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「神が降りてきた」

WBCの決勝戦で、10回の表に2点適時打を放ったイチロー外野手が、試合後のインタヴューで「ぼくは(何かを)持ってますね。神が降りてきましたね。日本中のみんなが注目しているだろうと思って、自分の中で実況して、そういうときには結果が出ないものですが、それで結果が出て壁を越えたと思います」と言ったと報じられた。
「神が降りてきた」という言葉は日本人ジャーナリストたちの心を捉えたのだろう、大きく取り上げられて新聞の見出しなどに使われていた。私もこの言葉に良い意味でハッとした。それで、アメリカのメディアはこの言葉をどんなふうに受け止めているのだろうと思って、メジャー・リーグ公式ホームページのニュースを見たら、ちょっと別のニュアンスで報じられていた。

――バッターボックスに立っている間、心を清浄にして無心のアプローチ(take a Zen approach)ができたかと尋ねられたイチローは、クスッと笑って、「無心で(in a state of Zen)立てたらよかったのですが、さまざまなことを考えていました。考えてはいけないのに、あれこれとずっと考えていました。こうなると普通はヒットが出ないのですが、打つことができたのです。ぼくは自分のなかで何かを越えたのかもしれないなと感じました」。――

「神が降りてきた」という表現は英訳しにくいだろうなと思っていたが、その個所は触れられていなかった。多分、それが正解なのだろう。イチロー選手の言葉として「神が降りてきた」なんて紹介されたら、ヒュブリス(神に対する思い上がり)と受け止められかねないだろう。日本在住40年を越すアメリカ人の友人に聞いてみたが、やはり「神が降りてきた」というニュアンスは分かりにくいと言っていた。
Japan Times に、「天が主役イチローに加勢」という見出しの記事が掲載されているよと教えてくれたが、「神が降りてきた」というイチロー選手の言葉は取り上げられていなかった。こういう「配慮」は自動翻訳機ではできないなと思って可笑しかった。

それにしても、ZENという言葉は、「無心に」「超然として」「平常心で」というような気持ちを伝える言葉として、ある種の賛嘆と諧謔をともなって、しっかり根付いているのだなと改めて思った。

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天龍寺の枝垂れ桜

天龍寺のしだれ桜

京都嵐山にある天龍寺(臨済宗大本山)。
百花苑の枝垂れ桜がそれは見事(3/26の写真)です。
花冷えする日でも、ひと目美しい花を…、禅寺の空気を…と、たくさんの参拝客で賑わっていました。
これからの季節、嵐山に咲く桜と併せて我々の目を楽しませてくれることでしょう。

天龍寺のしだれ桜 天龍寺のしだれ桜

天龍寺での坐禅会などの情報は、臨黄ネットトップページのおしらせに掲載されています。
ご参考になさってみて下さい。

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京都御苑の桃と桜

京都御苑 小川の糸桜

今年も京都御苑内の“小川の糸桜”が満開になりました(3/25の写真です)。
例年より少しばかり早いような気がします。
毎年見ていても、毎年新たな気持ちで感動します。
神か何かが宿っている…と思わずにはいられないこの木なのです。

御苑の桃園
色とりどりの桃も満開で、この時期の御苑は賑やか!

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-不識- えしん先生の禅語教室 その4

達磨図
霊源慧桃 達磨画賛
禅文化研究所蔵

『伝灯録』などによると、菩提達磨はインドから中国へやってきたとき、金陵の都で梁の武帝に会見したことが伝えられています。武帝という皇帝は日本の聖徳太子のように、外来の仏教を熱心に受け入れようとした人で、時の人々から「仏心天子」と仰がれていたのです。当然、彼はインドからやってきた達磨という「碧巌の胡僧」(青い眼をした外国の僧)に深い関心を抱かれたのでしょう。

聞けば達磨という不思議な人物は、他の訳経僧たちと違って、漢訳した仏教経典の一つも持たず、手ぶらを振って中国にやってきて、「自分の仏教は文字に依らず、経典には書いていないことを伝えるのだ。そして人の心とは何であるかを問題にすることで人間の本性をつかみ取り、みんなを仏にさせるのだ」(不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏)と言いふらしている。そういう男にぜひ会ってみたいものだと思われたのでしょう。

