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吉野懐古 -北村美術館-

吉野懐古

いつも楽しみにしている美術館の春の展示が始まりました。*6/8(日)まで
昨年は「山笑ふ」。今年は「吉野懐古」。 季節とテーマにそった茶事を想定した素晴らしいお道具の数々が毎回楽しみな美術館です。
吉野といえば、いにしえから人々が様々な思いを胸にお参りし、大権現様への御供え、また御神木として桜の苗を植えたという…。単に桜の名所というばかりではない、人々の心の拠り所であるかの地を思い起こしつつ、展示されたお道具の数々を楽しめました。
土日祝日でも、比較的人の少ないこの美術館、ゆっくりと楽しめてオススメです。

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百花苑 -天龍寺-

馬酔木

この冬の京都は雪が多く、ここ天龍寺の庭にも春の気配が感じられるようになり、百花苑の花々が目を開き始めました。これからの庭内散策が楽しみです。

現在、天龍寺では下記のものが楽しめます。
椿・坐禅草・馬酔木・山茱萸・桃・木瓜・梅

これからは…
桜・木蓮・海棠桜・辛夷・芍薬・牡丹・平戸躑躅・満点星躑躅・石南花・五月などが楽しめます。
ところでみなさん、これ全て読めますか?!

坐禅草

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陶 雪月花・人と動物の意匠 -樂美術館-

樂美術館


3/30(日)まで、樂美術館にて「陶 雪月花・人と動物の意匠」と題して新春特別展が開催中です。
楽焼というと、あのぽってりとまるい感じの、ろくろを使わないお茶碗、そして色は黒や赤のみを思い浮かべるかもしれませんが、実は懐石道具から香炉、香合など様々な物が焼かれ、様々な意匠を楽しめます。
今回の展示は特に、十二支をはじめ、なかなかお目にかかることのできない意匠をこらした作品が多数お目見えしています。茶道をしている方にしか近寄り難い美術館かもしれませんが、一度この機会にご覧になってみられると良いと思います。

美術館では、樂家当代が席主をつとめられる茶会や、手にふれる樂焼鑑賞会、また、-親子でお茶一服-と題して、親御さんと子供さん(小中学生)が参加して美術館、樂家所蔵のお茶碗でお茶をいただく機会がもうけられています。この間参加した茶会にて、樂さんが「どんなお茶碗使えば子供が喜ぶかな~と思って考えるのが楽しいんです」とお話されているのをお聞きして、私も子供の頃の純粋な気持ちのままで樂茶碗に触れてみたかった…と思った次第です。

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美しい琵琶湖 -春の夕焼け-

琵琶湖畔から望む夕焼け

高校生の頃、漕艇部に在籍していた私は、今も琵琶湖を見るたびに、美しいと思う。
日本一の大きさを誇る琵琶湖は、季節や日、そして時間によって、全く異なる顔を見せる。
春分の日を迎えたとはいうものの、まだ冬の名残を見せ、琵琶湖にしては荒い波の打つ夕暮れである。
5月後半にもなると、波もたたずだいぶ静かになり、おちついた湖となるのではあるが。
今年は雪も多かったので、夏の渇水もいくらかましではないだろうか。

琵琶湖の水は周辺の生活用水の下水化が進むにつれ、一時期よりだいぶきれいになったとは思う。下水が整っていないころは、琵琶湖の富栄養化防止のために家庭廃水を浄化し、中性洗剤ではなく、必ず粉石鹸を使用するようにと住民運動をされていたが、そういえば最近はあまり聞かなくなった。
太古からある、この美しい湖を、我々の時代にもきちんと守っていきたいと思う。

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花の共演 -京都御苑-

しだれ桜

この季節だけ、椿(落椿も綺麗なままに…)、桃、梅、しだれ桜、水仙などの共演が京都御苑で見られます。
花の咲かない真冬の時期と違い、御苑は散歩する地元の人、観光客でにぎわいます。
まさに春、様々な鳥のさえずりもかわいらしく、心も明るくなります。

