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檀林皇后がきいた鐘




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妙心寺の銅鐘(図録『京都妙心寺 禅の至宝と九州・琉球』)より

大本山天龍寺が、かつてこの地にあった檀林寺の跡地に建てられていることはご存じの方が多いと思います。檀林寺は、嵯峨天皇の皇后・檀林皇后(橘嘉智子)が、禅を学ぶために中国から招いた義空禅師のために建てた、日本ではじめての禅寺とされるお寺です。

夢窓国師は天龍寺供養のさいに、「禅宗が日本に伝わってひろがりさかんになることにおいて、この地にあった檀林寺がさきがけであり、天龍寺がしんがりである」と述べておられます。天龍寺は檀林寺の禅宗史上の意義によって、今の場所に建てられました。

義空禅師は日本へと禅を伝えにきたものの、日本で禅を理解できるのが檀林皇后しかいないことに失望して、中国に帰ったといわれています。広大な寺地をほこった檀林寺も衰退し、平安時代の女流歌人・赤染衛門の和歌集「赤染衛門集」には、「檀林寺の鐘の、土の下に聞ゆるをいかなるぞと問へば、鐘堂はなくなりて御堂の隅に掛けられたればかうきこゆるぞといひしに、后のおぼしをきあはれにてありしにもあらずなりゆく鐘の音つきはてむとぞ哀れなるべき」と、檀林寺にあったあの立派な鐘堂も、失われてしまったと記されています。

檀林寺の跡地には、その後、離宮の亀山殿が、後嵯峨上皇と亀山法皇によって営まれました。亀山殿には寿量院や浄金剛院という御堂も建てられ、寿量院について夢窓国師は「亀山上皇が南禅寺の禅僧20人を置かれ、天龍寺法堂はその寿量院の跡地(後継)にあたる」と述べておられます。

浄金剛院には、亀山法皇のご遺骨が分骨されましたが、浄土宗のお寺だったようです(『増鏡』)。浄金剛院は、兼好法師の『徒然草』に「およそ鐘の声(音色)は黄鐘調なるべし(略)浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり」とあるように、すばらしい音色の鐘がおかれていたことが知られます。

ここでお気づきの方もいらっしゃると思います。大本山妙心寺に奉安される国宝の「梵鐘黄鐘調」は、嵯峨亀山殿内の浄金剛院の鐘であったとも伝えられていますが、もしかすると、もともとは日本最初の禅寺の檀林寺におかれていた鐘だったかもしれません(あくまで可能性レベルのお話ですが)。

檀林皇后は義空禅師とはじめて対面したときに悟りを開かれたと、夢窓国師は述べています。つまり日本人ではじめて禅の悟りを開いたのは、檀林皇后という在家の女性でした。悟りを開いた檀林皇后に、檀林寺の鐘の音色はどのように聞こえていたのでしょうか。

妙心寺にお参りいたしますと、鐘の音も録音で聞かせていただくことができますが、ぜひその音色に、かつて嵯峨野にあった檀林寺と、檀林皇后・義空禅師のことも思い起こしていただければと思います。

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名勝照福寺庭園 -京都府綾部市-




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含勝庭

京都府綾部市にあります臨済宗妙心寺派、照福寺を訪れました。
こちらのお庭は、国の名勝庭園に指定されています。
作庭されたのは、江戸時代のこのお寺の住職、仙裔和尚とのこと。

生命の営み、万物は流転する事をお庭から教えてもらったひとときでした。

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生々苑

こちらは、足立美術館のお庭の作庭でも知られる、中根金作先生の設計監督によるもの。
岐阜方面から集められた石が使われ、20~30坪ほどのお庭ですが、とても心に残るお庭でした。

名勝照福寺庭園 -京都府綾部市-の続きを読む

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季刊『禅文化』224号発刊




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★今号の「吾が師を語る」は、大本山妙心寺派管長の河野太通老師が、師匠の山田無文老師についてお書きくださいました。
初めて無文老師の姿を眼にされた太通老師は、
「新学長の挨拶ということで、一人の僧が壇上に上がってきました。ひょろひょろの痩身で、雲水用の紺の麻衣を着けた雲水の古手といった風体で、私は代理の僧が来たのだなと思いました。しかし演卓に着くまでの歩く姿を見て、いやこれは本物だと思い直しました。真摯な威厳を感じたのです。私はそれまで、このような僧に接したことがなかった」
と、二十歳のころの驚きを率直に記され、隠侍時代のエピソードも豊富に語られています。

