カテゴリー:「技を訪う」


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鏡板の松 -水墨画家・平川功-

水墨画家である友人が、とある方からの依頼でご自宅にある能舞台に松を描きました。

この依頼が来てからというもの、彼は様々な能舞台の松をファイリングしたものを持ち歩き、仲間達でそれを見させてもらったり、展覧会で地方に行った際にも、寺社に参拝すれば一人ずっと松を眺め、松と対峙してきていました。

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私もお能は好きで度々観にでかけますが、やはり松は神の依り代とも言える象徴的なもの。

鏡板の松が舞台で如何に重要であるかは言うまでもなく、「個人のご自宅の稽古場とはいえ、施主の気に合うものを描くというのは非常にプレッシャーであろう・・・どのような松が描かれるのか・・・」と、他人事とは思えず、楽しみにもしつつも緊張していました。

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やがて彼が一週間超に及ぶ制作の旅から帰り、見させてもらった松の写真に言葉も無く、脳裏にはふと「室町時代・・・」という言葉が浮かんでいました。

室町時代の能舞台に松が描かれていたわけではなく、現在のような舞台ができる前は、屋外の大きな木の下に舞台が作られ、木は目印にもなり、また、神の依り代ともなったようです(諸説あり)が、この松は、舞台上に描かれた松という枠と時空を超えて、
足利将軍の治世のもと、文化の大輪の花が開いた時代を彷彿とさせるものが確かにあったのです。 

150626-3.jpg普段は彼の水墨画を目にしているので、着色のものを観たという事もとても新鮮でした。
きっと、施主さんは丹田に力も入り、松を背中に神仏に見守られ、前とは違った感覚で舞われているのだろうと想像します。

150626-4.jpgそんな松を描いた平川功先生が、サンガセミナーで水墨画講座を担当くださいます。
初めての方も、今まで何らか絵を描いてこられた方も、是非ご参加いただければと思います。
お待ち申し上げております。

詳細・お申込みはこちらからどうぞ。

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おまかせの世界 -土楽窯・窯焚きにて-

 


150327-1.jpg先週のお休みの日に、親友でもある土楽窯・福森道歩さんが、自身の窯にて窯焚きをするということで、見学にお邪魔させていただいていました。

150327-2.jpg以前、お父上・福森雅武先生の野焼きにもお邪魔し、あまりの迫力と、何もお手伝いができないふがいなさに打ちのめされ、立ち尽くしていたのを覚えていますが、久々の窯焚きにまた圧倒され、呆然とする私……。
何かさせてもらいたいと思っても、あまりに何もできなさすぎて、かえって邪魔になるのでは…と、見ている事しかできません。

150327-3.jpgそして以前と同じように「あぁ、私にこんなにも一所懸命になる瞬間があるだろうか・・・」と自身を顧みるのですが、今回は、「最初は邪魔になるだろうけれど、やらせてもらってみよう!」と、恐る恐る鉈での薪割りを。
「なんでそんな割りにくい木を選ぶねん…」と呆れられつつも(だって本当に全くわからないわけです…)、どのような木が割りやすいのか、少しずつですがわかってきます。

150327-4.jpg都会のサラリーマン家庭に育った私には、この年齢になっても何もかもが新鮮で、全てが初体験。
道歩さんと、お姉さんの柏木円さん(独立され、主に磁器を作っておられます)の働く姿を眩しく眺めつつ、まるで赤子のごとく何もできない私が、側でとても大切な事を一から学ばせてもらっています。

150327-5.jpg表千家の堀内宗心宗匠は、ご自身が堀内家を嗣ぐなどとは思われる事も無く(三男でいらっしゃいました)、京大にて物理学の研究をされていました。が、お兄様方の予想外に早過ぎる旅立ちに、ご自身が家を嗣がれる事となり、本格的にお茶の世界に入り修行をなされたのは、大学を卒業なさってからとなるわけですが、「かえって他の分野で学んだ事がお茶の世界への理解を深める事になりました」と仰っています。

私も、窯焚きにゆけば赤子ですが、今までの人生で学ばせていただいた色々により、赤子なりにも、彼女たちの働く姿を見ていると、この年齢だからこそ色々と理解できる事もあるわけで、宗匠のおことばを励みに、迷惑をかけながらも何らか気づいたり、掴めるものがある窯焚きには、是非とも今後も馳せ参じたいと思っている次第です。

150327-7.jpgそして、窯焚きにも、窯そのものの構造や、薪の入れ方、温度の調節、灰を被せて陶器に景色をつけたりと、もちろん色々工夫をするわけではありますが、温度が下がり、窯出しをするまではわからない、一種おまかせの世界です。

こうしてやろう!でなく、どこかで良い意味で解放されて、力も抜けて、おまかせできた時に、色んな目に見えぬものが動いて、結果としてそれが現れる世界。
もうこれは、物を作る時に限らず、私たち自身が、どのように生きていると、自己の本来の力が存分に引き出されるのか……というところまでを教えてくれるような気がしています。

尊い教え、尊い学びをいただく機会でした。

150327-6.jpg*今回の窯焚きでの作品は、東京・ほぼ日さんのTOBICHIでの展覧会(4/10~12)に出品されます。是非ご覧になってみてください。

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光象展 -於:国際奈良学セミナーハウス(旧世尊院)-


140910-1.jpg三度目になりますでしょうか。昨年も、一昨年もこちらでご案内させていただいております、奈良にて開催されます光象展(こうしょうてん)。

季刊『禅文化』の取材でお世話になった方々が出展なさるご縁もあり、毎年お邪魔させていただいております。
毎年縁ある者が集い、“ものづくり”や、“今の自分はどうであるのか”など、哲学的なことについて激論が交わされたりもする、とんでもなく楽しい場となっています(これは私がものづくりをして作品を発表していない為、的になる事がない為に楽しいと思えるだけかもしれませんが・・・・・・)。

140910-2.jpg茶の湯を稽古していますと、同じ先生に形を習っているはずですのに、皆それぞれに個性というものが良くも悪しくも出てきます。その人の人生の様々が、どうしたって、まぎれもなく点前に出てくるのです。不思議なようで当たり前のことかもしれません。
彼らが作る作品もそうなのだと思います。いつもとても興味深く、私は学ばせていただくばかりです。
作品一つで常に評価され、今の自分を見られてしまう、とても厳しい世界にいるのだなぁ・・・・・・とひしひし感じ、尊敬しています。
是非みなさま、彼らの今をご覧にいらしてくださいませ。
よろしくお願い致します。

140910-3.jpg昨年のようす


*詳細は写真をクリックしていただくと大きくなって見えますので、そちらをご覧ください。

 

 

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技を訪う-慈照寺の花(二)湧き水と花畑-

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。 本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。

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季刊『禅文化』231号より “技を訪う -慈照寺の花(二)湧き水と花畑-”
川辺紀子(禅文化研究所所員)

前号にて、慈照寺の花の大きな特徴でもあり、稽古をする者が花を生けるよりも前に学び、自ら作る大切なものとして、“こみ藁”(藁で作る花留)づくりをお教えいただき、ご紹介した。今回は、花方・珠寳先生の朝の水汲みと花摘みに同行させていただいた。


山水は文化の礎
名水を汲み、同朋衆と共に茶を楽しんだと伝えられる足利義政公。隠居の山荘(のちの慈照寺)を造営するにあたり、〝清らかな水の湧き出る場所〟であることは、必須条件であったに違いない。穢れ多き我を禊ぐのも、うまい茶の一服を点てるのも、草木の生命を養うのも、清らかな水である。京都が千年を超える都として栄え、圧倒的な文化を誇る地として他の追随を許さないのも、山に囲まれた豊富な水源を得て、琵琶湖ほどもある水甕を地下にたたえていることが大きい。


231-1.jpg慈照寺境内にある洗月泉
湧き水が小さな滝を作り出し、このあたりの気は誠に清々しい


日本文化の礎である東山文化も、東山から湧き出る清らかな水の存在と密接にかかわる。
慈照寺では、今なおこの水が寺内全体を潤す。境内の花畑から採った花が、仏さまや義政公へ献じられ、玄関を飾るが、すべてこの水が使われる。職員の喉も潤す。今日では特別と思われるようなことが、日々ごく当たり前に行なわれているのである。道理を思えば、同じ土壌で育った花と湧き出た水なので、きわめて自然なことなのであろう。もちろん、慈照寺の花の稽古にも使われている。義政公の時代より、この水はよどむことなく流れ、慈照寺にかかわる者の心身に深く入り込み、日本の文化を根底で支え続けている。

231-2.jpg管を通し、蛇口をつけ、山からの水をいつでも汲めるよう工夫されている


花を育てる
珠寳先生が「お花を育てさせてください」と願い出て始まった小さな境内の花畑は、十年近くの歳月を経て、今ではモリアオガエルをはじめ、さまざまな生物の住み処にもなり、自然の豊かさを感じられる一画となっている。元は銀沙灘のための砂置き場で、本来砂地であった場所に土を入れ、花を育て始めたが、「一体どこで育てているの」と言われてしまうほどに花が育たなかったという。それでも山野草のプロの「かならず良い畑になるから我慢しなさい」との言葉を信じ、花を甘やかすことなく、そこに上手く根付くのを待った。本来は水はけの良い土地なので、やがて強い花が育つようになった。今では、山内(慈照寺内)に日々生ける花はほぼまかなえるほどになり、研修道場での稽古にも使われている。

 

231-3.jpg地植えをする前に、鉢植えのままで、山野草がお気に入りの場所を探す。元気が無いと思えば向きを変えたり場所を変える。畑が豊かになるための草花との対話の時間


花畑には真夏でも風の通る道があり、朝日が差し込むのが心地良い。五分といられない日もあるそうだが、それでも朝の掃除後には必ず訪れる。行き詰まったときほど、ここへ来て汗を流す。「ほんとうに助けられました。もちろん今も助けられています」と仰る先生の感慨深げな表情を拝見し、お忙しいのにいつも凜とした雰囲気を持ち、生き生きと楽しげに輝いておられる秘密を垣間見た気がした。清らかな水と畑が常に先生のおそばにあったのだ。



花を摘み、花を生ける
玄関に生ける花を摘む。「主になるものが定まれば、自ずと下草が決まります」と先生は言われる。同じ季節、同じ場所で咲いた花は、先生に摘みとられたとき、すでに生け花の形ができあがっているかのように自然だ。先生は無駄に花を摘まれない。
素人ではなかなかそのようにゆかぬかもしれないが、自然にゆだねるのが一番いいのかもしれない。



231-5.jpg先生が摘み、手にした花は、生命を無駄にしない

 

