トップページ » 2017年5月

今週の花 2017/5

京都では5月なのに真夏日!  つい最近まで冬だったのに、あっという間に春が終わり、もう初夏。旧暦で言うと5月はまさに夏なのですが、新暦でも5月は夏と言ってもおかしくないですね。

さて、研究所の今週の花をご紹介します。毎週月曜の朝に花を持ってくるのですが、小学校時代の「お花係」を思い出したりして、自ら「お花係の日」と定めております。母が持たせてくれた花は、なんだか紫陽花が多かったように思います。皆さんもそんな思い出がありませんか?

まずは玄関先に紫菖蒲の花を。このところ自坊のビオトープ(勝手に名付けているだけの湿地ですが)に咲き乱れています。黄菖蒲の方が多いのですが、やはり紫が気品があっていいですね。いつもはこんな蕾のものを伐って通勤してくると、研究所につくころには花が開いてたりするのですが、今日の花はまだ眠いようです。

blog_AC_1674.jpg

 

こちらはミヤコワスレ。紫のミヤコワスレもいいですが、これはほんのりピンク色。じつはこの花、先週からずっと頑張ってくれているのです。一番手前の花はそろそろ終わりですが、ほんとに長持ちしてくれます。

細くてスッとしているので、玄関の掛け花入れにぴったり。

blog_AC_1672.jpg

 

さて、こちらは応接室。紫露草と芍薬です。芍薬も先週持ってきた蕾が、開き始めています。これがまたとてもいい香りを放ってくれるのです。思わずこちらの顔までほころびます。

blog_AC_1668.jpg

無文老師のご遺影には紫陽花をお供えしました。

blog_AC_1667.jpg

そして、少し残ったものを、自分のデスク近くに飾ることにしました。小さな薔薇と芍薬。

blog_AC_1669.jpg

このところ、弊所スタッフは、日程を定めて代わる代わる健康診断(半日ドック)に出向いているところです。
私ごとですが、昨年の検診で身体の異常を発見されました。早期だったのでおかげさまで快復をしました。改めて、定期検診の重要さを思った次第です。皆さんもお元気でも、年に一度は検診をうけて身体のチェックをお願いします。毎日元気に勤めていきたいですからね。

 

by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

デジタルアーカイブス調査「円福寺」

 

0522_1.jpg前回初めて経験した悉皆調査の数日後、円福寺(京都府八幡市)での調査にも同行させていただきました。自分なりの所感を記します。



0522_2.jpg作業場の「伏虎窟御殿」は、円福寺14世・見性宗般老師に帰依された、有栖川宮威仁親王からの下賜という瀟洒な建物です。今回調査の対象となる寺宝は写真の約30点。さて、まずはこの数についてどのような印象を持たれますか?多い、それとも少ない?



0522_3.jpg結論は、少なくないと思います。「撮影」「調書作成」「梱包」――書いてしまえば一言ですが、どの作業も繊細なため、やはり時間がかかりますね。実際は、後半かなりペースアップしても文書類は次回に持ち越しとなりました(掛け物とは異なる設備が必要という理由もあります)。中には触れるのを躊躇してしまうほど、傷みが見られるものもありました。それらの状態も細かく記録。緻密な仕事です。


0522_4.jpg時間を要するという件について更に誤解を恐れず書きますが、なにしろ作品の素性がわからない状態です。もちろん署名と落款があり、箱書、極札、書き付けなども存在するのですが、良い意味でこれらを疑ってもみる。専門家の眼によって情報が付加されていくうち、先ほどまで整理番号のみで認識していた書画が、どんどん個性を持った存在に思えてくるのは不思議な感覚でした。また、個人的なことでは崩し字の読み方(類推方法)が大変勉強になりましたし、さまざまな知識についても、いまの自分の足りなさを嘆くのではなくコツコツ蓄えを増やし良い仕事に繋げたい、と前向きな気持ちに。現場の活気から、良い気をいただけたようです。



0522_5.jpgそもそもこの調査のきっかけは、アーカイブス事業を立ち上げた際、弊所から老師にご相談したところ、ご縁をいただいたものだそう。老師のお話しぶりは穏やかですが、これらの寺宝を後世に伝えていくのだという、強い責任感が伝わってきました。お寺に携わった先人の想いに、作品を通じ今でも触れることができる。素晴らしいことだと思います。これらは物としての価値を持つだけでなく、心の遺産なのだなと。調査はまだまだ続くようですが、次世代に繋がる作業の現場に立ち会え、心に残る一日でした。ありがとうございました。

by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

一休シンポジウム「一休と禅のこころ」

先般は、【白隠シンポジウム京都会場】が満員の聴衆の中、無事円成いたしました。

さて、今度は、花園大学の国際禅学研究所主催で、一休シンポジウム「一休と禅のこころ」が下記の通り開催されます。

これは、2015年に東京の日仏会館で行なわれた「一休とは何か-この妖怪に再び取り組む」の第2弾としてのものとのことです。

参加には申し込みが必要とのことですので、下記をご確認の上、かならずお申し込みをなさって下さい。


■ 日 時
2017年7月28日(金)
13時~18時30分(12時30分 受付開始)