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改築中

改築中

現在、築28年になる私の実家では、改築作業の真っ最中です。トイレ、風呂、キッチン、リビングと順に作業が進みます。
先日、久しぶりに実家へ帰ってみると、家族団欒の場であった居間が取り壊され、柱がむき出しの状態になっていました。
ふと懐かしい思い出がよみがえりました。居間に家族が集まり、食事をしたり、テレビを見たり、正月にはトランプをしたり、時には逃げ出したハムスターを捕まえようと必死になったことも思い出しました。
小さい頃から慣れ親しんだ部屋が無くなるのは寂しいですが、きっと新しい部屋にもたくさんの思い出ができることでしょう。改築の完成が楽しみです。

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アジャンター石窟寺院その5 -インド-

第9窟 入り口

紀元前1世紀頃に開窟されたという第9窟をご紹介。
この時代の礼拝の対象はストゥーパで、内部は下のとおり。入り口(上の写真)は後から造られたのでしょうか、仏像の彫刻などが美しくその姿をとどめています。

第9窟内部のストゥーパ

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あなぐま寺庭の講演 於:妙心寺

あなぐま寺庭の講演

建仁寺派瑞陽寺の寺庭である伊賀奎子さん(弊所発行『あんたはあんたのままでいい 寺庭奮闘記』の著者)が妙心寺本山で行なわれた寺庭婦人研修会で講演を行なった。
伊賀さんは住職と共に山口県の過疎地にある山寺を守る傍ら、旺盛な好奇心でユニークな活動を行なっている。
「女が寺で生きていくとき」と題した講演で伊賀さんは、老物理学者と羊飼いの少年とが宇宙の真理を語り合う夢枕獏の短編『羊の宇宙』の一文を朗読し、都会のスピードとは無縁な過疎地のスローな暮らしぶりや寺に集う人々を紹介した。

お寺があるからみんなが元気を出して輝いていられるという伊賀さんは、過疎地や限界集落のことを開放区であり自由集落と呼び、お金もない寺であってもできることは見つけられる、お寺は都会から田舎に帰ってきた人たちの心の拠り所としてなくてはならない存在で、寺庭がみんなを引きつけていけるよう力をつけてほしいと熱く語った。
講演後は著書のサイン会を行ない、購入者一人一人に「頑張ってね」と声をかけられていた。
「京都に来て田舎が活性化できる企画を一つ思いついたわよ」と明るく語る伊賀さん。70歳とは思えないエネルギッシュな女性である。

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蕗の薹(フキノトウ)

蕗の薹

墨跡の撮影ででかけたお寺にて、蕗の薹をみつけました。
雪解けの、ようやく顔を出す頃とは違って、これだけ暖かくなってくるとかなり成長しています。
ほろ苦い春の味、てんぷらにして食べたら美味しいよなぁ…と一人しみじみ眺めます。

春の寺には、最近都会の道端ではとんと見なくなったすみれやいぬふぐり、ホトケノザなどの小さなかわいい花や、沈丁花の香りも満ち、木蓮のつぼみもどんどん大きくなって、春の知らせがそこここに。発見だらけで楽しいものです。

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高岡 瑞龍寺 2

シンメトリックで美しい瑞龍寺山門

高岡 瑞龍寺1はこちら
総門を入り山門を正面に立つと、左に禅堂、右に大庫裏がシンメトリックで美しい。
回廊をめぐると、この禅堂や大庫裏をめぐることができる。

回廊

件の禅堂であるが、入堂は禁じられているので前門から覗いただけであるが、私が知っている中では一番、単の高さが高くて踏み台があるほどで、また単箱の後ろは障子が無いためにかなり薄暗く感じた。
普段はこの状態であるから、あの吊り広告のように坐禅を組ませてもらうには予約が必要な様子だし、それにしても、ここは現在、修行道場でもなく雲水もいるようではない。ただの観光寺院にしておくには、甚だ勿体ない気がする。