先日、標高1600メートルの長野の友人宅に滞在した折、朝の散歩でなにげなく摘んだ花の色合いの妙に驚かされた。方々から集められた花が並ぶ花屋で、あれこれ考えて花を選ぶのではない〝自然さ〟がそこにはあった。大自然のなかで過ごしたのはたった二日間だったが、先生がなぜ忙しい合間をぬって自身で花畑を作り、大切に育て、自ら花を摘むのか、松が必要なときには険しい山へ入って自ら枝を選ぶのかがわかった気がした。
賢人は皆、自然から学ぶ。私が尊敬する人々は、仕事や専門分野は違っていても間違いなく自然から何らかの形で大きな学びを得ており、さらに自然そのもののようでもある。取材で先生とご一緒し、その後私自身も大自然のなかへ身を置いたとき、そのことがすとんと腹に落ちた。
先生の新たなご著書『造化自然』(淡交社刊)にも、「花をすることは、自然の摂理へと両足をそろえて飛び込むこととこころえるべし」とあるが、真っ先に、誰よりも深く飛び込んでいらっしゃるのは、まぎれもなく先生ご自身なのだ。



231-6.jpg玄関に花を生ける。花は迷いに迷って触り過ぎるのがよくないという


「自然の出生をよく観る」大切さを、珠寳先生はしばしば口にされる。同じ花にも個性があり、よく観てそれらを摘み、生ける(大切に生かし切る)ことで、花の命を昇華させることができる。
私たち自身もまた、そのように花を生けることを通して、自ずと昇華してゆくのではないか。慈照寺の花の稽古は、そのまま仏の道、宇宙の理に適っているように思われるのだ。



231-7.jpg珠寳先生の花 慈照寺玄関にて





銀閣 慈照寺 研修道場
慈照寺が、平成23年(2011)年4月に開場。
足利義政公のもとに発展し、日本文化の礎となった東山文化。以来継承され続けて来た茶・花・香を中心に、伝統文化・芸術を護り、伝え、学ぶ場。その活動は国内に留まらず、永い年月をかけて培われてきた素晴らしい禅文化の底力でもって、ことばのみでは伝わりにくい〝禅〟をも海外に向けて発信・普及するに到っている。

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土楽窯・福森雅武 花の会

 

140127.jpg取材では何度もお世話になっております、伊賀は土楽窯の福森雅武先生の花の会が、岐阜県で開催されます。
以前開催された時の事は、季刊『禅文化』でもご紹介させていただきました後、ブログでもご紹介しました。

実際に花を生けられるのを直に拝見する機会はなかなか無いかと思います。とらわれのない、自然と一体となった花をご覧になりたい方は是非どうぞ。

詳しい情報はこちらから。

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技を訪う-慈照寺の花(一)こみ藁-

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。 本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。

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季刊『禅文化』230号より “技を訪う -慈照寺の花(一)こみ藁-”
川辺紀子(禅文化研究所所員)

 

“慈照寺花方”。この聞き慣れないことばと出会ったのはいつの日だったか。ある雑誌に紹介された生け花の写真や記事を食い入るようにして見たのが懐かしい。強烈に脳裡に刻まれたものの、雑事に追われ、他の流派で花の稽古をしていたこともあり、詳しく調べることもなく過ごしていた。

後にとあるブログで、書き手が習う花の稽古の内容や、生けた花の写真にいたく心ひかれるようになる。どちらの流派で学ばれているのか問い合わせると、くしくも慈照寺(銀閣寺)で行なわれている稽古に参加しているとのこと。
意識を向けていれば何らかの縁に導かれるものか、慈照寺研修道場にて行なわれている花の稽古に実際に参加させていただき、その“慈照寺の花”について、本誌で3回に亘りご紹介させていただく運びとなった。

平成16年(2004)、慈照寺に華務係が設けられ、花に関わるいっさいのことを司る〝花方〟となられたのが、珠寳先生である。たったお一人で始まった華務の仕事も、月日が流れれば体制も変わり、現在では研修道場での指導に加え、国内での献花、さらには海外にまで、花によって日本文化と禅の普及をするべく、韋駄天のごとく飛び回っておられる。

140117a.jpg6月、和歌山の立岩農園さんでの田植えに参加


そんな珠寳先生にまず初めに教えていただくのは、花を生けることではない。花を留める道具となる、“こみ藁”作りである。慈照寺の花の稽古では、まずはそこから始まるのである。
藁は、和歌山で無農薬米を育てていらっしゃる立岩視康さんが丹精込めて作られたもの。立岩さんが初めてこみ藁を見た際に、「このように美しい使われ方をするのか……」と感動し、それ以来奉納されるようになったのだとか。今では時間が許す限り、珠寳先生をはじめ、研修道場の職員や有志が立岩さんの田んぼを訪れ、田植えや草取り、稲刈りまでを実体験されているというのだから、藁を扱う心地もまた違ってくるのは必定で、その徹底ぶりには心底感嘆してしまう。
何でもお金を出せばすぐに簡単に手に入り、便利が当然となった昨今。時間と手間をかけ、世間の流れとは逆行するかのようなこの行為こそが、伝統回帰にとどまらず、さらには伝統発展への足掛かりとなり、慌ただしい現代で自身の心を見失いがちな人々を、おおげさではなく、救うきっかけとなる気がした。
出来上がったこみ藁の、凜と引き締まった美しさの奥に、何人もの手や思いが込められていたことを知り、なまなかでは、このように人の気持ちをひきつける美しい花留めができはしないことを知る。実際に作らせていただいたことにより、頭で思い描くようには鋏も上手く使えず、手先もなかなか言うことを聞かず、さらにその思いは深まった。

140117b.jpg花器によって、長さも太さも違うこみ藁。変幻自在

そもそも花留めには、剣山や七宝、オアシスなど、形も材質も様々に工夫されたものが多数あるが、この最も古典的な花留めである〝こみ藁〟は、室町時代末期より使われてきている。いまだ当時と変わらぬ姿で残っているのは、優れた花留めであるからに違いない。使い終われば小束に戻して清め、干して乾かせば再利用が可能。傷んだ部分は取り替え可能。たとえ使えなくなったとしても自然に返る。
しっかりとした〝こみ藁〟を作ることができるようになれば、太い枝ものは尖端を削ることにより、藁にぐっと力強く支えられ、水際からすっくとそこに立ち、天に向かう。繊細な草花も、添え木がなくともしっかりと受け止めてくれるという。それぞれの木や花が、それぞれあるべき位置でしっかりと立つことができれば、おのずと花器の上にあらわれる花も生きることが、「花を生ける時も、花瓶の上はほとんど見ていません」という珠寳先生の言からもよくわかる。見えていない部分こそが大切……。
なんにおいてもそうだが、外側(見える部分)のみをいくら取り繕っても、土台や芯のないところに本当の美しさはない。〝こみ藁〟がしっかり作れるようになってこそ、花も生きてくるのだろう。なんともごまかしのきかない世界である。
また、こみ藁が道具として秀でており、花を立てやすいということは、花の気持ちと一つになれることがあるのであれば、それに添いやすいのではないか。定まりやすさはそのまま、花の心に添うことに通ずる。
まだ花を生けてもいないのに想像であれこれと言っているが、〝慈照寺の花〟というものが、現在の自分自身と向き合わざるを得ない花であり、生けた花そのものが自分であることは、この初めの一歩、こみ藁作りからもよくよくわかるのである。
なかなかうまく藁を縛れない、鋏も満足に扱えない自身のできなさを受け入れ、真っさらな気持ちで新たなことを学ぶ。なんとも清々しく嬉しい心持ちで、暑さも、今までの経験も、自身の年齢すらも忘れるひとときであった。

 



〈こみ藁づくり〉
*本来は、秋に収穫された米の藁が奉納され、年が明けた1~2月に研修道場にてこみ藁づくりが行なわれるが、今回は特別に教えていただいた

140117-1.jpg①こみ藁作りのために用意された藁。
懐かしくあたたかい香りが部屋に満ちている

140117-2.jpg②まずは藁のはかまを掃除する。藁の感触と音が心地よい。
最後に残った穂先は箒に。余す所無く使われる

140117-3.jpg③掃除後の藁。無農薬の藁は、素手で作業していても手荒れすることがない。
農薬が使われた藁の場合、肌の敏感な人は荒れてしまうのだとか

140117-4.jpg④珠寳先生より小束の作り方を教わる。使う糸は、畳紐。
とっくり結びをし、固く括れば、ほどけることがない。
きつく縛るため、慣れぬ者は指に水ぶくれが

140117-5.jpg⑤小束をいくつも作り、冷たい水にさらして灰汁抜きをした後、
花器の口径にあわせていくつかを束ね、さらに高さもあわせて利用する

140117-6.jpg⑥小束の状態で灰汁抜きをする。本来は、1月~2月の寒の頃に水にさらす。
水は灰汁で茶色くにごるため、それが透明になるまで何度も水を換える。
地道で大変な作業である


【銀閣 慈照寺 研修道場】
慈照寺が、平成23年(2011)年4月に開場。
足利義政公のもとに発展し、日本文化の礎となった東山 文化。以来継承され続けて来た茶・花・香を中心に、伝統文化・芸術を護り、伝え、学ぶ場。その活動は国内に留まらず、永い年月をかけて培われてきた素晴ら しい禅文化の底力でもって、ことばのみでは伝わりにくい〝禅〟をも海外に向けて発信・普及するに到っている。

 


*次回の季刊『禅文化』231号「技を訪う -慈照寺の花(二)湧き水と花畑-」は、2014年1月25日に発売予定です。

 

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五観の美 福森雅武×白洲千代子展 ー和歌山ー

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取材でも、個人的にも、いつもお世話になっている土樂窯・福森雅武先生の和歌山市での展覧会のおしらせです。
福森先生がそんなことを?!と私も驚いたものですが、白洲次郎さん正子さんのお孫さんでいらっしゃるジュエリー作家、白洲千代子先生のジュエリーパーツをお作りになられているのです。
たとえば、下の写真でどれがそのパーツかおわかりでしょうか。

131030-1.jpgそう。細長いグレーの石のように見えるパーツです。他にも、鮮やかなブルーが発色したパーツなど、その表情は様々。千代子先生の感性とあいまって新しい世界が創造されていました。
福森先生ご自身は、「新しい事をするのは楽しいし、色々と発見があるもんです」と、いつものごとく楽しげ。「そんな事やったことない」とはねのけるのではなく、いつも、何でも、「いいよ」と仰る先生。ご一緒させていただいていると、いつもたくさんの学びがあります。

131030-2.jpgもちろん、先生の器や土樂窯の工房の作品、土鍋なども勢揃い。和歌山近辺の方は是非その仕事ぶりにふれてみてください。

onomachi α

11月4日(月・祝)まで

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慈照寺の花

 

130927-1.jpg季刊『禅文化』の10月号(230号)より4回にわたり、“慈照寺の花”を取材し、ご紹介させていただく予定です。
本日も、来年1月号の取材の為、慈照寺研修道場にお邪魔していました。

私自身、慈照寺花方・珠寶先生から、花や自然から、そして脈々と受け継がれてきた日本文化の礎ともいえる東山文化から、さまざまなことを学ばせていただき、毎回感動をいただく、とても楽しく有難い取材となっています。
心底そのように思えることを、皆さまにお伝えできる幸せ。
うまくお伝えできるとよいのですが・・・・・・。 季刊『禅文化』をお楽しみに!

