教区の花園会員研修会

 

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自坊は滋賀県にある妙心寺派の末寺なのですが、昨年より、所属する教区部内の檀家会である「花園会」の研修会というものが開催されるようになり、今年も去る2019年2月12日に東近江市の会場にて開催されました。

兼務寺院もいれて27ヶ寺ある部内寺院の呼びかけで200人以上の檀家様が一同に会され、開会式に引き続いて、まずは山田無文老師が作られてなじみの深い「生活信条」の奉読、そして椅子坐禅を行ないました。たった3分間ではありますが、会場内は静寂に包まれ、「一日一度は静かに坐って身体と呼吸と心を調え」られたのではないかと思います。

 

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その後、第一部として登壇されたのは、ハッピーコミュニケーションクリエーターと自称され各地で講演を行なっておられる今尾昌子(マーサ)さん。「人生は観覧車のように…生きる」と題してのお話をされながらのピアノ弾き語りコンサートでした。ピアノを弾いての音楽活動もライフスタイルの一つのようで、それが面白いことに立ったままピアノを弾いて唱うことができるということで、力強い演奏ときれいな声で来場者を魅了していました。

来場者の年齢層もある程度高いために、それにあわせたような懐かしい歌も交え、またオリジナル曲も披露されましたが、聴いていると目頭が熱くなるようないい歌もありました。

b_MG_4257.jpg続いて第二部では、昨年の研修に引き続き、前禅文化研究所所長の西村惠信師による講演「人生を楽しく生きるには」。
自らの生い立ちと苦労話を交えながら、苦労をしたからこそ人生は楽しくなるのだという持論を展開され、また「人の生を受くるは難く、やがて死すべきものの、いま生命あるは有り難し」というお釈迦様の言葉を採り上げ、いかに私(あなた)の命が奇跡的なのかということを説かれました。
そして、何度も講演で説かれていますが、「人生をあといつまで生きられるのだろう」と考えるのではなく「残った人生で今が一番若いじゃないか」と発想の転換をし、そうすることで生き生きと生きる方がどれだけ楽しいか! という持論を話されたのでした。

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会場では、そんな西村師の著作を含む禅文化研究所の刊行物も販売しておりました。『禅語に学ぶ 生き方。死に方。』が人気でした。サインをしてもらって帰られる方もおられました。

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第14回臨黄教化研究会「SNS社会におけるコミュニケーションを考える」

 

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去る2019年2月7~8日と、花園大学教堂ならびに花園会館をお借りして、臨済宗黄檗宗連合各派合議所主催の「第14回 臨黄教化研究会」を開催しました。

今回のテーマは「SNS社会におけるコミュニケーションを考える」ということで、50名強の僧侶が全国各地から参加されました。

今回は基調講演としてお二方にご登壇いただきました。

一人目は「社会現象としてのソーシャルメディアを知りつくす」と題して、藤代裕之氏(法政大学社会学部メディア社会学科准教授)に、お二人目は「SNSを通して悩める衆生とどう向き合うか」と題して、井上広法師(hasunoha共同代表・浄土宗光琳寺副住職)にお話し頂きました。

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藤代氏のお話は、専門の研究分野であることもあり、SNSの流れに沿ってその特徴などもお話し頂き、私達のような印刷媒体から情報を得て、今はスマホなどを使ってSNSを使っている世代と、現代の若者のように小さいときからスマホやタブレットを使ってSNSに触れてきた人間とは、SNSに流れてくる情報の見方が違うと。
つまり、印刷媒体を知っている我々は情報は探しに行くものだと思っているが、今の若者達は、溢れるほど流れてくる情報をどんどんスルーしていて、なにかふと目にとまったものを見るという感じだそうで、その若い人たちに宗教者はどうやって情報を伝達していくことができるかということを考えさせられる機会となりました。
また、SNSで人と人は常時繋がっているようでありながら、すでにそれはUnhappyなのではないか、繋がっているのに孤独であると考えてしまう人たちも増えています。それをどうやって本当の繋がりにしていけるか、もっというと、これからSNSとどう距離を取っていくかを、誘導していくことが我々僧侶においての課題となっているように受け止めました。

