんとか登り切ることができました。このルートは、ちょっと足腰に体力が必要です。しかし、それほど時間をかけずに雄滝に到着。雌滝とは遙かに力強い雄滝の流水。音も大迫力。そして涼しい事この上なしです。

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ちなみに薬研滝はどこにあったのか、いまいちよくわかりません。鉄製のはしごを登っているあたりにあったのでしょうか。

湖西へお出かけの際には、一度いかれてはいかがでしょう。秋には紅葉もあって、楽しめるかも知れませんね。

 

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大茶の湯釜展 -MIHO MUSEUM-

 


160726-1.jpg滋賀県のミホミュージアムを訪れました。
恐らく釜のみの展覧会でこれほどの規模のものは初めてなのでは?!と思うのですがいかがでしょうか。

「大茶の湯釜展-茶席の主-」。
副題に「茶席の主」とあります。確かに客の席入り前から見送り後までずっと鎮座まします茶の湯の釜。茶会を催す事を「釜を掛ける」とも申しますし、そうもとれなくはないのかもしれません。
個人的には「主」とまで言ってしまうのはどうなのだろうと思うのですが、まだまだわかっていない証拠でしょうか。

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長年茶の湯の稽古は続けていても、一つ一つの道具となると意外と詳しいところまでは知らない事も多く、改めて学ばせていただきました。

ただいま少し稽古を中断しておりますが、最後に濃茶を点てる映像(釜の音の変化を聴く為のVTRが流れていました)を観て、茶室での様々な音を聴いておりますと、点前をする時のあの心地よさ、精神の落ち着きを感覚的に思い出し、なんともいえない気持ちになりました。
少し離れる事でまた、新たに深まるおもいもあるものだな……と思った次第です。

今週末、7月31日まで。是非おでかけください。

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能楽文化を育てる

 

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去る6月11日土曜日、滋賀県東近江市にある能登川コミュニティセンターにて、「能装束着付実演と能『竹生島』」というイベントが開催され、私も観て参りました。

このイベントは、「滋賀能楽文化を育てる会」が主催で、古く猿楽能と縁の深い滋賀県において、能楽文化を再び活性化していこうとされているもので、600席は満席となっていました。またその中には、地元の中学生200名も招待されおり、ほとんどの生徒が初めて観る能であったと思います。

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内容は以下のような3部構成でした。

第1部 
「謡、仕舞披露」
「文学解説『竹生島』」
「能面解説」

 第2部
「能装束着付実演」
「能舞台、お囃子等の解説」
「仕舞」

 第3部
「能『竹生島』」

特に第2部では、私も何度か能舞台の能を観たことはありますが、能装束を着けられる様子を観たのは初めてでしたし、囃子のそれぞれの楽器の特徴の解説も大変興味深かったところです。

第3部では、滋賀県在住の観世流能楽師で無形文化財でもある浦部幸裕氏をはじめとして京都観世会館の能楽師や地謡の方々による、琵琶湖に浮かぶ竹生島を題材にした能が演じられました。

 

会場は本来の能楽堂ではないため、能楽堂の柱に見立てた4本の短い柱がステージ上に立てられ、背景には松の絵ではなく、近江上布を使って琵琶湖と竹生島に見立ててありました。シテの能面の中からは、四方の柱は見えていないだろうと思うと、少しヒヤヒヤしながら観ておりましたが、さすがにそういった危うさは感じる隙も無い、素晴らしい舞台でした。

さて、弊所の季刊誌『禅文化』では、次号241号(2016/7/25発売)にて「禅と能」という特集を組ませていただきます。その一つの記事に「能面師から見た禅と能」と題して、能面作家の伊庭貞一氏にご寄稿いただいていますが、氏は今回の主催をされた「滋賀能楽文化を育てる会」の主要メンバーの一人でもあります。

相国寺派管長・有馬賴底猊下と観世流宗家の観世清和氏とのビッグ対談ほか、禅と能に関する書き下ろし記事も掲載します。

どうぞお楽しみに。

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麗しの国

 

160608.jpg伊吹山と、田植えの終わりました田んぼです。
水が入ることによって、より一層麗しく美しい日本の風景。


とある夏、カラッカラに乾燥したスペインとモロッコへ旅をしました。帰国時、飛行機から眺めた緑溢れるのこの国に感動し、「日本の美は、潤いと密接なのだなぁ…私達日本人の精神性も同じく…」と思ったのでした(ちなみに、帰国したらすぐに澄んだ出汁を飲みたいと思いました)。
禅の教えが長らく途絶える事無く受け継がれている事も、この風土と密接した関連性があるのだと思います。

サンガセミナー 受講者募集中

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菜の花

滋賀県の菜の花畑で有名な…。1月9日に訪れたら既に満開、散りかけているものも…。

160125-1.jpg利休忌(3月27、28日頃)にはいつも菜の花を生けて利休さんにお供えするわけですが、今年はどうなることでしょうか。

160125-2.jpg暖冬とはいえ、ここまで……と驚愕しましたが、寒くなって参りましたね。
やはりお水取りまでは油断はできないと思うこの頃です。

どうか皆様体調管理をしっかりと、お風邪など召されませんようお気をつけください。

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白鬚神社 -滋賀県高島市-


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白洲正子さんが好きで、閑をみつけては近江を散策しています。

もう何度も訪れていますが、白鬚神社のこの日はなんとも神々しいことでした。 

お能好きとしては、この神社が謡曲“白鬚”の地である事にも惹かれるのです。この“白髭”には様々な説があり、面白いなぁと思いつつネットで検索などしたりしては読んでみています。

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琵琶湖岸

 


151214-1.jpg京都から電車で小一時間でこの景色。琵琶湖岸です。
この風景を見ていたら、自然と坐りたくなります。

151214-2.jpg古より、山に籠もって行をされる行者、禅宗でいうと夢窓国師が修行僧の為にあのような素晴らしい庭を、必要性があってこそ造られた事など、わかるような気がします。
ここからはじめて、どんな状況でも周りの状況に左右されず心が落ち着いているところ…を目指すのですね。

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車窓から



150609.jpg度々仕事にて東へと趣きますが、新幹線ではうかうかと寝ているわけには参りません。
富士の御山を拝む為です。

必ずやE席を確保し、その時を今か今かと待ちます。
先日は、円覚寺さんと禅文化研究所合同で、住職研修会&サンガセミナーを開催させていただきました。行きは豪雨でした・・・。

陳腐なところでは、富士山も私の心をいたく刺戟する。私が子供のころの大部分を富士の裾野ですごしたせいもあるが、これを陳腐と思うのは、(私の言葉で言えば)「頭に来ちゃってる」からで、単なる原風景という言葉では表現できない何かがある。 
『私の中のあれ』 白洲正子


富士山がいったい私にとって何であるのか、それをことばで表現できる日など来るのかしらん・・・などといつも考えながら、でも、確かにある“何か”を抱きつつ、褪せる事無い思いで、これからも新幹線に乗り込むのだろうなと思うのです。 

豪雨ではありましたが、水をたたえた田んぼ、新緑から力強い緑へと移行した山の力強さ、数多くの寺社、垣間見える人々の営みに、「日本とはなんと美しい国なのだろう・・・・・・」と、何度往復してもその景色に飽きるところを知らぬのでした。


明日からは円覚寺さんでのセミナーのご報告をさせていただきます。

 

*写真は佐和山城跡です。

車窓からの続きを読む

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長命寺 -滋賀・近江八幡-

近江の寺社や自然が好きで、京都とはまた違う空気に魅せられて度々でかけています。

150605-1.jpg今回は近江八幡長命寺。その名の通り長命祈願の寺(由緒も面白いです)。三十三所観音霊場の三十一番札所としても知られるお寺で、天台宗系の単立寺院、ご本尊は十一面観音菩薩です。

かの白洲正子がその著書『近江山河抄』の中で、「近江の中でどこが一番美しいかと聞かれたら、私は長命寺のあたりと答えるであろう」とまで書いた地。

150605-3.jpg昔の風情とは少し変わってしまっているでしょうが、確かに少しゆけば上写真や、先日ご紹介したこの風景(田んぼの写真です)が拡がり、長命寺の境内からは、古人が琵琶の海と表現したほどにおおらかで広い琵琶湖が望めます。

150605-2.jpgそして長命寺の伽藍はこのとおり。近江特有のベンガラ塗りが施された三重塔や諸堂。防虫や防腐効果があるとのことで、近江ではとてもよく目にします。ワケには諸説ありますが、こんにゃくまで赤いですね・・・。私は茶の湯の懐石で使われていた事があり、その時が初めてでしたが、誠に驚いたものです。

150605-4.jpg霊験あらたかな巨大な岩もあちらこちらに。こちらは「修多羅(すたら)岩」と呼ばれ、「修多羅とは、仏教用語で天地開闢(かいびゃく)、天下太平、子孫繁栄を言う。封じて当山開闢長寿大臣、武内宿禰大将軍のご神体とする」だとか。

なにか「かなわないな・・・」と思うような自然の産物、自然そのものに出会った時に、有難いような祈るような気持ちがどこからか湧いて参りますが、それは昔も今も変わらないのだと思います。

かく言う私も、宗教的聖地をまわろうと大学の卒業旅行でネパールを訪れましたが、結局は寺院などよりも、4200メートルまでトレッキングをして拝んだ8000メートル級の山々が心に響き、かの地の人々が山を神と拝む理由がわかったような気がしたものです。
今回の参拝ではそのような事を思い出しつつ、岩を前に手を合わせました。




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日本の風景

 