■ 会 場
花園大学 教堂
京都市中京区西ノ京壺ノ内町8-1

■ 基調講演
芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所顧問)

■ 研究報告
矢内 一磨(堺市博物館学芸員)
ディディエ・ダヴァン(国文学研究資料館准教授)
飯塚 大展(駒沢大学教授)
飯島 孝良(東京大学大学院)
発表テーマは決まり次第、お知らせされます。

■ 司会進行
小川 隆(駒沢大学教授)

研究報告終了後、全体討議及びディスカッションが行なわれます。

■ 主 催
花園大学国際禅学研究所

■ 定 員
120名(先着順)
申込締切2017年7月14日(金)
※定員になり次第、受付を終了いたします。

■ 会 費
無料

■ 申込先
花園大学国際禅学研究所
電話:075(823)0585
メール:kokuze@hanazono.ac.jp
メールの件名に「一休シンポジウム参加希望」と明記してください。


by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

夏を乗り越えよう

 

blog_MG_2821.jpg5月も半ばに入り、そろそろ、うだるような真夏がやって来ます。そこで、素晴らしい納涼の漢詩を1首ご紹介します。先のブログにも取り上げた、仙台藩4代藩主、伊達綱村公の詩です。

「夏日遊若林即興」     夏日、若林に遊ぶ、即興
月上破橋前、     月は上る、破橋の前、
螢疎野水邊。     螢は疎(まば)らなり、野水の辺(ほと)り。
清涼隨我買、     清涼、我が買うに随うも、
不貲半文錢。     半文銭(はんもんせん)を貲(あがな)わず。

夏の日に、仙台の若林地区を訪れられた際の即興詩です。

月は壊れた橋の上に昇り、その川にはホタルがまばらに光って飛んでいる。
わたしが求めるままに涼しくしてくれるが、わたしは一文銭も支払ったことはない。

夏になれば、クーラー付けっぱなしの小生には耳の痛い詩です。
クーラーを付ければ、一文銭も支払わないというわけにはいきませんから。

エアコンのなかった人たちは、どのようにして暑さ寒さを乗りきったのでしょうか。
きっと、ほんのわずかな涼風や春風を、現代の私たちの10倍も100倍も敏感に感じ取って、それを大切にして、その中で、暑いは暑いがまま、寒いは寒いがままに楽しんでおられたのでしょう。

いったい、いつになれば、こんな境地になれるのか。文明社会に生きる小生には、永遠に不可能かも知れません。
しかし、「寒時寒殺、熱時熱殺」などという大悟人の言葉は、しばらく置いておきましょう。みなさん、エアコンを上手に利用して、これから来る長い夏を乗りきっていきましょう。特にご老人は気をつけて下さい。

by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

藤の寺(正法寺)

 

blog_MG_2888.jpg滋賀県日野町鎌掛にある正法寺(臨済宗妙心寺派)は、知る人ぞ知る藤の寺として有名です。訪れたのはゴールデンウイーク最終日の夕方。まさに閉門近き頃でした。檀家らしき方々が保存維持費用として200円を徴収されていましたが、おそらく、私が最後の訪問者であっただろうと思います。

blog_MG_2883.jpg夕陽がまだ高かったので、ゆっくりと藤を楽しむことができましたが、じつはまだ5分咲きぐらいでしょうか。それでも立派な藤棚にみごとな花が垂れ下がっていました。開山の普存禅師が元禄のころに京都の仙洞御所から移されたそうで、樹齢三百年とのことです。

本堂にも上がってみました。こちらのご本尊は通常非公開のようで、直接拝むことができなかったのですが、大きな十一面観音菩薩とのこと。

そして実はこのお寺、現妙心寺派管長の嶺興嶽老師の嗣法の師である、瑞雲軒松山萬密老師(妙心寺640世)が、徳源僧堂師家として上がられる前に住持されていたお寺なのです。本堂の中には、萬密老師のご親化の時のにこやかな写真が何枚も飾られていて、いかに、このお寺を大事に思われていたかが感じられます。

blog_MG_2887.jpgこの本堂正面の扁額も、萬密老師の揮毫によるものです。

ほかに、山内には鎌倉時代(正和四年〔1315〕)の非常に美しい石造宝塔があり、滋賀県の重要文化財になっています。

blog_MG_2895.jpgキリシタン大名としても知られるかの蒲生氏郷が善政を敷いたこの蒲生の地。付近は、小高い山があちこちにあり、穏やかな土地柄の小さなお寺でした。

藤の花はまだ少しの間、愛でることができそうです。お訪ねになってみては?

blog_MG_2899.jpg

 

by admin  at 08:57  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

妙心寺にて白隠禅師250年慶讃法要!