★東京大学史料編纂所の山家浩樹教授が、当研究所発行の『訓読 元亨釈書』(藤田琢司編著)をご紹介くださいました。
本書の特徴を懇切かつ的確に分析し、
「以上のように、本書は、日本仏教史に興味あるものにとって、初心者から研究者まで、それぞれに利便のある書となっている。本書によって『元亨釈書』がさらに広く親しまれ、『元亨釈書』自体の研究も、ひいては日本仏教史の研究も進展することを願ってやまない」
と締めくくられています。

★臨床僧の会・サーラについて、牽引的な活動をしておられる佐野泰典師が、会の具体的な活動報告をしてくださいました。
河野太通老師の会下である佐野師は、「僧侶の本分を尽くすために良い機会なので志あるものは、共に学んでいこう」という太通老師の呼びかけに答える形で参加を決意、寺務の合間を縫って夜間講座に通い、ホームヘルパー二級の資格も取られました。

★画家の伊藤紫虹氏が、長年師事された関牧翁老師の思い出をお書きくださいました。牧翁老師が紫虹氏から絵の手ほどきを受けられたお話などもあり、興味の尽きない内容です。


【もくじ】

吾が師を語る――山田無文老師/河野太通
『訓読 元亨釈書』 紹介/山家浩樹
禅宗語録入門読本 百丈野狐 (上) /小川隆
ゼミナアル・禅思想の道を歩く 講読 『信心銘夜塘水』(七)/西村惠信
南宋・金の衰亡と禅 (下之下) 要説・中国禅思想史33/伊吹敦
長岡禅塾物語 (三) 夢中問答 (前篇)/北野大雲
善財童子の求道ものがたり (二十五)
―生死の潮流を乗り越え、正法の海洋へと導く航海師ヴァイラ/小林圓照
禅僧の死に様 (七) 死にともない―仙厓義梵/藤田琢司
南禅寺南禅院と天龍寺の庭園/町田香
言葉を超えて/平塚景堂
臨床僧の会・サーラ/佐野泰典
碧巌録提唱(十七) 第三十九則 雲門花薬欄/山田無文
ひとくち法話 察してあげること/横田南嶺
関牧翁老師/伊藤紫虹
グラビア 丈山文庫蔵 禅林墨蹟 東嶺と大休
寺庭さんのリレー・エッセイ―矢坂ナヲ子
技を訪う Ajee バングラデシュの手仕事/川辺紀子
和尚さんの身体講座 (三十四) 安楽坐禅法入門(四)/樺島勝徳
あはれ幾春の花散りにけり―斎藤史の歳月の歌/佐伯裕子

表紙解説/藤元裕二
いっぷく拝見
編集後記〈禅文化漫筆〉
『禅文化』のバックナンバー
禅文化研究所の本

カット・左野典子


ご購入はこちらから

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人生の四季 -松田高志先生のお話より-




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コブシの大木 4/21 綾部にて


季刊『禅文化』にも何度か寄稿いただいております、私の大学時代のゼミ教授・松田高志先生を友人宅にお迎えしての勉強会でのこと。

今回は、松田先生からご提案のあった、-人生の四季-をテーマとし、様々な名著名言を引用され、先生なりの70歳の境界や、来し方をお話頂きました。

来し方については、シュタイナーの七年周期の図を用いて、先生が人生を振り返っておられました。
七年周期については、ネットで検索すると色々出てきますのでご関心ある方は是非。照らし合わせてみると、「ふむふむ」と納得する部分、まだいまいちわからない部分ありますが、なかなか興味深いものです。

そして、70歳を迎えられた先生が、“老い”について、「恩寵に気づかざるを得ないような苦しみ」・「強いられた恩寵」と仰ってたのがとても深く心に残りました。なんとも先生らしい“老い”の受け止められ方です。

また、老いのみならず、老若男女、誰にでもとてつもない苦しみが強いられる事があります。
それについては、「苦しみに徹することにより、大いなる恵みに気づかされるのであって、それはまた強いられた恩寵である」と先生が仰いました。

誰しも、他人に話せないほどの苦しみを多かれ少なかれ抱えていたりするもの。その真っ只中にいる時はなかなかに気づけませんが、乗り越えてみると、“今”を感謝できるようになるでしょうし、感謝の恩寵の雨が降り注ぎます。
苦しみから様々な事に気づく事ができるという点で、やはりそれは恩寵なのだなと附に落ち、この受け止め方がしっくりくるのでした。

また、神谷美恵子さんの著書、『こころの旅』より、お年を召された方について書かれた部分をご紹介下さいました。
あまり我を見せる事のない神谷さんが、珍しく著書の中で断定して仰っている事なのだとか。

