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碁石山 -小豆島八十八箇所・二番札所-




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先日の一番札所に続きまして、二番札所です。
神仏習合の名残で、巨大なお大師さんが上の写真のような風景を見下ろし、小豆島を守って下さっているよう……と思えば、金毘羅宮も祀られていたりします。

修験の場であった事を伺わせる断崖を登ってゆくと、浪切不動尊が。拝した事の無いような趣のお不動さん。このあたり、足がすくむような岩場ですが、登ってゆくと素晴らしい景色も堪能できます。

行者さんは、こういった山の上から下界を観る事で、自身をも俯瞰して観るような修行をされるのでしょうか。

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浪切不動尊。航海の安全を祈願するお不動さんなのだとか。また、私たちの人生の荒波をその剣で切って払いのけて下さり、水先案内人となってくださるのだとか。
力強い不動尊、私は大好きです。

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季刊『禅文化』223号発刊




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★今号の「吾が師を語る」は、瑞巌僧堂の吉田道彦老師にご登場いただき、先師加藤隆芳老師と平野宗浄老師についてのお話を伺いました。「お二人とも病気勝ちで、あまりおそばで過ごしていないので、お話しできるようなことがなくてね」とおっしゃりながら、山王神社の祭礼の折には加藤老師をおぶって山に登られたこと、平野老師の室内のこと、日常の触れ合いなどを闊達にお話しくださいました。

★金沢に開設された鈴木大拙館に因んでのお話「世界の自由人鈴木大拙」。上田閑照先生の深い洞察によって、改めて「禅と西洋が交わり行き来する歴史的に画期的な場所」としての大拙博士の姿が浮かびあがってきます。

★「引き算の世界―篠原大雄老師」。長年にわたり老師と親しくされていた後藤典生師による追悼文です。医者に宣告された余命を優に超えること十余年。淡々と生きられた老師への後藤師の思いが直に伝わってきます。

★昨秋に行なわれた第十二回東西霊性交流報告書「沈黙と言葉」は交流にほぼ参加された武藤亮飛さん(筑波大学大学院生)によります。また今回から、庭園研究者・町田香さんにご登場いただきます。今号は「鎌倉瑞泉寺と大徳寺大仙院の庭園」。また所員の藤田琢司による「禅僧の死に様」は東山湛照禅師を取り上げております。

詳しくはこちらからどうぞ。

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油日神社 -滋賀県甲賀市-




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白洲正子さんの著書、『かくれ里』に紹介されており、前々から一度訪れてみたかった油日(あぶらひ)神社を参拝。

山深い甲賀の地。道中、ある地点を過ぎたところから明かに大地のパワーみなぎり、静かながらも力強い気を感じる地域に入ってゆきます。

そうして辿り着いた油日神社。
村の人々によって、はるか古より、大切に大切に守られてきたよどみないその清らかさに、心打たれる佇まいなのでした。

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今回は日曜日で拝見できなかったのですが、次の機会には是非、油日神社所蔵の“福太夫”の面と、“ずずいこ様”を拝みたいと思っています。

詳しくは、白洲正子著『かくれ里』(講談社文芸文庫)に。
この地域の村に残る“宮座”(信仰を中心にした氏子の集団)の事や、日本の原点とも思える豊穣を祈る行事などについてとても興味深く紹介されています。
日本というもの、日本人というもの、これからの日本を考える上で欠かせない事を、故人の著作から学ばせてもらっています。

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洞雲山 -小豆島八十八箇所・一番札所-




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弘法大師空海が、讃岐と京を往復する際に度々立ち寄ったとされる小豆島。
そんな小豆島にも、島内に八十八箇所の霊場があります。

訪れましたのは、一番札所の洞雲山。杉の巨木が鬱蒼としげる中をゆくと、大師堂が(下写真)巨大な岩盤の下にあります。
さらに周辺の岩場には洞窟から垂れ下がる鎖があり、ここが修験の地である事を思わせます。
知り合いの真言宗のお坊さんもよく山ごもりをされていましたが、そのような行者が夜坐をするのでしょうか。私ならば恐怖で5分と持たないでしょうが、真言宗といえば同行二人。お遍路さんのみならず、修行僧においても、「いつもお大師さんと一緒」というその強い気持ちが、修行を支えるのでしょうか。