 

blog_AC_1435.jpg昨日、5月11日、臨済宗妙心寺派の大本山である妙心寺にて、白隠禅師250年慶讃法要が勤められました。
これは臨黄合議所の遠諱法要とは別に、大本山妙心寺が勤修されたものです。
ブログタイトルになぜ「!」を敢えて打ったか。
じつはこれが歴史的なできごとだからです。かの白隠禅師の遠諱法要が、未だかつて本山である妙心寺で行なわれたことがなかったからなのです。
なぜか。それは、白隠禅師は妙心寺において開堂されたことがない、つまり妙心寺住持として世代に入られていないからなのです。しかし、現在の臨済禅は、大應-大燈-関山と続く法脈下にある、白隠の法系を遺すのみなのです。
そういうことがあって、このたび、白隠禅師の示寂250年を記念した慶讃法要が、はじめて妙心寺にて勤められたことは、まことに異例なことなのです。

blog_AC_1416.jpg妙心寺の法堂上に、かの白隠禅師の木像(三島・龍澤寺蔵)が安置されているのをみたとき、龍澤僧堂にほんの少し在錫しただけの私でさえ、感動をかくせません。とても、とても感慨深いものがあります。
もちろん、参列されている各派管長、僧堂師家の老師方も、そういった思いをお持ちではないかと思いました。

blog_AC_1410.jpg法要導師はもちろん、妙心寺派現管長である江松軒嶺興嶽老師。十八拝式という最も丁寧な仏事を行なわれた後の、慶讃法要の偈頌は、次の通りでした。

遺風二百五旬年
的々分明鵠林禅
今日幸逢真面目
洪恩親報一爐烟

blog_AC_1460.jpg香語の後は、楞厳咒の読経で、居並ぶ江湖の老師方がともに行道されました。

blog_AC_1487.jpgさて、今日はこれから、花園大学教堂にて、「白隠禅を現代にどう生かすか」をテーマに、「白隠シンポジウム【京都会場】」が開催されます。

 

by admin  at 08:30  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

デジタルアーカイブス寺宝調査 徳源寺(名古屋)

 

4月22日(土)・23日(日)、デジタルアーカイブス事業の寺宝調査で名古屋・徳源寺様に伺いました。

01.JPG庫裏前の桐の大樹が満開です。建物だけで1000坪あるそうですが、市街地に建つせいか、さらに大きな規模に感じられました。

02.JPG大相撲名古屋場所開催時は、九重部屋の宿所になることでも有名です。この「修古館」に宿泊されるようですね。

03.JPG今回は、創建開山である蘇山玄喬禅師150年遠諱に向けての調査。禅師の書画約60点を集中的に調べていきます。初めて同行した私は、撮影をスムーズに進めるための補助作業をさせていただくことに。調査の流れは書籍や先輩のブログなどで予習していったつもりでしたが、大切なものを扱う現場、見ると聞くとは大違いで、久しく味わっていなかった極度の緊張感に支配されっ放しです。

04.JPG作品の身上書ともいえる「調書」には、情報がどんどん書き込まれていきます。完了した調書には膨大な情報が記されていました。

05.JPG花園大学歴史博物館の福島教授と研究員の皆さま、弊所レギュラー調査スタッフに対し尊敬の念を新たにしつつ、作業に従事する中で思うことや発見?がたくさんありましたが、幸いこの数日後、別の調査にも参加させていただきましたので、次回の投稿でそれらをまとめたいと思います。

by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

甘茶(あまちゃ)

 

blog_MG_2062.jpg自坊では旧暦で今日、花祭りを行ないます。花祭りに誕生仏に「甘茶」をそそぐのは、釈尊がお生まれになった時、天上の神々が甘露をそそがれたことに由来するそうです。でも今回は、小難しい典拠などはやめておきましょう。

実はいまどき、「甘茶」は、薬局で買います。袋に書かれていることを読めば、れっきとした漢方薬です。値段もかなり高額です。

高額は仕方ないとしても、困るのは、「甘茶」を買うのを、ついうっかり忘れてしまうことです。花祭りの前日に買いにいっても、「甘茶」は、もうありません。この時期、地域の寺院が、同時一斉的に、「甘茶」を買いに来ますので、薬局は売りきれなのです。