「有用性ではなく、存在の仕方そのものによって周りの人々を喜ばせるという点において、子供と同じである」

このような存在になれるよう、歳を重ねたいものですね。

そして最後に、「やはり歳を重ねる、老いを受け入れるというのは辛いものなんです」と先生が度々仰っていたので、逆に素晴らしい事はと質問しましたら、

「毎日がほんとうに心の底からありがたい事」…と。
チューリップが咲いてもほんとうに有難い、食べ物が毎日とてもおいしくて心底有難い、有難いことづくしなんだそうです。
これは、私達若者でもそういう意識は常日頃持ち得るわけですが、どうやらその深さは、到底我々ではまだ理解し得ない所なのだそうです。深淵の度合いが違うのでしょう。

19歳で出会った我が師、既に15年師事しています。確かに出会った頃より先生はお歳を召されました。
ですが、歳を重ねるごとに、より一層深みが増し、より一層親しみやすく、より一層この方から学べるだけの事を学んでゆきたいという思いが募ります。有難い御縁です。

継続は力なり。
京都でお話会のような勉強会を開催しています。ご関心のある方はご一報を!

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「System Check」コンピュータウイルスにご注意ください




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今年に入った頃から「System Check」コンピュータウイルスが猛威を奮っています。

先日、知り合いの方から「変なメッセージが表示されてパソコンが使えない」との連絡を受け、自宅へお伺いして確認したところ、英語のメッセージがたくさん表示され、さらにはマイドキュメントの中も空っぽという状態でした。

この症状から原因をインターネットで検索してみると、どうやら「System Check」というコンピュータウイルスに感染しているようでした。

ウイルス対策ソフトがインストールされていたパソコンにも関わらず、なぜ「System Check」ウイルスに感染したのでしょうか?

感染の原因を調べたところ、ソフトウェアに存在するセキュリティ上の欠陥(脆弱性)を悪用し感染するとのこと。そのため、ソフトウェアのアップデートを怠っていると、ウイルス対策ソフトの有無に関わらず、このウイルスに感染してしまうようです。

1.Java Runtime Environment のバージョンが古い
2.Adobe Reader のバージョンが古い
3.Adobe Flash Player のバージョンが古い
4.Windows Update が施されていない

上記の何れか一つでも当てはまる場合は、ウイルス感染の恐れがありますので、速やかに該当ソフトウェアのアップデートを実施してください。

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穀雨 ―二十四節気―




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京都では例年より遅く満開を迎えた桜が散り始め、花見のシーズンもそろそろおわりといったところです。
本日は二十四節気の第6番「穀雨」。文字通り、農業では苗代の稲が発育するのにいい雨が降る頃ということでしょう。
苗代(なわしろ)といっても、ほとんどの農家は農協から苗を買っているのではないかと思いますから、近ごろはあまりみかけなくなりました。施された小さな田にビニールシートがかけられ、ぎっちりと密に新しく芽吹いた苗が生えていた様子は、ずいぶん前の光景ですが懐かしく思い出されます。
そしてゴールデンウイーク頃になると、この苗が水を貼った水田に植えられていきます。美しい日本の春の風景です。

しかし、東北の被災地では浮れてはいられません。田畑はまだこんな様子なのが事実です。冬が終わって清々しい気持ちになりたい季節ですが、これが現実なのです。

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これは陸前高田です。塩をかぶった土は削り取られているようですが、田んぼというのには程遠いです。
陸前高田市長の戸羽 太市長のFacebookでの投稿によると、この削り取った土は捨てるわけにもいかず、燃やすわけにもいかず、処分をどうするかも大きな悩みだと書かれています。もちろん福島には、寄りつくことさえもできない土地があります。とてつもなく大きな問題です。

震災と津波と、そして原発による被害のことを忘れないように、あえて書かせていただきました。
どうかこの穀雨が少しでも恵みの雨となりますように。

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東福寺名宝展の御案内




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東福寺・通天橋の新緑 柴田明蘭(写真)


大本山東福寺で、4月21日から5月6日まで東福寺名宝展が開催される予定です。

「この度の名宝展では、禅の伝法に生きた聖一国師の生涯に焦点をあて、東福寺に大切に護り伝えられてきた修行時代から晩年にいたる国師ゆかりの文化財を一堂に展観するとともに、国宝三門を特別公開いたします」(大本山東福寺のHPより)とのことです。