【おしらせ】
*珠寶先生による初めての花の書が発刊されました。
『造化自然』
先生の花やことば、厳しさの中にある慈悲の心が見えたとき、目から鱗なのでした。
私の心にまっすぐに飛びこんできた、先生の印象深いお言葉があるのです。
ここでお知らせしてしまうと皆様の気づきや楽しみを奪ってしまいますのでお伝えしませんが、ぜひとも手に取ってご覧になり、感じてみてください。

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伊賀焼陶器まつり

 

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今年も伊賀焼陶器まつりに、いつもお世話になっている伊賀の土樂窯さんが出展されます。
普段は買えないお買い得な工房の商品が揃いますので、「憧れていたけどなかなか手が出ないなぁ……」と思っていた方は是非ともこの機会に。

これまでの土樂窯関連記事はこちら

技を訪う -土樂窯訪問-

『禅文化』221号 技を訪う -土樂窯・福森雅武-

福森先生のお言葉

「森と大地の仕事展 福森雅武」 -北海道・十勝千年の森-

「福森雅武の花 -季刊『禅文化』225号より-」

福森雅武展 -京都高島屋-


せっかく伊賀にゆかれるのでしたら、松尾芭蕉ゆかりの伊賀上野の町散策、そして私が一番美味しいと思っている(福森家御用達)お蕎麦屋さん・そば松尾、もくもくファーム、少し足を延ばして赤目四十八滝で涼を感ずるのもオススメです。

土樂窯四女・福森道歩さんが作る土鍋料理の数々。

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大香合献納 -鎌倉彫 三橋鎌嶺- 季刊『禅文化』228号

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。
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季刊『禅文化』228号より
“大香合献納 -鎌倉彫 三橋鎌嶺-”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

 

130607-1.jpg-大香合 三橋鎌嶺作- 写真・原田寛氏

鎌倉彫。ひんやりと手に吸い付くような漆の感覚。極限まで深く彫られた線が陰影を生み、その奥に潜む品格は、祈りの場で使われる物を仏師が作ったことが始まりとされる原点を、今なお失わない。

130607-2.jpg法要で使われる大香合 写真・原田寛氏

禅宗と共に大陸よりもたらされた堆朱、堆黒の類は、漆を何十回と塗り重ねた面に精緻な文様を彫り上げた美術工芸品で、大変貴重な物であったが、それらに大いに魅せられたであろう鎌倉時代の仏師の知恵と工夫により、まず木を彫ってから漆を塗り重ねるという、新たな木彫彩漆が生まれた。その古い型として残っているのが、重文にも指定されている建長寺の須弥壇、円覚寺の前机、南禅寺の大香合などである。

130607-3.jpg蓋裏には、吉田正道管長による由緒が刻まれる

“似たような新たな”物であるが、異国より入ってきた工芸品を真似て学び、独自の美術工芸品へと昇華させることは日本人の得意とするところであろう。貴族社会から武家社会へと大きく世が移り変わり、宋より多くの美術工芸品がもたらされ、時の権力者がこぞって禅宗に帰依した時代の空気をふくみつつ、日本人の柔らかな感性と風土の影響を多分に受け、日本独自のいわゆる“鎌倉彫”へと進化を遂げた。

130607-4.jpg大香合を制作する三橋鎌嶺氏

日本のいくつかの寺院には、鎌倉から室町期に納められた立派な鎌倉彫の大香合が現存する。しかし、建長寺には、堆朱・堆黒の類の大香合はあるが、なぜか鎌倉彫の大香合がない。そのことがずっと気になり、「鎌倉彫のルーツとも言える建長寺、鎌倉五山第一位の建長寺に鎌倉彫の大香合がないのは、何か釈然としない」との気持ちを持ち続けていたのが、鎌倉学園OBでもある鎌倉彫二陽堂の三橋鎌嶺氏であった。
結婚前に「やってみる?」と言われて始めた鎌倉彫が、手ほどきを受けるうちに面白くなり、その後、婿養子という形で妻の実家の家業を継ぐこととなる。デザインの考案、下絵描き、彫り、漆塗り、それぞれに職人がいてしかるべき仕事が、鎌倉彫の場合、一手にできねばならぬため、結婚後に義父について技術を修得するのはなまなかのことではなかったが、義父は「見て覚えろ」と言うだけで、口頭での指導は一切なかった。

三橋氏の場合、店舗は持たぬため、個人的なオーダーを受ける他に、所謂お稽古産業と呼ばれるカルチャーセンターなどで愛好家に鎌倉彫の手ほどきをすることと並行して、自身の作品を作り発表する個展を開催することを主としている。今ではご子息、鎌幽氏もその後を継ぎ、親子で作品を発表する機会も増えてきた。

130607-6.jpg三橋家特有の何層にもなる深い彫りと、その分手間の
かかる塗りにより生まれた品格ある食籠(鎌嶺作)

三橋氏自身、膝を痛めるまでは建長寺の坐禅会にも通い、掃き清められた寺の空間において自分をみつめることの尊さを身をもって経験されたが、「彼には私と違って、鎌倉仏師の血が流れているのです」というご子息はさらに、「仏師だったということが鎌倉彫の土台。先人を尋ねるような思いで禅を学びたい、空気を味わいたい。先人たちが生きた証があそこにあるのではないか、それを確かめに足を運んでいる」と、茶道の稽古を通じて吉田正道老師との御縁も繋がり、僧堂に出入りするようになって既に四年以上になる。

僧堂では、足を運ぶたびに再発見があり、また新たなスタートが切れるのだという。坐禅修行の厳しさでよく知られる建長僧堂である。吉田老師は鎌倉彫の話をしても「坐禅と一緒やなぁ」と、全て坐禅と重ねてお考えになられるという。「日々修行であって、何かを求めて仕事をするわけではない、ただひたすらに鎌倉彫だけをやっていればよい。鎌倉彫のために茶の湯の稽古をし、華道を稽古しても、茶人華人になるべからず、そこに没頭するのではないぞ」との仰せは、如何にも老師らしく、一つ所を黙々と修業し続けなければならない職人にとっては、ふと道からはずれそうな時に大きな支柱となるお言葉のように思える。また、「鎌倉彫を使って新しい商売をしたり、違う商売をしたりしようと思うな」とは、技術もままならぬうちに、うまく立ち回ってしまうようにならぬよう、職人としての土台をしっかりと築いて欲しいという老師の温かなお気持ちではないか。昨今、若い作家が修業も未熟なうちに色々なことをしようとするのがよく見受けられるが、そのことへの警鐘かもしれない。

130607-5.jpg白槇香合 三橋鎌幽作

雲水とも顔見知りのご子息だからこそのことであろう、開山蘭渓道隆禅師縁の柏槇の木を剪定された際に落とした枝をもらってきて、これで茶杓か香合を作るという。鎌倉仏師の血を引く彼が、僧堂の息吹を全身で受け止め、薪に使われるはずだった柏槇の木で、形あるもの、長く受け継がれるものを作り出す。

明治の廃仏毀釈の時代に職を失った仏師たちは、その多くが廃業せざるを得なかったが、鎌倉彫で茶道具や生活工芸品を制作し、この地に別荘を求めた上流階級の人々にもこの工芸品が浸透してゆき、技を守ってきたのが三橋家の先祖だった。そんな歴史を経て、再び禅宗と鎌倉彫が繋がった。その繋がりのなかで、建長寺に鎌倉彫の大香合がないことをずっと気にかけて来た鎌嶺氏の思いがとうとうこれ以上にないほどに高まり、2012年3月、鎌倉彫の大香合を完成、建長寺へ納めるまでに至る。

130607-7.jpg香合を制作中の三橋鎌幽氏

三橋家の明治時代の名工に、三橋了和という人がいる。自らも茶の湯を嗜み、表千家家元東京出張所にも足を運び、明治神宮の献茶式などでは道具を納めたりもしていた。そんな了和が、出家して大徳寺塔頭・玉林院にいた弟を頼りに京都へと趣き、その縁で、特に各地の工芸や国焼に理解の深かった表千家十二代家元・惺斎宗匠に可愛がられ、好み物を何点も作るようになった。その後、病を得て再び鎌倉の地に戻ることになるが、茶道の家元とこれだけ深い交流を重ねたのは、了和を除いて他にはなく、そのまま京都に残れば千家十職のもう一つの職方として数えられていたかもしれない。

そんな先祖の思いが受け継がれてか、鎌嶺氏は、縁ある玉林院の平成の大改修の折(2009年)には大香合を納めた。鎌幽氏は表千家不審庵家元に出入りを許され、了和の後継者としても認められ、その作品の写しも精力的に制作している。また、表千家長生庵前主・堀内宗心宗匠の自選展にも、とびきり若い職人として参加。今後を最も期待される職人の一人である。

130607-8.jpg香合の数々 鎌幽作


その時代時代の大きなうねりの中にあってなお、連綿と受け継がれて来た鎌倉彫の精神、職人の思いが、再び鎌倉禅と鎌倉彫、京都禅と鎌倉彫、茶の湯と鎌倉彫を繋げ、新たな展開をみせようとしている過渡期の今。大量生産品よりも、手作りのものの良さが見直されてきている世にあって、皮肉にも国内の材料が不足してきているという矛盾を抱える今。この今の積み重ねがどう未来へ繋がり新たな鎌倉彫の歴史を刻んでゆくのか。禅や禅の文化の歴史とも深く関わる鎌倉彫のこれからに注目してゆきたいと思う。

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福森雅武展 -陶仏・茶碗・花入・器-  ギャルリー石塀小路和田




