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大晦日

除夜の鐘

画・トーマス・カーシュナー師

大晦日といえば除夜の鐘。
昨年私は旅に出ていて、ヨーロッパでお正月を過ごしました。ものすごい爆竹の音、わいわいとにぎやかな人々の声、翌朝には河原にワインボトルなどが大量に散乱し、それを拾う為に元旦から清掃車がお目見えでした。厳かなクリスマスを過ごす分、新年ではじけるのでしょうか?!
はるかかなたの国で、毎年かわりばえのしない日本でのお正月、ことに大晦日には除夜の鐘の音を恋しく思ったものでした。

寒く暗い中、どこからともなくお寺さんから鐘の音が「ごーん、ごーーーん」と聞こえ始める。
「そろそろやな……」と暖かくして家族ででかけ、鐘を撞かせていただく。
朝はお屠蘇を若い者から…。前日はお寺へ出かけ、今度はお宮さんへ初詣。何日も続くおせち料理。いつも変わらぬお正月のひとこま。
「変」で幕を閉じた2008年。変わるも大事、変わらぬも大事。
皆さんは一年をどのように締めくくり、どのように新たな年を迎えられますか?

画 トーマス・カーシュナー師
『禅僧になったアメリカ人』のトムさんの画です。著書の中にもトムさんの自筆画がありますが、とっても素敵なのです!

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ゆく年くる年 2008年

昨年末、私がお世話になった白隠禅師の古道場、三島市龍澤寺の中川球童老師が遷化された。
明けて新年早々に、禅文化研究所の前理事長で、大本山天龍寺管長の平田精耕老師が遷化。
その後も、相国寺僧堂の田中芳州老師、研究所前所長の真珠庵山田宗敏和尚をはじめ、臨済宗各派の高僧方の遷化が続いた。またつい先般は、自坊の隣寺の住職も鬼籍に入られたりと、お別ればかりの寂しい一年だった。お葬式に始まってお葬式に終わったという感がしないでもない。

そして、清水寺の森清範貫主が書かれた今年の漢字は「変」。色々な意味で変革の一年であったということだが、私の中では「底」という漢字が浮かんでいた。経済不況、政治不信、暗い話ばかりの連日である。
是非、今年が「底」であって、来年からはゆっくりでいいので、なんとか浮上の一途であって欲しい。


さて、今年一年、このブログをお読みくださった皆さん、拙い内容にもかかわらず、ありがとうございました。
まだまだアクセス数は多いとは言えませんが、これからも話題を多岐にし、なおかつ、ちょっぴり我田引水的なブログに育てていくよう、平日は毎日更新を心がけていきます。
来年もどうぞ、禅文化研究所の"ブログ禅 -ZEN-"に、おつき合いのほどをよろしくお願いします。(-m-)合掌

なお、明日12/27~翌年1/6まで、禅文化研究所は年末年始の休業をさせていただきます。1/6に所在地の花園大学内の電気工事で停電となってしまうので、今回はちょっと長めにお休みをいただきます。
ブログも基本的に研究所がお休みの時はお休みさせていただいておりますが、ひょっとすると?ちょこちょこっとアップされるかもしれません。
再拝

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妙心寺展 -東京国立博物館-

妙心寺展

臨済宗では最も多数の末寺を有する大本山妙心寺では、平成21年に御開山無相大師の650年遠諱(おんき・祖師の遺徳をしのび執り行う法要。通常50回忌以降50年ごとに行なう)を迎えられます。
そこで、これを記念し、東京国立博物館を皮切りに全国4か所の美術館・博物館にて『妙心寺展』が開催されます。
こちらのブログでも、各地での開催前には御案内させていただきたいと思います。
まずは東京から……。

【東京国立博物館】 1月20日(火)~3月1日(日)

無相大師(関山慧玄・かんざんえげん)をはじめとする妙心寺を代表する高僧の墨跡や頂相(ちんそう・肖像画)、その他有力な諸大名と関わり深かった禅宗寺院ならではの宝物がご覧になれます。
650年遠諱ならではの大規模な展観で、坐禅会や講演会など、各種イベントも開催されます。
詳しくは下記HPからご覧になってみてください!