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小豆島、訪れてみると思っていた以上に興味深い島です。
さらに続きます。

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西田幾多郎記念哲学館 -石川県かほく市-




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石川県の旅。鈴木大拙館へゆけば、西田幾多郎記念哲学館もはずせません。
こちらはまた世界的建築家、安藤忠雄氏による設計だとか。

この“哲学館”という名称から、非常に敷居の高い所であるイメージを受けるかもしれませんが、小学生の社会見学にも良いのでは?と思うくらいに、「つかみ所無く、とっつきにくい、哲学」というものを、わかりやすく教えてくれるメディアライブラリーなどもあります。
西田先生の生い立ちから晩年に至るまでのこと、西田哲学のこと、世界の哲学者について、非常に幅広く“哲学”に触れる事のできるような館内となっていました。
読書会なども開催されており、羨ましい限りです。
金沢から能登にかけてご旅行される方などは、是非お立ち寄り下さい。

他の所員による西田幾多郎記念哲学館の感想はこちら

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篤信家のお婆さんの葬儀に思う




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私が兼務している檀家3軒の小さなお寺(実は由緒はかなり古い)があり、その開基の家系で今も檀家総代をされているお家のお婆さんが、さきごろ97歳という天寿を全うされ逝かれました。
自坊の檀家さんでもご自宅での葬儀が少なくなってきたなか、自宅にての葬儀。そして役僧も両班揃った六役僧です。
祭壇は農協から借りた比較的質素なものですが、その回りには親戚縁者から届いた、果物や乾物の盛り籠で所狭しでした。
まぁおよそ都会ではもうあり得ないような旧来のお葬式をさせていただき、私も未熟ながら導師として精一杯のお見送りをさせていただきました。

このお婆さんは晩年2年近く入院されてしまいましたが、その直前の一昨年の秋には自転車に乗って自坊にダイコンを届けてくださったり、大変お元気で、色々と気にかけてくださる方でした。村でも老人クラブの人たちと仲良くされ、多くの人たちから親しまれて来られた方でした。
ご主人も10年前に亡くなっていますが、ご夫婦とも絵に描いたような篤信家でした。
だからこそ、寒い中でも多くの方が出棺を見送られ、また最近よくありがちな当日の初七日ではなく、正当の日に改めて勤められた初七日(上記写真)にもご近所ご親戚が20人以上も集まられて盛大に勤められたのだと思います。

これをお読みの方は、そんな面倒なこと、まだやっているのか。葬祭ホールを借りたら楽だし、初七日も葬儀当日にやってしまえば簡単なのにね、と思われるかもしれません。しかし、以心伝心(心を以て心に伝える)ともいえることは、こういった面倒なことを面倒だと厭わず、一所懸命に勤めることなのではないかと思ったのです。

95にもなったお婆さんが自転車に乗ってわざわざダイコンを届けてくださる。うちにだけではなかったようで、私がこのことをお通夜で話すと頷いていた方が何人もおられました。気持ちが無かったらできることではありません。こういうお気持ちが、遺された家族の人にも繋がり、私たちにも繋がり、そしてお葬式には結局、こういうふうに応報となる。
これが本当の「絆」なのではないでしょうか。

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鈴木大拙館 -石川県金沢市-




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昨年私の上司もこちらで案内しておりました、金沢市にあります鈴木大拙館。
お正月に金沢へ行った折に、もちろん私もお邪魔して来ました。

エントランスを入った所から大拙先生の写真に迎えられ、興奮して声高になる私に、受付の方は「変わった人だわぁ」と。私が変わっているのではなく、真実として、禅という、こんなにもかっこいい世界は他には無いだけなのだと本当に思います。未だ憧れの世界です。

