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秋期特別展 一樂二萩三唐津 -野村美術館-




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南禅寺近くの野村美術館にて、『秋期特別展 一樂二萩三唐津』が開催中です。
茶の湯の稽古をしていれば必ず一度は聞いたことのある響きで、当たり前になっていますが、そうでない方にはもしかして不思議な響きなのでしょうか。
「いちらく にはぎ さんからつ」です。

抹茶碗として茶人に愛され、親しまれる三つの窯を列挙した言葉なのでしょうが、時と場合により“何がふさわしいか”は違って来ますので、私は、何が一番で…というような事は無いと思っています。それでもやはり、この三つの窯のものとなると一種特別の思いを抱くという事は確かにあります。

正統派の逸品が、「これでもか!」と、お腹いっぱいになるまで楽しめる野村美術館。
世界から集められた“見立て”の逸品が面白い、小林一三のコレクションを展示する逸翁美術館も大好きですが、能も嗜んだ野村得庵(野村證券創業者)の稟とした正統派コレクションも「やはり素晴らしいものだなぁ」と……。

この時代の政界人・財界人のように、現代の要人達も茶や能を嗜んだなら、日本も少し変わるのではないだろうか?!と本気で私は思っています。

12月5日まで。秋の散策と共に是非。

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木曽の名刹 定勝寺 その2

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庫裡内部の書院には、「定勝寺棚」と言われる立派な棚や、欄間や障壁画など、目を見張るものばかり。
御所蔵になられている宝物も逸品ばかりで、そのうち15点ほどの撮影をさせていただいた。
拝観も可能なので、付近に赴かれた際には、一度訪ねてみてはいかがだろう。

ちなみに、皆さんがよく口にするであろう蕎麦は、麺として切られた蕎麦。昔はそば粉を練っただけの「蕎麦がき」と区別して「蕎麦切り」と言われていたが、最も古くこの蕎麦切りの存在が記されている文献が、この定勝寺に残っている寄進記録であり、同寺では「蕎麦切り発祥の地」としている。

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木曽の名刹 定勝寺 その1

季刊『禅文化』218号の表紙に掲載する「瀧見観音」図の撮影を行なうために、岐阜県は木曽の定勝寺(臨済宗妙心寺派)を訪問した。
私事だが、じつはこの寺の現住職とは大学時代の同級生である。ただ、お寺を訪問するのは初めてなので、楽しみにして出かけたのだった。

中央高速の中津川インターから国道19号線を木曽川沿いに北上すること約40分。19号線から少しはずれた、旧中仙道沿いに建つ定勝寺に辿り着いた。

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石段の上には美しい山門が見える。山門の横にはかなりの樹齢を誇るであろう、見事な枝垂れ桜の老木がある。春に見てみたいものだ。
山内には本堂と並んで美しく大きな庫裡が建っている。失礼ながら木曽の山間にしては、あまりにも立派な伽藍なので、正直、驚きつつ庫裡に踏み行った次第。そこで旧友とともに、先の住職でその父である閑栖和尚にお出迎えいただいた。

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庫裡に入った瞬間、その内部の美しさにも見入ってしまった。聞くと、山門、本堂、そして庫裡は、国の重要文化財だというではないか。木曽親豊の菩提寺として建設されたのは関ケ原の戦の直前、1598年。すでに400年以上にもなる。お寺自体は室町時代に開創され600年の歴史を誇るが、当初、木曽川沿いに建てられていたが水害で流れ、以後、この地に移ってから災害に遭わずに現在に到るという。

明日へつづく

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曹洞宗大本山永平寺




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福井県にあります曹洞宗大本山の永平寺を訪れました。
御存知、道元禅師により寛元2年(1244)に開創。日本曹洞宗の修行参禅の地です。

雲水さんによる簡単な説明を受けたあと、参拝客は本山内を巡りますが、ざっと見れば約1時間程で拝観してまわれます。
臨済宗とはまた違った七堂伽藍ももちろん気になりますが、随処ですれちがう雲水さん達が気になり、目で追ってしまいます。
臨済宗の場合、僧堂に一般人がお邪魔するという事はほぼあり得ませんし、拝観も不可能。本山内にある僧堂についても山内の奥にひっそりとたたずみ、参拝客の皆様は気づかないほどかもしれません。