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焼締台皿に苔を敷き、椿と梅を生ける

先日、招待されてお邪魔しましたピアノコンサート。
井澤利先生(兵庫教育大学名誉教授/神戸女学院音楽学部でも教鞭をとっておられました)の演奏では、まるでピアノが生きており、おのずから弾いてもらう事を欲しているかのような音を奏でていました。
先生とピアノが一体となって、相互にその命を生かしきり、それにより、衆生を済度するかのようでした。
そこでふと思い出したのが、土樂窯の跡取りで、友人道歩さんがお父さんの轆轤について言ったことばでした。

「うちの父はどんな職人よりもやれる。土のほうが言う事を聞く」

昔、この発言を聞いた時には、「ふぅむ、そんなものなのかぁ...」と思ったのが、なんとなく、わかった気がしたのでした。

土と一体となり、土が欲して形作られたもの。
そういう器と日々共にある暮らしは、ともすれば自らを救ってくれる機縁を結んでくれると、私は本気で思っています。日々の暮らしが、なんでも良いわけが無いと思うのです。

今回の氏の個展も楽しみです。本日より始まっています。
先生の生けられた花もご覧いただけますので、是非とも皆様に実際に見て感じて欲しいと思います。

花を生ける時は自然そのもの、自然と一体になっておられます。美しいと感じたものをそのままそこに再現するのみ。だから何のてらいも無く、嫌らしさも無いのでしょうね。
そんな花が、いつになったら生けられるでしょう。
いつもいつも、先生の花を見てはいろんな意味で溜め息をつく私です。

花についての記事はこちら。
福森雅武の花 -季刊『禅文化』225号より-


【福森雅武展 -陶仏・茶碗・花入・器-】
2013年3月21日~31日(3/27は休廊)
12:00~18:00(21、23、24日作家在廊)
ギャルリー石塀小路 和田

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『禅文化』227号 技を訪う-育つ襖-
 川辺紀子(禅文化研究所所員)

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。
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季刊『禅文化』227号より
“技を訪う -育つ襖-”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

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福森氏と嘉戸氏

以前にご紹介した「かみ添」の当主・嘉戸浩氏(『禅文化』216号)に、土樂窯の福森雅武氏(同221号)が、ご自宅の襖紙を依頼された。「思いのままに作ってほしい」ということだったようだ。
家も器も、花も食べ物も、細部にまで心をそそぎ、なにひとつ等閑にされない福森先生が、あっけらかんと嘉戸浩氏に襖紙を委ねられたと聞いてびっくりした。
一体どういうことになるのだろうと興味津々だったが、襖が入る日にお声をかけていただいたので、何を置いてもと駆けつけた。

一見したとき、素敵には違いないけれど、と思ったが、心奪われるという感じではなかった。嘉戸さんの「らしさ」が見えない。言い換えれば、それくらいしっくりと、部屋に収まってしまったのだ。
福森先生が自ら設計し、銘木がふんだんに使われた圧倒的な空間にあって、嘉戸さんは「自分を出すところではない」と思われたようだ。
「土樂さんには毎年、たくさんのお客が訪れる。そんな出会いの場で、襖紙がどんなふうに変わってゆくのか楽しんでほしい」と嘉戸さんは言われる。
すでに違和感なく福森家の一部となった襖だが、場の空気をすって、もっともっと育ってゆくのかと思ったら、次にお訪ねするのがますます楽しみになった。

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福森先生が桂離宮・松琴亭の市松模様の襖がお好きな事から、
柿渋のもみ紙を縦揉み、横揉みにして市松模様に

 

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この日の土樂さんのお床。花は言わずもがな、福森先生による


土樂窯
〒518-1325 三重県伊賀市丸柱1043

かみ添
〒603-8223 京都市北区紫野東藤ノ森町11-1

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マスター達のこと




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先日、お誘いいただき、ピアノコンサートへとお邪魔してきました。

神戸女学院大学の音楽学部でも教鞭を取られた井澤利先生と、その門下生によるジョイントコンサートだったのですが、長きに亘り良き師に集い、一つ道を続ける方々の演奏に心から感動しました。

最後のトリで、井澤先生が演奏なさるのですが、小柄な先生が舞台の上ではなんと大きく見える事でしょう。そして演奏が始まると、「あぁ、ここにも老師がいらっしゃるのだ、同じだ」と(何でも禅宗に重ねて見てしまうのですが)瞬間に感じたのでした。

ある一定の所というのでしょうか、それを超えたマスター達というのは、もう一緒なのですね。
何で衆生を教化するのか、その方便がいろいろと違うだけなのだな……と思い、表千家長生庵の前主、堀内宗心宗匠が『歩々清風』の中で仰っていた、菩薩道についての一節が浮かびました(下記参照)。

まさに、音によって我々衆生に語りかけ、一歩階段を登らせて下さるようで、私は深く慰められ、心晴れ渡る心地となったのでした。
また、ピアノの方がまるで生きているかのように、おのずから弾いてもらう事を欲しているとしか見えず、その様子には、土樂窯の福森道歩さんが、お父様の雅武さんの轆轤について、「うちの父はどんなにできる職人よりもやれる。土の方が言うことを聞く」と仰っていたのを思い出しました。
「へ~、そんなものかぁ」と思っていましたが、この日、なんとなくわかった気がしました。

よきものに触れる機会とは、ほんとうに尊いものですね。
ジャンルを問わず、多く触れていきたいと思いました。


 お茶を含めて、人を指導するということはひとつの菩薩道であります。菩薩の指導法は、つねに相手と同じ高さまで身を落として、すなわち身を低めて、そうして人を引き上げるということであります。荷物の集配所で働いているリフトのように、その人のところへ行って、荷物と同じ高さまで支台を下げて、荷物を持ち上げ、目的地に持っていくのであります。これは済度するということであります。決して高いところから叱咤号令するのではないのであります。 『歩々清風』(堀内宗心著 禅文化研究所刊)より

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NHK鑑賞マニュアル 美の壺 「土鍋」




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「土鍋」とくれば、季刊『禅文化』-技を訪う-その他記事でもお世話になり、個人的にも色々とお世話になり親しくお付き合いさせていただいている、伊賀の土樂さん。

NHK鑑賞マニュアル 美の壺 「土鍋」 の回が、下記の通り放映され、その中に福森雅武先生と、道歩さんが登場されます。
放送日時は下記。
日々のくらしに必要不可欠なものこそ、美しくあらねばなりません。
福森先生は常日頃、"品格"という事を仰います。
さて、"品格"とは、どこから生まれてくるのでしょう。
放映が楽しみです。

【BSプレミアム】
      本放送 1月23日(水)19:30~19:59
      再放送 1月29日(火)11:00~11:29
【総合テレビ】
      再放送 1月27日(日) 4:30~ 4:59

☆土樂さん関連記事

『禅文化』221号 技を訪う -土樂窯・福森雅武-
福森先生のお言葉 -伊賀・土樂窯にて-
福森雅武の花 -季刊『禅文化』225号より-
「森と大地の仕事展 福森雅武」 -北海道・十勝千年の森-

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かみ添さん 東京での催事のごあんない




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季刊『禅文化』216号(2010年春号)、-技を訪う-にてご紹介させていただきました、かみ添さんが、明日より12月4日(火)まで、銀座三越 8F ギャラリーで催事をなさっています。
ご本人もいらっしゃるそうで、道具などもご覧いただける模様。
京都・西陣のお店までなかなか足を運べない方にも、かみ添さんの紙を実際にご覧いただける機会です。ネットや冊子、写真などでご覧いただくよりも、ご自身の目で直にご覧いただきたい紙たちです。
是非お運びください。

さらに、明後日29日からは、糸井重里さんの"ほぼ日"にて、かみ添さんの"白いもの"が販売されます。コーディネーターの伊藤まさこさんとの対談も興味深く......こちらもご覧になってみてください。

さらにさらに、次号の『禅文化』では、かみ添さんが伊賀の土樂さんの襖紙を作られましたので、そちらについて少しご紹介する予定です。
お楽しみに。

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『禅文化』224号 技を訪う -Ajee バングラデシュの手仕事-




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日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。
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季刊『禅文化』224号より
“技を訪う -Ajee バングラデシュの手仕事-”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

 風が秋の気配に変わったので、部屋に敷くラグ(カーペットの一種)を探し始めた。輸入家具を扱う洒落れた店に行けばすぐに気に入る物はみつかるだろうと高をくくっていたが、歩きまわって探したものの、美しさ・値段共に納得できる“良いもの”はみつけられなかった。
 量産された規格品はそれなりに見栄えの良い物でも、どれも同じように目に映り、面白みがない。かといって、キリム(トルコ・イラン・アフガニスタンなどの一部地域で織られる、平織りの敷物)の素敵なものは値段も張り、エスニックな模様は、私の部屋ではやや主張しすぎる嫌いもある。
 色合いが気になる物は、実際に手にとって見ることのできないネットでは買わないことにしていたのだが、ラグにはどんなものがあるのだろうとさまざまな店を検索していて、ふと、素朴で美しい、チベット僧の衣の色をもっと深くしたような色合いのラグが目に留まった。私はすっかり心を奪われてしまった。バングラデシュの村で伝統的な方法により一枚ずつ織られているというラグで、全く同じものは一枚もない。店のホームページを見ると、バングラデシュの手仕事を愛する店主の気持ちが強く伝わってくる。それがフェアトレード(途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することによって、立場の弱い途上国の生産者や労働者が十分に暮らしていける価格や賃金を保障し、生活の改善と自立を促す運動)で販売されていることで、さらに共感が増した。何の迷いもなく注文して到着を心待ちにした。

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福森雅武展 -京都高島屋-




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本日より、私が大好きな土樂窯・福森雅武先生の個展が京都高島屋にて始まります(25日火曜日まで)。

先日、土樂窯にお邪魔して、野焼きの様子を拝見させていただきました。
とても原始的なこの焼成方法に、

「どうなるかはわからない、もしかしたら全部あかんかもしれん。非効率で無駄で、だぁれもしないような事やけど、やってると楽しいでしょう?それがいいんです」。

と、いつものごとく楽しそうな先生。
無心で薪を窯にくべてゆく道歩さん(福森先生のお嬢さん)の迫力を前に、黙り込んでしまっていた私。そんな私の隣にふといらして、「何でも一生懸命がいいんです」と先生。
私はこんなにも何かに一生懸命に打ち込んでいる時がはたしてあるだろうか……。

