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雨あがりの鴨川




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いつ通っても、溜め息が出る美しい鴨川の眺め。
先日、雨上がりの後はこのような……。空気が澄んでいます。
雲間に見える青空が眩しい。あの鳥のつがいはどこへ飛んでゆくのだろう。
季節の変化のみならず、刻々と変化する様子がいつも楽しみで、
自転車を走らせていても、しばしとまって景色を楽しむ事にしています。

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青龍の頭の地 志明院へ




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11月の中頃、京都を守る青龍(鴨川)の源流の地、北区雲ケ畑の志明院へお参りしてきました。
4月の大護摩會の際にはお忙しくなかなかお話できない奥様から、様々なお話をお聞きしました。

司馬遼太郎さんがこちらに泊まられた折の摩訶不思議な体験を宮崎駿監督に話したところから、『もののけ姫』が生まれた事。

都会にいると、さも人間のみが生きている!という感じでいばっているが、こういった山の中で過ごしていると、我々人間のみが生命体なのではなく、木々やその他全てが生きている事をひしひしと感じ、人間は自分たちのみでは存在できず、ものの命や助けを借りてこそ生き長らえる事ができる事を日々感謝するという事。
そして、人間のみならず、あらゆる生命体の、その“ものの気配”をいつも感じつつ生活しているという事。また、だからこそこの地から環境問題などに対して警鐘を鳴らしているという事。

山田無文老師や、平田精耕老師もこちらを訪れられた事。

志明院のある山全体から水が湧き出ているようなもので、この山すべてが鴨川の源流であり、青龍の頭にあたる地がここなのだという事。

短い時間に、様々なお話をお聞きし、やはり京都の奥深さを知るのにはここだと思える聖地なのでした。

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神谷美恵子が残したもの -思文閣美術館-




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「なぜわたしたちではなくあなたが?あなたが代わって下さったのだ」。
当時、差別を受け、身体のみならず、心も患っていたハンセン病患者の希望の光となり、その治療に生涯を捧げた精神科医・神谷美恵子さんが長島愛生園を訪れた際に詠んだ有名な詩の一文です。

現在、思文閣美術館にて、「神谷美恵子が残したもの」が開催中です(12/20まで)。

神谷美恵子さんといえば、我が母校にて教鞭をとられた事もあり、また私のゼミでは彼女の著書が課題図書でした。
学生時代、『人間をみつめて』(朝日選書)の一文、

「生命への畏敬ということをシュヴァイツァは言ったが、私は宇宙への畏敬の念に、このごろ、ひとしおみたされている。科学の武器をもってさえ、その全貌を把握できないこの宇宙の中で、私たちは“意識”ある生命を与えられた。この意識をもって宇宙を支えるものに賛歌をささげたい。それをささげうる心が人間に与えられたことを感謝したい。こういう広大な世界を、小さな心で思い浮べることこそ人間に与えられたおどろくべき特権であると思う。」

が特に大好きで、この本を繰り返し読み、また事あるごとにこの一文があるページをめくっていました。
栄西禅師「大いなる哉 心や」にも通じます。

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秋深き永源寺にて




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先にブログ禅で報告した、第8回西村惠信所長といく“禅と文化”の旅で訪ねた永源寺。紅葉の事前情報では「色づきはじめ」といったことだったが、訪ねてみると、まだ緑の葉も残すものの、真っ赤に紅葉した葉も有れば、黄色く色づいた葉もあり、見事なグラデーションを見せていた。

今回は、そんな永源寺の紅葉や山内をご紹介します。小雨のあとだったせいで、却って色も引き締まって、さらに美しくみえました。

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もう少しお楽しみください。⇒

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京都御苑の紅葉




京都御苑の紅葉

「季節は待ってくれない!どこかへでかけなくては!!!」と、どこか有名寺院ででも紅葉狩りをしたい衝動にかられるこの頃。

家からすぐの京都御苑、いつもいつも「美しいなぁ……」と思いながら自転車を走らせていますが、先日ゆっくり歩いて通り抜ける機会がありました。
どの季節も本当に美しいです。特に今の季節は、「こんなにも落葉樹が植えられていたのか…」と、緑の時期には気づかない木々に目がいきます。
皆さん、京都へおでかけの際は、寺社と共に是非京都御苑もお散歩してみられてはいかがでしょうか。