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藤城清治 光と影の世界展 -福井市美術館-




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京都での展観を見逃してしまった、藤城清治さん。
福井市美術館にて拝見する事ができました。
この日はご本人のサイン会があるという事で、こじんまりした美術館はものすごい人でにぎわっていました。

会場内を歩いてゆくと、独特の世界観溢れる影絵の世界に、大人も子供も目を輝かせながら引き込まれてゆきます。
ファンタジー!メルヘン♪ 普段はこういった世界と全く縁のない私も心はずませ、胸いっぱいになりながら楽しめました。
86歳現役。ピンクオレンジの上品な麻のジャケットが似合いすぎていて素敵。
藤城さんの心の中が覗いてみたい気持ちになります。
“豊か”でもあり、“光と影”だからこそ…と色々考えさせられる展観でもありました。9月26日(日)までとの事。お近くの方は是非お運び下さい。

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愚堂東寔遺墨選はじまる




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ブログですでにお知らせしたように、花園大学歴史博物館で、昨日9月21日(火)より、愚堂東寔遺墨選が開催されている。
午前10時に開場されると、妙心寺管長河野太通老師にお出ましいただき、オープニングセレモニーとして、岐阜の大仙寺様より会期中ご遷座いただいた愚堂禅師木像の開眼誦経がおこなわれた。
管長猊下は誦経の後、陳列されている禅師の遺墨や頂相などを一点一点興味深くご覧になられた。
350年遠諱は10月1日に大本山妙心寺にて勤修される。




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今回の展示品の中には、所蔵寺院において、狩野探幽画と伝わる禅師の頂相が二点展示されているが、同博物館の福嶋主任のよると、画風からも探幽のものに間違いなく、探幽の描いた人物画の中でも出色のものであると言われる。

愚堂東寔禅師の『年譜』承応3年(1654)の項に、愚堂禅師が狩野守信(探幽)に道称を与えたという記述があることから、おそらく探幽は愚堂禅師に参じていたのではないかとも思われるし、当時、愚堂禅師が大きく関わられて完成した妙心寺法堂の天井には、探幽が蟠龍図が現存しておることからも、禅師と探幽の関わりは深かったものと考えられる。




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 展覧会は10月末日まで開催され、途中一度だけ展示替えが行なわれることになっている。
 ご都合の付く方は是非お出でいただきご覧いただきたい。

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『呼吸の本』




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 先日も少しご紹介しました『呼吸の本』(刊行:サンガ/呼吸の先生:加藤俊朗 詩人:谷川俊太郎)。
この本、私の感想や言葉、内容をここで並べてオススメするような感じの本でもありませんし、また、そういった気分でもありません。
“なんとなく気になった方”のみ、本屋さんで手に取ってみてください。そういう方にオススメします。

注:非常にやる気の無い記事のように思われるかもしれませんが、いいえ、そうではないのです。お許し下さい。

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ボロブドゥール遺跡 -インドネシア-



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前回紹介しました、ムンドゥッ寺院とパオン寺院の先にあるボロブドゥール寺院に漸く到着。
チケット売り場からボロブドゥール遺跡の敷地内あたりは全て公園のようにきれいに整備され、ブーゲンビリアなどの花も綺麗です。
観光客はだいたい朝日か夕日の時間に合わせてここを訪れますが、私は夕日の時間に合わせて訪れてみました。

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公園のような敷地内を進むと、前方にあの姿が見えてきます。

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退蔵院ピースフルコンサート




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季刊『禅文化』205号「私の目から見るチベット」李建華 より

私が個人的に大好きなアロマショップ、パーフェクトポーション京都店を訪れますと、何やら気になるちらしが目に入りました。

-退蔵院ピースフルコンサート- 10月24日(日)

社長のオーストラリア人、サルバトーレは、アロマテラピーの中に、中国の五行・気やインドのアーユルヴェーダ、チャクラなどの知識を織り交ぜた独自のアプローチで、人々の身心を癒す事を考えている方で、私の中でかなり注目の人物です。
また、その国・土地の文化を尊重する方で、日本や京都を意識した商品も揃っていますが、そんな彼と退蔵院さんとのある御縁から、今回のコンサートは実現するようです。

チベットが大好きな私にとって、会の趣旨にも共感でき、しかも退蔵院さんでという事で、お邪魔しないわけには参りません!
皆さんもお時間のご都合があえばいかがでしょうか?