武帝が、「私は即位いらい寺を建てたり、写経を勧めたり、坊さんを供養したりしてきたが、どういう功徳があるだろうか」と尋ねると、達磨は「無功徳」(何のメリットもありますまい)と言うのです。「仏教の教えるもっとも聖なるものは何か」と問われると、「廓然無聖」(カラッとしたもので、聖なんていうものなどではありません)との答え。

そこで武帝があきれ返って、「いったいお前さんは誰じゃ」と言われると、達磨は「不識」(知りません)と答えたのです。まるで人を喰ったような答えばかりで、武帝は何のことだかさっぱりつかみ所がなかったのですが、伝記の記者はそういう仕方で、達磨の禅宗が初めから他の仏教と一線を画していた、と言いたかったようです。

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西国観音霊場 壺阪寺

壺阪寺山門

西国三十三カ所観音霊場の第六番「壺阪寺(南法華寺)」(〒635-0102 奈良県高市郡高取町壷阪3番地)へ参詣した。
一口に西国観音霊場といっても、それぞれのお寺の趣きはいろいろなので、お寺へ到着するまでの想像がいつも楽しい。

このお寺はまず、なにもかもが大きいという印象をもった。境内にはインドで製作されたという巨大な石仏が何体もあり、またお堂もそれぞれが大きく、中国のお寺にでも来たような感覚を味わう。

奈良の観音霊場の中では一番南にあるこの壺阪寺は、浄瑠璃でも有名な、「お里・沢市」の霊験記がのこるお寺で、眼病に霊験があるという、十一面観音が御本尊である。
御本尊は、八角円堂といわれる本堂の中に安置されていて、他の霊場に比べて、ご開帳も比較的多いようだ。室町時代の作であるらしいが、少々ユニークな表情の観音様である。

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特別展 妙心寺 -京都国立博物館-

特別展-妙心寺-

本日3月24日から、京都国立博物館において、特別展-妙心寺-が開催されます。>5月10日まで。
開山無相大師の650年遠忌を記念して行われるもので、国宝「瓢鮎図」をはじめとする、普段はなかなかお目にかかることのできない禅宗寺院の宝物が一挙に公開されます。
お近くの方、また、お花見や観光で京都へおでかけの方は是非この機会にお運び下さい。

妙心寺展に関するその他の記事はこちら

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永源寺僧堂での悲しい事件




永源寺僧堂

3月6日に臨済宗の大本山の一つ、永源寺の道場で起きた事件(私は事故だと思う)について、ご存じの方も多かろう。
これについて、私はここで、あくまで個人的な思いを綴っておきたいと思う。

各メディアでは、「修行中の僧侶(雲水)が、酒に酔った上で口論となり、後輩の修行僧を縁側から突き落として死なせた」というゴシップ記事的な趣旨で、修行道場での傷害致死事件としてとりあげられた。

事件の後、ブログなどで本件をとりあげておられるものも散見した。
そこで多くは、臨済宗の修行道場の管理体制がどうとか、そういう疑問視を投げかけられている。
また、僧侶が不飮酒戒を犯していること自体を、猛烈に批判しているお方もおられる。よほどご自身は戒律を守ってご立派な方なんであろう。
しかし私はそんなところに問題の根底があるのだとは思わない。

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関西くだかけ農園 まほろばの里

まほろばの里

尊敬する永源寺の篠原老師が、DVD収録でもお話されていた、「お百姓さんが一番偉いんです」と、「Back To The Basic! 」。そして、インド人青年が話していた「畑があるから仕事をしなくても食べていける。日本人は働き過ぎ」。
これらの言葉がずっと心の奥深くに残っている私は、将来自分で野菜を作る事を夢見て、先日久々に母校の恩師でもある松田高志先生(季刊『禅文化』にも寄稿いただいています)が世話役を勤められている「関西くだかけ農園」にでかけてみました。
“くだかけ会”についてはこちらをご覧下さい。

この農園は、自然豊かな奈良県御所市にあり、かの大和三山を前方に見渡せる素晴らしいロケーション。
かつては天皇も住まわれた場所…となれば、大地のパワーも並大抵ではありません。
高層マンションからの景色を贅沢と思うのか、このまほろばの里の景色を贅沢と思うのか、人によって価値観はまちまちですが、私にはこれ以上の贅沢な景色は無いように思えました。
ちなみに、まほろばとは、“真秀ろば”と書きますが、まさに漢字が表わす通りの土地です。