さて、瑞龍寺は加賀藩二代藩主前田利長の菩提寺であるが、その利長公の墓所は瑞龍寺の中にはなく、総門を出てまっすぐに八丁道を行くと突き当たりにあるが、法堂の裏手の左には分骨石廟があるらしいので行ってみた。
ここには利長公の他に、織田信長公父子の分骨された廟も並んでいた。信長公の娘が利長公の正夫人(玉泉院)であるからであろう。本能寺の変の後に、その分骨をむかえたものとされる。
これらの石廟は富山県の指定文化財になっている。

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六波羅蜜寺 -その1-

六波羅蜜寺

皆さんも学生時代に教科書で初めてご覧になった時、ハッと引きこまれませんでしたか?
どうしてもあの写真が目に、そして心に焼き付いて離れない、唱えられた「南無阿弥陀仏」がそのまま阿弥陀仏の姿となって口から現れ出ている、空也上人立像(重文)を初めて拝みに訪れました。

近いのになかなか訪れる機会が無かった-六波羅蜜寺-。近くにはお精霊参り(六道参り)で有名な六道の辻(あの世とこの世の境界と言われる場所)があり、なぜか私はこの辺りでよく迷う事と、なんとなく不思議な感覚に充たされる事から、足が遠のいていたのでした。
今回は-京の冬の旅-にて、特別に空也上人の画と実際にお使いになられた鹿の角の杖が公開されるという事で、この機会にと訪れました。

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陶工に号をつけるその2 -山寺のある一日-

山寺の春

陶工に号をつける その1→こちらを読まれてから本日のブログをどうぞ!

わたしが、“岱嶺”という号をつけた青年陶工が、なぜ“岱玲”と改めたかといういきさつは、ザッとこんな話しである。

彼は、“岱嶺”という号を、さっそく、九州伊万里の師匠のもとへ報告した。そして、師匠からは許しをもらった。
しかし、周囲の弟子や関係者からクレームがついた。「師匠の号は“岱山”である。“岱嶺”は、字づらからして師匠を超えることになる。遠慮せよ」というのが、兄弟子たちの言い分であった。
言われてみれば、その通りである。“山”という字と、“嶺”という字に、上下はあるまいが、やはり、“嶺”の方が偉く見える。彼も、そう思った。しかし、“タイレイ”という響きは、気に入っている。そこで、“嶺”を“玲”に変えて、“タイレイ”という音は残した。そんな話しをわたしにしてから、青年陶工は、こう言った。
 「“嶺”は僕で、“玲”は**ちゃんで、二人共通の号だと思っています」
**ちゃんは、彼の新妻である。彼女は、陶器の絵付けをする人で、夫の素地にも絵を付ける。よって、二人で一つの作品を仕上げることも多く、「“岱玲”は、二人のものなんです」と。それがまた、“玲”という字は、響きといい、字づらといい、いかにも初々しいその**ちゃんにピッタリなのである。わたしは、そんな話しを聞き終わり、「いい名前だね、まあ、二人で、頑張りなさい」と言うだけであった。二人があまりにも仲睦まじいので、しまいには、なんだかバカらしくなってきていたのである。
その**ちゃんも、今では二人の子育てに忙しく、“岱玲”は、青年陶工一人のものになっている。

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狩野山雪・老梅図襖絵の複製  妙心寺・天祥院

妙心寺塔頭 天祥院

京都国際文化交流財団が行なっている「デジタルアーカイブ事業」。 簡単に言うと、京都の貴重な文化財である屏風や襖絵などの書画を、最新のIT技術により撮影されたデジタル画像から高性能のプリンターで和紙に印刷し、そこに京都の伝統工芸士が金箔を貼り込み、複製品を作成するというものである。 この3月に、キャノンの出資もうけて制作されるこれらの複製事業によりようやく完成した数点が、もともとあった所蔵寺院等に里帰りすることになった。

そのうちの二点、石庭で有名な龍安寺にあった、狩野永徳画の「琴棋書画図」襖絵と、妙心寺塔頭の天祥院にあった狩野山雪の描いた「老梅図」襖絵について、禅文化研究所は監修という立場で計画時から関わっていた。
この2点は明治期の廃仏毀釈の影響を受けて散逸してしまった逸品で、現在、「琴棋書画図」襖絵は米国シアトル美術館に、「老梅図」襖絵は米国メトロポリタン美術館に所蔵されている。

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京都御苑の梅と宜秋門檜皮葺きの葺き替え

京都御苑の梅 満開の木は主役!

