三日の桜

 

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世の中は 三日見ぬ間に 桜かな
世の中は 三日見ぬ間の 桜かな

ことわざにもなっている、有名な歌で、江戸時代の俳人、大島蓼太の歌と伝わっています。どちらが正しいのかは、もちろん分かりません。

普通の辞書は、どちらの歌も、世の中は、三日も見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだ。世の中の移り変わりが激しいことにたとえる歌と解説しています。

ところが、「三日見ぬ間に 桜かな」と「三日見ぬ間の 桜かな」とでは、まったく意味が違います。「三日見ぬ間に 桜かな」は、三日も見ないうちに桜は満開。「三日見ぬ間の 桜かな」は、三日も見ないうちに桜は凋落。

世の中の移り変わりが激しいことを言うのには変わりないのでしょうが、「に」と「の」とでは、希望的変化と、絶望的変化とに分かれると思うのです。なぜ、優秀な日本語学者が、二つの歌を安易に同意とするのか、わたしには分かりませんが、わたしはできれば、「三日見ぬ間に 桜かな」で、生きていこうと思います。トンビが三日後にタカに変身している……。まさかそんなこともないでしょうが、自分のやりかたしだいで、わたしたちは、無限の希望を実現させることができます。だから、ボクは、「三日見ぬ間に 桜かな」です。

ところで、中国の古い詩に「桜」があまり出ないのは何故でしょう。少なくとも、『三体詩』には、一詩も出ません。かろうじて「桜桃」という文字が見えますが、これは果実の名前で、花ではありません。わたしの古い中国の友人が、「花見のために京都を訪れる」と、わざわざ言うほどですので、中国には、桜見物はないのでしょうか。

春雪をもたげて花開く梅、初夏に香りをはなつ蓮、天下に咲き誇る蘭、晩秋にその節を見せる菊。桜の出番はないのでしょうネ。

中国の古い詩で、「桜」を歌った詩をご存じの方は是非教えて下さい。
ゆっくり、花の美しさと、その寂しさとを語り合いましょう。

わたしが住む小さな城下町も、今日は、「桜まつり」でした。
曇り空でしたが、天の神様も、雨は降らせませんでした。

みんな、みんな、三日見ぬ間に、桜は咲くぞ!
その咲いた自分を、誇らしげに、あるいは恥ずかしげに、
見てみようではありませんか!

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特別展「雪村-奇想の誕生」

 

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東京芸術大学大学美術館において特別展「雪村-奇想の誕生」が開催されています。 戦国時代の画僧、雪村周継(せっそんしゅうけい)の主要作品約100件と関連作品約30件で構成される大回顧展で、弊所所蔵の「蕪図」(下の写真参照)も出品されています。 雪村の生涯は未だ謎に包まれていますが、その作風は、伊藤若冲、歌川国芳など「奇想の画家」と呼ばれる絵師たちの先駆けと位置づけられ、今まさに注目すべき画家といえます。

会期は5月21日(日)までです。この機会にぜひご来場ください。

なお同展は、8月1日(火)より9月3日(日)までMIHO MUSEUM(滋賀県)でも開催されます。

 

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「蕪図」(雪村筆/禅文化研究所蔵) 禅文化研究所デジタルアーカイブズ「禅の至宝」より

 

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4月だというのに手帳がない

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新年度が始まりましたが、今年はここに至るまで手帳を買いそびれたままです。

気に入ったものを探しつつ、間に合わせのつもりで某百貨店のノベルティを使っていましたが、「もうこれでいいか」という気になってきました。

「これでいいか」というと語弊がありそうですが、使用に何の支障もない。いや、むしろたっぷりの余白は、書き散らかし型の自分にとってありがたいくらい。どのページもパタンと180度開きますし、硬めの表紙のお陰で台が無い場所でも書きやすく、また裏移りしない紙もノンストレスです!(さらには栞紐つき)