妙心寺展_東京国立博物館

各種禅語カレンダー好評発売中!(08'12/26の午前中までにご注文いただきましたら、年内にお届けします)

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映画 “禅ZEN” ~女性として観る~

曹洞宗瑞龍寺 雪の高岡にて

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり 『本来の面目』道元禅師

2009年1月10日に公開される、道元禅師の生涯を描いた映画『禅 ZEN』について。
08'12/8の記事では、僧侶である私の上司がこの映画についてふれていたが、女性の視線からこの映画を観る時、私が一番に注目し、とても気になっているのは、内田有紀さん演じる遊女“おりん”の生涯についてである。
おりんは、遊女として生活しながら乳飲み子と夫を養っている女性で、後に乳飲み子を失い自暴自棄になるも、道元禅師と出会い、帰依し、最後には出家を遂げるという。

道元禅師が生きた時代の女性の地位、さらに遊女という立場、まだ小さな愛する我が子に死なれたその心……苦しみ、悲しみ、怒りややるせなさというのは、比較的自由に生きている(ように思われる)我々現代の女性には想像すらつかないように思える。お釈迦様の時代に出家した女性の話を読んでいてもまたしかり……。

が、「人の心は昔とそうは変わらない」とよく言われるように、時代や立場やその内容は違えども、私たちにだって、悩みや苦しみはある!と声を大にして言いたいのである。
この叫びにならない叫び(と言いつつ不特定多数がご覧になるブログで、思い切りはっきり言う現代女性な私)を、映画“禅ZEN”を観る事によって、自分とおりんを重ねてみて、彼女の心が救われるように、私も道元禅師に心救われる事をひそかに期待しているのである。
公開が待ち遠しい。

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庭の松 その2 -天龍寺-

天龍寺の松
天龍寺の松の剪定

日本三景は全て松である。
仙台の松島、天の橋立も松と砂浜、安芸の宮島も松である。
日本人にとって目出度い松・竹・梅においても、これまた松が一番だ。

昔、松は人々の生活に必要なエネルギー供給源であった。
電気のない時代、松脂は明かりを灯すのに使い、また、太平洋戦争では松脂を精製して飛行機も飛ばした。
また、松茸は秋の味覚の王様だ。江戸時代の天龍寺供養帳(日単)には、年中行事として所司代や奉行所へ進物とした……と記録されている。

その昔、嵐山は殺生禁断の地であり、立木の伐採はもちろんのこと、石や木の根を掘ることを禁じた札が立ち、下草刈りにも許可が必要とされた。
松の立木枯れや風雪で倒れた時は必ずその数を調べ、記録し、売却の入札についても落札者とその値を記録し、管理された。それほどに松は昔から大切にされた。

戦後のエネルギー革命により、松は庭の観賞用と化し、なかなかに手のかかる「金喰い虫」となっているが、人々の心の癒しとなっていることは確かだ。
金に勝るものが、松の美かもしれない。

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08年インドの旅 -インド-

08年インドの旅

07年、初めてインドを訪れました。前回までその旅日記をご紹介してきました。
次回からは、08年に再訪したインドをご紹介したいと思います。

「インドは人を呼ぶ」、「一度行くとはまるか、それとも二度と行きたくなくなるかどちらかだ」というような事をよく耳にします。
インドを訪れるまでは他のアジア諸国をめぐって来ましたが、ようやく私もインドへ進出だ!と思い、張り切って向かった昨年。いきなり飛行機が17時間の遅れでインドへの到着とあいなりました。
「おぉ、かの国へは、玄奘三蔵も経典を求め厳しい道のりを歩んだのだ、私ごときがぴょんとひとっ飛びで行けるわけがないのだ」などと感慨にひたりつつ(実際はイライラ)初めて降り立ったインドは、楽しくて仕方なく、私は「はまった派」となったようで、迷わず2008年夏にもインドへ。

2年連続インドへ旅をすると言うと不思議がられる事もありますが、インドには世界遺産がいくつあると思いますか? ヨーロッパの国々に重ね合わせたら、何ヶ国分の広さでしょう! インダス文明が栄えた地です。 数えきれないヒンドゥーの神々がおはします。
そして、お釈迦様が悟りを得られた地、仏教の聖地です。私にとっては、おそらく一生魅惑的で興味尽きる事の無い地でしょう。