と、こういう類の事(禅が好きだのなんだの)を話していると、ある和尚様が、「お前さんのように理想に燃える者ほど、僧堂に入ると挫折してすぐに逃げ出す」と仰いました。確かに、一体禅ってなんでしょうね
髮を剃る気はありませんが、そのように私の戯言が一掃されるのもまた、「禅僧とはなんと面白いのか……」と、楽しいわけなのです。

それはさておき、この記念館。世界的な建築家、谷口吉生氏による設計だとか。
凛とした空気と静謐さを抱き、まるで履き清められた早朝の禅寺を訪問したかのような心持ちを覚える建築。
禅の事をまったく知らない、わからない人も、“禅的”なものをここで感じ取ってもらえるような、禅の空気感・世界観を現代建築にて表現すれば、こうなるのだな…と納得のいくものとなっていました(何様?ですね……すみません)。

また、展示品に一切の解説がついていないのも良かったです。頭を空っぽにしたまま、自分の目で観て感じるという事ができます。
昨今の美術館博物館での展示品には、解説の長いもの、学芸員の私的見解などが書かれていて、自分の観る目や、感じる心を邪魔しかねない事が多々あります。

今回は大雪の中お邪魔しましたが、季節ごとに訪れてみたいものです。
皆様も、金沢へゆかれた際には是非お立ち寄りになってみて下さい。

鈴木大拙館HP
『相貌と風貌-鈴木大拙写真集』


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大寒 ―二十四節気― 「かんずり」の雪さらしの頃




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本日は、二十四節気の第24番、トリの大寒です。小寒で寒の入りをして、この大寒の終わる立春前日までが一年中で最も寒い「寒のうち」ではありますが、実は蕗(ふき)のとうが芽を出すのもこのころですから、もう地面の下では春の準備が始まっているのですね。

さて、私が好んで使う調味料の一つに「かんずり」というものがあります。10年以上前に新潟の友人から薦められて知ったのですが、とうがらし、海の塩、柚子、糀を材料にして作られた赤い調味料で、いろいろな料理の隠し味にできます。

このかんずりは新潟の妙高高原付近でのみ作られるもので、3年かけて商品になるようですが、1年目の秋に塩漬けされたとうがらしを、大寒の時に雪の上に3~4日さらすのだそうです。「雪さらし」という作業だそうですが、白い雪と赤唐辛子の色合いがきれいなことでしょう。雪が唐辛子のアクを吸ってくれるのだそうです。その後熟成発酵して足掛け4年目にできあがった「かんずり」はとてもマイルドで、柚子の風味がするすばらしい調味料になっています。

WEBサイトからでも買えますが、近所のスーパーでも売っていたりします。まだ味わったことのない方、是非一度お試しあれ。精進料理でも使えますよ。

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山田無文老師




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山田無文老師は、禅文化研究所の初代所長でしたが、花園大学の学長も長く勤められました。
当時花園大学では、春と秋に各々5日間の摂心があったようです。
全学を挙げての摂心で、教員、職員、学生は全て参加することになっていました。
ところがある摂心の前日、学生が摂心反対のストライキを起こし、学長もまじえて大学当局と話し合いが行なわれました。

学生の言い分は

「学生は勉強を優先すべきで、坐禅は僧堂に入ってやればよい」

というものでした。ワアワアと騒ぎ立てる学生に対して、最後に無文学長が、

「学長の教育方針が通らんような大学なら、わしは学長を辞める」

と言われたのだそうです。
学生たちは途端に静かになり、翌日からの摂心は予定通り行なわれたのでした。
宗門立花園大学の面目躍如、嬉しくなるお話ですね。


『自己をみつめる』山田無文

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瑞源寺(臨済宗妙心寺派) -福井市-




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技を訪うの取材で、福井市に行ってきました。

福井といえば、永平寺(曹洞宗)のお膝元、そして浄土真宗の教えが広く深く伝わった地である為、臨済宗寺院はとても少ない地域です。
その中でも、福井に訪れたのなら是非にと、瑞源寺さんにお邪魔し、ご住職に色々とお話を伺って来ました。