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「Withered Beauty in Tea Kettles 茶の湯釜にみる朽ちの美」
-大西清右衛門美術館-




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千家十職の御釜師、大西家の大西清右衛門美術館で行われている「Withered Beauty in Tea Kettles 茶の湯釜にみる朽ちの美」展を訪れました。

日本人は殊の外、朽ちたもの、朽ちゆくものの中に無常を感じ取り、胸しめつけられながらも「だからこそ」と、そこに美を見て取る。
茶の湯の釜や風炉なども、鉄で作られているという事は、いずれは朽ち果てる運命であるが、その「侘び」や「やつれ」をまた茶の湯の世界ではなんとも言えない“美しさ”として茶人は愛でて来た。
今回のパンフレットの写真は、鉄風炉。なんともかっこいい…。

また、茶の湯の釜や風炉の中には、わざとこういった風情を醸すために最初から「やつれ」や「破れ」の風合いを出して作られたものがある。茶の湯にふれる機会の無い方にはやや驚く事ではなかろうか?

朝夕少し涼しく、過ごしやすくなって来たが、10月に入れば風炉は客寄りになり、火が客に近づく。なんとなくもの悲しく、人肌恋しい秋。そういった季を深く味わう事のできる茶道具達である。どの季節も愛しいが、11月の茶人の正月(炉開き・茶壷より出されて挽かれた新しい茶)を迎える前のこの季はまた格別である。


会  期 平成22年9月3日(金)~12月23日(木・祝)
開館時間 午前10時~午後4時30分 (入館は午後4時まで)
休 館 日 月曜日(祝日の場合は翌日) ※ただし11月22日(月)は開館
入 館 料 一般700円 大学生400円 高校生以下無料 

*こちらの美術館では、特別鑑賞会や茶会、子供参加の会なども開催中。

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ベトナムの禅僧 ティク・ナット・ハン師のこと




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去年の暮? いや今年に入ってすぐであっただろうか。
ベトナムの禅僧で、主にフランスで活動されている、ティク・ナット・ハン師が、来年(2011)4月末から5月に来日され、日本でリトリートを行ないたいという希望があり、その受け入れをしてくれる団体を探しているという問い合わせが入った。
著書を読んで感銘を受けた私は、できることならという思いをもったが、大人数によるリトリートを行なうのに、残念ながら当方では受け入れに対応することができないということで、結果的に、曹洞宗総持寺が受け入れられることになったようだ。

ティク・ナット・ハン師といえば、実は日本ではまだ知名度が高くないのではあるが、フランスやアメリカでは、あのダライ・ラマとならぶほど知られている人で、なおかつ臨済僧なのである。海外では多くの著作が発刊されており、日本でも宗教書の充実した書店などでは著書を認めることができる。
写真をみてもわかるように柔和な面持ちで、その声も穏やかであり、翻訳書をみても、とても優しくゆったりと禅の智恵を中心に、仏教の教えを説かれている。

そんな師に直接お目にかかれたらという思いが叶わないかと残念に思っていたのだが、7月になってから、来年の訪日の際に京都も訪ねたいという要望があがってきた旨が伝わってきた。そこで再度、所内でも検討をし、来年4月23~26日に京都にお出でいただけることになり、現在、その日程で、妙心寺や花園大学での行事を計画している。
なお、ティク・ナット・ハン師については、季刊『禅文化』219号(2011年1月発行)にて、紹介記事を掲載する予定。
日程の詳細については、また正式に発表することになるので、どうかお楽しみに。

ちなみに、香港ではこの11月4日から8日のリトリートがあり、既に一般参加は満員だが、出家者用スペースはまだ空いているとのこと。参加費は不必要。日本語の同時通訳もうけることができるという。
参加希望の方がおられたら、弊所までメールでお尋ねを。

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ガイアシンフォニー・地球交響曲第7番




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先日、ガイアシンフォニー・地球交響曲第7番の上映会に参加してきました。

特に内容も詳しくは知らないまま、「今までのガイアシンフォニーも素晴らしいのだから今回も素晴らしいのだろう…」くらいの気持ちででかけました。

8月に、知人からの誘いで、和歌山県神道青年会(いつもはお坊さんに囲まれてばかりですが、この日は神職の方ばかりでした…)の創立40周年基調講演・明治天皇玄孫の竹田恒泰先生による『皇室から見た日本の国づくりと伝統文化』を拝聴し、「やはり日本人や日本文化というものを考える時には、“天皇家”や“神道”抜きには考えられないものだな……」といたく感動したところでした。