今年は11月に大規模なテロという悲しい事件がありましたが、インドが背負う負の部分のみならず、素晴らしい面もあるのだという事をお伝えできればと思います。
ちなみに、インドについては、旅行者でも様々な旅のスタイルがあり、そのスタイルによって見えてくるものも違うでしょうし、駐在している方から見たインドはまた違うものでしょうし、立場によって色々な見え方があると思います。
私の旅のスタイルは、限られた日程ですので、航空券・それなりのクラスのホテル・ホテル~空港の送迎などは全て日本で手配し、現地ではガイドも無しで自由きままに行動するというもので、そこから見たインドのご紹介ですのでご了承下さい。
*ちなみに上の素晴らしい写真は、共に旅をした友人が撮影したものです。度々お写真お借りします。Thanks!

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和尚さんの蕎麦打ち

和尚さんの蕎麦打ち 蕎麦打ち 


秋晴れ気持ちよいとある日。訪れたお寺さんで、和尚さんが蕎麦打ちをされておいででした。
プロ級の腕との噂高い和尚さんの蕎麦粉を扱う手つきは、それはもうお茶のお点前でいうと「流れるかのごとく、いつ茶杓を持ち、茶をはき、いつ点て終わっていたのかわからない…」というくらい(どんな例えでしょう…)自然なのでした。

在家の身である私からすると、禅寺の和尚さんというのは、芸能人!のようです。
いろいろな方がいらっしゃいますが、上記のごとく蕎麦を打てばプロ級、うどんを打つのがプロ級の和尚さんもいます。野菜を育て、精進料理を作ったなら料理人顔負け。
その“人となり”を表すかのようにサラサラと力強く書かれる墨跡は書家の字とはまた違い、凡人には真似できない。墨絵を描かれてもそれはもう絵師のよう。楽器が得意な和尚さん、写真が得意な和尚さん。花を生ければ、一派立ち上げられては?と思うような和尚さん。ちょっとした庭だって、自分のセンスで作ってしまう。
それはもう個性豊かで、研究所で働いていますと色々な和尚様に出会えてとても楽しいものです。

「お寺」とだけ聞くと、誰かが亡くなった時のこと、お墓の事、法事の事…と、なんとなくグレーなイメージ。そんなことばかりが浮かぶかもしれません。
ですが、それだけではない!
お寺は、「死」に深く関わっている分、同じだけ「生」にも深く関わっています。
学問・芸術・伝統・哲学、あらゆる分野と関われる大いなる可能性を秘めた本当におもしろいサロンなのです。
ただ、和尚さんだって人間です。いろんな人がいます。お寺にも個性があります。
各々が、自分の人生に深く大きく影響を与えてくださるような、「この人!」と思えるような師に出会うには、「求めよ、さらば与えられん(マタイによる福音書・いきなり聖書ですが)」なのです。

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諏訪の神さま -信州諏訪-

高過庵
さて、これは何かおわかりだろうか? なんと、お茶室だそうで、その名も「高過庵(たかすぎあん)」というそうだ。 内部は見せてもらうことができない(そもそも高所恐怖症の私は遠慮したいところ)のだが、この茶室は、建築家・藤森照信氏(ふじもり てるのぶ、1946年~)が、自分の故郷の私有地に建てたものだ。
神長官守矢史料館
そして、この高過庵のすぐ下にあるのが、「神長官守矢史料館」(長野県茅野市宮川高部389−1 0266-73-7567)である。 この建物も風変わりであるが、これを設計したのも藤森照信氏である。 ここは、諏訪大社の神長官・守矢家の史料館なのである。守矢家は中世より諏訪神社上社の神官の一つである「神長官(じんちょうかん)」を明治時代まで勤めてきたという古い家柄で、この史料館は、その敷地に建てられている。 史料館の館長らしき初老の紳士は、どうやらお話好きのようで、混み合ってはいないが、訪れる人それぞれに親切に説明をされていた。 ちなみに、この藤森氏は、私が以前におとずれブログにも書いた浜松市にある秋野不矩美術館の設計者でもある。そういえば、同じ雰囲気である。
守矢家にのこる社 神長官裏古墳