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また井上広法師は、テレビ番組の「ぶっちゃけ寺」などでご覧になった方もおおいかと思いますが、hasunohaというサイトを立ち上げられています。このサイトは一般の人が投げかけた多種多様の質問を、お坊さん(宗派は問わない)が回答していくというサイトで、質問に対する回答率はほぼ100%で、すでに5万件以上の回答がされているという驚くべきサイトです。そのサイトの中での実例を挙げるなどして、悩める衆生をネット上で済度していこうとされているわけで、禅門の僧侶の本願である「下化衆生」そのものであろうかと思います。ただ、現状では臨済宗の僧侶は10人しか回答者に登録していないということで、色々な事情は想定されますが、そのあたりのこともこれから考えていかねばなりません。

このような講座の後、分科会では5つの班にわかれ、それぞれのテーマに沿って会議がなされました。

1班「寺院の活動にSNSをどう活用していくかⅠ」
2班「寺院の活動にSNSをどう活用していくかⅡ」
3班「寺院のホームページやブログの活用術」
4班「インターネットで起きる問題に仏教はどう対応するか」
5班「瞬時性とその問題点(著作権と肖像権を知っておく)」

二日目の最後には、これらの検討結果をそれぞれの班の代表者が発表し、閉会となりました。

SNSを若者たちと関係をつなぐ有効なツールとして、より敷居の低い繋がりを構築できるように、わかりやすいコンテンツを配信するなどしていき、そして、結果的にはネット上ではなく現実の人と人との繋がりにしていくということが、我々のするべきことなのではないかと思いました。

参加者だけではなく、宗門の皆さんもこういったことを考えていく機会をもつべきかと思いました。

※後日、臨済宗黄檗宗僧侶の方々には臨黄ネットの寺院用サイトにて講演の動画も公開いたしますので、どうぞご覧下さい。

by admin  at 09:25  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

百年の光跡 写真展京大吉田寮

 

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京都大学吉田寮。名前は知られていても、内部までは知らない人が多いのではないでしょうか。
耐震性にかけるとのことから、昨年9月末をもって住人である学生に退去命令が出ています。これによって学生自治で成り立ってきた長い歴史にも終止符が打たれるのです。またここでも支配したい大人が若者の大事な場を奪ってしまう、そんな風潮が感じられてなりません。
とまれ、その記録を遺さんがために、藤川 佳三という映画監督が、強制退去を迫られている京都大学・吉田寮を描くドキュメンタリー映画『自治と青春(仮)』の制作されていて、それを援助しようとクラウドファウンディングで募集されています。

この「吉田寮記録プロジェクト」で、臨済禅師・白隠禅師の遠諱の時に写真記録班を手伝っていただいたフォトグラファー平林克己氏もまた、吉田寮の写真を撮ってこられました。
今回、この映画制作のプロモーションの一環で、横浜、京都、東京で「百年の光跡 写真展京大吉田寮」が開催されています。

残念ながら、京都は去る2月3日で終了してしまったのですが、私は先週、京都ルーメンギャラリー(麩屋町通五条上ル)で開催されていた京都展を観に行ってきました。

一々の写真に付けられているキャプションは、吉田寮の住人である京大生が書いたとのこと。インパクトのある写真ももちろんのこと、それらのキャプションも読み応えがありました。

東京では2月11日まで観ることができます(入場無料)。
会場は、イリヤプラスカフェ カスタム倉庫 2F(東京都台東区寿 4-7-11)です。東京近辺の方、是非ご覧になって下さい。