3月8日(土)の京都御苑の様子です。
少し寒かった頃に比べて、だいぶ梅見の人々でにぎわってきました。
ただ、やはりまだ頑なに蕾を閉じたままの木も多く、満開となるにはもう少しかかりそうです。
今週のこの陽気に反応して、蕾がほころぶ事を期待しつつ…。

3月11日には自宅近くで、研究所に向かおうとしている時にうぐいすの初音を聞き、まだあどけなく、うまく鳴けないそのさえずりも可愛らしく、心和む一日の始まりとなりました。

080313-2.jpg

尾形光琳の描いた梅の画を思い出します。京都御苑の木々は、剪定や手入れも素晴らしく、散歩していて飽きません。梅の木も下手に剪定してしまうと、うまく花が咲きませんよね。
ちなみに御所は宮内庁、御苑は環境省の管轄だそうです。

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天龍寺の梅

天龍寺の梅

仕事で天龍寺(嵐山)を訪れました。
梅はどうかと見てみましたが、木によって違うようで、満開に近い木もありますが、ほとんどの蕾を固く閉じたままの木もあります。
三寒四温とはよく言ったもので、やはりなかなかすぐに暖かくはなってくれないようです。
梅の花も足踏みしているのでしょうか。

ミツマタの花もみつけました。茶人に好まれるこの季節の花です。

ミツマタ

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高岡 瑞龍寺 1

曹洞宗・瑞龍寺

今年の夏には未開通の飛騨清見IC-白川ICが開通し、そうすると名神高速の一宮ジャンクションから北陸自動車道の小矢部砺波ジャンクションまで、東海北陸道が全線開通することになり、東海と北陸との便の風通しが一気によくなる。

さて、大雪だった岐阜の白川郷から富山県高岡市へ向けて、既設の東海北陸道を利用して抜けた。白川郷ほどの雪はないが、それでも北陸も水気の多い雪が降っていた。
高岡市には臨済宗の大本山の一つ、国泰寺があるが、今回は曹洞宗の瑞龍寺という名刹を訪れてみた。

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天龍寺 平田精耕管長の津送

法堂での炷拜式

去る3月6日、大本山天龍寺第84世住持 平田精耕管長の炷拜式が執り行われた。 ふつう禅僧の葬儀には、遷化してすぐに行われる密葬と、正式に縁者を集めて行われる津送とがあるが、天龍寺ではこの津送を炷拜式というようだ。 炷拜という言葉にあまりなじみを感じなかったので調べてみると、『禅学大辞典』に、「【炷拜】しゅはい:炷香礼拜の略。香を炷(た)いて礼拜すること」とあった。

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ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展 -滋賀県立近代美術館-

ヴォーリズ展

滋賀県立近代美術館にて、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展が開催中です(3/30まで)。
今回は、母校のヴォーリズ建築についてが語られる下記の特別講演会の日に訪れてみました。

◆特別講演会「窓からの眺め」神戸女学院キャンパスに見るヴォーリズの美学
  日時=3月2日(日) 午後1時半~ 会場=当館講堂(聴講無料)
  講師=神戸女学院大学文学部教授 濱下昌宏氏、石田忠範建築研究所 石田忠範氏

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オーラが良くなる読書フェア -紀伊国屋新宿店-

紀伊国屋新宿店ブックフェア

紀伊国屋 新宿本店5階 宗教書コーナーにて
【成幸する人は読んでいる!清水克衛オススメオーラが良くなる読書フェア】が開催されています。

これは、『ブッダを読む人は、なぜ繁盛してしまうのか。』(現代書林)(清水克衛 著)の刊行にあわせて開かれている読書フェアで、この著書の中で紹介されている25冊の図書を一同に集められたものなのです。この25冊の中に、禅文化研究所の出版物、『愛語』(原著・山田無文)が選ばれているため、店頭でも並べていただいています。