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円空・木喰展 -美術館「えき」KYOTO-




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11月7日(土)~29日(日)まで、京都駅伊勢丹7Fにある、美術館「えき」KYOTOにて、「円空・木喰展」が開かれている。

独特の作風で知られる二人の刻られた仏像や神像が沢山展示されていて、とても興味深く観ることができた。
いかめしい顔をした力強いお不動さんや、千体仏と称して、細かな木っ端ひとつをも無駄にせず刻られた仏像。鉛筆の先ほどの小さなものもある。
それぞれの顔はユニークである。
立ち木に掘られたであろう観音様もあるし、円空の自身像もあった。
どこかの民間の場所にあって、その自身像の裏が皿のように彫り込んであるため、子供たちが持ち出してそり遊びをしたために、肝心の自身像の表面がすり減ってしまったというようなものもあった。
いかに民衆の中に溶け込んでいたのかが容易に想像できるのである。

美術館「えき」KYOTOは、京都駅の上であるし小さな美術館なので、気軽に立ち寄ることができるので、京都駅ご利用の際には是非おすすめしたい。

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第8回西村惠信所長といく“禅と文化”の旅2 -永源寺と佐川美術館-




西村惠信所長による講演風景
講演中。庭の明るさと対照的に薄暗い含空院内。美しいです。

昨日のつづきです。

法堂をあとにし、いよいよ禅文化研究所所長・西村惠信による講演です。
今回は、永源寺の開山、寂室元光禅師についてです。この講演も、僧堂内の建物(含空院)を使わせていただきました。山々を借景した庭が美しく、ぼんやりとした灯りの中で聴く講演の雰囲気は、独特の雰囲気を醸し出しており、後の方から見ていてなんだか「美しいなぁ…」と思えたのでした。

山々を借景した美しい庭
外にはこのようなお庭が広がっています!

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第8回西村惠信所長といく“禅と文化”の旅1 -紅葉の永源寺-




向こうにはどんな世界が……

11月13日、恒例の“禅と文化”の旅を無事終える事ができました。
ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。

行程はこちら

この日は、心配された雨も、永源寺にて美しい錦に喜々としつつ歩みを進めるうちに、いつのまにやらやんでいました。門の手前から既に皆さんの歓声があがります。

さて今回永源寺では、教学部長さんに様々な伽藍をご説明・ご案内いただきました。ありがとうございました。
私どもも含め、皆で、この山奥にある臨済宗本山の事について、お勉強させていただきました。

永源寺の三門
この上に登ってしまうわけです!

さて、私自身も楽しみにしておりました、まずは“三門参拝”です。こちらの三門には、釈迦三尊と十六羅漢様が祀られています。普段公開される事はありません。今回、お願いをしたところ特別に許可をいただき、入れていただける運びとなりました。
階段を登ると、またまた皆さんの歓声が。美しい紅葉を三門の上より間近に、また眼下に楽しめ、こちらだけでも「来た甲斐があった」と仰る方もいらっしゃいました。

三門内より
三門上より間近に見る紅葉

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新刊のご案内 『プチうつ 禅セラピー』




プチうつ 禅セラピー

禅文化研究所、新刊のご案内です。
 『プチうつ 禅セラピー』を、明日11月18日に新刊発売します。
本書は、季刊『禅文化』に「和尚さんの身体講座」を連載していただいている、京都嵐山の薬師禅寺の住職で、鍼灸師の資格を持つ樺島勝徳和尚の書き下ろし新刊です。
弊所の発行書籍としては、ユニークな一冊です。

書店に行って、家庭の医学のようなコーナーに行くと、今どきは「プチうつ」という言葉の入った本を沢山みかけることでしょう。普通の現代日本人に起きているこの現象を、禅的な発想からとらえ、自宅でもできそうな体操をしたりして、ゆっくりと克服してしまおうというのが本書です。
じつは、著者の樺島和尚は、自身が幼い頃からぜんそくに悩まされ、そのせいで「プチうつ」でもあったということですが、我が身を駆使して試行錯誤したすえ、「病むことさえできる大きな健康」ということにふと気付くのです。そして、いろいろな体操やEM菌を使ったり、簡単な遠赤外線装置を自作したりして、自らはついにぜんそくを克服してしまわれました。