聖一国師の遺偈や自賛の頂相(肖像画)など、東福寺ご所蔵の国宝・重文の書画をはじめ、国宝三門も同時に特別公開されます。

国宝三門へのぼれば、「壮麗な極彩色の世界がひらかれています。中世建築ではめずらしい一面の極彩画は、画聖兆殿司(明兆)およびその門人寒殿司の筆と伝えられています」(同)とのこと。三門にのぼるのは大変そうですがぜひ極彩色の世界の世界を体験したいですね。
また「東福寺のみほとけ」展も同時開催され、ふだんは非公開の東福寺伝来の仏像・工芸品を拝見できるとのことで、こちらも楽しみです。

新緑の東福寺で名宝を満喫する前に、聖一国師や東福寺について「予習」したいと思われた方に、一つマニアックな文献をおすすめしたいと思います。
今枝愛真先生が『静岡市史 原始古代中世』(1981)に寄稿された「入宋の禅師 聖一国師と大応国師の活躍」です。一般にはあまり(ほとんど?)知られていないと思いますが、聖一国師についてのとても丁寧でわかりやすい伝記です。
各都道府県立図書館などの大きな図書館でぜひ一度探してお読みいただければと思います。

大本山東福寺 新緑遊行と特別名宝展
「聖一国師の遺宝 法をつたえ 宝をまもる」
(国宝三門、「東福寺のみほとけ」同時公開)
2012年4月21日(土)~5月6日(日)
名宝展・三門共に9:00~16:30(受付は16:00まで)
拝観料:
名宝展 大人1000円、中高大生600円
三 門 大人600円、中高大生500円
名宝展・三門・通天または方丈の三ヵ所共通拝観券が
大人1500円、中高大生1000円とお得です。

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日吉大社 -滋賀県大津市 坂本-




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桜が咲く前のまだ少し寒い頃に、比叡山の麓(滋賀県側)にある日吉大社を訪れました。

以前、大津市歴史博物館にて、-神仏います近江 日吉の神と祭-を観て以来、ずっと参拝してみたいと思っていたのです。
今年は憧れの山王祭参加は都合上叶いませんので、空気だけでも感じに……。


学生の頃からよくでかけていたとある百貨店の美術画廊。そちらでの展観をプロデュースされている方には様々な事を学ばせていただいたのですが、彼がこの日吉大社のある坂本に住んでおられました。
「とても良い所なので遊びにいらっしゃい」と言われていたのですが、まだ若く、都会育ちだった私にとっては、滋賀のこのあたりといえば単に“田舎”、“何も無い所”(無知とは悲しいものですね)と、特に関心を示さなかった事を思い出しました。
そんな事を思い出しながら訪れた坂本の地ですが、大地のパワーがものすごい土地で、彼の言っていた事はこういう事だったのだな……と、今にしてようやくわかった次第です。

日吉大社の創祀は今を遡る事およそ2100年前といわれます。そのようなはるか古より、人々の信仰を集めた土地。元々“何かある”土地なのでしょうが、信仰の対象として参拝されるうちに、その参拝者の“気”がまた土地を磨く事になるのでしょう。とても気持ち良く清々しい心持ちで参拝させていただきました。

神仏混交の時代の雰囲気を今に伝える日吉大社。
比叡山参拝後に、滋賀側の散策をされるのもまた一興です。

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奈良の溜め池




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奈良市にある五徳池。
何の変哲もないただの溜め池のように見えるが、じつは平城京の時代からあるという由緒正しい池だそうな。教科書にも載っている平城京復元図の東南角に描かれている、あの池である。当時は現在の倍近い面積があったとのこと。

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『月のリズムでダイエット』 岡部賢二著(サンマーク出版)




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ヨガを実践し、身体と心の相関性の面白さに目覚め、そして、身体と心を作っている食について関心を寄せていましたら、今度は自然と“月”の存在が気になり始めました。
そんな時に出会った本のご紹介。

『月のリズムでダイエット』 岡部賢二著(サンマーク出版)

“ダイエット”と題名にありますので、“痩せる為の本”と思われがちでしょうが、これは、本来の自分らしく、個性に合った体型になる為の本です。人間、一人として同じ人はいないのですから、各々バランスの良い所というのは、違うはずです。
身体のバランスが、本来の自己に内在する力を発揮できるように整ってゆけば、自然と心も整って来ます。
でも、“本来の自分”って何なのか、わかりませんよね?!
私も手探り状態ですが、色々と実験してみると楽しいものです。
“月”を意識して生活を始めると、なかなかに面白い事が自身の身体にも起き始めます。
大自然や宇宙の力、殊に月のパワーと呼応して生きる為の一参考書。古より日本人が如何に大自然としっかり繋がって暮らしてきたかという事も知るきっかけとなります。