そんな中、今回のガイアシンフォニーはまずとても印象的なシーンで幕が開きます。
我々一般人が知らぬところでひそやかに厳かに行われている伊勢神宮の神事。
神秘的であまりに美しく、息を飲んでみつめました。
今回、-霊性の原風景-と題して、様々な日本の神社の神事が採りあげられています。

「第七番では、この日本神道の美とその背後にある自然観に触れることに依って、私達の魂の内奥に眠っている“生かされている”という体感が甦ることを願っています。
“生かされている”という体感こそが、「霊性」の源だと思うからです。」(ガイアシンフォニー公式サイトより)

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呼吸と空




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御所から見る夕焼け

まださほど人生の荒波を超えたとも言い難い若輩者の私。
それでも今までの人生で一番とはっきり自覚できるほどに苦しかった時、あるマダムに「○○ちゃん、人は呼吸が深くできてさえいれば、たいがいの事は乗り越えられるものなのよ」と言われた。

「そういえば今の自分の呼吸は浅いかもなぁ。そもそも苦しすぎてそんなものを意識する余裕すら無い。魚が陸に打ち上げられてあっぷあっぷしているような状態だもの。本当にそんな事(深い呼吸)で乗り越えられるのだろうか」と半信半疑であった。

それでもなんとなく、自分の呼吸が浅いなと思いハッと気づいた時には深呼吸を心がけ、坐禅をしに行ってみたり、大好きな場所、御所や比叡山を眺められる鴨川沿いのベンチなどでゆっくり呼吸をしてみるよう心がけた。

そして何となく峠を超え、「“呼吸”って一体なんだろう?これはやはり何かあるな」とはっきりと気づいた頃から、様々な情報が私の元へ集まり出した。
中でも印象的だったのは、DVDで観たガイアシンフォニー・地球交響曲第2番に登場する、ジャック・マイヨールの言葉。

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季節の色




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少し元気の無かった日、行きつけの大好きな花屋さんにて、元気をもらいたいと黄色いミニブーケをお願いした。
相変わらず最高にかわいい出来栄えなのだが、何かが違う。
そう、もう秋がそこここへ来ているというのに、この真夏のような元気な黄色が自分の中でえらくちぐはぐなのだった。来たる季節を意識して模様替えした部屋の雰囲気からも随分浮いている…。
花屋内は秋の色であるし、私もなんとなく日本人的発想なのか「いくら暑くとも、もう真夏っぽい格好はなんとなく嫌だな。少なくともサンダルはやめよう」などと思ったりするわけで…。

そんな事を思うと、花(の色)を選ぶ時は、着物を着る時の色の選び方とだぶるという事にきづいた。どちらも季節を大切にするわけであって、日本人はやはり四季と共に生きているのだから。
私がとりわけ気をつけたいと思う難しい季節は、季の変わり目、具体的に言うならば、ちょうど料理屋などで“はしり”のものが出されて喜ばれる頃である。
過ぎゆく季節の名残を存分に残しすぎるとやぼったく、えらく遅れている気がするし、かといってあまりに迎える季節を意識しすぎると、それはそれで早すぎて重く、昨今の日本の気候事情を考えると、見た目上よろしくない気もする。
周りの人間がそんな事を気にしていようがいまいが、自分が気になるのであればやはり気をつけつつ生きてゆくべきで、こんなにうるさい事を言って人に疎まれようと、私は気にせずあーだこーだと持論を繰り広げるのである。

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トゥルク ジャミヤング リンポチェ来日講演記録




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チベット仏教寺院にて_ブータン

先日よりこちらでご案内させていただいております、チベット仏教僧・トゥルク ジャミヤング リンポチェ(リンポチェとは、「大いなる価値」という意味で、人に対する場合は「高貴なるお方」となり、尊称であります)の講演内容についてをご紹介させていただきたいと思います。

私が一番心に残っているのは、リンポチェが御自身の胸のあたりを手で指しながら、宗教にしても何にしても、「自身のdarumaに合うものを探しなさい」と仰った事です。
darumaというと、「仏法」などと訳される事が多いのですが、リンポチェは「nature」と仰っていました。