敷地内には、このような小さな社も有り、また史跡に指定されている神長官裏古墳もある。
この社の裏に位置して、守屋山という山があり、この山が諏訪大社上社の御神体なのだ。
守屋山と守矢家、字は違うがまさしく通じるに違いない。

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加藤周一さん

白菊

加藤周一さんが亡くなったことを、昨日の朝日の夕刊(2008年12月6日)で知った。深い衝撃だった。加藤さんは心底先生とお呼びしたい人だった。立命館に来られていたころ、一度でもいいから受講したいと願っていたが、平日で叶わなかった。直接お目にかかっていないので「加藤先生」と書けないのが悲しい。楽しみにしていた朝日掲載の「夕陽(せきよう)妄語」が見られないのがとても気にかかっていた。お具合が悪かったのだと、今になってわかる。
加藤さんは本当に桁外れだった。私など加藤さんのお仕事の片鱗を垣間見させて頂いただけだが、ずいぶん以前に拝読した文体論など、今でも鮮やかに脳裏に蘇る。東大医学部で学ばれた加藤さんだったが、象牙の塔に閉じこもってしまわれなかった。戦争体験が大きく関わったのだろう。しかしこのことは、われわれ民衆にとって幸いだったと思う。医学の分野のみならず、ゆうゆうと世界に飛翔して、途轍もない視野で、さまざまな事象を掘り下げ、私たちにわかる言葉で伝えてくださったことは、やはり掛け替えのないことだった。
矢島翠さんという類まれなパートナーとともに在って、加藤さんのスケールは2倍、3倍の拡がりを得、なお日々の暮らしの隅々にまで眼差しが注がれたことは間違いないだろう。

加藤さんは民を愛する人だった。あのような途方もない「知の巨人」の言葉がわたくしのような一人の民のこころに届くのは、加藤さんが何よりもまずヒューマンな人だったからだと思うのだ。

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擔雪II法務管理 来年の年忌繰出・年忌案内を行なう方法

擔雪II法務管理

宗教法人管理システム「擔雪II法務管理」では、入力された過去帳の情報から来年の掲示用年忌繰出表や、各世帯に送付する年忌案内状を印刷することができます。

手順のポイントは、「過去帳」ではなく「年忌繰出帳」を開いて印刷を行なう点と、「繰出年度」を来年の値に変更する点です。

それでは、来年の年忌繰出・年忌案内を印刷する手順をご紹介します。

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美の発見 魁夷の愛蔵品と中国の風景 -東山魁夷せとうち美術館(香川)-

東山魁夷せとうち美術館

少し前の話になりますが、9/20~11/3まで、香川県立東山魁夷せとうち美術館で開催されていた【美の発見 魁夷の愛蔵品と中国の風景】を観に訪れました。
川端康成との古美術を通しての2人の交流について、また、画伯が蒐集された古今東西の美しい(骨董・美術品)ものたちや茶道具などが展示されていました。
日本を代表する画家ゆえに、その絵は何度も拝見したことがありましたが、今回の展示では、今まで私が知らなかった部分を拝見する事ができました。
「この色は、あの代表的な絵にいつも使われている色じゃないか?!」「このようなものの中にまで美を見いだし、蒐集されたのか…」と、一つ一つ、色々な想像をしながらの鑑賞でした。芸術家の所持品というのは、どなたの物を拝見しても非情に興味深い物です。その、「ものを観る目」というのを、凡人の私たちも少しでも学びたいところです。

さて、香川にはアートスポットがたくさんありますが、是非、瀬戸大橋を渡ってすぐの、この美術館にもお立ち寄りになってみてください。

美術館内のカフェ
館内にあるカフェからはこの景色!
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琵琶湖内湖周辺の熱気球

内湖と気球

私の住まう琵琶湖の近くは、寒くなり始めた日曜日の朝となると、沢山の熱気球が飛び始める。
熱気球だけに、外気温との差が大きいほど飛びやすいからだろう。
こちらからでも比良山系の山並みのグラデーションが美しく見えるのだから、天空からみる様子はさぞかし美しいことだろうと思う。