菜の花がキラキラ


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春季展「春に笑む」 -裏千家茶道資料館-

春に笑む

裏千家茶道資料館において、春季展「春に笑む」と題して、梅・桃・桜にちなんだ展観が開催中です。
ことに日本人が好むこの春の花々を、茶人や職人はどのように表現し、愛でるのか?!
茶道をされていない方にも是非ご覧いただきたい内容でした。
また、茶家と大徳寺との深い関わりを伺い知る事のできる墨蹟などにも心ひかれました。
2階での展示の最後は、大徳寺現管長・高田明浦老師から現在の家元、坐忘斎宗匠に送られたという軸で締めくくられ、心地良い緊張感を持ちました。
1階にていただく季節の菓子と美味しい抹茶、お道具の数々もいつも楽しみです。

3月28日(土)まで。

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面壁坐禅しない臨済宗 -映画『禅 ZEN』を機会に-




坐禅

以前の映画『禅ZEN』の感想にて、道元禅師の曹洞宗と、我らが臨済宗とでは坐禅の方法が違う云々…という事を少し書いたが、今日はそれについて触れたいと思う。

映画「禅 ZEN」でも禅堂でのシーンが何度も出てくるが、臨済宗との坐禅方法の違いを一言で言うと、曹洞宗では面壁といって、壁に向かって坐る。臨済宗はその反対で壁を背にして坐るのである。

禅宗初祖である達磨大師は面壁九年といって、洞窟の壁に向かって九年も坐禅をされていたというから、面壁が根本にあるのだろうし、江戸時代に発行された臨済宗の無著道忠著『小叢林略清規』にも、面壁で坐ることをつとめて行なうようにと書いてある。

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村の人々 カジュラホその5 -インド-

インド カジュラホ村
村の女性はよく働きます。

インド旅行記、引き続き世界遺産カジュラホについてです。
訪れてみるまでは、遺跡がたくさん残っている事ですし、かなり観光地化された場所というイメージがあったカジュラホですが、訪れてみてびっくり。本当にゆったりした気分でいられる村でした。

遺跡からは少し離れた、村人達の生活の場まで自転車ででかけてみるのもまた面白いのでした。
今回はそんなカジュラホ村の人々をご紹介します。

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Flowers and Plants in Tibet -№17-

Flowers and Plants in Tibet

禅文化研究所客員研究員・李建華さんのご子息、叡(えい)さん による、チベットの草花の写真です。
チベットの厳しい自然の中でも、草は根を張り、美しい花を咲かせます。
専門家さえその品種を特定するのが難しい植物もあるとの事で、植物の詳しい説明は避けたいと思います。
どうか、美しい写真をお楽しみ下さい。
尚、チベットの植物について詳しい方がいらっしゃいましたら、どんどんコメント宜しくお願い致します。

※写真の無断転載・利用はお控え下さい。

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大理四僧塔



大理四僧塔

今回の大理での行事の一つは、明代に起こった政争に巻き込まれこの地で没した、4人の日本人留学僧が葬られている四僧塔での法要である。
この供養塔のことは、以前このブログでも紹介されているが、埋葬された中の1人、闘南という僧が、現在の臨済宗建仁寺派妙光寺(京都市右京区宇多野上ノ谷町)の僧であったことから、崇聖寺との友好寺院締結が生まれた経緯がある。
最近になって新聞報道などにより注目を集めた四僧塔であるが、彼らがどのような運命を辿ったかは日本側の史料には見出せず、中国側の史料によってその一端が窺い知れるだけというから、600年もの間日本人に関心が示されなかったのも仕方がないことであろう。

大理四僧塔_法要

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-祖師西来意・そしせいらいい- えしん先生の禅語教室 その3




卓州胡僊 蘆葉の達磨画賛(禅文化研究所蔵)

-卓州胡僊 蘆葉の達磨画賛-

その他禅文化研究所 所蔵墨蹟はこちら

一般に「祖師」と言うと、禅宗の法灯を伝えた歴代の祖師のことですが、ここではインドから中国へやってきた「菩提達磨」(ぼだいだるま、達摩とも書く)個人を指しています。そう、選挙の時などに担がれるあの朱達磨こそ、六世紀に中国で禅宗を開いた人なのです。