150529-1.jpg小野竹喬先生が描かれた、優しくあたたかい日本の風景が大好きです。そんな風景にまた出会いました。
この日はお隣近江の自然を満喫。
ヨガの稽古と自然そのものからの癒やし(他にも色々ありますが)が、私を病院&お薬知らずにしてくれています。
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まぁ色々はありますが、このありのままの自然は真実。 日本に生まれて良かったなぁ・・・と思うのでした。

 

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ヴォーリズ建築 -滋賀・近江八幡-



150225-1.jpgおはようございます。
いつも寺社ばかり訪れていますが、たまにはと、お近く近江八幡のヴォーリズ建築めぐりを(もちろん日牟禮八幡宮は参拝しますが)。

150225-2.jpgヴォーリズ記念館に予約をさせていただき、如何にしてこの近江八幡の地とヴォーリズの御縁が繋がったのか、その後の布教活動についてなど、お話を伺いました。

150225-3.jpg150225-4.jpg寺院でもモスクでも教会でもそうですが、やはり宗教的な建築、その精神を実践するに相応しい場というものは、どの宗教であれこちらの胸を打つものですね。

ヴォーリズは、様々な建築を手がけていますが、どれにも共通する精神が感じられます。なかなかに美しいまま保存してゆくのが難しいようですが(我が母校はヴォーリズ建築ですが、保存の為ナースシューズを履く事になっていました)、なんとか末永く後世に伝えていって欲しいと願います。

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旧竹林院 -滋賀・比叡山坂本-

 

141203-1.jpg先日ご紹介しました日吉大社。その門前にあります旧竹林院の紅葉です。
比叡山延暦寺の高僧の隠居後の住まいを、里坊といいます(時代によってその役割は変ったりもしたそうですが、詳しくはサイトをご覧ください!)が、旧竹林院もその一つでした。

141203-2.jpg信長の延暦寺焼き討ちによって、坂本一帯も火の海と化したらしく、現在は焼き討ち後に復興された町並みが残っている(旧竹林院も復興されたようです)わけですが、それでもあの凜とした空気に触れていると、神仏混淆の昔が今も偲ばれ、日吉大社と延暦寺の関係性や、坂本の人々の信仰など、興味はつきません。
このあたりは、近くに西教寺、その他の里坊なども数多くあり、今後も続けて訪れてゆきたい地であります。

 

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日吉大社 -滋賀県・比叡山坂本-

 

141201-1.jpg日吉大社周辺の澄んだ空気が大好きで、度々でかけます。
ある境界線を超えて境内に近づいてゆくと、明らかに「あ、違うな・・・」と、空気の密度というのでしょうか、、、感じるのです。
秋の日吉大社は初めてでしたが、紅葉も見事でした。先日MIHO MUSEUMで獅子と狛犬にたくさんお目にかかりましたので、立派な獅子狛犬にも惹かれました。

141201-2.jpgこのあたりにおでかけになる際には、穴太衆(あのうしゅう)による石垣の素晴らしさに是非ご注目いただければと思います。

141201-3.jpg穴太衆とは、日吉大社近くの穴太地区に住まう石工集団を先祖に持つ人々で、古い土地であるこの近江の地において、古代、巨石を使い墳墓を築いた石工技術が伝わり、高い技術が保たれてきたのではと推測されています。
と、このあたりの事は白洲正子さんの本にも詳しいですね。私は訪れる度に穴太(あのう)の読み方を忘れてしまうのですが、今回はちょうど拝観の受付をされていた方にお尋ねすると、「私、子孫です、今もこのお仕事をさせていただいているんですよ」と。

先祖伝来の地に住まい、一つの事を連綿と受け継いでいる尊さ・・・。嬉しいお出逢いでした。

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教林坊 滋賀の隠れ里

 

20131124-1.jpg自坊の近くにありながら、今まで訪ねることができなかった教林坊(滋賀県近江八幡市)。紅葉真っ盛りの先日、ようやく訪ねることができました。
聖徳太子の創建と伝えられる、天台宗の古刹で、白洲正子も『かくれ里』にて「石の寺」として書きのこしています。

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20131124-6.jpg桃山時代に作庭されたとみられる地泉鑑賞式庭園は小堀遠州作として伝えられます。

小さな本堂に祀られる本尊は観世音菩薩で、おとなりには秘仏の不動明王が特別公開中でした。

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書院の「掛け軸庭園」は、なんとも洒落たしつらえです。ここにしばらく座してお茶でもいただきたいところですが、残念ながらそれはかないません。

小さなお寺ですが、紅葉狩りに満足させて頂きました。へんに飾られていないのもいいですね。

ここは竹林の庭としても知られています。初夏に訪ねてみるのも良さそうです。地元では、観音正寺(西国観音霊場・天台系単立)、石馬寺(臨済宗妙心寺派)とあわせて、繖山三観音としても知られてきています。

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西教寺 -大津市坂本-

 

130604-1.jpg大津市坂本にあります天台真盛宗総本山、西教寺を訪れました。
宗祖大師殿の唐門からは遠く琵琶湖を望む絶景です。

明智光秀が帰依した寺院としても有名で、一族の墓が残ります。
聖徳太子の創建と伝わり、慈恵大師良源上人が復興、念仏の道場とし、その後かの恵心僧都も入寺され、しだいに栄えたとの由。

不断念仏(特定の日時を決めて、その間、昼夜間断なく念仏を唱える行)の道場として栄えた寺院であるからして、今なお、本堂では念仏を唱える行をなさっている僧侶に遭遇します。専一に行に励まれるお姿に触れさせていただけるだけで、こちらまで厳かな気持ちになりますね。有難いものです。

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西教寺は、多くの庭を有する寺院としても知られますが、ことに、上写真の、小堀遠州による客殿庭園が有名です。

近江坂本といえば、穴太衆(あのうしゅう)でも知られる所ですが、今度は穴太積の石垣を観てまわりたいと思っています。

京都から比叡山を通って車で30分。度々でかけたくなる素晴らしい地です。
ご旅行で遠くから来られる方には、滋賀院門跡日吉大社旧竹林院芙蓉園、西教寺など一日かけてゆっくりまわられる事をオススメします。京都とはまた違った発見がありますよ!

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日吉大社 -滋賀県大津市坂本-

 

130529-1.jpg滋賀県大津市は坂本。このあたりの空気が大好きです。
遠くから遊びに来た友人にも味わってもらいたく、日吉大社を参拝しました。

130529-2.jpgなんとたまたまですが、この日(5月26日)は、山王礼拝講の日。
比叡山の僧侶達が日吉大社にて執り行なう法要の日であったのです。

日吉大社の起源はおよそ2100年も前に遡り、比叡山の神様をお祀りした事に始まりますが、その後に比叡山にやってきた最澄は、日吉大神に守護を願われたのだとか。
以来、日吉大社と比叡山延暦寺は、切っても切れぬ関係にありましたが、明治の神仏分離により区別される事となり、我々も、「寺は寺、神社は神社」という意識を植え付けられてしまいました。

130529-3.jpgそれでも、この神仏混淆の伝統を守ろうという動きがあったのか、恐らく明治期にはなされなくなったであろう法要が、いつからか復活し、今では毎年行なわれているようです。
神社のご神殿に多くの僧侶の御姿。有難いものを拝見させていただけました。

日吉大社のHPによりますと、山王礼拝講の起源には下記のようなお話があるのだとか。興味深いですね。

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言いつたえによりますと、万寿二年(1025)に神体山の八王子山の木が一斉に枯れ、神職がご真意を尋ねたところ、「修練を怠り武装する僧を見て私は京の北にある巌に隠れたいのだ」とのお告げがあり、それを僧侶の方に伝えたところ、山僧は神慮を恐み法要を修したそうです。
このことが起源となり、今日まで神前で法華八講の法要がこの日に営まれております。

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130529-4.jpgこの日はさらに、金大巌(こがねのおおいわ)にも参拝して参りました。
山の上から見る琵琶湖の美しきこと。良き参拝となりました。

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スマホアプリ「ビワイチ」

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禅文化研究所の事業としてリリースしているスマートフォンアプリ「京都禅寺巡り」を製作した、日本システム技術(株)が、先月、「ビワイチ」というAndroid版スマホアプリをリリースされました。またつい先頃、iPhone版もできたようです。どちらも無料で、Android版は、Google Play Storeから、iPhone版はApp Storeから入手できます。
これは滋賀県の観光情報サイトのびわこビジターズビューローとの製作ですが、「京都禅寺巡り」に盛り込まれた機能の一部が利用されています。

メニューから「近江建物探訪」をタップすると、滋賀県全域の地図が確認でき、登録されている有名な社寺の目印が表示されています。そこから、その社寺の詳しい情報を見ることができ、訪ねてみたいと興味がわきます。

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ほかにも、京都禅寺巡りにも搭載されているスタンプラリー機能もついています。名だたる寺社を訪ねた際に、GPS機能によって、スタンプマークを取得することができるわけです。

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イベント情報も不定期に配信されてきます。滋賀県を訪ねるときに、便利な情報ですね。

2013-05-10-08-4.jpg歴史的にも、また自然を愛でるにも楽しむことができる滋賀県を旅するときに使ってみては如何でしょう。
Cafe & Sweets のお店情報も盛り込まれていて、近江の旅に使えそうなツールですよ。

 

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お田植祭

 

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比叡山麓某所。
有り難い事に、お田植祭(田植えの際に、稲作の成功を祈る神事)に参加させていただきました。

稲が順調に育ち、実りをもたらしてくれるまでには、様々な厳しい自然条件を乗り越えなくてはなりません。我々にはどうしようもない領域の事です。


なにごとの おはしますかはしらねども  かたじけなさに 涙こぼるる    西行法師

 