気球がいっぱい

この日も気球が合計5つ、あっちこっちに浮かんでいた。

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魅惑のへたり達磨 -金毘羅さん参りその2-

参道

へたり達磨 へたり達磨


さて、金毘羅さんの参道には、数々のお土産物屋さんが立ち並んでいます。
いにしえの人々も、お参りとはいえ同じような思いでこの階段を登ったのだろうか…と、わくわく。
その中で私が今回、その仕事の素晴らしさに魅了されてやまなかったのが、【讃岐一刀彫宗家 山中象堂】さん。

まずは上写真のへたり達磨の素晴らしい彫りと、その意匠にくぎ付け。お参りを忘れて覗き込んだものです。その他あまりに素晴らしい作品が多々あるので、とにかくお参りに行って、後からまた来ようということに……。

【へたり達磨について】 〈山中象堂さんの説明文引用〉
へたりとは辞書に依れば(へたばる、よわる、すわる、疲れて平たく座す)と記されて居ますが、この達磨は大地へ腰を落着け慎重に計画性を以て思索的に又他人に迷惑を掛けない様にするを良しとの意味をこめて当家の伝承図中より選択 現代風に改良讃岐一刀彫の特徴と味を最も良く生かした当家独特の製品の一つです。

とのこと。ご主人の話によると、昔、旭社などの彫刻を手がけた職人の夢枕に達磨さんが立たれて、「しっかり計画性をもち、事に励みなさい」とのお言葉をいただいたのだとか…。
ここで少し宣伝を…達磨さんの伝説といえば日本に数多く残っていまして、研究所からもこんな本が出ています。興味のある方は是非!

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金刀比羅宮参拝 -金毘羅さん参りその1-

さぬき富士を眺める

10月半ばの話になりますが、まだ秋も入り口の頃、思い立って金毘羅参りにでかけました。
金毘羅さんといえば、長い階段・歌舞伎などで有名ですが、その正体やいかに?!
寺なのか、神社なのか、はたまた修験道の地なのか?!何の知識も無く、なんとなく「一生に一度は」のキャッチフレーズ?にひかれてのお参りでした。

金毘羅さんの正式名称は、金刀比羅宮(ことひらぐう)。
そもそも最初は大物主神を祀り、琴平神社と称したそうです。
その後、本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)をとり、金毘羅大権現と改称しましたが、明治元年に神仏混淆(しんぶつこんこう)が廃止され、元の神社へと戻ったのだとか。
明治時代の神仏混淆廃止がなければ、大物主神もおはしますれば、大権現もおはします、修験道の地としても栄えた、日本の信仰すべてを併せ持つ地だったようです。

旭社
旭社

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映画 "禅 ZEN"

2009年の正月に封切される角川映画、『禅 ZEN』をご存じだろうか。
私もつい最近になって、この映画が作られていることを知ったのだが、ブログ禅 -blog ZEN-としては、やはりとりあげずにはいられない。

ただ、この映画の主人公は、曹洞宗の開祖である道元禅師である。
我々臨済宗とは中国において繋がる禅の一派で、同じ禅宗ではあるが、修行体系など異なることも多々有る。
そういえば、先日の「禅と文化の旅」のバスガイドさんが「臨済禅宗」という言い方をしていたので、あとで、こっそり、そういう言い方はしませんよといって正したのだが、そうでも言わないと、臨済宗や曹洞宗といっても、一般には、これらが禅宗であるということが分からないのかもしれない。

さて、話は少し脱線したが、この『禅 ZEN』という映画は、道元禅師の生涯を映画化したものであるらしい。道元役を演じるのは中村勘太郎である。
曹洞宗を開いた禅僧で、只管打坐を標榜した人であることは知っていても、その生涯は知り得なかったので、楽しみにしている。

専用のホームページもできているので見てみたところ、関連リンクページがあるのでのぞいてみたら、Coming Soon となっていた。いくら道元禅師の生涯の映画であって、永平寺が舞台として出てきても、未だ曹洞禅ネットにはリンクしていないようだ。

禅文化研究所で事務局を兼ねている臨済宗黄檗宗連合各派合議所では、臨黄ネットという臨済宗の公的なホームページを運営している。
このホームページでやりたかったのは、インターネットというある意味バーチャルな世界で終えず、そこから、それを見た人を近くの禅寺や、禅寺の和尚に向かわせようというものだ。

