お彼岸さん

 

blog_MG_1711.jpg今日は春のお彼岸お中日です。皆さん、ご先祖さまのお墓参りはおすましになりましたか?
さて、今回は山田無文老師の「お彼岸さん」という講話を、少し長いですがご紹介いたしましょう。なお、文中「和っさん」と出てくるのは、「和尚さん」を端折って親しみをこめた「おっさん」という呼称です。

 


 

「和(お)っさん、ハラミッタってどういうことや」。わたくしの郷里に、こんなことを聞くお婆さんがありました。「波羅蜜多(はらみった)ということはなア、到彼岸(とうひがん)と言うて、お婆さんなかなか難しいことやで」と答えると、「そうかな。わしはまた、心経に一切クウヤクとあるけに、和っさんたちは、お膳に出したものはきれいに喰べなさるから、一切食う役で、そんでお腹がハラミッタかいなと思うた」。

漫才ではない、本当にあった話です。この程度の知識が、近ごろの信心深い善男善女の仏教学です。これでよいものでしょうか。仏教はそんなに難解なものでしょうか。難解だと言って放っておいてよいものでしょうか。もっとやさしく書き直せないでしょうか。どちらにしても、わたくしどもが民衆の教化を怠っていたことは、隠せない事実です。明治初年から今日まで、日本の仏教界には大きな空白があったようです。そしてこの空白は、このままますます拡がるのではないでしょうか。

「波羅蜜多」という梵語は、古来、「到彼岸」と翻訳されておりますが、分かりやすく言うと、「向こうの岸へ行く」ということであります。向こうの岸と言っても、日本のような小さな川しかない国では、向こうもこちらも、別に変わったことも珍しいこともありませんが、インドや中国のような大きな河のある所へ行くと、向こうの岸は、確かにあこがれの的であります。

わたくしは、あの揚子江で二へん笑われたことがあります。戦時中、精拙先師のお供をして中国へ行った時、北京から上海まで飛行機で飛びました。途中南京へ着陸して、しばらく休んでまた飛んだのですが、七時間ほどかかりました。どこへ行ってもよく居睡りをして笑われますが、飛行機の中でも気持ちよく寝ていました。「オイオイ」と起こされるから、ふと眼を開くと、「揚子江の上だ、よく見ろ」と言われます。眠い眼をこすりながら窓から下を見ますと、揚子江か何か知らないが、淀川くらいにしか見えません。つい口をすべらして、「小さなもんですなア」と言ったら、「馬鹿!」と言って笑われました。帰りに、上海から船に乗って長崎へ向かいました。上海の碼頭を出てしばらくすると、もう濁流滔々、どちらを見ても陸地は影も見えません。「老師、もう黄海ですか」と聞いたら、また「馬鹿!」と笑われました。そこはまだ、揚子江の本流にも出ない黄浦江だったのです。ものの真相は、あまり近くても分からないし、あまり離れても分からんものだと思いました。つまり揚子江で二へん笑われましたが、そんな大きな、向こうの岸まで三十六マイルもあるというような河になりますと、向こうの岸は、確かにあこがれの世界になるのであります。

こちらの岸は年中、戦争ばかりしておるが、向こうの岸へ渡ったら戦争のない国がありはしないか。こちらの岸は強盗がおったり、人殺しがおったり、詐欺をするやつがおったり、いやなことばかりだが、向こうの岸へ行ったら、もっと善良な人間の住む国があるのではなかろうか。こちらの岸は飢饉があったり、悪い病気がはやったり、貧乏をしたり、苦しいことばかりだが、向こうの岸へ行ったら幸福の楽土があるのではなかろうかと考えられます。すなわち、向こうの岸はあこがれの国であり、理想の世界であります。

紀州の南端へ行きますと、アメリカ村という村もあるくらい、村中の家からほとんどが、誰か海外に出ておるような所がたくさんありますが、あの辺の人たちは、子供のころから太平洋の荒波ばかり眺めて育っておるので、向こうの岸であるアメリカやカナダに、いつもあこがれを持っておることでしょう。したがって大きくなると、背後の大阪や京都は問題にせず、皆な海外へでかけるものだと思います。彼岸はまさに理想の国であり、浄土であり、天国であり、涅槃の岸であります。

日本には昔から、春秋の彼岸会ということがあります。春分秋分の日を中心として、一週間をお彼岸と申しております。「暑さ寒さも彼岸まで」という諺がありますが、この彼岸は、暑からず寒からず、一年中で一番気候のよい時であります。それに昼の時間と夜の時間がまったく同じで、太陽は真東から出て、真西に入るという、すべてにおいて中庸を得た時であります。この一年中で一番中庸を得た時候の時を一週間選んで、この地上に理想の国を現出してみようというのが、春秋の彼岸会であります。