それから、吉田寮の見学もできるようです。
今月は、8日、15日~17日、22~24日の各18:00から、一時間程度ということですが、事前予約は不要とのこと。
吉田寮の公式Twitterアカウントにて予定を更新されているようですので、行かれる前にお確かめを。

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雪の永源寺

 

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先般来の永源寺派管長・道前慈明老師のビデオ撮影の関係で、先日の朝、雪の永源寺を訪ねてきました。

旧八日市のあたりには雪がないのに、永源寺の門前あたりは、上記のような雪景色。やはり少し山の奥へ入ってきているために、平地とはだいぶ様子が違います。

境内へ向かうと、朝日に照らされてとても美しいのでした。管長にお出会いする前にしばらく撮影を楽しみました。

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秋には紅葉を目当てに多くの方が訪ねられる永源寺ですが、この時期にはさすがに参拝客はおられず、貸切状態。

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b_MG_4218.jpg気温は低く、気分もきりっと引き締まり、このあと、僧堂へ向かい老師とお話をしたのでした。

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現代版:牛に曳かれて善光寺

 

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まもなく旧正月。中国ではこれからお正月休みといったところで、京都にはまた多くの中国人観光客が訪れることに違いないでしょう。

それはさておき、自坊の檀家さんの中で一軒だけ、毎年旧暦のお正月に祈祷のためにお宅に出向いて、理趣分(「大般若波羅蜜多経」第五七八巻)を誦んでいるお宅があります。以前にも本ブログで書いたことがあるかと思いますが、知る限りでは先々代当主の時からずっと続いています。もっと以前から続いていた可能性もあります。

ここの現当主は私の幼なじみなのですが、娘さんが3人おられ、その御長女Hさんが御養子を迎えられて新しい世帯を構えられています。

今年はちょうど旧正月が当る日に他のお宅のご法事を受けてしまっていたので、一週間前の先日、理趣分を誦んでまいりました。今年はその新世帯を設けたHさんが言われるには、「私は今年は前厄なので懇ろにお願いします」と。小一時間の読経で、ご本人もすっきりしたということでした。

その後、お話をしていると、こんな話になりました。

Hさん)「和尚さんは善光寺って行ったことありますか?」
私)「はい、もちろん。3~4回くらいかな、お参りしたことがあります」
Hさん)「そうなんや~。私は行ったことがないので、来年は家族みんなでいかないと、と言ってるんです」
私)「ほぉ、急にまたどうして?」

ここからが面白い、いかにも現代っ子!

Hさん)「こないだね、寝る前にスマホでYoutubeを見ていたんですよ。何を見ていたかというと、“死刑で罰せられ処刑された人はどうなるのか”というのがあって……。そしたらその下にあった別の動画で、生前に善光寺にお参りしておかないとお浄土に行けないらしくて、死んでから、まず善光寺にお参りしなければダメなんだとかいうのがあったのですよ」と。

少しディテールが曖昧で間違っている部分もありましたが、ともかくは、「自分も含め大事な家族が、死んだ後にちゃんとお浄土に行くためには生前に善光寺にお参りしておかなければならない」ということを、なんと、Youtubeの動画を観て知ったということ。私はそこにひどく興味を抱かざるを得ませんでした。

「牛に曳かれて善光寺参り」という話がありますね。無信心な老婆が、ある日、布を洗濯して干していたところ、通りかかった牛が角にひっかけて走っいってしまったので、それを追いかけたら、ついに善光寺に至り、そののち篤く善光寺を信仰したという話なのですが、無信心ではないにしろ、今まで善光寺なんて有名なお寺を知りもしなかった当家の娘さんが、Youtubeをみて善光寺を知り、是非ともみんなでお参りしたいと思ったわけで、これはまさしく現代版「牛に曳かれて善光寺参り」ではないかと思った次第です。

もちろん、「善光寺に行く前に、うちのお寺にもお参りしてね」といっておきました。お寺での大般若祈祷会にもお参りしてくれるそうです。

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