さて、この映画は見る人の目にどのように映り、そしてどんな感情を残すのだろうか。既成仏教というものを見直されたり、実近に感じられるようになるだろうか。

もちろん私も劇場に足を運ぶつもりだが、どんな映画に仕上がっているのか楽しみではある。
余談だが、Googleで"禅 ZEN"で検索してみたら、本ブログもなかなかいいところに位置していた。(笑)
それでもまだ、けったいな商品を販売しているサイトに負けているのは腑に落ちないが。

12/24の記事「“禅ZEN”~女性として観る~」はこちらからどうぞ。


*本日は仏成道会(ぶつじょうどうえ)。お釈迦様がお悟りを得られた日です。

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館蔵名品展-野村美術館(京都市)-

紅葉美しい野村美術館界隈

南禅寺にほど近い野村美術館にて、【開館25周年記念 館蔵名品展】が開催中(12/14まで)です。
さて、開館記念の名品展ということで、HPの出品リストをご覧いただければ、どれだけすごい物がお目見えしているかは一目瞭然です。
今回、同じくお茶をお稽古する仲間と瞠目しましたのは、野村得庵御自らが筆をとり書かれた、美術品台帳、および茶会記でした。台帳には、御道具の彩色絵から寸法、手に入れた経緯、値段、特徴までもが細やかに記され、さすがのものでした。そして、財界人としても活躍され、多忙であった翁がこのように自らが選び抜き慈しんだ道具に愛着を持ち、帳面にこと細かく書いているのを目にし、自分を省みて恥ずかしくなる思いでした。
「すごい人って何がすごいのか…って、こういうことがすごいのだ…」と思った次第です。

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ムンバイ -インド-

タージマハールホテル旧館
タージマハールホテル旧館

さて、07年インド個人旅行報告も最終回となりました。 私がこの年最後に滞在したムンバイで、先月(08年11月)無差別テロが発生してしまいました。 テレビで、お世話になったホテルが夜空を焦がし燃えあがる様子を目の当たりにした時は、非常に衝撃を受けとても悲しく、また、多くのインド人、滞在していた外国人、そして邦人にも犠牲者が出たという事で、いたたまれない思いです。
ご冥福をお祈りするばかりです。
インドは、宗教やカーストに加え、昨今の経済発展で様々な問題を抱えていますが、基本的には、皆自分の信仰する宗教を深く信じ、他を尊重できる人々が多い国に違いないとインド好きの私は思っています。仏教の生まれた国、八百万の神を信じる国としても尊敬しています。インドでお世話になったイスラム教徒の方達はとても親切でした。 インドに暮らす人々に少しでも早く平穏が訪れる事を祈ります。

ここからは、旅のつづきをご報告します。

ムンバイでの滞在時間は少なく、今回はホテルと買い物、そしてホテルから歩いて行けるような近場の名所を楽しむ事となりました。
インドの都会では、ハイセンスな雑貨やリネン類を扱う店がたくさんあります。
日本ではなかなか出会えないデザインなどに、もう夢中になるのでした。
ホテルも、元はマハラジャの住まいであった宮殿がそのままホテルになっているような最高級ホテルから、バックパッカーが泊まる一泊何百円かの宿まで実に様々で、旅のスタイルによって全く違ったインドを楽しめます。

ここはインド? インド門

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捨てられない

少し前、ちょっと遅めの衣がえをした。
これまで着ていた夏物から冬物にかえるのであるが、その時に数本を紐で束ねた状態にあった針金ハンガーに目がとまった。

針金ハンガー。クリーニング屋さんに衣類を出すと、返ってくる時に無料でついてくる、"あれ"である。いつの頃からかビニールでコーティングされているが、目にとまったのは、それ以前に出回っていた針金のみのもので、付け加えるならば、少々経年劣化による変色がみられる程度で損傷等はない。