ですから、花祭りの1カ月前ごろから、「甘茶」の予約をします。薬局も小分けしては売りません。でも一回買えば、3、4年は、冷蔵庫で保存が可能です。

これは、我が山寺の馬鹿な話です。
寺の世話役さんの奥さんたちが、「甘茶」を薬缶で煎じておられます。「よし、出来た」と、盆にそそぎ入れ、誕生仏を立たせ、「やってみよう」ということで、沸騰した「甘茶」を誕生仏に降り潅ごうとされるのです。そこで、住職のわたしが一言、「お釈迦さん、ヤケドされますよ」と。奥さんたちは、いそいでボールに水を張り、「甘茶」を薬缶にもどして、その水につけて冷却。やれやれ、大笑いのうちに一件落着です。

花祭りの法要が終われば、参詣の人たちと、「甘茶」で、カシワモチを食べながら、話に花が咲きます。
でもやっぱり、普通の煎茶や、ほうじ茶のほうがおいしいです。祖父母に連れて来られた子供たちも、コーラやジュースのほうがおいしいと思います。だからちゃんと、煎茶もコーラも用意されています。

この「ブログ禅」を御覧になっている人には、寺の若奥さんたちもおられると思います。そこで、山寺の和尚から一言。
(今どきの)「甘茶」は、煎じたらだめです。甘みより苦みが出ます。お湯の中に入れれば、それで結構です。そして昔は、「甘茶」をビンなどに入れて持って帰ってもらっていましたが、わたしは、「甘茶」の葉っぱを小さい袋に入れて、「家に帰って作ってみて下さい」と言って渡します。
「作ってみます」と言われて、持って帰られますが、どうせ、冷蔵庫の奧に放りこまれる運命でしょう。でも翌年の花祭りの日、「オッ、これはナニッ」となることを、ひそかに期待しているのです。

by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

南極老人星はカノープス?

 

星空.jpgわたしが現在読んでいる書物は、仙台藩4代藩主、伊達綱村公の『如幻三昧集』という語録です。その中に、元禄2年(1689)、江戸で作られた「老人星見(あら)わる」という題の七言絶句があります。
「老人星」は、詳しくは「南極老人星」と言い、この星が現われれば天下が治まると言われていますが、元禄2年にこの星が出現したのか、別の史料で調べなければいけません。本当に日本語録の訓注はやっかいな仕事です。ところが、あまり時間もかからずに見つけることが出来ました。江戸の地誌『武江年表』巻3・元禄2年の条に「正月十六日、頃日(このごろ)、老人星現ず」とありました。

ところで、この「南極老人星」は、現代の天文学では、龍骨座のカノープス星であると言われています。カノープス星は、大犬座のシリウス星に次いで2番目に明るい1等星で、天文ファンには人気のある星だそうです。もちろん1番明るいのは太陽です。これは、自ら光を発している恒星(こうせい)の中でのことです。月は明るいですが、あれは太陽に照らされての明るさです(ああ何と無味乾燥だなあ)。

こう調べて来て疑問が起こったのです。この「南極老人星」は、本当にカノープス星と同じものなのかと。確かにカノープス星は、東京の地表では南の地平線近く2度程度、京都でも3度程度の高さにしか昇りませんので、肉眼で見ることは困難です。しかし、1等星ですので、見えないことはありません。しかも、綱村公の江戸時代には、現在のような光害も少なかったでしょう。

ところが、「老人星現ず」の観測記録は、専門外のわたしの管見では、この綱村公の詩と、『武江年表』の記録のみです。常に南の地平近くに輝いているカノープス星が「南極老人星」ならば、もっと記録が残っていてもよいはずですし、そもそも、記録を残すほどの出来事でもありません。

さらに、語録読みのわたしが気になるのは、「あらわる」という表現です。「あらわる」とは、それまでにはなかったものや、隠れていたものが出現するという意味です。

と、ここまで書いて来て、いきなり龍頭蛇尾になりますが、「南極老人星」が、カノープス星であることは確かなことなのでしょう。しかし、宇宙のロマンは限りないものだと聞きます。わたしのイメージ、あるいは理想としては、この「南極老人星」は、数年に1度現われるか現われないかの流星であって欲しいのです。「南極老人星」が、常に南の地平近くに輝いているなんて、ロマンがないではありませんか。

しかし、『虚堂録』巻2・宝林録にあるような、「四海隆平にして煙浪静かに、斗南長く見る老人星」、天下太平、めでたし、めでたしという世界も見たいものです。カノープス星は常に輝いているのだから、世界はもっと平和でなければならないのです。

ちなみに、この「南極老人星」が神格化されたものが、あの福禄寿です。
更にちなみに、1番明るい大犬座のシリウス星の漢字は「狼星」です。

「(狼星の近くに)大星有り、南極老人と曰う。老人見(あら)わるるときは治安なり」(『史記』天官書)。カノープスよ、もっともっと輝いて、世界を平和に導いてくれ!

by admin  at 09:00  | Permalink  | Comments (2)  | Trackbacks (0)