発刊に先駆けて、我々スタッフは主要都市の書店へ営業に出かけました。その時のこぼれ話。
本書の見本をみた書店員さん云く、「“プチうつ”、“ぜんそく”、“アトピー”と、キーワードが多すぎて、どのコーナーに置けばいいか困りますね~」。
でも本書は、どれにも対応してるんですもの、仕方がない。でも確かに欲張りすぎたかもしれない……、と、装丁を担当した私は思うのでした。

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秋の一日




秋の彩り

先週、嵐山から化野の念仏寺まで、ちょっと歩いてみました。最近の寒さもあってか、まだ時期が早いようでも、山は粧いをはじめていました。これから、もっと艶やかになるのでしょう。

「化野」は「あだしの」と読みます。ここは古来より鳥辺野、蓮台野ともに葬送の地とされていたとのことです。

寺伝によれば、化野の地にお寺が建立されたのは、弘法大師によって五智山如来寺を開創されたのが始まりとのことです。その後、鎌倉時代に法然上人の念仏道場となり、真言宗を浄土宗に改め、華西山東漸院念仏寺と称するようになったとのことです。

中に入ると、目の前には賽の河原になぞらえて名付けられたという、「西院の河原」と呼ばれる無数の石塔群が広がります。これらの石仏・石塔は、往古化野の一帯に葬られた人びとのお墓で、長い歳月を経て無縁仏となって、化野の山野に散乱・埋没していたものを、これらを供養するために集められたとのことです。

そのうち、ある朽ちた石仏を見て、ふと考えさせられました。風葬から土葬へ、それから火葬へと葬り方は変わってきたけれども、生命のとらえ方、別離の悲しみはどうでしょう。

「あだし野の露消ゆるときなく……」とは吉田兼好の『徒然草』の一節。「誰とても 留まるべきかは あだし野の 草の葉毎に すがる白露」とは西行法師、「暮るる間も 待つべき世かは あだし野の 末葉の露に 嵐たつなり」とは式子内親王の歌。はい、筆者なりにでも、一所懸命に思惟することにします。無常の風が吹く前に。

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妙心寺 禅の心と美  -名古屋市博物館-




名古屋市博物館

11月23日まで名古屋市博物館にて、【特別展 開山無相大師650年遠諱記念-妙心寺 禅の心と美-】が開催中です。
東京国立博物館、京都国立博物館と、妙心寺開山無相大師650年遠諱事業の一環として、順次開催されて来ましたが、今回は展示内容もまた異なっているようです。
予想を上回る人出だそうです。妙心寺所蔵品だけではなく、濃尾地区の妙心寺派寺院所蔵の宝物も多数出展されております。なかなか目にすることのできない宝物の数々、是非この機会にお近くの方はおでかけになってみてください。

お正月からは九州国立博物館で「京都 妙心寺 -禅の至宝と九州・琉球-」が開催されます。

栞いろは歌 禅のことをもっと…も各会場内にてお配りしております。

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嘉陽門院の墓




嘉陽門院の墓

研究所の近く、旧竜翔寺跡にある後鳥羽天皇皇女礼子内親王(嘉陽門院・かようもんいん)の墓。宮内庁管理の兆域内に遐かに石造五輪塔が拝される。

嘉陽門院礼子内親王は後鳥羽天皇の第三皇女、賀茂斎院に卜定されるが、礼子内親王を最後として賀茂斎院は廃絶した。父帝配流後も京に残ったらしい。文永十年八月二日崩、寿七十三。

竜翔寺は嘉陽門院の崩御より後、後宇多天皇によって南浦紹明(大応国師)寂後に国師を開山として建立。室町時代は十刹の第十位ともなっている。

女王の墓がこの地にある由来はよく分からないが、『雍州府志』にはすでに記載があるので、当時より何らかの記録や伝承が存在したのであろう。

近くには後宇多天皇御髪塔および大応国師普光塔の覆屋もある。

嘉陽門院の墓_五輪塔
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一面のコスモス畑




コスモス畑にて1

今年の秋は、安土城から程近いJR琵琶湖線の近江八幡駅近くに、こんなコスモス畑がお目見えした。
およそ減反政策によるために、この地区の農業組合がコスモスを植えることにしたのだろうが、毎朝、通勤電車からきれいな景色に感嘆していたのだ。
いちど行って観てみなければと思っていたので、安土城に登ったついでに、足を伸ばしてみた。