「自身のnatureに合うものを」というお言葉から、如何にリンポチェが一人一人の“存在”を尊いものとしてお考えであるか、また、それぞれが現世で生きる意義を見出し、本当の幸せとは何であるかを考え、より良い生き方をする事を望まれているかが伝わってきました。

私自身、茶の湯の稽古をし、禅に惹かれ、禅文化研究所で働かせていただいていますが、まだまだその他に自身のnatureに合うものとは一体何であるか、日々模索中です。
人生は、自身で“これだ”と思うものに如何に多く出会うかの旅路であると思っている私にとっては、とても心に響く言葉となりました。

また、ある方がリンポチェに、「あなたが今日ここで話した事は、既に色々なメディアで言われている事であって、知っている事ばかりで、私はがっかりしました」と言ってのけました(驚愕しながらも、リンポチェのお答えが楽しみだった私…)。
するとリンポチェは、、、

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神魂(かもす)神社




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島根県松江市にある神社。式内社ではないが古い由緒を伝え、杵築大社(出雲大社)の宮司家である出雲国造家の継承儀式は旧意宇郡であるこの地まで出向いて行われたという。近くにはその時滞在した国造館の跡もある。
出雲国造はもとは出雲東部の意宇郡を本拠とした大豪族で、出雲西部の出雲大社の神職専任と定められるまでは意宇郡の郡司も兼任していた。

写真は室町時代に建てられた本殿。
現存最古の大社造の建造物として国宝に指定されている。
今拝すれば柱・梁・桁は太く床高く、屋根の上には内削ぎの千木を戴く。
その雄大かつ荘厳な姿はまことに大祓詞の「下つ磐根に宮柱太敷き立て、高天原に千木高知りて」の語句そのままであり、高天原の神の宮居もかくやと思うばかりである。
出雲大社再建の手本となったという話も頷ける。
神社建築の美を遺憾なく発しており、見る者を魅了せずにはおかないだろう。

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庭の水遣り




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連日の猛暑が続いている。9月に入ってもその勢いは止まず、予報では今月中旬まではこの暑さが続くらしい。8月は殆ど雨が降らず、梅雨の頃はあれほど晴れ間を願っていたのに、今はいつ雨が降るかを願う毎日である。
人間にはまだ冷房という逃げ場があるが、草木にとってこの連日の照りようはかなり厳しいものだ。
昨年は殆どすることがなかった寺の庭木や苔への水遣りも、今年は定期的に行なうようになった。
赤茶けてカサカサになったいた苔も少しの水を与えるだけで緑が蘇ってくる。朝の忙しい合間の作業となるが、本格的な雨が降るまでの辛抱である。

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-平常心是道- えしん先生の禅語教室 その15




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-平常心是道(へいじょうしんこれどう)-

今回も馬祖道一禅師の語録から、一般的によく知られている語を採り上げてみました。馬祖の唱えた禅は、自分で「雑貨舗」と読んでいるほど、実に生活に密着した生き生きとしたものです。『馬祖の語録』(禅文化研究所刊・絶版)を読むと、後に臨済が出てきて言いそうなことは、もう既に馬祖が先取りしていると言っていいほどです。

「平常心是道」という禅語は、馬祖が弟子の問いに対して答えた語ではありません。馬祖がある日、廊下の辺りで、その場にいる門人たちに説いて聴かせた、いわゆる「示衆」の中に出てくる語として記録されています。その部分を訳すと次のようになります。

仏道というものは、わざわざ坐禅修行して手に入れるものではない。ただ汚染されなければいいのだ。では何を「汚染」と言うのかというと、生死ということが気になってわざわざ修行したり、何か生死を脱出したいというような目的を持ったりすること、それが汚染というものだ。もしズバリと仏道を手に入れたいと思うなら簡単、「平常心」つまり平常な心でいること、それが「仏道」なのだ。

では、「平常心」とはどういうものであるか。それは、わざわざ修行などしないこと。これは善いこと、これは悪いことなどという価値判断も要らぬ。取捨選択というような選り好みもしない。この世界にはいつまでも無くならないような永遠な実体があるとか、もともと何にも無いんだとかいうような固定観念を持たない。また、これは凡人の見方だとか、聖者の見方とかいうものを持たないことを言うのである。