余談ですが、そんな風に月について色々と思っていると、嬉しい便りが。
先日の満月の日、友人が第二子を出産しました。

彼女曰く、月を見ていたら身震いし、「これは来るな……」と思ったのだそう。
やはり人間も、自然界の一部なのですね。下記に友人からのメールをご紹介させていただきます。。

「何か、自分の力の及ばないところで大いなるいのちの営みを肌身で感じて、とても感慨深く、私はその大いなる力の波に乗って、かけがえのないいのちを生み出させてもらったのだなと思いました。普段から、月を見ていると生命の呼吸の波に呼応していて、不思議な気持ちになります。お互い、月に興味を持っているのを知って嬉しいです。そういった事を意識して生活するって、人間にとって一番自然な事なんでしょうね」。

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「天龍寺寺宝展 夢窓国師と嵯峨・嵐山」展




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少し前になりますが、3月20日の午後、京都嵯峨嵐山の時雨殿で行われている「天龍寺寺宝展 夢窓国師と嵯峨・嵐山」展を訪れ、佐々木容道天龍寺管長のご講演「天龍寺と夢窓国師」を拝聴いたしました。
天龍寺ご開山の夢窓国師の事跡や思想、また天龍寺創建の意義について、1時間たっぷりみっちりとお近くでお話をうかがうことができました。

展示のほうは、出品数は多くありませんでしたが、天龍寺さんは寺宝展をなさらないので、長く夢窓国師を勉強してきたわたしもはじめて実物を拝見したものばかりでした。

なかでも感激したのは墨跡「謝宋船網司上堂偈」です。こちらは状態があまりよくないのが残念ですが、日本史上で名高い「天龍寺船」を主宰した博多の商人へ国師が贈られた偈、つまりは国師自筆の感謝状です。
写真でこれまで拝見してきましたが、実際に拝見したところ、予想以上にすばらしく、当時最高級の中国紙(蝋箋)に書かれたたいへん大ぶりの立派な墨跡でした。

南北朝の混乱の世に、天龍寺創建を無事なしとげられた国師のお心にしばし思いをはせました。

今週末は夢窓国師が心から愛した嵐山の桜を見がてら、いかがでしょうか。


-小倉百人一首殿堂時雨殿リニューアルオープン企画展-
【天龍寺寺宝展~夢窓国師と嵯峨・嵐山~】
6月24日(日)まで。10時~17時(入館16時半まで)
休館日:月曜日(ただし祝日の場合は開館)
入館料/高校生以上500円、中小生300円
小倉百人一首殿堂時雨殿
(京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町11。京福嵐山本線「嵐山」より徒歩5分。Pなし、周辺に有料あり/TEL.075・882・1111)

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或る生活―O氏のこと




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パウル・クレー Fish magic


O氏は酒好きである。食事は一日一回。夕食は(まあ、朝食といっても昼食といってもいいが)午後4時きっかりに始まる。O氏は料理が上手いから少し時間をかけて、4時には丁寧な食事が並ぶ。ほとんど音楽を聞きながらゆっくりと食事を楽しみ、6時過ぎには食事の片付けも終えて床に入る。たっぷり7時間ほど熟睡し、起床は午前1時過ぎ。それからO氏の楽しい時間が始まる。おおよそ午前7時くらいまで、読んで書き、書いて読む。O氏は集中力の権化だから、夜が明けるのはあっと言う間だ。1時間ほど散歩して人参を搾って飲むと、坐禅タイムだ。昔はしんとした場所で坐っていたが、今は特にモーツァルトを聞きながらが多いという。昼ころまで坐ったら、のそのそ床に入って半時間昼寝する。一人暮らしのO氏はこんな生活を週5日ほど続けて、残りの2日間で、まあ率のいい仕事をして生活費をかせぐ。O氏は研究者で、その道ではかなり質の高い本を何冊か出しているが、ほとんど組織に属したことがないので、お金が十分にあった例しがない。食べられないほど窮乏したこともない。「肩あって著(き)ずということ無く、口あって食らわずということ無し」と思ったことがあるのかないのか。O氏を前にすると、「老後はどうする?」といった問いが、口から出る前に霧散してしまうのが、我ながら可笑しい。彼のことを「負け組」といっても「勝ち組」といっても、なんだかしっくりいくような気がするのも、また可笑しい。

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山村御流 奉花会 -奈良・円照寺-




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年に一度、山村御流(華道)のお家元、円照寺にて執り行なわれる奉花会に、今年もお邪魔して参りました。
いつもは、尼門跡に相応しい可憐な桜が楽しめるのですが、今年はやはり寒いのかまだ咲いてはいませんでした。