子供連れの方や、デイケアの老人が、車でやってきて、のどかな景色を楽しんでいた。

クリックすると大きい画像でご覧いただけます。
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火天の城 安土城址




安土城址

今、映画館で『火天の城』が上映中である。ご存じの通り、信長の安土城建築にまつわるものである。
秋晴れのいい天気の午後、近くに住んでいながら、久しく登ってない安土城址を訪ねてみた。

階段に使われた石仏

築城の時、石が足りずに、こんな石仏までを階段に使ったりしているのである。あちこちの石仏にはお賽銭が供えてあるのを見て、ちょっとホッとする。

安土城址一帯は、前にブログ禅でも紹介した臨済宗妙心寺派摠見寺の寺領である。
昨年くらいから、現住職の摠見寺再建に発願により、安土城址に入るには入山料が必要となった。また土日には、摠見寺の特別拝観も行なわれている。
上記『火天の城』の上映に加え、最近、TVでの「世界不思議発見」での紹介や、名古屋ローカルTVの「ウドちゃんの旅してごめん」という番組でも紹介されたため、土日ともなると、かなりの観光客が訪れているようだ。

映画『火天の城』も観たが、壮大な計画をうまく描かれており、実際に、この安土城址を訪ねると、その現場にいるような気持ちがして楽しめると思う。

天守閣の礎石

天守閣の跡はこんな状況だが、回りに石組みも残っていて、この基礎石の上に柱が建てられ……と映画を思い出しながら想像するのである。

階段の登り降りは少々きついが、こんな石蕗(ツワブキ)が綺麗にさいていたりして、心を和ませてくれる。

石蕗(つわぶき)

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擔雪IIシリーズ 新しいパソコンにシステムとデータを移行する方法




擔雪IIシリーズ 新しいパソコンにシステムとデータを移行する方法

2009年10月22日、最新OSの Windows 7 が発売されました。
これを機に、新しいパソコンを購入された方、あるいは購入を検討されている方も多のではないでしょうか。
新しいパソコンを使い始める際に必要な作業として、古いパソコンから大切なデータを 移行しなければなりません。
そこで、新しいパソコンに擔雪IIのシステムとデータを移行する方法をご説明します。

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いけばな -歴史を彩る日本の美- 京都文化博物館




京都文化博物館_いけばな

京都文化博物館にて11月15日まで開催している、「いけばな -歴史を彩る日本の美-」を観にでかけました。
神仏への献花に起源を持つ日本の“華道”の歴史を、様々な資料をもとに、時代の流れに添って展示解説がなされていました。
現在、数え切れぬほどの流派がある日本の“生け花”“華道”ですが、華道のお稽古をする者として、改めてその歴史を勉強する良い機会となりました。

四季ある和の国日本の伝統文化は、知るほどに奥深く、その精神性をも含めると、この一生で足りるだろうか…と思うほど学ぶことが多々あります。私の師匠は御歳80になられて、私から見ると「知らない事などあるのだろうか」と思うほどですが、未だ御自らも師匠につき、学び続けられています。

自国の文化の素晴らしさを知っていれば、どこの国を訪れても、どこの国の方とお話しても恥ずかしくありません。
また、相手の国の文化にも尊敬の念を持ち、興味深く学ぼう、知ろうとする姿勢が自然と出てきます。
皆さんもこの秋に、自国の文化について、さらに見識を高めてみませんか?

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遠州龍潭寺




遠州 龍潭寺

奥浜名湖の北、井伊谷(いいのや)にある龍潭寺は臨済宗妙心寺派の寺院である。源義朝や源頼朝に仕えた井伊氏の菩提寺で、戦国時代に徳川家康に仕えた井伊直政は、彦根城主に出世している。直政の遺言により建立された彦根の龍潭寺は分寺にあたる。

奥山にある方広寺を訪問した帰途に立ち寄ってみた。売店もある広い駐車場は、平日にも関わらず、大型バスが何台も駐車している。聞けば舘山寺で開催されている花博とのタイアップで観光客が多く訪れるとのこと。
石畳の参道を進み、山門を入って石段を登ると正面に庫裡が見える。現在本堂は屋根の葺替え工事中で足場が組まれ全容を見ることはできない。本堂裏にある庭園は小堀遠州作。東海一の名園といわれている。多彩な石が配置されサツキとの組み合わせが見事である。まだ色づいていなかったが、どうだんが紅葉する頃も見てみたい。
同じ時期でも、大勢の拝観者で溢れ返る京都の観光寺院と違い、ゆっくりと拝観できるのが地方寺院の良さであろう。