田植え前の神事にて、近江神宮の神主さんがひたすらに頭を垂れる御姿を拝見するにつけ、恐れ多くも、西行さんが感じたのはこのような事ではないかという気持ちが自然と湧き起こりました。
良く手入れされ、無農薬で野菜や米を作っているその田畑の美しき事、日々の暮らしの確かさ、山の新緑の輝き、藤の花の香り、鶏の声。
全てが輝き、あまりに美しく、涙が流れて仕方がないのでした。

シンプルすぎるが故に、当たり前すぎるが故に、忘れがちな、一番大切な事。
本来農耕民族でありながら、日本人が経済成長とひきかえに置き去りにしてしまったもの。

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神事に引き続き、裸足になり、まだ小さな苗を自らの手で植えさせていただきました。田んぼに植わっている苗は見たことがあるはずなのに、自身で手に取ってみると、なんと小さくか弱い事か……。
これが秋には立派に実るのかと思うと、それはもう天(神、仏と言っても良いのでしょう)の働きとしか思えないのでした。

当たり前に、幼い頃から田植えというものが身近にあれば気づかなかったかもしれない事を、初めての体験がこの年齢(35歳)で、しかも祈りの後であった事は、強烈な自覚を促す実体験となりました。そういった意味では、今年の春が、私にとっては好機だったのかもしれません。

自分の中に深く刻まれた先祖の記憶が蘇ったような気がして、「あぁ、私はまさしく日本人なのだ」と、何度も何度もその思いを噛みしめました。

こちらのご当主が仰った、「田植えをしてこそ日本人。植えたならば、刈り取りもしなくては」との御言葉通り、半人前な日本人の私は、秋の抜穂祭をまた楽しみにしています。

……そんな時にだけのこのこと出かけて行って、まぁまるで、美味しいとこ取りのような私ですが、色々な事が分断された都会で育った私が、少しずつ、少しずつ、自然と繋がり、本来の人の在りようを取り戻してゆく過程として、お許しいただきたいと思います。

本当の意味で、地に足ついた生活を送られているこちらのご当主。本当に素敵な方で、私は魅了されています。
でかける度に大きな収穫があるようなこの場所と共に、『禅文化』でご紹介させていただきたいと思っています。
お楽しみに!

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彦根の一本桜




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桜の話題が続いてしまっていますが・・・。
滋賀は京都より少し遅めに開花したので、もう少し楽しめるところもありそうです。
爆弾低気圧のせいで暴風雨の過日の土曜日でしたが、彦根城は多くの人で賑わっていたようでした。

その彦根城を横目に私が向かったのは、彦根城主井伊家の菩提寺である龍潭寺とその隣にある井伊神社。この両寺社にはそれぞれあまり知られざる一本桜があるからなのでした。
どちらもちょうど石田三成の居城であった彦根の佐和山城址の麓にあります。

まずは、人っ子一人いない龍潭寺へ。静岡にも井伊家の菩提寺の龍潭寺がありますが、関ケ原の戦いで勝利した井伊家が徳川から与えられた佐和山城の麓にも、菩提寺として龍潭寺を建築したのが、このお寺です。

山門をくぐったところにお目当ての枯木の枝垂れ桜があります。

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彦根城などのソメイヨシノは満開なのですが、この桜はまだ3分咲きといったところでしょうか。桜よりも青々した苔に目が奪われるほどです。
この様子では見ごろはあと1週間後ぐらいでしょうか。4/13~14の土日ごろに訪ねられるといいかもしれません。

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この龍潭寺には、小堀遠州作の庭園があるのですが、これはまた後の機会に。

つづいて龍潭寺の北側に位置する井伊神社に足を運んでみました。

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井伊神社もひっそりしていて、他に参拝者はいませんでした。立派な鳳凰の彫刻の入った社殿はだいぶ傷んでいて、立て看板によると彦根市が修復を始めているとのこと。左傍らに小さな新しい社殿が建っており、御神体はすでにそちらに御遷座されているとのことでした。

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その社殿の脇にある一本桜はごらんのように見事な枝ぶりで、小雨の中でしたが満開でした。
この桜を目当てに何人の人が来ているのかはわかりませんが、井伊家の栄華を物語るような立派な桜を満喫しました。

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油日神社 -滋賀県甲賀市-




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土地にも、"品格"というものがあるのだなと思います。
油日神社と、その周辺の村落に、その事を教えてもらった気がします。
何度訪れても飽きない、身心清らかにしてくださるような、そんな力のある神社と土地です。

一度こちらの豊作を祈願するお祭にお邪魔したいと思ってはいるのですが、まだ叶っていません。
機会を楽しみにとっています。死ぬまでに何度も足を運びたくなるようなお社です。

御神体でもある油日岳を登った記事はこちら

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長寿寺 -滋賀県湖南市-




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国宝の本堂

聖武天皇の勅願により、東大寺の開山として知られます良弁が開創した寺院、長寿寺です。

良弁というと、奈良での活躍があまりに印象的で、その他の地域の事があまり浮かばないかもしれませんが、滋賀や福井あたりに縁の地も多く、それらを辿るとなかなかに面白いものなのです。
今は天台宗になっているこのお寺、普段拝観可能なはずですが、雪がちらつく寒さのせいか、拝観不可ということで、収蔵庫におはします阿弥陀如来坐像にはお目にかかれませんでした。
この地域は面白いので、また暖かくなればでかけるとしましょう。

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阿弥陀如来坐像を拝めぬのは残念でしたが、この日の私は、なんといっても、この石造多宝塔を拝見でき、上機嫌でした。なんとも見事ですね。洗練されていないアンバランスさがまた良いですね。

近江には磨崖仏や石塔など、渡来人も多かった為、韓国の石の文化と共通するように思える物が数多く現存しますが、これもそうなのでしょうか。日本の形や風情とは、また違うような気も致します。
あれこれ想像を膨らませ巡る寺院、かくれ里、足を運んでいるうちに何が見えてくるのでしょうか。

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弘法杉 -滋賀県湖南市-




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日本の原風景があちらこちらに残る近江の地。
以前訪れた八丈岩の近くをドライブ中、大きな「弘法杉」の看板が。
どこだ?!どこにあるのだ?!と探すと、なんと見上げたところに......。

高さ26m、周囲6m、樹齢約750年と伝わるこの杉。詳しくは上の看板写真をクリックして、拡大してください。

それは立派な杉でした。左下に見えますのは、お大師さんをお祀りしてある小さなお堂です。




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湖南市のこのあたりは、八丈岩に三雲城址、そして国宝の本堂を持つ長寿寺や常楽寺など、それは素晴らしい宗教&文化遺産が数多く残っています。
少しずつ訪れたいと思います。

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富士は不二 -滋賀県野洲市・三上山-




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通称近江富士として知られる三上山。

この、なんちゃら富士…というのは全国いたる所に在り、昔の日本人が如何に富士山に憧れたか、そして地元の人が、うちにも負けないくらいに美しい山があるのだ!という気概を持って富士とつけたのか、定かではありませんが、富士は不二で、三上山は三上山!と私は思っていました。

ですが、紫式部が「打ち出でて 三上の山を 詠れば 雪こそなけれ 富士のあけぼの」と詠んだのだ……とウィキペディアにあり、いささか認めざるを得なかったのですが、出典が定かではありませんし、~富士とつけてしまうと本当の富士山から比べてやはり見劣りがしてしまい、三上山などはとても由緒正しい古い山なのに、なんだかつまらなく思えてしまってもったいない気がします。

と、どうでもいい事を失礼致しました。

なにせ、私の中では、三上山。
そんな三上山のふもとでは、既に田んぼが黄金色に染まりつつあります。
四季ある国に生まれた喜びを感じます。

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土偶・コスモス -MIHO MUSEUM-




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お誘いいただき、滋賀県は信楽にありますMIHO MUSEUMへ、内覧会にでかけて来ました。
秋からの特別展、「土偶・コスモス」。

土偶。人間を模したり、精霊などを表現したとされていますが、私にとっては正直、良い悪い、美しい美しくない、そういった理解をはるかに超えたところにあるもので、太古の昔に宇宙人がやって来ていたのだ!というような説を信じたくもなるというもの。
南米の古代文明の産物を拝見した時と同じような不思議な感覚にひたりました。
それでも、不思議すぎて、理解の枠を超えているからこそ、一層ロマンがあり、魅せられるのかも知れませんね。

壺などには、なんともいえない形で、「良いなぁ~、花を生けてみたいなぁ……」と思うような、想像をかきたてられるようなものがありました。

国宝がお目見えするのは後半からだそうです。
これだけの土偶が一度に拝見できるのは滅多とない事でしょう。オススメします。

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梅花藻 -滋賀県米原市-




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水温14℃前後の清流にしか育たないと言われる梅花藻を見に、滋賀県は米原市の地蔵川・醒ヶ井へとでかけてみました。
なんとも清らかな流れの中に、咲いています咲いています、楚々とした可愛らしい白い花。

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梅花藻

このあたりの生活は、この川と共にあります。スイカだってこのとおり。

梅花藻 -滋賀県米原市-の続きを読む

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大津サービスエリア




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京都人が京都から高速に乗ると、ほぼ絶対と言っても良いほど降りる事の無い“大津サービスエリア”。
降りてみればこの眺望!琵琶湖が見渡せます。どちらかへおでかけの際は是非にと思ってご紹介させていただきました。

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神仏います近江(滋賀県立近代美術館)




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先般、ご案内したとおり、展覧会「神仏います近江」が、滋賀県の3つの美術館で合同開催されていますが(大津市歴史博物館は10/8~)、その中の一つ、滋賀県立近代美術館に行ってきました。