こちら瑞源寺さんは、福井藩五代藩主・松平昌親(後に第七代をも勤め、吉品と改名)と、その母・高照院の菩提を弔う妙心寺派のお寺です。
廃藩置県により取り壊された福井城の遺構を残す寺として、本堂と書院が県指定の重要文化財となっており、2010年には大々的に修復がなされました。
細部に至るまで当時そのままの技法と素材で復元を……と、現代の職人の力を結集し蘇った遺構に、感慨もひとしおでした。

通常拝観は行なっていませんが、関心のある方は事前に連絡してお邪魔すれば、拝観が可能です。
御本尊、本堂、書院の修復記録は下記からどうぞ。


-御本尊の十一面観音の修復記録-

-本堂・書院の修復記録-

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真空管のラジオ。電池式。




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たぶん昭和ごく初期の真空管ラジオ。電池を電源とし、ラッパ型のスピーカーで鳴らす。真空管はナス型の201A(直熱型の三極真空管)が5本、バリコンが三つ、かご型のコイルが三つなど、見た目は豪華だが、作りが何となく素人くさい。町のラジオ屋さんの組み立てといったところか。
当方全く知識がないが、昔の本を頼りに配線を調べてみると、高周波増幅2段、再生検波1段、低周波増幅2段で、ニュートロダインという方式に近いようである。しかし肝心のニュートロドン(中和コンデンサ)が見当たらず、取り外した形跡もない。高周波増幅を2段も備えていて、発振など起こさず満足に動作したのだろうか。現在は結合トランスも断線しており、当然鳴ることはない。

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「コンフォートハンド」の講習会 -臨床僧の会・サーラ主催-




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『臨床僧の会・サーラ』が主催する「コンフォートハンド」の講習会を受講した。

コンフォートとは、元気づける・慰め・痛みを和らげるなどの意味を持ち、コンフォートハンドは、心理学・生理解剖学を基に構築されたハンドマッサージである。香り・言葉がけ・タッチの三つの要素を取り入れ、子どもや高齢者・病中病後の人でも簡単に実行でき、誰が行っても癒しの効果が得られるよう構成されている。

鍼灸師・薬剤師などの他に、エステの国際資格・アロマインストラクターなど25の資格を持つという夜久留美子氏の講演では、臨床の現場での心のケアの重要性とストレスを緩和するためのツールとしてマッサージの有効性を話された。コンフォートハンドは、一方的な治療ではなく、リラックスした雰囲気の中で、お互いが同じ動作をすることで交感神経や筋肉の緊張を緩和し、心を開き他を受け入れるという効果があるという。

1時間の講義の後、2名のセラピストによる実技講習が始まった。
二人でペアを組んで教えてもらった動作を交代で繰り返す。フレグランスという香料とオイルを手に馴染ませ、手先から手首まで入念にマッサージをするが、行う側は手順を覚えたり力を込めたりで、最初のうちはリラックスとはいかない。
それでも初めて手にするアロマは自然な香りで心地よく、慣れてくるとスムーズな動きとなってくる。受けている側も次第に筋肉の緊張感がゆるんでいくのが実感できる。
一回だけの体験では全てはわからないが、言葉だけでなく、手と手が触れ合うことによって互いの心を通じ合わせることのできるツールとしての可能性は感じることができた。

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四方指展望台 -小豆島-

 

 

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私的な小豆島旅行記が続いていて申し訳ないです。
言葉を書きつらねるのも無粋かと思われますので、今日は写真のみ。
小豆島の四方指展望台(標高777m)からの景色です。

 

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小豆島の民間療法?! -小豆島・石風呂-




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最近ことに民間療法・自然療法などに関心のある私なのですが、小豆島でこのようなものをみつけました。

【町指定 有形民族文化財 肥土山の石風呂】

出入り口は狭く感じますが、身をかがめて入るとなんとか入ってゆけます。
中はわりと広く、縱2.6m、横1.8m、高さ1.5mのドーム型になっています。
江戸時代後期に造られ、昭和の初め頃までは使用されていたのだとか。

この中で、松葉か雑木を焚き、その後、真っ赤に焼けた「おき火」に塩水をかけ、その上に海藻と濡れ筵(むしろ)を敷き、5~6人が一度に裸か浴衣で入ったのだとか。
からだ中が芯から暖まり、婦人病・腹痛・神経痛・リウマチなどに効用ありとの事。