遠州作庭
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美しい夕暮れ -和歌山・周参見-




美しい周参見の夕暮れ

先日、三島龍澤寺の心鏡室・鈴木宗忠老師のもとで修行した者の会下会(えかかい)に参加した。平たく言うと、修行道場のOB会といったところ。同じ釜の飯をいただいていた人達が、年に一度こぞって親睦を深めるのだ。
もちろん、自分が在錫(在籍)していたときには既に道場にはおられなかった人達も大勢おられるが、時は違っても、同じ師匠のもとに参じていたわけであるし、また道場の法要などがあると、お手伝いなどに集まるので、顔見知りである。
僧堂という、ある意味閉鎖された特殊な空間の中で、師匠や先輩から叱咤激励されつつ自己研鑚をし、苦労をしたもの同士であるので、私などのように会の中では弱輩もので世代が違っても、まるで仲間のように扱っていただき、とても楽しいひとときを過ごすことができる。

さて、今回の会下会は、和歌山県の白浜より、もうすこし南にある周参見で開かれた。
夕刻に到着すると、お日様が沈む方向が海の方のようなので、宿泊所の前にある海岸へカメラをもって降りてみた。

和歌山県・須佐美港

港にはクルーザーのほかに、長い竿が2本、角のように突き出た漁船がある。これは、ケンケン鰹を捕るためのケンケン船だという。「すさみ」と言えば「ケンケン船」とまでいわれるほど有名になっているとのこと。
道場の先輩が、ケンケン漁の名前の由来を憶測されていたので、帰坊してから由来を探していたら、こちらのページに書いてあった。先輩の憶測はこのなかの一説だから、当たらずとも遠からずだ。

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新刊のご案内 『栄西 千光祖師の生涯』




『栄西 -千光祖師の生涯』

今日は、11月4日発売の新刊、 『栄西 千光祖師の生涯』(宮脇隆平著・禅文化研究所刊)をご紹介します。
本書の著者、宮脇隆平(みやわき たかひら)さんは、博多聖福寺の元執事だった方で、平成7年の聖福寺の開創八百年慶讚法要の際に記念して発刊された『聖福寺通史』編纂に主として関わられた方です。
その縁があって、栄西禅師の教えに近づけたらという思いのもとに、史料をひもとき、足跡を追って、国内はもとより、中国各地をも歩かれたのです。
そしてできたのが本書。実は以前、『栄西ものがたり』(文芸社)として公刊されていたのですが、絶版品切れとなっていたものを、弊所から加筆修正されて『栄西 千光祖師の生涯』として発刊することになった次第です。

さて、みなさんは「栄西」を「えいさい」とお読みになっていることかと思います。しかし本書では「ようさい」というフリガナを振っています。「栄」を「エイ」と読むのは漢音で、「ヨウ」と読むのが呉音です。したがって、日本に伝わる古来からの漢字の音読としては、呉音である「ヨウ」の方が正しいということになるためです。
また、江戸時代の学僧で高峰東晙禅師という方がおられ、『興禅護国論解』という著書の中で、「栄」に「イヤウ」というフリガナを振られているため、建仁寺では古来、「ようさい」と読むのが伝承であるとのこと。博多の聖福寺でも寺伝で「ようさい」と読んでいるとのことです。
最近は学校教科書などでも「えいさい」ではなく「ようさい」と読ませているものも増えているとのこと。

話はかわりますが、複数の人間で重いものを引っ張る時などに、「エイサーヨイサー」という掛け声をかけることもあろうかと思いますが、実はこの掛け声は、栄西禅師が建仁寺を建立されるときに、大勢の人が巨木を引っ張るのに、どんな掛け声をかえようかと評議しているとき、「わしの名をよぶがいい」と禅師が指示されたので、「エイサイ、ヤウサイ」と掛け声をかけて引っ張ったところ、巨木がなんなく動いたというような逸話があるとのことです。

ともかく、本書にはこんな逸話も紹介されていて、小説風で読みやすいので、おすすめです。
5年後の平成26年には、大本山建仁寺で栄西禅師の800年遠諱大法要も営まれることになっています。

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