まあ、この場に於ける馬祖の示衆はざっとこういう内容なのです。私たちは日常生活に於いても常に是非、善悪、美醜というように、物を二つに分けて相対的に価値判断します。実際、そういう分別が無いと、日常生活はできません。そして私たちは、そういう分別をすることによって、無用な神経をすり減らしつつ、生活しているわけです。

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お知らせ -トゥルク ジャミヤング リンポチェ来日講演-

先日こちらでもご紹介しました、チベット仏教僧・トゥルク ジャミヤング リンポチェの東京講演が開催されますので、ご案内させていただきます。



時 :9月5日(日)
   午前の部9:00~11:30 午後の部13:00~16:00
場所:田道三田分室住区センター2階 第三会議室
料金:午前の部 3000円  午後の部 2500円
  (諸事情により値段に差がありますがどうぞご理解ください)

申し込み:主催者の瀬上貴稔氏にメールで前日までに申し込みをください。
メールアドレス: segatak hotmail.com(hotmailの前に、@を入れて下さい)

とてもシンプルに、わかりやすく仏教の教え・真理をお話くださいます。
シンプルでわかりやすいからこそ、その教えは胸に残り、聴いた者に“気づき”を与えてくれます。
是非お時間の都合がつけば、ご参加なさってください。

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朝顔の開花




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以前、このブログに書きました“手入れを怠っていた朝顔”が無事に開花しました。
一度に咲く花の数は少ないですが、緑のカーテンに毎日きれいな花が咲き、家族を楽しませてくれています。
来年は手入れを怠ることなく、今年以上にすてきな朝顔を育ててみたいと思います。

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暑い⇒熱い⇒厚いで思い出した『多功能 漢語大詞典総合索引』

こう毎日アツ~クては、大いに痩せるはずなのに、その反動でビール腹に拍車がかかってしまう毎日である。
今どきエアコンのない自分の部屋で、扇風機をフル稼働させながら、扇風機にあわせて回転椅子をくるりと回していると、『諸橋大漢和辞典』と並んで、中国上海・漢語大詞典社発行の『漢語大詞典』全12巻が所狭しと書架に並んでいるのが目に入った。
その12巻の隣に『多功能 漢語大詞典総合索引』なる一書がある。1700頁を超えるアツ~イ辞書索引である。

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この辞書はそもそも、中国の国家事業として始まったものだが、途中から漢語大詞典社が引き継いで完結させた、中国随一の大辞典である。その掲載する漢字数3000字、語彙数35万語を数える辞書の索引が、先に書いた『多功能 漢語大詞典総合索引』であるが、この索引作成を行なったのは、この禅文化研究所なのだ。
序文に、4年かかったと書いてあるとおり、35万語の語彙を、当時のパソコンで単漢字から検索して索引を作るのには、かなり大変だったのが思い出深い。

当時、禅文化研究所の編集主幹だった芳澤勝弘先生(現・花園大学国際禅学研究所教授)を中心にして、禅文化研究所が行なっていた禅籍研究の仕事で、中国の俗語を多く載せる『漢語大詞典』は大変に役に立つ辞書だったが、いかんせんピン韻のわからない文字をこの辞書で探すのは面倒なことだった。
「えーい、どうせなら、データにして索引を作ってしまえ」ってことで、漢語大詞典社に持ちかけて、エイヤッ!とはじめたような感じであったが、今から思うと、なかなか骨の折れる仕事だった。当時、パソコンでユニコードは使えず、JIS水準だけだったのだから。
前書きには私の名前や、当時、非常勤職員として勤務し、この仕事に関わっていたTさんという女の子の名前まで書いてもらっている。もちろん、中国との仕事なので、このブログにチベット写真で登場している李建華さんも大いに関わっている。そういえば、月に二度も訪中したこともあったり、重いデスクトップパソコンや、品質のよい日本のFAX機を、腰を悪くしながら持っていったりしたことも思い出される。

ただ、アツーイ思いでやったこの辞書索引も、残念ながら、もう本土にさえも在庫がないらしい。おかげさまで関係学者からは一定の評価を得たし、我々にも成果とともに、忘れられない経験となったのは事実であるが。
ちょっと思い出したので、忘れられないように書き留めておきたい。

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