いつもいつも、私の胸にその時に一番響く事をさらっと仰います。その度に目から鱗な私です。
見ていないようで、とてもよく人の事を見ている方だな…と思います。見ているというより、感覚で、相対する人の事を感じ取られているのでしょうか。
様々な方達と交わり、修行をされてきた方のすごみというものをいつも感じさせていただいています。
“すごみ”と表現してしまうとなんだかとってつけたような、わざとらしさを感じられるかもしれませんが、先生はいつも自然です。こちらが「すごいなぁ…」と思う事全て、当たり前のごとく自然に仰り、なさるわけなのです。そういう“すごみ”なわけです。

生きた学びが楽しすぎて、先生のいらっしゃる所にはよくお邪魔していますが、先生はいつも誰に対しても「ありがとう」の言葉をたくさんかけられます。
今回も、お弟子さん達や手伝ってくれる人皆に、ありがとう、ありがとうと……。

「こんな事(野焼き)、一人でしようと思ったって出来る事じゃあありません。そうでしょ?手伝ってくれる人がいるからこそできるんや。ありがたいことやなぁ」。

そういえば、以前取材させていただいた時にも、

 「職人ていうのはね、今から思えばこういう人たちがいるから一つの物ができるっていうのがあるからね。よってたかって一つの物ができるっていうのはね、一人の作家の物よりも、ものすごく力が強い。一人の者がいくら名人として一つの物を作ったって大したことはないんだよ」。

と仰っていらしたのを思い出しました。

今回の展覧会はもちろん福森先生お一人の個展ではありますし、先生がいらっしゃらないと何も始まらないわけではありますが、その周りには、奥様や道歩さんや円さん(先生のお嬢さんで、土樂窯の近くで作陶をされています)、お弟子さんなど多くの支える方がいらっしゃり、その息吹も感じられる事と思います。
会場では、野焼きの様子も写真スライドショーで見られるようですよ!
そんな“ものづくり”の様子から、先生の作品から、皆様にも何か感じ取っていただければと思います。

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野焼きの仏様。火のまわり方は自然におまかせ。人間が操作できるものではありません。それぞれに、それぞれの色をまとって姿を現されます。
後日、火がおさまり、姿を現したお不動さんの真っ赤な色が今も目に鮮やかで忘れられません。

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「森と大地の仕事展 福森雅武」 -北海道・十勝千年の森-




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何度かこちらでもご登場いただいており、私が若い頃から大ファンでもある、伊賀・土樂窯の福森雅武先生の個展が北海道でありましたので、お邪魔してきました。

今回の個展は、十勝にあります千年の森における、“北海道ガーデンショー”の一環です。
-森と大地の仕事展-と題され、紙・木・土・草をそれぞれに使った、自然に寄り添う美しい日本の手仕事が順次紹介される内の、-土の仕事-として、福森先生並びに土樂窯の職人さんの仕事が紹介されているのでした(9月6日(木)まで)。

「会場にねぇ、庭を作るんですよ」と笑って仰る先生に、諸事情を把握できないままついてゆかせていただきましたが、千年の森・ヘッドガーデナーの新谷みどりさん主導により、先生が望む形がみるみる間に会場に。
このような庭ができあがる行程を拝見させていただける、またとない機会となったのでした。



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福森雅武の花 -季刊『禅文化』225号より-

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。


季刊『禅文化』225号より
“福森雅武の花”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

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 満開の桜のころ、岐阜県大垣市のお茶屋屋敷跡(慶長九年〈一六〇四〉頃、徳川家康が岐阜城御殿を移築させた将軍専用の休泊所跡)にある矢橋家別邸で、「福森雅武 山の木と花 春を活ける」(栄中日文化センター特別講座)が催された。
 福森先生は山に分け入り花を探し、竹を根から引き抜き、あっという間に花入れも作られる。心底楽しそうな先生の周りでは、笑い声が止むことなく、なんだかわからないままに、だれもかれも一緒くたに幸せになってしまう。
 「器から花を習う。その場の空気が変わるくらいの花でなくてはいけないんだね。概念や形から入るんじゃないんです」。
 “ぴったり”というのは、自分と自然、己と他との境界がなくなるのよ、といつか先生は言われた。
 花が先生か、先生が花か。
 辺りの世界が“福森雅武の花”で、がらりと変わった。

【福森雅武氏】
昭和一九年生まれ。伊賀・圡樂窯七代目。食卓で愛用される器や土鍋、さらに茶器、花器なども制作。自ら花を生け料理を作る。そのもてなしは、故白洲正子を始め、各界の著名人に愛されている。
著書に『圡樂食樂』・『圡樂花樂』など。



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以下で、季刊『禅文化』では掲載しきれなかった花の写真等をご紹介します。
お楽しみください。

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染織のための自然素材展 Ⅳ・十日町(新潟)




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詳しくはこちら


何かの本で読んだのか、どなたかに伺ったのかは忘れましたが、「日本人の精神性を崩壊し、日本文化を断絶させようと思えば、“麻”を取り上げてしまえば容易な事なのだ。それほどに、麻と日本人とは深い所で繋がっている」……と(麻といえば、神道が深く関わっているからだと思いますが)。

それ以来、麻を始めとする日本の布になんとなく心惹かれながらも、“機会”が無ければ忘れてしまうのが常というもので……。
そんな折に京都のギャラリーで目にした芭蕉布の数々。そしてそこに集う“布好き”な方達の情熱に、私の“日本の布熱”も上昇して来ました。
新潟に行って来ようか…(ついでと言っては何ですが良寛さんゆかりの地も訪ねたりなんかして)と思ってしまう今日この頃です。
お近くの方は是非!いろんな布が集うまたとない機会です。

ちなみに“麻”といえば、雲水さんの麻衣。ボロボロになっていても、とても美しくて私は大好きです。
以前、花園大学内で講演会か何かがあった時にお見えになっていた雲水さん。
その麻衣は透けそうなくらいにすり減り、あちこちにつぎはぎが。それでも、誰よりもキラキラと輝いていて、眩しかった事を思い出します。まだ私も研究所に入って間もない頃で、修行をしている者の美しさとはこういうものなのか……と初めて知った出来事でした。
「あの方は今どうしておいでだろう……どちらの僧堂の雲水さんか聞いておくべきだった!!!」といつも悔やまれます。

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お寺でヨガ 御案内




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-技を訪う-にてご紹介させていただきましたヨガ講師・伊藤加奈子先生のレッスンの御案内です。

毎年春と秋、建仁寺塔頭・両足院にて開催されているヨガフェスタでクラスを担当されます。
5月20日(日)の、10:20~11:50の、 【カナコ(スタジオヨギー)アヌサラインスパイアドヨガ】です。>詳細はこちら

前回も参加させていただきましたが、ちょうど夕方のクラスで、素晴らしいお庭を前に、日が暮れてお月様がぽっかりと浮かび上がる中、時の移ろいを感じながらのヨガでした。
今回は薫風清々しい5月、爽やかな朝のクラス。今からとても楽しみです。


ヨガを初めて漸く1年半ほどになりますが、続けるほどに、身体と心の相関性の面白さにはまっています。ヨガをしていると、自分のその時その時の身体と心の状態がとてもよくわかります。
このように、色々な気づきをもってヨガに取り組めるのも、先生のご指導の賜物と感謝しています。

ヨガには深く広い教えがある分、人それぞれの解釈があり、あれだけ多くの流派もできてきているのだと思いますが、先生のご指導には偏りが無いように思います。
哲学的な面、的確な身体(筋肉や骨)の使い方、瞑想による精神と身体の安定など、ヨガの教えを、様々な角度からのアプローチでバランス良く私達に教えて下さいます。

茶の世界でも、茶の点前をしていなくとも、茶のある人になれ、生活すべてが茶でなくては…などと言いますし、禅もしかり。そしてヨガもそうなのだなと思います。
そのようにある為には、まずは良き師匠との出会いかな……と思います。
良き御縁が繋がりますように、御案内させていただいた次第です。

先生の通常のレッスンはこちらで受講可能です。
京遊学舎
スタジオ・ヨギー京都

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『禅文化』222号 技を訪う -建築家 木島徹-




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日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。
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季刊『禅文化』222号より
“技を訪う -建築家 木島徹-”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

 八年ほど前のことだが、たまに洋服を買っていたショップが、異国情緒漂う神戸の旧居留地に路面店としてオープンすることになり、二階の一角に和の器、漆器、工芸品などを扱う店ができるという。服もさることながら器も好きだった私は、「これは一石二鳥……」と、楽しみにでかけた。その日のことは今でも鮮明に覚えている。

 ショップの雰囲気とはまた異なる洗練された空間は、とても新鮮だった。奇をてらったものではなく、しごく自然でどこか懐かしく居心地がいい。無駄を極限まで削ぎ落とした土と木の空間。茶室のようだけれど、もっと気軽で、どこにでもありそうなのに、どこにもない。ほのあかるさの中で見る器や工芸品の輝き。買い物をして、カウンターに腰かけ、目の前の床に飾られた掛け花入れと季節の花を愛でながら、お干菓子とお茶をいただく。現代的なショップと茶室に近い空間が気持ちよく共存するのを楽しみに、度々そこを訪れるようになった。
 気になるものをみつけたら、いつか手元に置くこともあるかもしれないと、作家さんや職人さんについて調べることはあったが、“建築”については、「誰がこの空間を設計したのか」といった詮索もせず、「さまざまなものを手がけた老建築家が、最後にゆきついた、簡素で枯高な作品なんだな、茶の湯を嗜んでおられる方かもしれない」などと、ひとり勝手に楽しい想像をしていた。

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瑞源寺(臨済宗妙心寺派) -福井市-




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技を訪うの取材で、福井市に行ってきました。

福井といえば、永平寺(曹洞宗)のお膝元、そして浄土真宗の教えが広く深く伝わった地である為、臨済宗寺院はとても少ない地域です。
その中でも、福井に訪れたのなら是非にと、瑞源寺さんにお邪魔し、ご住職に色々とお話を伺って来ました。

こちら瑞源寺さんは、福井藩五代藩主・松平昌親(後に第七代をも勤め、吉品と改名)と、その母・高照院の菩提を弔う妙心寺派のお寺です。
廃藩置県により取り壊された福井城の遺構を残す寺として、本堂と書院が県指定の重要文化財となっており、2010年には大々的に修復がなされました。
細部に至るまで当時そのままの技法と素材で復元を……と、現代の職人の力を結集し蘇った遺構に、感慨もひとしおでした。