ふだんはいっこう忙しくてごぶさたしておるが、せめてお彼岸にはご先祖の墓に参り、きれいに掃除をし、香華を供え、水も手向けよう。せめてこの一週間は、仕事を休んでお寺へ詣り、説教も聞いて、お互いに修養させてもらおう。この一週間は、心に誓って殺生もしまい、盗みもしまい、虚言もつくまい。腹もたてず、愚痴もこぼすまい。身分相応に、お寿司を作るなり、お萩を作るなりして、三宝に供え、祖先に供え、お互いに分かち食べ、人さまにも施して功徳を積もう。そして、この地上に一週間をかぎり、争いのない、恨みのない、妬みのない、明るい和やかな理想の国を現出してみようというのが、お彼岸さんの意味であります。この彼岸会が歴史上、いつから始まったかということは、はっきりしませんが、聖徳太子が春分の日、四天王寺の西の楼門の上に立たれて、西方浄土を拝されたということがありますから、おそらく聖徳太子さまのころから始められたものと思います。

近ごろ社会で、よく交通安全週間だとか、火災防止週間だとか、読書週間だとか、動物愛護週間だとか、いろいろな週間が設けられて、民衆の自粛と協力をうながしておりますが、実にわが国には千数百年も前から、宗教週間、修養週間とも言うべき結構な週間が、すでに設けられてあったわけであります。この歴史ある結構な週間を活かして、お彼岸会を真実意義のある、名実相伴う、ありがたいお彼岸会にしたいものであります。そういう実践から、初めて仏法が復活してくると思います。

 

 

山田無文著『無文全集』第12巻「坐禅和讃講話」より

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季刊『禅文化』は、花園会館にありました

 

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季刊『禅文化』を、花園会館と南禅会館の客室に置かせてもらうようになったことは、別のスタッフが2月に本ブログで紹介しましたが、禅文化研究所の所員で、花園会館や南禅会館をよく利用するのは、在宅で仕事をしていて、時折上洛する小生くらいなものです。先日も、ある所用で花園会館を利用しました。

「ほんとうにおいてあるかなぁ」、「お客さんは、読んでくれているかなぁ」と、その日は、いつもより少し緊張して客室に入りました。

果たして『禅文化』243号が机の引き出しにチャンと置かれていました。ホテルの一室で『禅文化』を見るのは、なんとなく照れくさい思いもしました。

手に取ると、中程のグラビアページまで、誰かが読んで下さったのでしょう、めくられたページはブクブクにふくれていました。その号のグラビアは、去年3月にあった臨済禅師の遠諱大摂心における雲水さんたちの颯爽とした凛々しい姿の写真でしたので、見る人を圧倒したと思います。

ところが、それ以後のページは、新品同様でめくられた様子がありませんでした。花園会館に宿泊されるからといって、仏教や禅に興味を持っておられる人とは限りません。

グラビアページ以後のページをいかにしてブクブクにふくれるまで読んでもらえるか。『禅文化』は、マンガ雑誌や週刊誌ではなく専門誌ですので、易しい記事と難しい記事が混在しています。この易と難とのバランスをどう取っていくのか、それこそ難しい問題ですが、禅文化研究所所員の一人一人の課題だと思います。

そんな中で、最近は毎号に大なり小なりの特集を組ませて貰っています。来号では「袈裟と法衣」の特集を組んでいます。近いところからさかのぼっていくと……

243号「遠諱報恩大摂心からの一歩」
242号「永源寺開祖・寂室元光禅師」
241号「禅と能」
240号「東京・麟祥院とゆかりの人々」
239号「驀顧す、臨済録」
238号「武蔵野の禅刹平林寺」
237号「大拙・寸心両居士の禅思想点描」
236号「衆生と向き合う禅僧」

いかがでしょうか。わたし達も、もっともっと試行錯誤を重ねて行きます。読者の皆様の御助言をお寄せ下さい。

ところで、花園会館も南禅会館も、いいホテルですよ。早朝、鐘の音が聞こえたり、すぐに禅寺の散策ができたりします。お泊まりの際には、引き出しに、『禅文化』があれば、手に取ってみて下さい。京都旅行に、予期しない感動が待っているかも知れません。


※季刊誌『禅文化』の年間ご購読お申し込みはこちらからどうぞ。

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平安を祈る

 

blog_daihannya.jpg二階の寝室で寝ていると、ぐらぐらと大きな揺れを感じて、目覚めるとめまいのように天井が揺れている。慌てて枕元の携帯だけを手に取り階下に降りていくと、家人たちが来客と何食わぬ顔で話をしていた……。先週土曜日、3月11日朝方にみた夢でした。
あの3.11の丸6年が近づいた数日前から、テレビで盛んに報道されていたから潜在意識ができていたのでしょうか。夢でよかったと思いましたが、実際に6年前に被災された人たちは、「夢ならばいいのに」と何度も何度も思われたことだと思います。