ここでの展観は「祈りの国、近江の仏像-古代から中世へ-」ということで、仏像ばかりが展示されています。
開催2日目ということなので、混んでいるかもと思ったのですが、午後3時ごろという時間も関係してか、比較的すいていて、滋賀に残る古い仏像にゆっくりと対面することができました。
主に平安時代~室町時代に作られた木像が多かったのですが、そもそも平安時代には鋳造された神仏像はほとんどないとのことです。
なかでも私は、湖南市の善水寺(天台宗)蔵の「木像帝釈天立像」(重要文化財)が目にとまりました。ぷっくりとしたふくよかな輪郭で平安時代の一木彫像です。

やはり出品の多くは天台宗寺院のものでしたが、2点だけ臨済宗妙心寺派の正福寺(湖南市)のから出陳されていました。本尊十一面観音立像と金剛力士像ですが、いずれも平安時代の作。つまり禅宗が中国より伝わる前のものです。このようなことから、十一世紀ごろ、現在正福寺のあるこの地に本格的な伽藍を備えた大寺院が存在していたことを裏付けているようで、これからの研究が待たれるようです。

今回のような企画展は、まず二度とお目にかかれないであろうと思い、大部な図録『神仏います近江』(\2400)を購入してきました。じっくり見せてもらうとしましょう。



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神仏います近江




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牛歩で大雨により、近畿各地に大きな被害をもたらした台風12号もやっと通りすぎ、急に秋晴れの気持ちのいい青空が広がりました。
しかしながら、今年は水害の年かと思うほど、また多くの方が犠牲になられました。この青空ほど心は晴れません。ご冥福をお祈りします。

さて、駅のポスターを見て、これは是非観に行かねばと思っている展覧会があります。
それが、滋賀県の3つの美術館・博物館が連携して行なう特別展「神仏います近江」です。

近江の地は古い地で、私の自坊の近くでも大規模な縄文時代の祭場が発掘されたりしていますし、神話も遺っていたり、古き朝鮮との交流を思わせるような地名が遺っていたりします。
日本仏教の総本山ともいえる比叡山のお膝下であるためか、多くの仏教美術がのこり、神道美術の宝庫ともいえるでしょう。

その中から選りすぐられた300点が、ミホミュージアム(信楽)、滋賀県立近代美術館(瀬田)、大津歴史博物館(大津)で開催されます。すでにミホミュージアムの展覧は始まっています。

詳しくはWEBサイトを御覧頂ければ結構ですが、是非、この機会に、古き近江の宗教文化に触れてみてはいかがでしょう。

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八丈岩 -滋賀県湖南市-




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滋賀県の“石”に興味があります。磨崖仏や巨石信仰、朝鮮からの渡来人が伝えたといわれる様々な石の文化など、京都から少し足を伸ばせば古代のロマンと豊かな自然が広がり、お隣とは思えない、遠くへ旅に来たような感覚を抱きます。

今回は、湖南市にある八丈岩をご紹介。
下から眺めると、山の緑の中に大きな岩が突き出ているのが見えます。
近くには三雲城跡も。車を降りて登ってゆくと、湖南市を一望できます。そしてそこに鎮座する巨石に圧倒されました。

崖っぷちに微妙な角度で留まる岩。転がっていきそうなのに転がらない。不思議です。
白蛇の神様が祀ってあり、山岳信仰の地なのか、大きな岩にはロープがついていて、登ってゆけるようになっていました。
世界各国にこのような巨石信仰の文化は見られますね。これからも滋賀の石を訪ねてゆきたいと思っています。またご紹介します。

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永源僧堂 篠原大雄老師を訪ねて




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先日、季刊『禅文化』の連載記事、-吾が師を語る-の取材で、滋賀県東近江市にある永源僧堂篠原大雄老師を訪ねました。

私は研究所で働かせていただいてちょうど6年ほどになるのですが、研究所にいながらも、在家で“禅”の世界にこよなく憧れるただの一人にすぎません。このブログを読んで下さっていたり、坐禅に興味を持って坐禅会に行かれている方々と同じです。

禅の研究者でもなく、ましてや僧堂生活を経験した事があるはずもなく、そんな者が老師と一対一でインタビューさせていただくわけで、この上なく有難いお仕事であり、楽しみには違いないのですが、同時にインタビュー前の緊張感は尋常ではありません。
この日の永源寺界隈は雪。しかも風も強く吹雪のよう。緊張とあまりの寒さから、「日頃の私の行いが悪いせいか…」などと全くもって関係ないであろう事を思いながら老師との相見の時間を迎えました。


「“普通”という事のすごさ」を思い知りました。私達は常にどこかしら身体や心に力が入りながら日々生活していますが、老師にはそれが全く無いのです。芯が通っていてぶれない人とは、何の力も入らず自由自在に軽やかに、淡々と“本来の自己”でいられるのだな…と。

インタビューが進むにつれ、あれだけの緊張もどこへやら、身を乗り出すように話を伺っていた私です。老師は常に淡々と普通。なのに私の心は帰る頃にはぽかぽかと温かく、視界を遮るほどに降る雪も、凍て付くような寒さもなんのその。スキップしたいほどに軽やかな心持ちなのでした。心と身体の繋がりとは面白いものですね。

何が起きても変わらずに存在するという事、常に“普通”という事が、皆に大きな安心(あんじん)を与え、その存在や空気そのもので衆生を接化するものなのだと感じました。ましてや雲水となると寝食を共にし、老師の一挙手一投足から学び取る。修行とは尊いものだなと感無量でした。こういう世界を垣間見ると、やはり、腹の底から、「あぁ…禅って良いもんだなぁ。好きだなぁ」と思う気持ちがまた深くなります。


そんな篠原老師には、“男が男に惚れて”、若かりし頃の老師を出家に至らしめた森本省念老師、建仁僧堂時代の竹田益州老師の事などを主にお話いただきました。『禅文化』夏号(7/25発刊予定)に掲載予定です。お楽しみに。




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坐禅草の群生




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以前もこのブログでご紹介した、滋賀県高島市の坐禅草の群生。
達磨大師の坐禅する姿に見立てて、達磨草とも呼ばれる。

ピークは過ぎているのかもしれないが、ちょうど近くを通りかかったので立ち寄ってみた。小さな駐車場はほぼ満車(10台くらいだが)の状態で、誘導員の方も出ている。

普通の住宅街の一角にあるようなこの場所に、ちょっとした森があり、その中に坐禅草が密集しているのだ。
落ちた高木の枝を除去している、ボランティアらしきおじさんがおられたので、少し話を聞いてみたところ、滋賀県では、余呉の方にも群生地があるようだけども、ここよりは遙かに数が少ないとのこと。日本でも有数の群生地だそうだ。
坐禅草は花を咲かせる時に25度くらいまで発熱するとか。今年は雪が多かったこの地域、きっと花の回りは雪が融けていたことだろう。

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芋の葉に似ていると思ったら、これはサトイモ科なのだそうだ。

そういや、去年どこだったかで「坐禅草」を1本買ってきて、自坊の天水鉢の中に入れておいたところ、去年は咲いたのに、今年はどこかに消えたようになくなってしまっている。どうやら水に漬けすぎてしまったのかもしれない。

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春を呼ぶ菜の花




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去年の春先にもご紹介したが、滋賀県守山市の琵琶湖湖岸では、寒さに強い菜の花「カンザキハナナ(寒咲き花菜)」が、もう花盛りだ。
対岸にうっすら見える比良山では、今年は毎年よりも雪が多いようなので、スキー場も賑わっているのではないだろうか。
去年のブログ⇒見渡す限りの菜の花畑 -カンザキハナナ-



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秋深き永源寺にて




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先にブログ禅で報告した、第8回西村惠信所長といく“禅と文化”の旅で訪ねた永源寺。紅葉の事前情報では「色づきはじめ」といったことだったが、訪ねてみると、まだ緑の葉も残すものの、真っ赤に紅葉した葉も有れば、黄色く色づいた葉もあり、見事なグラデーションを見せていた。

今回は、そんな永源寺の紅葉や山内をご紹介します。小雨のあとだったせいで、却って色も引き締まって、さらに美しくみえました。

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もう少しお楽しみください。⇒

秋深き永源寺にての続きを読む

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一面のコスモス畑




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今年の秋は、安土城から程近いJR琵琶湖線の近江八幡駅近くに、こんなコスモス畑がお目見えした。
およそ減反政策によるために、この地区の農業組合がコスモスを植えることにしたのだろうが、毎朝、通勤電車からきれいな景色に感嘆していたのだ。
いちど行って観てみなければと思っていたので、安土城に登ったついでに、足を伸ばしてみた。

子供連れの方や、デイケアの老人が、車でやってきて、のどかな景色を楽しんでいた。

クリックすると大きい画像でご覧いただけます。
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コスモス畑にて4 コスモス畑にて5 コスモス畑にて6
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火天の城 安土城址




安土城址

今、映画館で『火天の城』が上映中である。ご存じの通り、信長の安土城建築にまつわるものである。
秋晴れのいい天気の午後、近くに住んでいながら、久しく登ってない安土城址を訪ねてみた。

階段に使われた石仏

築城の時、石が足りずに、こんな石仏までを階段に使ったりしているのである。あちこちの石仏にはお賽銭が供えてあるのを見て、ちょっとホッとする。

安土城址一帯は、前にブログ禅でも紹介した臨済宗妙心寺派摠見寺の寺領である。
昨年くらいから、現住職の摠見寺再建に発願により、安土城址に入るには入山料が必要となった。また土日には、摠見寺の特別拝観も行なわれている。
上記『火天の城』の上映に加え、最近、TVでの「世界不思議発見」での紹介や、名古屋ローカルTVの「ウドちゃんの旅してごめん」という番組でも紹介されたため、土日ともなると、かなりの観光客が訪れているようだ。