毎回、お邪魔する度に様々な事を思い、自身を省みる、花を生けるとはどういう事なのかという事を考えさせられる機会をいただいていますが、今回は、私も茶の湯においては流派に属して稽古をさせていただいている身ですので、流派というものに属する事についてあれこれと考えていました。

人間が集団となると、様々な人がそこへ集い、中には「この人は本当に道のお稽古をされているのだろうか」と疑いたくなるような方に出会ったりもします。初期仏教のお釈迦様の集団においても、現在の宗教団体においても同じ事が言えるかもしれません。
民芸運動の創始者である柳宗悦などは、茶人に対して辛辣な評価を下したりもしていました。

また、ハイセンスな方は、自身のセンスで花を生け、自身のお茶を楽しまれていて、「茶道なんてものは習わなくても良い。あのような人達の中に交わりたくもない」とまで仰るような方も時々いらっしゃいます。

ですが、はっきりと申し上げたいのは、流派の中に入らなくてはわからない事が絶対にあるのだという事です。それを知らずに批判めいた事を言う人には、私は少しがっかりしてしまうのです。
批判したくなる気持ちもわからなくもないのですが、道の稽古を励むという事は、その者自身の事であって、どんな人がいようとも、茶の湯の精神や真理が腐るわけではないと思うのです。

自身のセンスにおいてなさるのは自由ですし、何も申し上げる事は無いのですが、それに加えて、道の稽古や流派の事を批判するのは、その人の価値を下げてしまいかねないなと私などは思います。

流派に入ることによってのみいただける、自身へと流れ込んでくる流祖の悟りや教えがあり、人から人へ、連綿と受け継がれてきた尊い精神があるというものです。

このように思えるのも、たまたま私が素晴らしい師匠との御縁に恵まれているからであって、そこを忘れてはならないなと思う次第です。

何を学ぶにつけても、良き師匠との出会いを!

2010年奉花会の記事はこちら

-山村御流 華展の御案内-
近鉄百貨店 奈良店にて、5/31(金)~6/3(月)。
心にそっと寄り添う花に出会えます。
お近くの方は是非おでかけください。

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幽玄




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枝垂れ桜の大木のライトアップ。
まるで桜がお能の演者のようで、まさに幽玄そのもの……。
どこかから謡まで聞こえてきそうな夜なのでした。
“幽玄”を感じるのは、やはり染井吉野ではない、この何百年も生き延びてきた枝垂れ桜である気がします。

それにしましても毎年、咲いては散ってゆく桜を追い求めています。
桜は私にとっては、ただ美しいと喜んで鑑賞するものではなく、他の何物よりも、弥が上にもこの世が諸行無常である事をはっきりと見せられてしまうものであって、胸をかきむしられるような思いを抱いてしまいます。私の修行がまだまだ足りないからでしょうか。

ふと、老師方はどのように桜を愛でられるのだろう……と興味が涌いてきました。
次回インタビューに伺う際には季節はずれになっても、是非ともお尋ねしてみましょう。




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医療費雑感

先月いただいたお給料。
またもや健康保険料が上がり、わずかばかりではありますが、手取りが減っていました。

最近よく考えるのです。

お年寄りが病院通いをするのが日課のようになっていたりします。それが彼らの健康や精神を支えて、毎日の楽しみとなっているのを否定してはいけないのかもしれません。
ですが、本当に必要で通っている人は何人いるのでしょうか。
病院でいつも来ている人をみかけないと、「あら、○○さんみかけないねぇ。どこか悪いのかねぇ?」。 
おかしくはないでしょうか?

現代人はことに、自身の身体の事についてよくわかっていないと思います。
色々な意味で、“自然”から切り離された生活。身体に何か起きれば、それを静かにみつめ、原因を自分で追求するよりも、とりあえず医者に薬。
何かにつけて、便利なものに頼りすぎている生活。もちろん私も例外ではないでしょう。

医者や薬が全く必要ないと言っているのではないのです。ただ、国民の一人でも多くが、自己管理という事をもう少し自身でできるようになれば、莫大な医療費の負担は軽減され、悪循環は減るのではないかなと思う次第です。

そんなこんなに、仏教や禅は、大いに貢献できると私は思っています。
仏教の考え方、坐禅、呼吸法などは、身心を健やかにする為にあると言っても過言ではないでしょう。


先ほどの、病院通いのお年寄りの話ですが、これが、お寺通いになると良いのになぁ…と思っています。依存させない、でも頼りにしてもらう……というのは難しい事なのでしょうが。