手も脚も衣に包んで、九年のあいだ少林寺の洞窟でじっと坐り続けた達磨さんは、いくら押し倒しても七転八起する「不倒翁」です。なぜなら達磨さんは、外から加えられた力ではなく、自身の肚(はら)のなかから湧き出るセルフパワーを具えているのです。いわゆる自力ですね。また人の心胆を見抜いてしまうようなあの鋭い眼光は、悟りの智慧のはたらきを示したものでしょう。

達磨の図を見ますと、蘆の葉に乗って暗夜に揚子江を渡る「蘆葉(ろよう)の達磨」とか、毒殺されて熊耳山(ゆうじざん)に葬られてから蘇り、沓(くつ)を片方だけ持ってインドに帰って行く「隻履(せきり)の達磨」など、キリスト顔負けの奇跡を見せた人として描かれています。これらはすべてフィクションです。
しかし実際に達磨という人が存在したかどうか、歴史的な証拠は何もありません。ただ敦煌(とんこう)から発見された『洛陽伽藍記』永寧寺の条に、菩提達磨という百五十歳のペルシャ僧が登場してきます。それが禅宗の初祖に祭り上げられたらしいのです。

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禅文化研究所HP 読みものの紹介



ラウォ湖
写真 李建華 季刊『禅文化』より チベット ラウォ湖


禅文化研究所のホームページには、今まで発刊されてきた本の中から抜粋し、公開している文章があります。是非お時間のある時に、お好きな物を読んでみてください。
こちらから

今回は、季刊『禅文化』より、客員研究員の李建華氏の【川蔵北路を歩く(2)】を新たに掲載しました。
旅に出て自分の目で見るには難しいチベットの広大な風景、こと細かに旅の模様が綴られた旅行記を楽しんでいただけます。

チベットの人々

※写真の無断転載・利用はお控え下さい。

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見渡す限りの菜の花畑 -カンザキハナナ-

なぎさ公園の菜の花畑

滋賀県守山市の琵琶湖畔、なぎさ公園には、毎年、寒さに強いという菜の花「カンザキハナナ(寒咲き花菜)」でいっぱいになる菜の花畑がある。
琵琶湖大橋から湖周道路を東へ1キロほどのところにあるので、お近くの方はドライブで立ち寄られては如何だろう。
車を降りると、むっとするほどの菜の花(アブラナ)の匂い。花の息吹を感じるようだ。

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拓本

拓本は石碑の文字や青銅器の装飾、土器の文様などを写し取るためのたいへん重宝な技法だ。文字や文様を正確に写し取ることが出来るだけではなく、拓本自体の白黒のコントラストの美が好まれて鑑賞の対象にもされる。

日本での拓本についての最古の記録とされるものは、鎌倉時代の『元亨釈書』義空伝に見える。義空は平安初期に中国から渡来した禅僧である。虎関師錬は『元亨釈書』に義空の伝を収録するに当たり、史料とするために彼の功績を書き記した石碑の写しを探した。八方手を尽くして探したが誰も持ってはいない。そこで東寺にあるという石碑の現物を見に出掛けた。

ところが当の石碑は破片が四つ残るのみであった。その昔、羅城門が倒壊した時に下敷きとなり砕けてしまったという。師錬は自分でそれらの拓本を取り、自房に帰って上にしたり下にしたり、あれこれ並べ換えて解読を試みたという。彼は「中国には古い物に関心を持って史料を収集した立派な人物がいたが、残念ながら日本にはそういう人はいなかった。義空の碑の全文を読めないのは惜しいことだ」と嘆いている。

現在でも、現物はとうの昔に戦乱や火災などで失われてしまったが、辛うじて拓本だけが残っていて内容を知ることが出来るという金石文は多い。拓本は筆写よりも正確で現物に準じて扱われる。しかし世の中には偽造されたと思われる拓本も相当数あるので、使用するときには注意が必要だろう。

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禅語かるた"だるま"

禅語かるた「だるま」

これは禅語かるた「だるま」というものである。
花園大学の旧・禅的教育研究所(H14~H19)の事業として、同研究所の編集委員によって100の禅語を選定され、かるたにされたものである。
昨年(2008)の10月15日(達磨忌の日)、芸臺幡(うんだいばん)から発売された。
私も少し出遅れたのだが、お正月に欲しいと思って、昨年末に注文をした。ところが、届いたのは2月の上旬。
というのも、この禅語かるた、上記の業者が、一枚一枚を手作りしているもので、受注から納品まで2ヶ月ほどを要するとのこと。だから、できあがりは御覧の通りで、すばらしい。

darumakaruta2.jpg

絵札は、仏教漫画家の臂美恵さんが描いたものである。
実はこの芸臺幡という業者は、禅文化研究所ともご縁が深く、特別事業・白隠禅師自筆刻本集成の製本を行なったのも、この会社である。