通常拝観は行なっていませんが、関心のある方は事前に連絡してお邪魔すれば、拝観が可能です。
御本尊、本堂、書院の修復記録は下記からどうぞ。


-御本尊の十一面観音の修復記録-

-本堂・書院の修復記録-

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福森先生のお言葉 -伊賀・土樂窯にて-




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訪れるたびに楽しみな床の花


取材後、厚かましくもしばしばお邪魔させていただいている伊賀は丸柱の土樂窯
先日もお邪魔し、大いに食べ、呑み、笑い、学ばせていただきました。


福森雅武先生がお話になられる事は、たとえ易しいお言葉でも、全てが物事の核心をついていて、真理を語られているように思うわけなのです。

ですが、例えばの話、聴いている者が、そのお話の真意がわからずとも、先生の内に脈々と流れる伊賀の大地・自然からの学び、お若い頃からの多くの賢人達との交流による学び、ものづくりからの学び、そしてその天性の感覚を思えば、“熏習(くんじゅう・すぐれた人物に親しんでいると、己もおのずとそうなるとの意)”とはまさに、このような方の近くにいさせていただく事、その近くで、先生の内に流れるものの飛沫(ひまつ)を少しでも浴びる事をこそ、言うのであろうと思うわけです。


さて、今回私が最も心に残ったのは、「何かを質問するなら、8割がた自分の中で答えが出ている事、わかっている事についてを質問しなさい。ゼロのうちから人に質問をすべきでない」というお話。

確かに、もがいて苦しんで悩んで学んで、ようやく“気付き”が訪れたり、“掴みかけた事”を賢人に尋ねるのは、そのお答えが合致していようがいまいが、またそこから大きな学びや可能性が生まれるのでしょうし、少しのヒントで目の前が開けるような心地に至る事もあるでしょう。

ですが、自身の解釈ゼロの質問をしたところで、土台が無ければ、そこからは、学びや新しい道は開けにくいような気がします。人からすべての答えをもらおうと思ったところで、そのようにはいかないし、いくら懇切丁寧に答えてもらえたところで、腹の底には落ちてゆかないことでしょう。

自身を省みてどうであろうかと……。
今一度、真摯な態度で様々のもの、ことを、学んでゆきたいと思った夜でした。



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【御案内】-技を訪う-に登場した方達の展覧会など




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-技を訪う-でご紹介した方々とは、今も交流が続いています。色々な繋がりができ、さらにそれが広がったりと、私自身、このお仕事をさせていただく事により世界が広がっています。

今回は、今までご登場いただいた方々のその後、また、展示会その他の御案内を皆様にお届したいと思います。


【216号 -かみ添-嘉戸浩さん】
◆カーサ・ブルータスが選ぶお店が、CIBONE青山に期間限定でオープン。かみ添さんの美しい紙を実際にご覧いただけます。
Casa Arcade
会期 : 10月29日(土)- 12月25日(日)
場所 : CIBONE青山 東京都港区北青山2-14-6 青山ベルコモンズB1

◆中田英寿さんが代表理事を勤められる「TAKE ACTION FOUNDATION」の取り組み一貫「REVALUE NIPPON PROJECT」の工芸家として参加されています。
詳細はこちら

【219号 -ズーセス・ヴェゲトゥス-森美香さん】
◆「婦人画報」(10月号)に“お取り寄せバウムクーヘン”として紹介されました。なんと華道家の假屋崎省吾先生からのご推薦だそうです。
彼女は、「変わっていかなきゃ」と言っていた矢先にHPを新しくリニューアルし、パッケージや新商品なども次々新しい物を考え、まさに有言実行の人で、いつも輝いています。HPからお取り寄せも可能です。いつ食べても感動できる、心と身体が喜ぶ味です。


【222号 -土樂窯-福森雅武氏】

◆-福森雅武 仏さま。食と花の器展-(東京)

会期:2011.11.19(土)~11.26(土)
時間:11:00~18:30
場所:うつわや
   渋谷区元代々木町10-5-101
   小田急・千代田線 代々木上原4分 ※会期中無休
*お話会もあるようです。詳細はこちら


◆福森雅武 土樂窯展(京都)

会期:2011.11.23(水)~12.4(日)
時間:11:00~18:30
場所:Utsuwa kyoto yamahon
   京都市下京区五条通高倉角堺町21番地
   jimukinoueda bldg 3F-301 TEL075-741-8114
*11/23には福森雅武先生、福森道歩さん在廊。12/3にはほぼ日スタッフの方もいらっしゃり、土鍋の販売&使い方説明&道歩さんによる料理教室などもあるそうです。

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『禅文化』221号 技を訪う -土樂窯・福森雅武-




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日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
本ブログでもご紹介させていただきます。
その他の記事はこちらから。
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季刊『禅文化』221号より
“技を訪う―土樂窯・福森雅武”  川辺紀子(禅文化研究所所員)



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山と田畑に囲まれた、伊賀・丸柱の土樂窯

 白洲正子さんの著書『日本のたくみ』(新潮文庫)で、伊賀の土樂窯七代目・福森雅武氏を知ってからもう十年以上になるだろうか。そこここに神が宿るような、日本の原風景の広がる先祖伝来の地に住まい、日常楽しむ器をつくり、自らそれに近隣で採れた花を生け、山海の珍味を料理し、盛りつける。日々の営みを垣間見るに、その姿はまるで自然そのもの、自然と一体で、「この人はいったいどういう人なのだろう」と私は強い関心を抱いたのであった。
 さっそく著書『土樂花樂』(文化出版局)を求めた。自作の器や、好きで収集された骨董に、我々が“雑草”と呼ぶ草花が生けられ、凛とした佇まいを見せている。しかも、流派の花とは違い、大らかで縛りがない。まだ茶道の稽古を始めたばかりで型を習っていた私は衝撃を受けた。この人の花を真似ることなど到底できない、ということだけは悲しいほどわかっていたが、「何か得たい」と、ことあるごとに頁をめくり心の花の師匠としてきた。また、実家では土樂窯の土鍋や器を少しばかりではあるが愛用し、祖母は亡くなるまで、兄と私が贈った雅武氏の湯呑みを愛用していた。繊細ながらもたっぷりしたその湯呑みを両手で大事そうに持ち、茶をすする祖母の姿を今も思い出す。いつも私の心を豊かにしてくれた、おおげさでも何でもなく、私にとってはさながら“聖地”のような伊賀の土樂窯であった。

 そんな土樂窯の八代目を継ぐ福森家の四女道歩さんと、私の京都の友人・呉服メーカー“貴久樹”の糸川千尋さんが十年来の知己であり、いつの間にか私もお仲間に入れていただくようになった。二人のすすめにより急浮上した福森雅武氏の取材は、その日が来るまではどうしても信じられず、夢心地ながら、聖地訪問に私はいささかナーバスになるほどだった。
 だが、そんな緊張もどこへやら、当日は雅武氏が自らいろり端で土鍋料理をふるまってくださり、道歩さん、糸川さんと、大いに食べ、呑み、笑う、まさに福森流の歓待を受けながらの取材となったのである。
 「お話を聞いても、いつも魔法をかけられたようになってしまって、わからないままに終わってしまう。先生が如何にして先生になられたのかを知りたい」とは糸川さんの言で、どのようにしてこの福森雅武という人物ができあがったのかを知ろうとするのだが、わからない。「この頃になってようやく、今までわからなかったことがちらっとわかってくる。何かと言ったら、死ぬ準備だということやね」などと仰り、掴めたと思っても手中にはない影を、必死に追い求めるように、生い立ちから現在までの様々を伺った。

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お寺でヨガ




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-技を訪う-にてご紹介させていただきましたヨガ講師・伊藤加奈子先生のレッスンの御案内です。
毎年春と秋、建仁寺塔頭・両足院にて開催されているヨガフェスタでクラスを担当されます。
10月9日(日)の、16:50~18:20【カナコ(スタジオヨギー)アヌサラインスパイアドヨガ】です。>詳細はこちら

私も、普段のレッスンとは違う場所(しかも禅寺!)、違うメンバーでの学びを今からとても楽しみにしています。お近くにお住まいの方も、連休にご旅行で京都に来られる方も、この機会に是非、素晴らしい先生のレッスンを体験なさってみてください。

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伊賀 土樂窯訪問




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以前こちらでもご紹介しましたが、先日、友人たちと土樂窯を訪ね、福森雅武先生とお話させていただき、道歩さんに仕事場などを案内してもらいました。

いろりの間にお邪魔すると、私の目を釘付けにするものばかりなのですが、特に先生がいつも生けられる花には、心うち震えます。

「100年は経っているんじゃない?」と仰る、素晴らしい風合いの山ぶどうのつるの籠に、曼珠沙華や猫じゃらし、その他名前は知らずともよく見るススキのような草、そして何やら蔓が生けられています……。「これ、なんだっただろう…」と思ってしばし見入っていると、「さつまいもの蔓だよ」と。

私の頭の中に、母方の里、出雲にて幼い頃にさつまいも掘りをした記憶がぶわっと蘇り、感動が……。
皆さん、芋の蔓を生けようと思われますか?「だって芋の蔓だもん。野菜だよ」と思いませんか?他にも、そのあたりに生えている草花を見る時に、「それって雑草でしょ」と、花屋さんに並ぶ草花と境目を作って見てはいませんか?
私は大いに作っていると思います。もう嫌だというくらいに、境界線、自分のものさしだらけです。その境目やものさしを無くしたいと、茶道や禅やヨガなど、色々かじってはいるのですが、これがなかなか手強いものです。

「ふと、美しいな、綺麗だな、と思えば生ければいい。ただそれだけです」。

土樂さんへ伺うと、いつでも、生命の輝きと、迎えて下さる福森家の人々の温かさに触れられ、さまざまな事を学ばせてもらえます。いつもいつも頭で考え、結局よくわからなくなりがんじがらめにあっている自分が、解き放たれる心持ちがします。

大学で、教育哲学・生涯教育などを専攻していた事もあり、ふと、先生に「今の小学校や子どもたちの教育に関して、アドバイスはありますか?」とお尋ねしましたら、「農業をやるのが一番良いんじゃない?サイクルというもの、生命の循環というものを知る事になるからね」と。

教育に関しての本を読んだり勉強したりもしますが、どんなに多くの言葉で語られたものよりも、先生の一言に全ての答えがあるような気がしました。

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『禅文化』220号 技を訪う -ヨガ-

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
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季刊『禅文化』220号より
“技を訪う―ヨガ”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

 三年ほど前だったか、運動不足の解消とダイエットの目的で、ブームになっているヨガの教室になんとなく行ってみた。女性受けを狙ったきれいな施設だったが、取り立てて惹かれるものもなく、一度の体験レッスンを受けたきりで、その後、ヨガのことはすっかり忘れていた。

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先生の笑顔。レッスン前には時節に合ったお話から、ヨガの哲学を学ぶ