最後に、本日の話題にかこつけて、研究所の本のご紹介。 『禅と東洋医学』。 こんな本も出版させていただいております。
宜しくお願いします。

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NHKラジオ「宗教の時間」にて




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お知らせです。
NHKラジオ第2放送の宗教の時間で、明日4月8日から毎月第2日曜の朝8:30~9:00、再放送第3日曜の夕方18:30~19:00に、禅文化研究所所長・西村惠信が「夢窓国師の『夢中問答を読む』」を一年間にわたって放送します。
ご興味のある方はお聞きいただければ幸いです。
テキストは全国の書店にて発売中です。

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相貌と風貌-鈴木大拙写真集




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不立文字、教外別伝。
禅ってなんですか?
言い表せないところの妙。

大拙先生のお写真を拝見する。何度拝見していても心底「アァ、、、いいなぁ……」と思う。
そこいらじゅうに、禅、ZEN、ぜんが転がっているなぁと思うわけです。

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大型書店さんには置いてありますが、なかなかどこの本屋さんにでも置いてあるわけでは無く、皆さんに簡単に手に取って見ていただけないのが残念なところ。

鈴木大拙館にはもちろんありますし、手に取って見て頂けるはずです。その他の大拙先生の書物も数多く揃っていますので、金沢に行く際には是非お立ち寄りいただきたいものです。

今日は急に大拙先生のお写真を拝したくなり、皆様とも分かち合いたくなった次第です。

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*写真は全て『相貌と風貌-鈴木大拙写真集』(上田閑照・岡村美穂子/禅文化研究所発行/2005年)より

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事務局雑感




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公益財団法人としてスタートして数日が経つ。関係者への通知をはじめ、公共機関や取引先との変更手続きを行なっているが、その面倒なことに閉口している。公益の2文字が入っただけなのにと思うが、組織変更となると簡単にはいかないようで、今月中は雑務に振り回されそうである。

当研究所の旧所轄庁は文化庁文化部宗務課で、先日送られてきた報告書によると、1月31日現在で内閣府へは申請予定者の6割が申請済みで、宗務課が所管する60の法人のうち、一般法人への移行、公益法人への移行、解散がほぼ3分の1ずつの割合になっており、まだ方針の固まっていない法人もあるようだ。宗教法人が設立したものが多いだけに、最終的には残余財産を含め設立母体に帰属するとみられる。

何れにせよ、移行期間の終了する平成25年12月には全ての法人の行き先は決まっているわけだが、制度の抜本的な見直しといわれた今回の改革が、社会的にどう評価されるのか、当研究所にどのような効果がもたらされるかがわかるのは、まだ先の話である。

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晴明 ―二十四節気―




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暦の上で本日は、二十四節気の5番目、「晴明」です。花が咲き、お花見のシーズン……ということですが、昨日、日本列島は暴風にあおられました。京都でも雹が降り、雷が鳴り、強い雨と風で台風のようでした。
各地からの被害報告によると、3名の方が亡くなられたとか。富山ではトラックが何台も横転したり、東京では帰宅できない人が新幹線車内で夜を明かしたりと、大変な一日でしたね。

今年は全般的に花が遅く、梅もまだ咲き残っている中、桜はおそく、毎年だとピカピカの小学一年生の入学式の頃には、桜が散りかけている頃なのですが、どうしたことか今年はまだ桜が咲きはじめたばかり。京都でも昨日、やっと桜の開花宣言がありました。

晴明の時節になると、ツバメも南からやってきて巣作りを始めます。自坊の玄関にも毎年、ツバメがやってきて巣作りをし雛を育てて巣だっていきますが、今年もつい先日からやってきました。ちゃんと時節到来しているわけですね。

みなさんも、この文字通り、清く明るく、春の力を受けて益々気が満ちていきますように。

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東北の被災地を訪ねて その3




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慈恩寺様をあとにして、仙台へ向けての帰路につきました。
多くの瓦礫の仕分けをしている重機を見ながら、また陸前高田の海岸近くを走る45号線を走り、気仙沼まで戻りました。
途中、瓦礫の写真や、まだ倒壊したままのビルの写真も多く撮りましたが、やはりここであまり沢山公開するのは、気がとがめます。ですから最小限にしておきたいと思います。でも、撮りながら、こうして自分の目で確かめてみることは大切なことだった、来なければわかったつもりになっているだけだったと考えておりました。

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気仙沼では地福寺様を訪ねました。慈恩寺様と同じく、ここの御住職も妙心寺派の高等布教師をされている和尚さんです。ここは震災の1~2年前に本堂や庫裡の落慶を済まされたばかりでしたが、津波によって流された家屋などによって、かなり痛んだようです。しかし本堂はなんとかすでに修復されておられました。