東京近郊にお住まいの方、おでかけになられる方は是非お運び下さい。清水氏の選ばれた魅力的な本が1コーナーに並んでいます。

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献茶式 -於:太平寺-

太平寺

毎年2月8日、十三参りでも有名な大阪は天王寺にある太平寺(曹洞宗)にて、堀内宗心宗匠ご奉仕による献茶式、そして茶筅供養があります。
約一ヶ月前の話になりますが、今年は久々にでかけて参りました。

茶人の朝は早いと言われますが、2月の寒さも何のその!この日は特に、宗心宗匠のお献茶を前の方で拝見したい!と思う人達で朝早くから境内はにぎわいます。
願い叶って一番前で、宗匠の所作その全てを見逃すまいと食い入るように真剣に見つめる人達の表情を見て、研究所から出版させていただいた、堀内宗心宗匠『歩々清風』のまえがき、臨済寺僧堂師家・阿部浩三老師の

――伝統の継承、文化の継承というのは、先人先達の生き様やそのあとを、そして熱意を丸ごと感じとって、実はこちらの方がひたすらに習い、ひたすらにひたすらに求め続けていって、はじめて伝わっていくものではないのでしょうか。――

という一文を思い出しました。伝統や文化は、上から下へと単に水が滴り落ちるようにつたわっていくのではなく、ひたすらに求める者がいてこそ伝わる。また、ひたすらに求めたくなるような継承者が存在するという事がもちろん大前提になるわけで、茶の湯を稽古する者としては、伝統文化を継承するというような大それたおこがましい事はさておき、ただただ宗心宗匠のようなお方と同じ時代に生まれて来られた事を感謝し、仰ぎ見つつ稽古に勉強に励むのです。

寒あやめ

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「御大切に」

福寿草

上田閑照先生の新刊書『言葉』(岩波現代文庫・哲学コレクションⅢ)。謹呈の栞に、「言葉の問題」は私の思想の動脈であったことに気がつきました、御大切に、と御書き添えくださった。

「御大切に」という先生の「言葉」が、ほんとうにありがたい。先生のあたたかさが静かに心にひろがって、ご本を頂戴した日は、雪が降りしきっていたけれど、一日中あたたかだった。今もご本を手に取ると、なおあたたかい。おそらく先生は、書を認められるとき、「御大切に」という言葉をお書きになるだろう。しかし先生が私にくださった「御大切に」は、たったひとり私のためにお書きいただいた唯一無二の「御大切に」で、天地一杯の「言葉」だ。そのことが何やかやと心騒がしい日を送る私に底知れぬ勇気を与えてくれる。


本書で、上田先生は、西谷啓治先生の「言葉」を次のように記しておられる。

――西谷啓治先生のもとで私は哲学を学び始め、先生が生涯の師となった。四十代半ば、その二、三年来の経験に打ちひしがれて、先生に「すべてがいやになりました」と訴えたとき、一呼吸、間をおいて先生は言われた、「それはいいことだ」と。これはその弟子の存在を別調に転ずる一転語になった。――

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アジャンター石窟寺院その4 -インド-

与願印

前回ご紹介しました第2窟の次には、おそらくツアーや時間の無い方ですと有名な第9窟に訪れる事と思いますが、今回はその間にある石窟の様々な石像などの写真をご紹介致します。
正直申し上げますと、あまりに写真を撮りすぎたのと、なにせ第1窟から第30窟まであるわけで、象徴的な物が残っている石窟の写真以外は、一体第何窟の写真だったのか…帰国してから見てもわからないというのが本音です…。

上は与願印(よがんいん・人々の願いを受け入れ叶えてくれる 深い慈悲を表わします)の仏像でしょうか。左手はなんでしょう…。日本で見る仏像は、右手が与願印である事が多い気がしますが…。

担ぎ屋さん

疲れたお父さん、かつぎ屋さんに運んでもらっています。お年寄りにも大人気。インドの8月の暑い中、一日中こういった遺跡をめぐるのはなかなか体力を消耗します。
でもこれ、肩の上に担がれるわけで、なかなか高い!はっきり言ってこわいです…。
右の方達は修復作業中のようです。

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