映画『火天の城』も観たが、壮大な計画をうまく描かれており、実際に、この安土城址を訪ねると、その現場にいるような気持ちがして楽しめると思う。

天守閣の礎石

天守閣の跡はこんな状況だが、回りに石組みも残っていて、この基礎石の上に柱が建てられ……と映画を思い出しながら想像するのである。

階段の登り降りは少々きついが、こんな石蕗(ツワブキ)が綺麗にさいていたりして、心を和ませてくれる。

石蕗(つわぶき)

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伊吹山登山 2

伊吹山登山の目的は、以前、夏に登ったときの花畑の美しさに魅了されたからだった。
ところがじつは、この時期の頂上付近の花畑には、もう花など咲いていなかった。残念。
ただ、登っている途中、折々見ることのできた小さな野花や植物を、ファインダーにおさめてきたので、お見せしたい。

リュウノウギク
リュウノウギク


オオハナウド
オオハナウド


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伊吹山登山 1




伊吹山登山

連休の秋晴の一日、ふと思い立って、滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山(滋賀では最高峰の1377m)を登ってみようという気になった。
前にもブログで伊吹山の花畑を紹介したことがあるが、その時には車でドライブウェイを登ったのだが、今回は、麓から我が足で登ろうというのである。

そもそも、その前日にカーラジオを聞いていたら、伊吹山3合目付近に、ススキ野原が広がっているということをDJが言っていて、ちょっと登って写真を撮ってこようと思ったのがきっかけ。
だが、どうせなら頂上まで登山してみようかと思い、やおらリュックを取り出し、寒さ対策のウインドブレーカーや水・食料を詰め込んでの登山となったのである。

ここは実は25年ほど前の真夏に仲間と登ったことがある。が、そもそも登山自体が久しぶり。ところが、意外にも多くの人が登ろうとしているのである。登山道では、すれ違う人、追い越す人と必ず挨拶する。出逢った人の数だけ「こんにちわ」を言うというのも、普段ではできない感覚だ。

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3合目付近では、確かにススキ野原に出迎えてもらった。真っ青な秋の空に、ぼんやりとお月様も浮かんでいる。

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1時間半もかかっただろうか。やっと5合目に到着した。 この伊吹山は5号目までくらいは比較的なだらかだが、そこから頂上にかけて、斜面がきつくなる。この写真では大してきつくみえないが、なかなかどうして、ここからが大変だ。

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地蔵盆と地獄絵 -子供達に与える記憶




地獄絵

関西以外の地域ではなじみが浅いであろうが、滋賀や京都を中心として、夏休みも終わりに近づいた今日8月24日(旧暦では7月24日だった)の地蔵菩薩の縁日には、「地蔵盆」という行事がある。
多くは前夜23日~翌25日に行なわれる。発祥は滋賀県南部だとどこかで読んだ気がするが定かではない。

自坊にも飛び地に地蔵堂があり、地区の子供会などが中心になって行なわれる地蔵盆の行事が、子供達の楽しみにしている夏休みの一つのイベントにもなっている。

さて、上の写真は、江戸時代から自坊に伝わる地獄絵である。昔から地蔵堂にこの地獄絵をかけるのが風習となってきた。地区の大人たちも小さい頃にこの地獄絵を見て、肝を冷やした記憶があるのだ。

また、近くのニュータウンにも小さな地蔵堂があって、老人会の人たちのおかげもあって、毎年、地蔵盆にお参りに参らせていただく。
いつも自坊の地蔵堂には、上の地獄絵を飾り、子供たちにも見せてきたのだが、今年、ふと思い立って、ニュータウンの子供達にも、地獄絵を持っていって見せてやろうと思った。

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久々の比叡山延暦寺

根本中堂へ

実はまだ両親が参拝した事が無い!との驚愕の事実が判明し(関西人の場合、近すぎていつでもいける…と、まぁこんなもんです)、比叡山延暦寺へ参拝してきました。
京都市内は35℃を記録したこの日、さすがは比叡山上です。26℃と風が心地よく、たくさんの参拝者が訪れていました。
私は大学生時代、そして天台宗開宗1200年慶讚 臨黄合議所大法要の際にお仕事で行かせていただいて以来です。
お参りとは、その時々の自分の心境や成長によって、行く度に違う感動があったり学びがあったりするもので、やはり、まるで記念行事のように“1度行けば終わり”ではないのだな…と改めて思いました。
両親などは、日本において枝分かれした仏教の各宗派の宗祖や高僧の多くがこちらで学んだ事を知り、感慨深いようでした。

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ユーラシアの風 新羅へ -MIHO MUSEUM-

ユーラシアの風 新羅へ


お隣の国韓国といえば、韓流スター、美容、食などで日本でも大人気ですが、その国を7世紀中頃にほぼ統一した“新羅”の素晴らしい文化については、御存知無い方が多いのではないでしょうか。
新羅の都が置かれていた慶州には私も2回ほど訪れていますが、恥ずかしながら、今回ミホミュージアムでの展観を拝見するまで全く知らない物が多々ありました。
ユーラシア西方文化の影響を色濃く受けた新羅の煌びやかな黄金文化、どこか日本の古墳時代を思わせる遺物など、興味深いものばかりが展示されています。
信楽の山奥にありますのでなかなか行きにくい処かもしれませんが、行けば必ず“あぁ、来て良かった”と思える事間違い無し。緑も最高に美しい季節です。
是非おでかけ下さい。

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織田信長の寺 安土 摠見寺(そうけんじ)




大手門階段

滋賀県安土町にある安土城の大手門階段である。桜がみごろ(4月5日)。
ここにある織田信長の創建による摠見寺(そうけんじ)は今まで非公開とされてきたが、去る4月5日から日曜祝日のみ特別公開されることになった。
住職と懇意にさせていただいているし、自坊から近いこともあり、5日の朝一番に拝観より一足早く出向いてきた。和尚の許可も得て、ここでご紹介することにさせていただく。

この摠見寺は、本来は安土山の頂上付近にあった。今そこには、仁王門と三重の塔が現存するのみで、本堂や庫裡などは1854年に焼失してしまった。したがって、今の摠見寺は、明治以後に建てられたもの。戦国期には家康邸であった跡地である。
数年前に現住職(加藤耕文師)が入寺後、色々と修繕され、また手を加えられて、今回の公開にふみきられたのである。

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見渡す限りの菜の花畑 -カンザキハナナ-

なぎさ公園の菜の花畑

滋賀県守山市の琵琶湖畔、なぎさ公園には、毎年、寒さに強いという菜の花「カンザキハナナ(寒咲き花菜)」でいっぱいになる菜の花畑がある。
琵琶湖大橋から湖周道路を東へ1キロほどのところにあるので、お近くの方はドライブで立ち寄られては如何だろう。
車を降りると、むっとするほどの菜の花(アブラナ)の匂い。花の息吹を感じるようだ。

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琵琶湖内湖周辺の熱気球

内湖と気球

私の住まう琵琶湖の近くは、寒くなり始めた日曜日の朝となると、沢山の熱気球が飛び始める。
熱気球だけに、外気温との差が大きいほど飛びやすいからだろう。
こちらからでも比良山系の山並みのグラデーションが美しく見えるのだから、天空からみる様子はさぞかし美しいことだろうと思う。

気球がいっぱい

この日も気球が合計5つ、あっちこっちに浮かんでいた。

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素晴らしい眺望の公園 -滋賀県野洲市-

蓮池の里 多目的公園


私の最近お気に入りの公園はここ、-野洲クリーンセンター 蓮池の里-の多目的公園。
日本全国探しても、なかなかこのような素晴らしい立地条件の公園は無いのでは?
近所の年配の方たちがよくグラウンドゴルフをされているが、なんと贅沢なことだろうと思う。
滋賀県の者にとっては見慣れたこういう景色も、都会に住む人からすればなかなか見られないものであろう。
見渡す限り緑いっぱいで、心底気持ちよくゆったりできるので、たまに愛犬を連れてでかけるのである。

グラウンドゴルフをする人を見ています そろそろお寺へ帰ります

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大和し美し -MIHO MUSEUM-

大和し美し

信楽のMIHO MUSEUMでは、良寛生誕250年を記念した特別展、「大和し美し(やまとしうるはし)-二大コレクションと良寛 美と文学のコラボレーション-」が開催中です。
「二大」とは、交友のあった川端康成と安田靫彦で、2人が愛した骨董や書画、また良寛さんの墨跡や手製(伝)の鞠など、厖大なコレクションが展示されていました。
美しい日本に住まう事をもう一度改めて考え直し、国民1人1人がどのような日本にしていきたいのか、今は亡き、日本を愛した賢人が問いかけているようでした。
それにしましても、広い館内にパワーのある美しいものがたくさん展示されすぎていて、私はいささか疲れを覚えるほどでした。まだまだ修行が足りないようです。

さて、最近、コンクリートの人工建造物は見えないような緑豊かな里山に住む事に少し憧れを抱いています。経済発展、より物質的に豊かな暮らしばかりを追い求める時代は終わった感もあります。日本は、古人からの「和」による智慧で、諸外国ともうまくつきあいつつも、日本独自の精神的発展と古来からの信仰(手を合わせる事)を大切にする事、日本の美しい風景、独自の文化を残す事につとめなくては、悲惨な事件は増える一方ではなかろうかと危惧します。
アレックス・カー氏活動がとても気になる今日この頃です。