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地福寺様から海の方を見た景色です。以前は民家が立ち並び、海は見えなかったと聞いています。しかし津波はすべてをかっさらってしまいました。
突然の訪問にも和尚さんから力強いお言葉もいただき、一日も早く地域の復興を果たされるように祈念申し上げるしかありません。

そして気仙沼から南三陸町へ。ここにはあの、防災放送の担当職員だった遠藤未希さんが命の限り避難を叫び続けた防災センターが柱だけになって残っています。まるで原爆ドームのようだと思いました。バスで視察に来られている方もあります。沢山の花が手向けられてありました。

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繰り返しますが、広大な色のない更地が広がっているのです。でもそこに、まるで春になれば草が芽を出すように小さな小さな仮設の商店が、色とりどりの旗をはためかせて建ちだしているのを見ると、人間の営みの力強さを感じます。
最近、南三陸町には仮設の商店が立ち並ぶ、「南三陸さんさん商店街」という商店街もできたときき訪ねました。私たちも立ち寄って食事をとり、些少ながらお土産を買わせていただいた次第です。とっても大きなめかぶが販売されていましたので、その夜、帰宅していただきましたが、それは歯ごたえのあるとても美味しいめかぶでした。
さんさん商店街の人たちはみんな活気があり、ここでもかえってこちらが力をいただいたような気になりました。

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帰路に松島瑞巌寺にも寄りました。ここが大きな被害にならなかったのは、今にしても不思議でなりません。

今回の短い旅の間に、何人かから、たとえボランティアでなくてもいいので、こちらに来て被災地をみて欲しいとお聞きしました。
まだ現地を訪ねていない方、あまり日程も取れないし何もボランティアもできそうにないしと思われている方、あるいは物見遊山みたいで気が引けると考えている方。私も実はそうでした。それでも現地を訪ねて、自分の目で見てみた方がいいと今回あらためて確信しました。
2日間でもこれだけまわれます。そしてわずかな経済効果でもお手伝いしてみませんか。

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東北の被災地を訪ねて その2




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東北の被災地を訪ねた二日目。3月27日の朝7時に塩竃のホテルを車で出発。
一路、陸前高田の慈恩寺様に向かいました。三陸の高速は3月末まで無料期間。そのせいもあってか何ヶ所も渋滞していました。まだ仙石線など鉄道が復旧程遠い状態なのに、どうして無料期間を終了してしまうのか、素朴な疑問もわきます。

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途中、気仙沼や南三陸町でも、一年たって瓦礫はあまり散らばっていないとはいえ、荒涼とした色のない更地が広がっていて、一年たってもまだこの状態であることを目の当たりにして愕然としました。
陸前高田では、ご存じの通りの千本松は、1本だけが流されずに残りましたが、枯れてしまいそうな様子です。

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これからここをどうしていくのでしょう。また津波が押し寄せる可能性を考えると、家を建てることなどできないのではないかと思ってしまいます。津波に負けないような高い高い防波堤を作るのでしょうか、はたまた、あえて自然に抗わないで今後も受け入れていけるのでしょうか。

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塩竃から車で3時間半、陸前高田の慈恩寺様を訪ねました。和尚さんに出迎えていただき、本堂で大悲呪一巻をお勤めし、そのあと和尚さんから少し当時の状況を聞きました。
防波堤に見えているその赤い灯台は完全に津波に隠れてしまい、本堂の前まで津波がきて、流された車が本堂前にまで来たそうです。しかし、建物の中は浸水しなかったので、大きな書院が長らく避難所となっていました。近隣の人たちにはありがたかったことでしょう。
そこには、避難していた女の子が書いた詩が掲示されていて、目にとまりました。

  悲しくなんかないさ 悲しくなんかないさ
  津波が来たって 地震が来たって
  世界中の人が ついているから 元気になれる
                          まりえ

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こんな気持ちを保っていくのは簡単ではないでしょうが、この子供達がこれからの日本を支えてくれるのだろうと思えて、力強い息吹を感じました。(つづく)


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「公益財団法人 禅文化研究所」に




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禅文化研究所は、内閣府より、今まで行なってきた事業の公益性を認められて公益財団法人の認定を受け、本日(平成24年4月1日)付けで「公益財団法人 禅文化研究所」と名称を変更いたしました。
これからは今までにも増して、「禅及び禅文化の振興・普及」を公益目的事業とした我が国随一の研究所として、役員・職員一同、禅文化の研究と普及に貢献すべく努めてまいりますので、みなさまの越格なるご支援ご鞭撻を賜わりますよう、謹んでお願い申し上げます。

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