 昨年は、さまざまなことが重なって身にふりかかり、夏の終わりには心と身体のバランスが取れずにバラバラになりそうな感覚を味わった。「ヨガに行ってみようか」。そんな思いがふと心を過った。自転車で通りがけに目にしていたヨガ教室が即座に脳裡に浮かんだので、さっそく体験レッスンを申し込んでみた。迎えた初日、おそるおそる教室の扉を開けると、先生の笑顔が目に飛び込んできて、安堵を覚えた。先生の明るい健やかな雰囲気が部屋にあふれていた。レッスンを受ける前に、「あァ、この先生でよかった。絶対にこの人を好きになる」と確信した。

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頭立ちのポーズ

 伊藤加奈子先生。学生時代の十年間は体操競技の選手だった。その後はダンサーとして舞台芸術に携わり、その道で生きてゆこうとしていた中で、レッスンの一環としてヨガに出逢った。得点を競ったり魅せることに重きを置く世界にいた間には感じたことのない動の中の静寂に心打たれた。ヨガの叡智を学ぶにつれ、自身が体操選手だった頃にメンタル面が弱かったことを振り返り、スポーツ選手がヨガをすれば普段の力をそのまま本番で発揮できる助けになると確信した。スポーツ選手専門のヨガインストラクターを目指すきっかけだった。しかし、ヨガの効果は思いがけずも、自分の身体にあらわれた。ヨガを始めてから、長年苦しんだアトピー性皮膚炎がいつの間にか治っていたのだ。普段の生活も脅かされるほどの痒さだったという。先生の輝くような肌を羨ましく思っていた私は驚嘆した。

 「ヨガが、自分自身を偏らないところに戻してくれるんですね。中庸や中道を教えてくれます」と話される先生を見ていて、初めての時に感じた圧倒的な“健やかさ”は、見た目の健康的な美しさだけではなくて、その内面からきていたのだと繋がった。
 現在はいくつかの場所でヨガの指導を行なっているが、特にスポーツ選手の指導を専門にというこだわりはなくなったという。ヨガを通してさまざまな職業や、いろいろな立場の人々に出会うが、どこに住んで何をしていようと、皆それぞれに現実社会を生きて何がしかの重荷を背負っている。「みんな同じだな」というのがヨガを教えることを通して得た実感だが、少しでも元気になってもらったり、気持ちが良いとレッスンに通ってくれる人がいるのが無性に嬉しい。

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技を訪う -土樂窯 福森雅武-




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職員、川辺紀子がことに気になった事、モノを紹介し続けております、季刊『禅文化』の「技を訪う」シリーズ。
その取材の為、先日、伊賀の土樂窯へお邪魔し、七代目の福森雅武氏を取材させていただきました。

私の兄が、現在のように白洲正子ブームが来るずっと以前より、彼女の著書を色々と読んでおり、私自身も、もう10年以上前になるでしょうか。『日本のたくみ』(新潮文庫)で福森氏の事を知り、その後、福森氏の著書である『土樂花樂』や『土樂食樂』を求め、伊賀の“土樂窯”といえば、おおげさに聞こえるかもしれませんが、私にとっては本当に憧れの聖地のような場所だったのでした。

京都で非常に親しくなった友人が、福森氏の四女・道歩さんと仲が良かった事から、事あるごとに私もお仲間に入れていただく機会が増え、今回の取材が実現しました。
御縁とはまったく不思議なもので、今も、「本当に行ってきたのだろうか、なぜこんな事になったのか……」と夢のような心持ちです。思いというのは通じ、繋がるものとしか思えません。

自然の恵み溢れるかの地での生活、来し方から、様々な事を伺ってきました。221号に掲載させていただく予定です(何度かに分けて掲載するかもしれません)。
お楽しみに!




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『禅文化』219号 技を訪う -ズーセス・ヴェゲトゥス-

日々の生活で出会った素晴らしい様々な“技”を、季刊『禅文化』にてご紹介しています。
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季刊『禅文化』219号より
“技を訪う―ズーセス・ヴェゲトゥス”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

 海外から日本に入ってきて、時と共に“日本風”に独自の変化を遂げるものは少なくない。ドイツ菓子バウムクーヘンもその一つだ。以前、ドイツで食べた物とは似ても似付かぬ日本のそれには、正直、少し落胆していた。
 クリスマスの頃だったろうか。不思議なバウムクーヘンに出会った。実に美味しい。聞いたことのない店名、“ズーセスヴェゲトゥス”をネットで検索してみると、ホームページが見つかった。ズーセスはドイツ語で甘いものを意味し、ヴェゲトゥスはラテン語で野菜のこと。バウムクーヘンのみならず、季節の野菜を使ったキッシュなども販売されているようで、私がいただいたショコラスパイスバウムクーヘンは、冬季限定の味のようだった。

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ドイツ菓子のマイスターブリーフ

 店の主は森美香さん。ホームページの記述から、彼女がドイツで修業をし、ドイツ菓子マイスターの資格を持っておられることもわかった。たまに更新されるブログを覗くと、師事する茶道の先生の言葉も書かれている。「あなたの心を今ぐるぐるに縛っている鎖は、いつか必ず、しかも一瞬にしてはずれる時が来ますよ。それまで待ちましょうよ」。私は、瞬く間に惹かれてゆき、彼女のブログの更新を楽しみにするようになった。いつかお会いしたいなと思っていたが、ある日、友人のために菓子を持参しようと思い立ち、お店に伺う機会が訪れた。
 彼女の第一印象をどう表現したらよいのか。一人で立派にお店を経営されているわけだが、若い学生さんのように溌剌としてみずみずしい。こちらを真っすぐに見つめて話される瞳から、好奇心の強い人であろうことが伺えた。この日は少しお話をして店を後にしたが、その後もどうしても彼女のことが気になる。やはり、取材にゆこうと思い立ち、手紙を出したら、快諾してくださった。

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『ヨーガ禅道話』人文書院  佐保田鶴治著




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家人から「読んでみれば?」と勧められていても、ヨガを始めるまでは全く興味の無かった佐保田鶴治先生の本。『ヨーガ禅道話』(人文書院・佐保田鶴治著)
自身がヨガをするようになり、初めて手に取ってみました。

講演の記録などをまとめたこの本は、易しいながらもヨガの真髄が語られていて、自身がヨガをする上での導きとなるような言葉が随処に。

長年虚弱体質で、健康とは無縁と言っても過言ではなかった佐保田先生が、ヨガを始めた事によって知った健康の喜びから、「病院にゆくのは死ぬ時くらい。それ以外の病はヨーガで全て必ず治すくらいの信念が必要。ヨーガを信じれば良いのです」というような事を仰っていて、“信”とは、やみくもに何かを信じるのではなく、自身の実際の体験から築いてゆくもの、深めてゆくものなのだと教えられました。
また、日々の暮らしにおいて何をするにしてもそれは「ヨーガを行ずる事」でなければならないというお言葉に、茶道と通ずる所を感じました。何をしていてもヨーガ、何をしていても茶のある人。一生をかけて目指す所でしょうか(はたして一生で足りるのでしょうか……)。

季刊『禅文化』の次号(4/25発刊)では、不定期連載として私が書かせていただいている-技を訪う-にて、ヨガから得た悦びについてを書かせていただきます。
今まで職人さんばかりを採りあげてきましたが、今回はなぜかヨガ。何でもありみたいですね……。ヨガも技であるという事で上からOKが出ましたので、ヨガの素晴らしさと、私が出逢ったヨガの先生について、さらには坐禅との繋がりについてなどを書いてみました。

ちなみに、この『ヨーガ禅道話』の表紙の曼荼羅は、前田常作先生によるものでとても美しい曼荼羅で、印象的です。ヨガをされている方や医療関係の方には特に読んでいただきたいと思いました本のご紹介でした。

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技を訪う -ズーセス・ヴェゲトゥス-




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季刊『禅文化』219号(次号:2011年1月25日発刊予定)の、「技を訪う」は、京都のバウムクーヘンで有名なお店、ズーセス・ヴェゲトゥスさんです。

数年前のちょうど今頃の季節に、こちらの季節限定スパイスバウムを初めて食べた私は、「ドイツと同じ味だ…、何て美味しいのだろう」と感動しました。

店主の森美香さんは、ドイツで修業をされ、ドイツ菓子のマイスターブリーフをお持ちのとても魅力的な女性。彼女の来し方がつまったバウムクーヘンだからこそ、いただいた時にあんなにも感動したのだな……と、取材をして思いました。

ちょうど12月はスパイスバウムが販売中!さらに彼女が大好きだというシュトレンも美味です。是非一度味わってみて下さい!

店主の森美香さんの紆余曲折、そしてこれからの夢など、是非皆さんに読んでいただきたい内容です。私も頑張ろう!と勇気をもらえますよ。
季刊『禅文化』1月号の記事をお楽しみに!

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『禅文化』214号 技を訪う -仕立て屋 千浪-




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季刊『禅文化』214号より
“技を訪う―仕立て屋 千浪 坂本多鶴子”   川辺紀子(禅文化研究所所員)


 茶道を始めて十年。親もとを離れ独立して生活するようになって、親や呉服屋に言われるままに仕立てていた着物について、いろいろな意味で“やりくり”ということを考えなくては、この先やっていけないなと気づかされた。それは単に金銭面ばかりではなく、お稽古事とはいえ、十年茶の湯に親しみ、着物と付き合うようになると、それなりに自分のこだわりも出てくるからだ。

 着物や袈裟などは、職人が丹精込めて作った反物から、人が着る物へと生まれ変わる時、その着やすさと見た目の美しさという点で要になるのが何といっても“仕立て”であろう。着物のことが少しずつわかってくるに連れて、「仕立てをしてくれる人と直接話をしたい」という思いが強くなって、まずは一番必要としていた夏用の雨コートを作るための反物を求め、仕立てをお願いできる和裁士を自ら探すことにした。直接和裁士のところへ反物を持ち込むからには、マージンが発生する呉服屋での仕立て代よりは安く、雨コートとなると着物を着た上からさらに着るものなので、なるたけ近所で、仮縫いの段階で着物を着て出かけてゆき、寸法の確認ができること、また、それを嫌がらずに受けてくれるところ……など、多々条件があった。
 インターネットで調べると、呉服屋での仕立て代からは想像もつかないような安値で仕立てを請け負うところもあったりするが、近場ではない上に、寸法をメールなどで伝えるのみでは和裁士の顔は見えないし微妙なニュアンスも伝わらない。着物に詳しい人にさまざまな仕立て屋のことを聞いて、調べてみたり訪れたりするが、どうもしっくりこない上に対応も気に入らない。