MIHOミュージアム 信楽

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蕎麦の花

蕎麦の花が満開

蕎麦の花が満開の時期となりました。
滋賀の自坊近く、日本の美しい風景です。

白鷺


土を耕しているお百姓さんの後ろをついて歩く白鷺。たくさん収穫がありそうです。
なんとも微笑ましく、心和ませてもらいました。

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琵琶湖の内湖 西の湖

西の湖

琵琶湖の東(湖東)の安土山には、戦国時代の雄・織田信長が天下統一の拠点として築いたという安土城があったのはご存じの通り。陸路をいかずとも、湖上を船で進めば大津にたどり着き、帝のいる京の都へも大変便利な場所である。

今は周辺が干拓された農地が広がっているのでなかなか想像がつきにくいが、当時の安土山も安土内湖という内湖(うちうみ)に突き出た半島であった。他にも、この安土や近江八幡周辺には沢山の内海があったらしい。
今も残るその内湖の一つが、この"西の湖(にしのこ)"である。
この朝、通勤途中に通りかかる(車で通勤するときには必ず通るルート)と、霧が立ちこめていて、なかなか幻想的であった。

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奥琵琶湖パークウェイ -湖北-

太古の湖

太古の湖(うみ)、琵琶湖である。
今は無料になっている奥琵琶湖パークウェイからの展望。
神々しく美しい、日本の原風景ともいえる、この湖北の景色、いかがであろうか。

滋賀県の人たちは、「湖」とかいて「うみ」とよぶ。
琵琶湖は今の三重県の上野盆地に誕生した大山田湖が、400万年かけて北上してきたものだという。
今のような大きな湖になったのは40万年前だとか。古い古い湖である。
また、滋賀県は琵琶湖を「MotherLake」として、「母なる湖・琵琶湖。―あずかっているのは、滋賀県です」というスローガンもたてている。「あずかっている」という表現がとてもいいと思う。
不法な開発を許さず、この母なる琵琶湖の原風景を保ってもらいたいと思う。
琵琶湖のことをくわしく知りたいと思った方は、草津市にある琵琶湖博物館を訪れるといいだろう。

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与謝蕪村 -翔けめぐる創意(おもい)-  -MIHO MUSEUM-

与謝蕪村

新緑美しい信楽のMIHO MUSEUMでは、与謝蕪村の展観が開催中です(6/8まで)。
今まで、色々な美術館でその作品をいくつか目にしたことはありましたが、これだけ多くのものが集まる機会はそうはない事と思います。
力強い山水画から、ほっと一息安心できるような江戸の人々を描いた画まで楽しめました。

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晩春の夕景 -湖北-

晩春の夕景

滋賀県長浜市付近の美しい夕景である。
湖には水鳥が飛び、少し空気も冷えて、さっぱりとした風が吹いていた。
湖の中にポツンと小さな影がみえる。
何に使うかわからないが、小さな小屋が浮いているのである。まるでムーミンに出てくるスナフキンの家のような感じ。

ゆるやかな風が吹いているだけだが、それでも雲は形を変え、それによって大陽の光線も変わり、美しい中にもその美しさをかえていく。
絵に描いたような景色でも、決して同じ景色として止まっていない。時が流れているのを実感として感じるのである。

湖北の夕景

さて、この近くには、多田幸寺という妙心寺派の寺院がある。つい先頃、遷化されてしまったが、ここに中島義観という老僧がおられた。妙心寺派の重役にもつかれ、また、妙心寺派布教師の重鎮であった方だ。臨黄ネットの法話ページにもいくつもその法話が掲載されている。
私が子供の頃から、何度も何度もその法話を耳にする機会があり、笑いあり涙あり、なんとも聴衆を引きつけるお話をされるお説教師さんだと、子供ながらに感じ入っていたのを思い出す。
長らくご無沙汰をしていたし、まだお元気なら、今一度、法話を拝聴したいものだと思っていた矢先、遷化の報を聞いたのだ。

美しい夕景をみながら、その老僧のことを少し思い出していた。

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白髭神社 -湖西-

湖水に佇む鳥居

安芸の厳島ではないが、水中に浮かぶ鳥居が、この琵琶湖にもある。
湖西の161号線を大津の方から北上し、水のきれいなことで有名な近江舞子をすぎると、道路はぐっと琵琶湖に近づく。するとすぐに見えてくるのが、この白髭神社の鳥居である。

白髭神社

そもそも琵琶湖の西側、湖西は平野が狭く、湖からすぐに山地になっているのだが、特にこのあたりは額が狭い。
水辺のすぐ脇を国道が通り、この国道の脇に神社の石の鳥居が立っている。そしてそのすぐ奥が拝殿といった具合である。
私は以前から何度もこの前を通ってはいたが、実は、車を止めてお参りするのは今回が初めてで、これまで通りすがりに見ているときには、もっと奥深くまで境内があるものと思っていた。ところがさにあらずであったのだ。
つい先ほども、この拝殿の前に、ピカピカの新車を止めて、子供連れのご家族が、交通安全のご祈祷を受けていた。世界広しといえども、自家用車を買うたびに安全を祈願して、神社でお札やお守りをもらっているのは日本だけではないだろうか。

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鯉のぼりに想う

風に泳ぐ鯉のぼり
去年もブログで紹介したが、大津市堅田の真野川にそよぐ鯉のぼり。 他にも先日四国へ行くときにしまなみ海道の車窓から見えたし、最近はあちらこちらでこんな風な鯉のぼりの大集合がみられる。 でも、ふと考えると、こんなに沢山の鯉のぼりがどうして揃うのであろう? ひょっとしたらとても淋しい原因があるような気がしてきた。 この鯉のぼりをみて育った子どもたちは、街に出てしまって老いた父母とは別居生活。残った鯉のぼりは自宅で上げられることがなくなったので、端午の節句近くになると、一同に会して風に泳ぐといったようなことではないのだろうか。

ところで、四国の今治あたりでは、鯉のぼりと一緒に、幟(のぼり)を立てている家がたくさんあった。とても古風な感じがしたし、他の地域では見ない気がしたのでネットで調べてみたところ、やはり高知県地方が主になっている慣習のようで、「幟(のぼり)」の他に「ふらふ」というものがあるようだ。

こんな平和な風景をみると、親なら誰もが子の成長を願う気持ちがあるはずなのに、世間ではいたたまれない事件があとをたたない。なんとしたことか。

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第39回 寂室禅師生誕奉賛茶会のお知らせ 於:永源寺

永源寺の新緑

第39回 寂室禅師生誕奉賛茶会
於:臨済宗大本山永源寺(滋賀県)

昨年の様子はこちら

今年の詳細は下記のとおり。紅葉で有名な本山ですが、5月の新緑もそれはそれは美しく、清々しい心持ちになれます。

開催日:平成20年5月11日(日) 午前10時~午後3時
献茶式(午前11時より):裏千家 泉本宗悠業躰
献  笛:都山流  八木慶山師

特別協賛 煎茶席 泰山流家元
協賛席   裏千家流
      表千家流
       遠州流
       瑞石会

茶券   前売券:2500円
      当日券:3000円
      一席券:当日、永源寺朱印所で発売

茶券販売所 
     大本山永源寺
      各協賛席
     

お問い合わせ  大本山永源寺 奉賛茶会係
           電話 0748-27-0016
            FAX 0748-27-1055

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小さな山寺の温かな晋山式

稚児行列
私の自坊の法類寺院(仏法上での親類関係寺院)である小さな山寺が、新しい住職を迎えることになり、先日、晋山式が執り行われた。

今までこのお寺には尼僧さんが住まわれていたが、一昨年の夏、お盆の施餓鬼法要の翌日に急逝された。
生前、この庵主さまから、「どうか私が亡きあとの後住を探して欲しい」と、法類である私に懇願されていたのであるが、亡くなられたあと、ご縁あって、間をおかずに後住を探し出せたことは本当に幸いで、心からうれしく思っているのである。
なぜなら、このお寺にはいわゆる檀家さんがないのである。
であるのに、8年前に本堂が建て替えられたばかりで、庫裡も建て替えられて20年も経過していない。
実はこのお寺のある自治区の人たちは、このお寺を村のお寺だとして大切に思い、各家にはそれぞれ別に他宗の願い寺があるにもかかわらず、本堂や庫裡の建築資金を負担し、庵主さまの生活費も負担してこられたという。
したがって、このお寺が無住になってしまわないようにしたいというのは、老いた庵主さんはもちろん、村人たちの悲願であったのだ。

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坐禅草の群生地 -滋賀県高島市-

坐禅草

研究所の出版に関する仕事で、滋賀県高島市にあるお寺に墨跡撮影に伺いました。
その帰り道、看板に「坐禅草群生地」とあり、これは!と少し立ち寄ってみました。
坐禅草を見て「圧巻」という言葉も変かもしれませんが、すごいです。なかなかこのような群生にはお目にかかれないことでしょう。
琵琶湖の水は美しく澄み、少し寄り道するとこのような場所があり、また白洲正子さんが訪れた隠れ里も点在するこのあたり。またプライベートで訪れたいと思いました。

ちなみにこの坐禅草。いまだかつて茶席で出会った事はありませんが、茶花としても使えます。
どのようなお席でどのような時に使おうか…考えを巡らせるとなかなか楽しいものです。

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美しい琵琶湖 -春の夕焼け-

琵琶湖畔から望む夕焼け

高校生の頃、漕艇部に在籍していた私は、今も琵琶湖を見るたびに、美しいと思う。
日本一の大きさを誇る琵琶湖は、季節や日、そして時間によって、全く異なる顔を見せる。
春分の日を迎えたとはいうものの、まだ冬の名残を見せ、琵琶湖にしては荒い波の打つ夕暮れである。
5月後半にもなると、波もたたずだいぶ静かになり、おちついた湖となるのではあるが。
今年は雪も多かったので、夏の渇水もいくらかましではないだろうか。