かるたとして遊ぶより、ちょっとした飾り物にもなりそうなぐらいの代物である。

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禅語かるた「だるま」通常セット 1セット 6,300円(税込み、送料別)
禅語かるた「だるま」桐箱入り 1セット12,000円(税込み、送料別)
ご注文は、(株)芸臺幡(うんだいばん) 電話:075-873-2750 FAX:075-873-2751まで

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雲南省 大理

蒼山

雲南省の中西部にある大理は、海抜2000メートルの高地にあり、13世紀まで大理王国の首都として栄えた町である。
じ(さんずい+耳)海と呼ばれる人間の耳の形をした湖と、19の峰が連なる蒼山とに囲まれる。年間を通して温暖な気候に恵まれ水も豊富で農業が盛んである。日中の日差しはかなり強いが、心地よい風が肌に気持ちよい。風の町とも呼ばれるらしく、山の頂には風力発電の風車が回っていた。
ガイドの話によると、町の中が綺麗なのは、一日中吹く風がゴミを掃除してくれるからだという。
雲南省は少数民族が多い地域だが、大理はその人口の大半を白(ペー)族が占めている。
白族はその名の通り、男女とも白を基調とした服装が特徴である。

今回この地を訪れたのは、禅文化研究所が事務局を務める日中臨黄友好交流協会と、大理にある崇聖寺とが結んだ友好寺院締結を記念した式典に参加するためである。
これから数回にわたり訪中で訪れた地を紹介してゆきたい。

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さて、大山崎 ~山口晃展~ -大山崎山荘美術館-

さて、大山崎

この人(山口晃氏)の目から、世界はどのように見えているのだろう?!
と心から感嘆し、心から大いに笑い、楽しめる展観でした。
普段は静かなこの小高い山の上にある美術館も、今回は評判を聞きつけた人たちで大入り満員状態。
長年通っている美術館ですが、このように人で賑わっているのは初めて?でした。

茶や戦国の武将に縁深い大山崎の地。現代と歴史が交錯、茶道や華道などの日本の伝統、色々なものごとがシンクロしていて、既成概念なんて枠に捕らわれないはまらない、山口氏が生み出す作品は、次を観るのがワクワクして仕方が無い……。
少年の心を持ったまま…だけれども、膨大な知識量に裏打ちされたかのような作品に夢中になりました。

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【東郡 パールシュヴァナータ寺院】 カジュラホその4 -インド-

アイシャドーを塗る女
有名な“アイシャドーを塗る女”

インド旅行記のつづきです。
世界遺産カジュラホの東郡、パールシュヴァナータ寺院をご紹介。
ジャイナ教の寺院で、10世紀半ばに建立されました。
見た感じはヒンドゥー教寺院と何ら変わらないようですが、違うところといえば、処々に祀られているティールタンカラ(祖師)像の存在です。
ジャイナ教の祖師像は、その派にもよりますが、無所有を戒律として定めているだけに、衣を身にまとってはいませんし、装飾品なども無い事が多いようです。

それにしましても、「宗教が違うのに、建物は一緒で本尊だけで見分けるの?!」と我々の感覚だと思いそうですが、カジュラホあたりの寺院群は、同じ建築家が設計し、同じ彫刻家によって造られたものが多いそうです。
土着の信仰の影響を色濃く受けて生まれたインドの各宗教は、そんな事は気にしないのでしょうか。ヒンドゥー教徒は我らがお釈迦様も、ヴィシュヌ神の第9番目の化身としてとても敬っています。何も知らなかった私は、初めてインドを訪れた際、ヒンドゥー教徒の女性がお釈迦様の涅槃像にキスをしてお祈りするのを見て不思議に思ったものでした。

上の写真は、ガイドブックなどには必ず登場する、“アイシャドーを塗る女”です。
10世紀のインド人がなぜこのような意匠を寺院に施したのか?と疑問に思いつつも、眺めているとなんだか微笑ましく、おおらかな気持ちになってくるのです。

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