ところでその土曜日には、自坊の「大般若祈祷会」の法要を行ないました。例年3月のこのあたりに行なう法要ですが、たまたま今年は3月11日に。七回忌にあたる今年ではありますが、例年と同じように祈祷会のお勤めをいたしました。

大般若祈祷会にお参りになった方はご存知かと思いますが、600巻ある「大般若経」の経典を、大勢のお坊さん達がそれぞれ「転読」という方法で1巻ずつ繰っていくのですが、その際にはそれぞれの巻名を大声で「大般若経巻第○○ 唐三蔵法師玄奘奉詔譯(だいはんにゃきょうかんだい○○ とうのさんぞうほうしげんじょうぶじょうやく)」と唱えてから、真言を唱えながら経本を繰ります。そして繰り終わったあとには、「降伏一切大魔最勝成就(ごうぶくいっさいだいまさいしょうじょうじゅ)!」と、これまた大声で唱えてます。こうして一人あたり50巻の経本を転読していくのです。
降伏一切大魔最勝成就」というのは、我々が仏道を成そうとすることを邪魔する「一切の大魔」、つまり煩悩、これらを押さえ込んで、なんとか仏道を成就するぞ!という意気込みを言っているわけです。

 さて、日頃みなさんは生活していて、力限りの大声を出す機会など、ないと言ってもいいのではないでしょうか。
私たち禅寺の和尚は、この大般若祈祷会の時には、大声をはりあげる機会に恵まれます。じつはこれはとても気持ちのいいものなのですよ。

導師は出頭寺院が転読されている間、大般若経の中の第578巻「第十般若理趣分」を看読します。
そうして法要の最後の回向では、仏法の興隆、世界の平安をはじめ、五穀が豊富に実り、災難が起こらないように、そして檀信徒の方々のお家が栄え、お寺も火事や盗難に遭わないようになど、無事を祈るわけです。本当に盛りだくさんです。
私は導師を勤めながら、まだ復興に至っていない福島をはじめ東北の地のことも思っていました。
改めて犠牲になられた方々のご冥福をお祈りをするとともに、一日も早く、復興が結実することを祈願しております。

ご加担いただきました近隣の和尚さんたちをお見送りに山門を出ると、梅の花が満開を迎えておりました。今年は雪の多い自坊付近で、とくに紅梅の枝がことごとく折れて可哀想ですが、ようやく春がやってきたようです。

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雲水さんは楽しみだ

 

blog_IMG_1719.jpgわたしは、時々、僧堂に行って、雲水さん達と一緒に、漢詩のイロハを勉強している。もちろん、制間中という、いわば、雲水さん達の休暇中を利用してのことである。制中となれば、坐禅と入室参禅のみだから、文字をあつかうようなことは出来ない。

わたしは想像するのだ。
この雲水さん達が、将来、どこかの住職となり中堅や老僧になった時、「わしが雲水の時になあ、○○という人が手弁当で僧堂に来てな、漢詩のイロハを教えてくださった。あんた達も、二四不同や二六対ぐらいは勉強せんといかんなあ」と、なかば、偉そうに言っておられる姿を。

雲水さんは楽しみだ。将来、お師家さんになられるかも知れないし、管長さんになられるかも知れないし、いなか寺で一所懸命、仏法を説いておられるかも知れない。

そんな雲水さん達と一時を共に出来るのは、文字になってしまった語録の訓読に明け暮れるわたしにとって、生きた禅を見るようで、とても愉快なのである。

そういうわたしにも、雲水時代はあったのですよ。
もう忘れてしまいましたけど。

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特別展「原の白隠さん」

花園大学歴史博物館では、来たる4月3日(月)~6月10日(土)のあいだ、白隠禅師250年遠諱記念「原の白隠さん -松蔭寺と静岡沼津伝来の禅画・墨蹟」展を開催されます。

今年の白隠禅師250年遠諱正当に合わせて、昨年秋より3部にわけて開催されている白隠禅師の特別展の一環で、今回は第2部にあたります。(前回は「正受老人と信濃の白隠」:2016年10月10日~12月10日)

白隠禅師が得度をされ、また住職を勤めながら多くの弟子達を接化されていた沼津市原の松蔭寺。この松蔭寺に残されている多くの遺墨を中心に白隠画の魅力にせまる展覧会です。

会期:2017年4月3日(土)~6月10日(土)
休館日:日曜日および5月5日・6日(但し大学行事により臨時休館する場合があります)
開館時間:10:00~16:00(但し土曜日は14:00まで)
入館料:無料
主催:臨済宗妙心寺派、花園大学歴史博物館
協賛:学校法人 花園学園

期間中、2期にわけて展示替えも行なわれます。是非、お近くにおいでの際にはお立ち寄りください。

 

※展覧会の詳細は下パンフレットの画像(表・裏)をクリックすると拡大して表示されます。

2017白隠展(表).jpg表面

2017白隠展(裏).jpg裏面

 

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