お金をかけて癒しを得るのに必死な感ある昨今ですが、昔の人の智恵とはすごいものですね。

また、都会では、隣近所に誰が住んでいるのかも知らない事が多くなりましたが、この村では、昭和初期までこうして村の人々がこの穴の中でさまざまな事を語り合いながら癒されていたのかと思うと、それはとても色々な意味で“強い”事だな……と思いました。



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農村歌舞伎 -小豆島-




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昨年末に訪れた小豆島にて。
かなり気になったのが、毎年5月と10月に行われる農村歌舞伎(国指定有形民族文化財に指定されています)の舞台。
中山の舞台と肥土山の舞台とがあり、どちらも訪れてみました。

まずは、春日神社の境内にある中山の舞台(上写真)。茅葺き寄棟づくりです。
どこにも無いような雰囲気と形の舞台。なのにとっても懐かしくほっこりとした気持ちにさせられます。

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狛犬もこれまたなんとも可愛らしい風情。
毎年春日神社の奉納芝居として、10月に上演されるのだとか。

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雪の兼六園 -金沢-




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兼六園にて松の雪吊りを拝みたく、でかけてきました。
ちょうど大雪のお正月。それはそれは美しい雪化粧。
北陸特有の重い雪から松の枝を守る為に施されますが、美しさも兼ね備えたこの姿にしばし寒さも忘れて佇みます。

ここ金沢は、さすがは加賀百万石の地。能楽もさかんで、「空から謡が降ってくる」=庭木職人も謡を口ずさんだ……と言われます。
新しくできた能楽美術館の趣向が非常に面白いものでした。

そして、加賀と言えば加賀の三太郎。そのうちの、鈴木大拙先生、西田幾多郎先生の記念館なども訪れましたので、またこちらでおいおい紹介させていただきたいと思います。

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新年辰歳のご挨拶と「小寒」 ―二十四節気―




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あけましておめでとうございます。
旧年中は我々日本人にとって忘れることのできない一年となってしまいました。
どうか今年は被災地の一日も早い復興とご多幸、そして災害のない年をと心から願うところです。
禅文化研究所は本日より通常通りの業務を行ないます。本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

今年は辰年。
龍といえば臨済宗の本山の法堂の天井に書かれる大きな雲龍図が思い出されますが、龍は仏の教えをたすける八部衆の一つで、涅槃図にも人物に龍が巻き付いている難陀龍王や跋難陀龍王が描かれています。また龍神は水を司る神であるため、火災から護るという意味がこめられて、よくお寺に描かれているわけです。
そこで辰年に因んで、これら、禅宗寺院に描かれている龍を参拝して回っていただこうと、京都市内の禅寺で龍にまつわるものを見られるところをリストアップし、このブログや禅文化研究所のWEBサイトで、まもなくお知らせいたします。通常は非公開となっている軸などを見せていただける寺院もありますので、お楽しみに。春や秋ごろには龍巡りバスツアーも計画しています。
また辰年にあわせて、昨年秋にリリースした、スマートフォンアプリ「京都禅寺巡り」では、まもなく「龍巡りスタンプ」機能を追加します。各寺院の龍の画像を電子的なスタンプとしてスマートフォンに登録していくことができる機能です。是非、チャレンジしてみてください。

さて、本日1月6日は二十四節気の第23番「小寒」で、一年を通して最も寒い時期へ突入です。したがって古来より「寒の入り」といいます。明日は七草粥をいただく七日正月ですが、その七草に入れるセリがよく育つ頃でもあります。
子供の頃に聞き覚えた歌が思い出されます。
♪ 大寒(おおさむ) 小寒(こさむ) 山から小僧が泣いてきた なんと言って泣いてきた 寒いと言って泣いてきた ♪
ところが、この歌詞、童歌だけあって地方によって歌い方が違うようですね。あなたのおぼえている歌詞はどんなですか?
お正月あけ、どうか風邪を引かれませんように。

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