 そこではたと思い出したのが、涼しげな暖簾の掛かった一軒の町家。かなり前に自転車で近くを通りかかった際に、「こんなところに仕立て屋があるのか……」と思った記憶があった。確か暖簾には私の好きな千鳥の紋匠があり、その横に「仕立て屋」とだけ印象的な文字が書かれていた気がする。とりあえずは記憶を辿って思い当たる地域を探してみよう……と勇んで出かけた。

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『禅文化』216号 技を訪う -かみ添  嘉戸浩-




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かみ添。様々な文様のカードが並ぶ


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季刊『禅文化』216号より
“技を訪う―かみ添 嘉戸浩(かど・こう)”  川辺紀子(禅文化研究所所員)



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無音(むね)と名付けられた光陰彩紙。
この紙に「しんしんと降る雪」を思うか、はたまた「カワイイ水玉!」と見るか




 ペンを取り、好みの紙に便りを認める。
 昨今は、年賀状でも、大切なことがらでも、メール一つですぐに相手に伝えたいことが届くようになった。便利なものは便利なものとして活用したいが、やはり“心をこめる”には、自筆の便りをと思い、人よりはまめに手紙を送る。家には、便箋やハガキや切手が、季節や相手に応じてすぐに送れるようたくさんストックしてある。
 せっかく京都に住んでいるのだからと、利用する便箋等に和を意識しすぎてしまうと、かえって本来の和の美しさから遠ざかり、ただ古さを気取っただけのものになりかねない。
 手紙を受け取る相手がどこまで感じ取ってくれるかはさておき、一人でああでもない、こうでもないとこだわっているわけだが、“和”と“洗練された新しさ”を兼ね備える便箋やハガキを選択するのはなかなかに至難の業である。だからと言って西洋風のレターセットはいまひとつ面白みに欠けるのと、自分には不似合いな気がしてあまり使いたくない。この勝手なこだわりの隙間を埋めてくれる、しっくりくるものとは、一体どんなものなのだろう。


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紙に添うものたち

 ある日ネット情報で、「京都の唐紙を作る老舗で修業をした人が、新しくお店を開く」ことを知り、その老舗の唐紙の便箋やハガキを十年ほど前から度々使っていた私は、これは是非ともお弟子さんの店とやらを拝見せねばと、開店して間もない「かみ添」にでかけてみた。
 「なるほど……、そういうことか」。私がもどかしく思っていた隙間部分を埋めてくれるような、興味惹かれる美しい紙が並んでいたのである。元来、唐紙にある文様といえば、さほど日本文化に詳しくなくとも、すぐに「あア、日本古来の文様だな」とわかる類のものが多いのだが、「かみ添」の展示品の中でまず一番に目に飛び込んできたのは、トルコの文様が摺られた紙であった。木版を使って紙に文様をつけるわけだが、「職人に使われることもなく、捨てられるか、骨董品としてオブジェとなってしまうような木版を世界中から集め、使いたい」とは、店主の嘉戸浩さんの言だ。なるほど、私が以前旅した東南アジアのどこかの国で見たような懐かしい文様などが施された紙もある。インドの更紗やインドネシアの臈纈染めなどの布作りの型押しに使われる木型を使うのもとても素敵だろう。さまざまな国を旅して見てきた文様が私の頭の中に溢れ、わくわくしてきた。私の大好きな日本文化と、日本文化をこよなく愛するからこそ芽生える他国の文化への関心や尊敬の念、どちらも満足させてくれるような作品であった。

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トルコの文様の襖紙を段貼りにした襖

 このような紙で作られた便箋は、抽象的な文様が、便りを送る相手の年齢を選ばないし、私が理想として求めていた“和”であって、しかも凡庸ではない。不思議な美しさを持ち、色や文様によっては送る側の若々しさや清々しさまでも連想させてくれる紙なのだ。また、その文様が、あからさまに特定の季節を連想させるようなものではないので、季節のあいさつという押しつけがましさもない。
 そんな美しい紙を作り出しているのが、先の、「かみ添」主人嘉戸浩さんである。まだお若いのにどういった道を歩んで自らの店を出すまでに至ったのだろう。興味はつきなかったが、その日は時間もなかったため、後ろ髪を引かれる思いで店をあとにし、後日、改めてお話を伺いにお邪魔した。

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『禅文化』213号 技を訪う-葛籠-

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季刊『禅文化』213号より
“技を訪う―葛籠(つづら)”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

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マンションに葛籠

 梅雨のある日、クローゼット奥にカビを見つけた。冬には、水が滴り落ちるほどの結露に恐れおののいた初めてのマンション暮らしだったが、「このままでは着物が危ない」と、着物の収納について真剣に考え始めた。そこでまず思いついたのが桐箪笥だった。箪笥屋のショールームに赴き、美しく象牙色に光るその姿にうっとりしたが、一人暮らしの狭いマンションのフローリングにも真っ白な壁にも似合わない。いやその前に誰がこの大金を出すのだ!と、その選択肢はすぐに消え去った。

 そんなころ、雑誌で“京葛籠”を知った。塗りの上品な光り具合、家紋が入ると引き締まる全体の印象。たちまち心を奪われた。加えて、柿渋や自然素材を使うので、虫や湿気から着物を守り、機能性が抜群らしい。すぐに購入したいと思ったが、やはり写真で確認するだけではなく、実際にこの目で確かめなくてはと、直接訪ねてみた。それが、葛籠作りの全工程を手がける“渡辺商店”だった。

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-丁寧ということ-色と布と語りあう日々 清水繭子氏(染色家)




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前々から一度訪れてみたかった、総合地球環境学研究所環境思想セミナー
今回は染色家、清水繭子氏(略歴やおおまかな今回のセミナー内容などはHPをご覧下さい)。

さて、「丁寧」とは、皆さんはどのような事だと思われますか?
自分で言うのもなんですし、おおげさかもしれませんが、「私は丁寧の目利きではないだろうか…」と自分自身に思う事があります。
私が思う「丁寧」は、きちんとした「思い」がこめられているもの。手間や労力を惜しまずになしとげられたもの。「丁寧」は裏切らない分ごまかしがきかない。普段の生活でいうと、料理がそうです。丁寧につくられた料理には「はっ」とする美味しさと安心があります。
清水さんが、「その物の真の色をまっすぐに引き出したいんです。その時に出る透明感を大切にしています」というような事を仰っていましたが、その、素材を思う心や、真摯な姿勢がもう既に「丁寧」なのだと思います。

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『禅文化』215号 技を訪う―仏具木地師 加計穣一-

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季刊『禅文化』215号より
“技を訪う―仏具木地師 加計穣一(かけ・じょういち)”  川辺紀子(禅文化研究所所員)

 ある日、三重県名張市の知人から、「近所に知恩院の立体曼荼羅の製作に携わった素晴らしい木地師さんがいるから、是非会いにいらっしゃい」とお声がかかった。比較的新しい名張の住宅地に、知恩院に関係する仕事をされる職人さんがいらっしゃるとはどういうことなのだろう、と少し怪訝な気持ちだった。“京都の寺社関係の職人仕事”は、当然ながら京都の職人が携わるという思い込みがあったからだ。ともかくお伺いして、お仕事を拝見させていただくことにした。
 “木地師”と聞いて、まず思い浮かんだのは、漆を塗る前のお椀やお盆などの原形を作る職人さんだった。今回ご紹介いただいた加計穣一さんは、“仏具木地師”といって、寺社にまつわる“木”のもの――さまざまな仏具をはじめ、格天井、華頭窓、厨子、賽銭箱などの下木地部分を何でも手がけられている。扁額などは最後の仕上げ(彩色)までやることもあるそうだ。もちろん家庭用の仏壇仏具、神棚なども作られるし、古い曲彖や仏像の修復まで手がけられる。仏師ではないため仏像本体を作ることはないが、仏像の修復時には、台座や光背まで作り上げる。“木にまつわる寺社の仕事”と一口に言っても、その幅の広さには目を見張るものがあった。

 そんな加計さんが取り組まれた大仕事が、知恩院所蔵の「観経曼荼羅絵図」(重文)を木彫で立体的に再現するというプロジェクトであった。三重県伊賀市にお住まいの、現代を代表する仏師、服部俊慶師が知恩院から依頼を受け、須弥壇や厨子等の木地部分を、信頼する加計さんに任されたらしい。この実現には、仏像を彫る仏師、須弥壇や八角厨子を設計・製作する木地師の他に、彫刻師、塗師、蝋色師、彩色師、箔師、錺金具師など、総勢三十五人の職人の一流の技が駆使され、二年半がかりで完成。二〇〇一年四月十六日に知恩院の月光殿で開眼法要が営まれた。極楽浄土の荘厳が我々の眼前に再現されたわけである。夫人のヤトさんや、木地師の仕事を継承するご子息の善映さんもこの仕事を支えられたという。
 「平面に描かれている曼荼羅を、立体遠近法によって再現する」。言葉で聞いただけでは想像できないので、実際に写真を見ながら、加計さんに説明してもらった。「立体遠近法ですから、奥へいくにつれ小さく、また四十五度の傾斜をつけ、仏像を配置できるように設計し、微妙な調整を加えつつ作るわけです」。しかし、計算ではじき出された数値どおりに作れば良いというものではないようだ。微妙な調整には職人の研ぎ澄まされた感覚と高度な技が要求されることは、容易に想像できる。

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 加計さんは、昭和二十三年、戦後の困難な時代に、手に職をつける方が良いというおとうさんの考えで、京都の木地師の所へ十五歳で奉公に出された。お話を伺っていて、ふと、「いったい、今おいくつなのだろう」と疑問が湧いてきた。背筋はいつもピンと張って、肌も艶やかだから、六十代半ばと思い込んでいたのだが計算が合わない。実際は七十五歳と聞いて仰天した。「難しい依頼がくるほどワクワクして、よし、挑戦してやろうと思うんですよ」と、楽しそうにお話される。「この仕事が好きでたまらない」というお気持ちがこちらにも直に伝わってくる。常に頭と手を使って仕事に取り組まれる探求心と柔軟性、加計さんがお若いのは当然だなと思った。
 十二年ほど修行して、京都で独立。腕を買われて仏具店の依頼でさまざまな仕事をしておられたが、良くも悪くも古い慣習が残り、何代も続く職人が多い京都では、やりにくいことも多かったという。そんなころ、京都から離れて自分の旗を掲げてみようかと一念発起し、たまたまドライブで通りかかったのが、名張市内の当時の新興住宅地だった。一目で気に入り、「よし、ここに住もう!」とすぐに心が決まったという。

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