琵琶湖の水は周辺の生活用水の下水化が進むにつれ、一時期よりだいぶきれいになったとは思う。下水が整っていないころは、琵琶湖の富栄養化防止のために家庭廃水を浄化し、中性洗剤ではなく、必ず粉石鹸を使用するようにと住民運動をされていたが、そういえば最近はあまり聞かなくなった。
太古からある、この美しい湖を、我々の時代にもきちんと守っていきたいと思う。

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ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展 -滋賀県立近代美術館-

ヴォーリズ展

滋賀県立近代美術館にて、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展が開催中です(3/30まで)。
今回は、母校のヴォーリズ建築についてが語られる下記の特別講演会の日に訪れてみました。

◆特別講演会「窓からの眺め」神戸女学院キャンパスに見るヴォーリズの美学
  日時=3月2日(日) 午後1時半~ 会場=当館講堂(聴講無料)
  講師=神戸女学院大学文学部教授 濱下昌宏氏、石田忠範建築研究所 石田忠範氏

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永源寺で春の息吹き

茅葺きの永源寺本堂

永源寺の本堂は今どきめずらしい茅葺きの大屋根である。その本堂の中には、「世継ぎ觀音」と呼ばれる本尊聖観世音菩薩が祀られているが、50年に一度のご開帳でしかお目見えできない秘仏である。
この観音様は一寸六分ほどの小さな仏様らしいが、等身大ほどの聖観世音菩薩坐像の宝冠の中に安置してあるそうである。


境内のお地蔵様

永源寺管長、篠原大雄老師のお話を撮影し、ちらちらしていた雪があがったので、永源寺山内で春の息吹きがみつけられないかと探してみたら、ようやくやっと開きかけている梅の花をみつけることができた。
屋根に雪は残ってはいるが、やはりもう立春なのである。


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禅僧のことば -永源寺 篠原大雄管長-

永源寺僧堂

ちょうど大寒、雪の舞う中、滋賀県東近江市にある大本山永源寺に、各派管長方のDVD撮影のひとつ、篠原大雄管長の取材に訪ねた。
「こんな真面目くさった質問じゃ、本音がしゃべれんじゃないか」と撮影前におどけてみせる老師だったが、以前よりぐっと痩せてしまわれている。
というのも、去年の三月に喉頭癌を患われ、まだ一年にも満たない闘病中の御身。声が出しにくいのと、近ごろまでは提唱でもマイクを使用されていたとのことであった。
しかしにこやかにインタビュワーの質問に答えられ、とても大切なお話から、冗談も加えられてという、あっと言う間2時間強の撮影だった。
しかし、終わってから、実は声を出すのはまだ少し辛いんだとおっしゃる。そんなそぶりなど全くなかったので、長時間の撮影で申し訳ない思いである。だがとてもいいお話が聞けたので、みなさんには製品となったビデオを楽しみにしていただきたい。

篠原大雄管長

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佐川美術館 樂吉左衛門館開館記念フォーラム

樂吉左衛門展 3/20まで

佐川美術館 樂吉左衛門館開館記念フォーラムが、去る2月2日に京都市の金剛能楽堂にて行なわれました。
題して、「現代(いま)の精神(こころ)を語る-茶碗から空間へ-」。

樂家当代(15代目)の樂吉左衛門氏の設計により佐川美術館に新しくできた茶室は、ごく当たり前の、今まで私たちが知っている茶室とは異なる様相を呈している事は既に耳にしていました。
なんとなく、「樂さんの今風のあの樂茶碗に合う茶室なのかもなぁ…樂さんらしいなぁ」と、写真やらを拝見して思っていましたが、やはりそのようで、樂さんは自分の茶碗が生きる茶室というものがあれば…とずっと思われていたそうです。そして、佐川美術館には守破離(しゅはり:「規矩作法、守りつくして 破るとも 離るるとても 本をわするな」・千利休)をコンセプトとした樂吉左衛門館と茶室が作られました。

長年の夢がついに叶ったともいうべき茶室について、まずは伝統的建築の権威・中村昌生先生(京都工芸繊維大学名誉教授)の基調講演がありました。
スライドを見つつ、冗談を交えつつ、樂さんの茶室がどういった精神を宿しているのか、非常にわかりやすく、愛情こもった賛辞を樂さんに送っていらっしゃるように見受けられました。
素人がぱっと見たところでは、新しい以外の何ものでも無いように見える茶室にも、中村先生の頭の中にある膨大な知識や資料によれば、やはり伝統的な流れを無視しているわけではない、筋がちゃんと通っているのだという事を理解できました。

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永源寺を訪ねて

新緑の頃の永源寺山門

禅僧のことばのDVDシリーズ収録も、第一弾の予定は、残すところ大本山永源寺管長、篠原大雄老師だけとなった。 先日、その事前打ち合わせの為に、撮影監督の映像工房サンガの児玉氏とともに、冬の永源寺を訪れた。

永源寺派の本山である、瑞石山永源寺は滋賀県東近江市、名神高速八日市インターから車で約10分の山間にある。新緑の季節、あるいは紅葉の季節には、とても多くの拝観客が来られるこの永源寺ではあるが、この冬の時期には、附近の民間駐車場や土産物屋も閉ざされており、境内には文字通り人っ子一人見えない。

管長老師との約束の時間より少々早く到着したので、誰もいない山内を散策した。何度も永源寺には来たことがある私だが、この季節、そして人のいない境内を歩くのは初めてのことだった。
やはり禅寺はこうでないと......、きれいに掃き清められている上に、誰もいない深閑とした冷たい空気。
開山の寂室元光禅師は、この山紫水明な仙境をことのほか愛されたというのがわかるようである。
何度か兵火にかかり、伽藍は焼失して再建されているが、江戸期に建立された山門は美しく、文化財に指定されている。

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田舎寺の越年

asahi.jpg

昨年は「僞」の歳として幕をおろし、かくして新年を迎えた。 毎年より少々早めに仕事おさめをした禅文化研究所ではあるが、自坊のある私は、結局年末の大掃除期間が長くなっただけということで、ありがたいやら何やらわからない。 昨年末は雨続きで、28日だったか、一日晴れた日が有ったので、頑張って山道の草ひきやら掃き掃除を済ませ、雨の日には本堂や庫裡のほこりを払って掃き掃除に拭き掃除、はたまたガラス拭き。家族総出の大仕事。 ぼやっとしていると普通の一日の連続であるが、一年の締めくくりということで、改めて念入りに普段できない部分まで掃除をしたり手を入れたりしていると、やっとお正月を迎えるという気持ちになってくるから不思議である。 大晦日の年越し蕎麦をいただき、一般の人は、晩酌でもしながら紅白歌合戦でも観るのだろうが、11時過ぎあたりからの除夜の鐘もあるから、そういうことは毎年ままならない。また、同僚には冬休みを利用しての長期旅行に出かけている者もあるが、自分には一生できないことだろうなと、今年最後の煩悩をつくりながらも、百八つの鐘をうつ。 大晦日はかなり気温が下がったせいで、鐘楼に立っていると寒いことは寒いが、星が瞬いて満天の空がとても美しい。新年はこんな澄み渡った歳になって欲しいと思いたら、大学生の頃、教育実習で教えた生徒の一人が今年もやってきた。もう35歳になるという。ほかにもわずかな常連の参詣者もあるので一人っきりというわけではない。

年が明けて、平成二十年。あっというまに、平成ももう二十年かと驚く。キリッと冷えたいいお正月だ。
こうして、檀家さんや近隣の人たちの年始のご挨拶を、住職として本堂で受けるようになってから、もう何年になるだろうか、あと何年できるだろうかと思う。
若いと思っていた檀家の人が今年で還暦ですとか仰ると正直に驚いている自分ではある。

実は年末29日、私が掛搭していた静岡三島の龍沢寺僧堂の現老師の突然の遷化の報。驚くまもなく、大晦日には近所の幼なじみの母が長い長い闘病生活の末亡くなった。新年になって2日に伯母が逝去。なんだか寂しい年の変わり目であった。

さて今年はどんな年になるのだろうか。泥の中に蓮がきれいに咲くように、僞の世の中にも真実が育つと思うことにしよう。
皆さんの健康とご多幸をお祈りする。

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MIHO MUSEUM -MIHOコレクション 大いなる時を超えて-

MIHOミュージアム

開館10周年記念特別展Ⅲ-大いなる時を超えて-(12/16まで)と題された展示を拝観しに訪れました。
まず最初に我々を出迎えてくれるのが、なんともいえない表情の犬の埴輪。教科書で学んだ物ともまた違う感じで、『日本書紀』には、野見宿禰(のみのすくね)が日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)の墓へ殉死者を埋める代わりに土で作った人馬を立てることを提案したとあるようで、現代の考古学研究により、この説話は否定されているようだが、日本書紀を信じた方が、時の権力者の慈悲に触れられるようで、ロマンがあって良い(そういうものではないのかもしれませんが、お聞き流し下さい)。

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柳田聖山先生の生まれ、そして、眠る地

昨年11月8日、あの著名な禅宗史研究者である柳田聖山先生は逝かれた。
読者諸氏は、先生の生まれ故郷が滋賀県彦根市にある荒神山にある延寿寺という、臨済宗永源寺派の小さなお寺であることを御存知であろうか。


延寿寺



少し山を上がったところにある延寿寺

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近江八幡の水郷

筆者の自坊からそう遠くない、滋賀県近江八幡市には、琵琶湖につながる水郷地帯がある。
群生する葦の間を入り組んだ水路が通っていて、安土の内湖へと繋がっているのだ。

近江八幡の水郷

近江八幡の水郷

近江八幡の水郷

ご覧の通り、人口建造物が見えないポイントもたくさんあり、私のお気に入りのスポットである。
しかし、案外、読者諸氏もこの風景を見たことがあるかもしれない。というのも、テレビの時代劇の撮影で時折この辺りが使われているからである。
また、「水郷めぐり」という、和船で水辺を楽しめる観光でも有名だ。