ハンガーというのは、人体の肩の形状を再現してある部分と、それを何かに引っ掛ける部分とで成り立っており、針金ハンガーは、それを"ひとふでがき"のように、針金で描いたものである。逆に考えると、この創造物は、針金という素材でしかつくれない、針金という素材ならではの、針金という素材でしか成りようのない物である。しかも、お仕舞いはクルクルっと捻じるだけ、というのも、この素材ならでは、である。また、極限まで無駄をそぎ落としたかのような加飾のない形状ということもあり、このような素材や形状等の関係に美意識を感じる人もいるようである。

しかし、肩の形状というのは針金1本で形成し得るものではない。だから、かけられている物によっては、クセがつくため、クリーニングから返ってくると、ハンガーをかえてやる必要がある。ということは、それらの針金ハンガーの役割というのは、家についてハンガーを交換した時点で終わり、ということになる。

このような針金ハンガーであるが、形状が変わりやすく、さびやすいため、再利用には不向きということで、大部分が産業廃棄物としての処分となるらしい。プラスチックハンガーは殺菌して再利用できるが、針金はゆがみを直したりビニールをかえたりと、リサイクルにかかるコストが高くなるということである。待てよ。そういえば、このような問題は針金ハンガーだけではない。視点をかえると、いろいろな問題があるようだ。

そんなことを知ってか知らずか、当の本人達は、なんだか達観しているように見える。また、それに加え、前述の針金のみの経年劣化組からは、「ここに来てずいぶん時間がたったけど、かける物があるなら、いつでも肩を貸すよ?」と、あくまでも用に徹した謙虚な面持ちで語りかけてくるのである。

そんなこんなで、捨てられない。

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人類みな家族?

源氏庭
源氏庭 京都廬山寺

今年は源氏物語千年紀ということで、特に京都ではこれに纏(まつ)わる催しが盛んだが、ふと1000年(ざっと40世代)遡ったら私の祖先の数はいったいどのくらいになるのだろうと考えた。ネットにはちゃんとそれを計算してくれた人がいて、なんでも、2×40乗で1兆995億1162万7776人になるという。魂消た。

当時の世界人口は3億人ほどだったようだから、それこそ、今の隣り近所の人も、バスや電車でたまたま乗り合わせる人も、みんな同じ祖先を祀っているのじゃないかと思うと可笑しい。これが2000年前(ほぼ80世代)になると、その数はなんと1予2089垓2581京9614兆6300億人という聞いたこともないような数字になるわけで、このうちの一人欠けても私は存在しなかったと思うとなんだか厳粛な気分になる。

しかし、こうなると世界中の人はほとんど親戚といっても過言ではないわけで、人種だの民族だの、高貴な生まれだの、卑しい身分だのとワアワア言ってる場合ではなさそうだ。

よく街頭で見られる標語に「人類みな兄弟」なんていうのがあって、フフンと思っていたが、これは意外にも真実だったのかあと妙に感心したりしている。

ユダヤ民族のように民族の記憶をことさら大切にする人たちをみて不思議な気持ちがしていたが、本当は民族なんてチマチマしたものじゃなくて、今、地球に住む私たち一人ひとりが、実は共通の祖先の記憶を共有しているわけで、そうなると、あの「集合的無意識」の世界も断然納得しやすくなってくるのだ。

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弥勒仏はお酒を飲んだ? 実は布袋さんだった!

萬福寺 布袋さん
萬福寺の布袋さん -臨黄ネット-
より

日本の語録の訓注の仕事を続けていると、おもしろい説話に出くわすことが多い。これもその一つである。
「渠(かれ)は是れ真の弥勒、酒は元と米汁より成る。人に飲ましめて共に快楽、一酔、無生を悟る」。
これが、現在訓注している、愚堂東寔(ぐどうとうしょく)禅師の偈。しかも、婦人にあたえた引導の法語である。さて、この偈に注を付すのが、小生の仕事である。余程、中国文学に精通していないと、この偈の意味と典拠は分からないと思う。小生も、一読で分かるわけではない。いろいろな作業を踏んで調べて行くのである。

まず、「弥勒」と「米汁」とをキーワードに、パソコンのデータを駆使して検索する。すると、運敞(うんしょう)の『谷響集(こっこうしゅう)』巻3に、「弥勒仏好飲米汁」という項目があることが分かった。『谷響集』本文のデータはないので、すぐに、和本を見る。あった、あった。

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