今年の夏は格別に暑い。この風景でもみて、心を涼ませてみてはいただけぬだろうか。

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信長忌

425年前の天正10年(1582)6月2日、明智光秀の謀叛により、京都の本能寺で織田信長は自刃した。その直後、安土城は謎の出火により消失したという。築城してまだ3年が経ったばかりであった。
今はその城址を残すばかりで、天下の名城と呼ばれたその姿はない。


安土城址


さて、安土城築城と時を同じくして、信長は、城郭内に摠見寺(そうけんじ)という禅寺を建立した。今も臨済宗妙心寺派として残る寺院である。司馬遼太郎の著作を読むと、信長は腐敗した旧来の仏教や僧を嫌い、比叡山を焼き討ちした。また禅というものにも深く傾倒した様子もないので、少々不思議に思うところではある。
ともかく、信長の菩提寺として摠見寺は、近隣の社寺から多くの建物を移築して建てられたようだ。
但し、安政元年に消失したため、当時の堂宇は仁王門と三重塔が残るだけで、ほかは疎石を残すばかりである。現在の摠見寺の小さな本堂兼庫裡は、旧家康邸跡に立つ仮のものである。

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寂室禅師生誕奉賛茶会 於:永源寺

借景の庭

去る5月13日、滋賀県は東近江市にある臨済宗の大本山、永源寺を訪れた。
毎年、開山様の誕生日に近い日曜日に献茶式が行われ、表千家・裏千家・遠州流・煎茶道泰山流のお席と、法堂で番茶席が設けられる。
今年は天候にも恵まれ、参会者は新緑鮮やかな中、それぞれ工夫こらされた茶席を楽しんだ。

永源寺のご開山、寂室元光禅師は、後光厳天皇からの再三にわたる京都天龍寺への出世を断り続け、弟子と共にこの山中にあったと聞く。
禅師はじめ、当時の修行僧も、新緑の季節にはこの美しい山々を愛でたのか・・・と感慨にひたりつつ、そのような有難い地で、様々な流派の人達が一堂に会し茶席が持たれる事に感謝しつつ、一席一席楽しませていただいた。

来年も、5月中旬の日曜日に予定されているそうだ。
是非、おでかけいただきたい。

永源寺山門

山門も緑におおわれ・・・

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雪の少ない冬でも、なごり雪となるか・・・

先日のニュースで、東京都内では、この冬、一度も降雪を観測していないと言っていた。観測史上初ということだそうだ。
確かにこの冬は暖かい。
つい1週間ほど前には、もう今にも芽が出て桜が開花しそうなほど暖かな日がきたかと思うと、この数日は一転して冬景色である。しかし、例年ではこのくらいの気温が標準なのであり、やはり今年はどうかしているようだ。
先に琵琶湖岸の菜の花畑をご紹介したのだが、その場所とそう遠くない湖畔の朝の模様。

最後の雪になるか・・・

湖西の山は白くなって、鳥たちもいささか寒そうに羽毛を膨らませているようだった。

さて、そこから琵琶湖大橋を渡って、京都へ抜ける途中という町。

途中町の雪景色

堅田からのバスの終点なのに「途中」というバス停のある、この滋賀と京都の県境の峠の町は、昔から若狭から京都へ抜ける重要な物資輸送路で「若狭街道」と呼ばれる街道の中継点だった。
この若狭街道は、若狭で捕れた鯖に塩をまぶして不眠不休で京都まで運ぶとちょうどよい味になっていたため、いわゆる「鯖街道」と呼ばれるようになった。
昔は今よりはるかに雪深く、さぞ難所であったことであろう。

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比叡山に登る(3)-慈恵大師の墓-

慈恵大師の墓


西塔からぐっと足を伸ばして、横川は華芳ヶ尾の元三大師(912~985)の廟に詣る。

元三大師廟は御廟(みみょう)と呼ばれ、比叡山の三魔所の一つとして恐れられて来た場所である。今でも周囲には古木鬱蒼とした自然林が保たれており、まさに天狗でも出てきそうな雰囲気である。

元三大師は諱を良源、諡を慈恵という。第18代天台座主として、延暦寺を一大勢力にまで発展させた人物である。後世、観音菩薩の化身としてその霊威が恐れられ、元三大師信仰が発生した。現在でも角大師や豆大師の護符として親しまれている。

良源は滅に備えて遺告を残しているが、その中に自分の墓所についても詳細に述べている。火葬の後、遺骨を坑底に置きそのまま土をかけ、自筆の陀羅尼類を納めた上に目印程度の石塔婆を建てよ、と。簡素だが念を入れた墓作りを弟子たちに指示している。

石柵で囲った墓域内の木の根元に、素朴な八角柱の石幢が立つ。自然の中に埋もれながらも、侵しがたい尊厳性のただよう墓。日本人の墓としては理想の姿であろう。

比叡山に登る(1)

比叡山に登る(2)

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志村ふくみの紬織りを楽しむ-滋賀県立近代美術館-

志村ふくみの紬織りを楽しむ

志村ふくみさんの紬の世界を見に、お隣の滋賀へ。>4/8(日)まで
志村さんについては、白洲正子さんの著書の中で知り得てからというもの、「紬」の今までの概念だけに捕らわれないその作風と、染色の「色」の美しさに、頭の片隅に鮮明に記憶されていたのだ。
染め物の色というのはとても繊細で、カラー写真ではなかなかその本当の色を伝える事は難しい。
写真でしか見たことのないその色を、実際に目に出来る機会という事で、楽しみに出かけた。

「何色」というような概念では表現できない、自然から生み出された色に、ため息が出るばかりであった。志村さん曰く「自然から色をいただく」と・・・。
自然からいただいた色をもって、自然の風景などを模した作品には、志村さんの世界観が見えた。

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菜の花畑と比良の雪山

先日、京都にも雪が舞ったばかりであるが、暦の上では節分が過ぎ立春を迎えた。
何か春を感じさせる場所がないかなとネットを探していたら、琵琶湖畔の菜の花畑が見頃であることを知って出かけてみた。


菜の花畑と比良の雪山


場所は守山市のなぎさ公園の菜の花畑
12000本もあるという菜の花がちょうど見頃で、花の香りと肥料の匂いでむせ返るほどだ。
湖周道路の傍にあるので、通りがかりの人たちが車をとめて立ち寄っている。ファインダーを覗いている人も多い。
琵琶湖の向こう側には、ちょうど雪を載せた比良山系がきれいに見えたので、ああ、冬と春との邂逅だなぁと思い、自分もシャッターを切った。

その後、湖周道路を南に向かうと、草津の矢橋帰帆島の附近で、葦(よし)の刈り入れをしているのにも出会った。この辺りは昔からの有数の葦地帯であるらしい。


葦の刈り入れ

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金剛輪寺 -ご開帳-

百済寺から車で北に10分ほどのところに、同じく湖東三山の一つ、金剛輪寺がある。
ここも天台宗開宗1200年にあわせ、秘仏「聖観世音菩薩」のご開帳を行なっている。


金剛輪寺の参道


ここは、当時の住僧の機転で、寺の上の山林に自ら火をつけ、本堂が焼け落ちたと偽って、信長の焼き討ちから逃れたという。

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百済寺 -ご開帳-

ご開帳でにぎわう百済寺

以前も書いたが、近江の百済寺にて、本尊十一面観世音菩薩のご開帳(9/18~10/27)があり、参拝した。
今まで見たことの無いようなお顔のように思った。
つらつらと感想を書くのも気が引ける。是非この機会に近江まで足をお運びいただきたい。
他に湖東三山の、西明寺・金剛輪寺も同時に秘仏が公開されている。

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蕎麦の花 けやき

蕎麦の花

滋賀県多賀町を通りかかったら、蕎麦の花がとてもきれいに咲いていた。
今までこのあたりではあまり見かけなかったし、普段は水田である場所らしいから、どうやらこれも転作の一手段らしい。


蕎麦の花

蕎麦の花のきれいなところを探して、車でうろうろとしていると、ふと、なにやらいわれのありそうな大樹がある。


多賀大社のケヤキ


近寄ってみてみると何やら看板がたっていわく因縁が書かれているようだ。

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賤ヶ岳

賤ヶ岳からの眺望

言わずと知れた、秀吉と勝家による天下分け目の戦いが繰り広げられた地である。
古戦場を訪れるたびに、「一体どうやってこのような所で、甲冑で身をかため、激しく戦ったのであろうか・・・」と思うばかりである。
今となっては、つわものどもが夢の趾・・・か。

美しい湖北からの琵琶湖

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近江のかくれ里

近江の里

最近ふと読み返そうと思い読んでいる本がある。
白洲正子著『かくれ里』。

大好きな京都のお隣であり、歴史深い地でありながら、最近まで全く興味の無かった「近江」に興味を持ち始めたからだ。
彼女が紹介している場所を、本を読んだからといってそのまま訪れるのはいささかおこがましい。
白洲さんにも、「自分の足で探しなさい」と言われそうだ。
だが、白洲さんを10年ほど前に知り、『かくれ里』も読んだはずなのだが、京都ばかりに注目し、見向きもしなかった滋賀に着目するまでには10年近くかかったのだ。そこまでたってやっと心の底から、
「あぁ、滋賀を知らなくては」
と思った。自然と思うに至ったのには、「そろそろ行っても良いだろう」との御許しが出たのだと勝手に自分なりに解釈したい。

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