……いいこと尽くめではありませんか。間に合わせのつもりが、後からどんどん良いところが見えてきたというわけです。こんなに素晴らしい製品なのに、「所詮ノベルティ」という先入観にとらわれていたのですね。勿体ない話です。だいたい、何の根拠があって「所詮」なのかと。そんな自分も恥ずかしい。

同時にハタと思いました。「これって、持ち物に限ったことではないかもしれないなあ」。人生は選択と判断の連続とはいいますが、自分の勝手な思い込みで目の前にある素敵な物事を見逃さないようにしたいと、あらためて手帳を眺めています。

 

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唯我独尊

 

blog_誕生佛.jpg誕生釈迦仏立像(奈良時代・7世紀) 東京国立博物館 研究情報アーカイブズより

「唯我独尊(ゆいがどくそん)」。生まれたての釈尊が言われた言葉だそうです。よく知られている言葉ですが、おおもとは、『毘奈耶雑事』巻二十に、「足、七花を蹈(ふ)んで、行くこと七歩し已(お)わって、四方を遍観し、手指上下して、是(かく)の如きの語を作(な)す、『此れ即ち是れ我が最後の生身。天上天下、唯我独尊』」とあるそうです。
「天上天下、唯我独尊」。この言葉を、「この世界で、おれは一番えらいのだ」と解釈しておられる人もおられるかも知れませんが、それは、僕の独断で言えば、まったくの誤解です。この言葉は、釈尊の、現在で言うところの「孤独感」を表わした言葉だと思います。「おれはこの世に一人しかいない、おれのことを理解してくれる者は誰もいない、どうやって、おれが悟った真理をみんなに伝えていけばよいのだ」と言う、いわば絶望感なのだと思います。

「生老病死(しょうろうびょうし)」。釈尊が説かれた四つの苦しみ、四苦です。この「生苦」も、多くの人は、生まれて来る時の苦しみと解釈されておられると思いますが、これも、僕の独断で言えば、生まれて来るということ自体の苦しみなのです。生まれて来なければ、当然ですが、苦しみは発生しません。だから釈尊は、不邪淫戒を説かれました。釈尊の不邪淫戒は、性交の快楽を禁止されたのではありません。根本の「生苦」を作るなということです(もちろん、律学からは反論があるでしようが)。これが、インドで仏教が受け入れられなかった一つの要因だと思います。

僕たちは、一人で生まれて来て、一人で苦しみをかかえて生きざるを得ません。

ここで思い出してほしいのです。

自分というものは、一人しかいないのだということを。
自分の心を本当に理解出来る人は、誰もいないのだ、自分さえそうなのだということを。
だから、誰かのせいにして自分から逃げないように。

でも、みんな、そんなに強くないから、誰かの助けを求めるように。
誰かに声をかけるように。

小生も僧侶でありながら妻帯しています。しかし、妻の気持ちは、小生には分かりません。
それが、一人ということです。でも、そばにいてあげることは出来ます。一人と一人として向き合うしかありません。

人の心は分からない。だから、人の声を聞いて下さい。
自分の心は誰も分からない、だから、人に話して下さい。

結局、ブログ禅読者の皆さんの力に応援を求める、個人的な記事になってしまいました。

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謎の兵馬俑

通勤してきて研究所に着く直前、花園大学西門ヨコのフェンス内には、少し暖かくなってくると野草が咲いたり、梅雨頃には紫陽花が咲いたりするので、春になって暖かくなってきたので何か咲いていないかなと目を配るようになった春先のこと、ある日、そこに兵馬俑(へいばよう)が立っていたのです。

一瞬何が立っているんだろうと目を疑いましたが、紛い無く兵馬俑1体なのです。誰が置いたのかなぁと思っていましたが、つい先日、この兵馬俑が、研究所の通用口横に立っているではありませんか。

ちなみに、兵馬俑とは、古代中国で死者の墓に副葬される人形(武士俑)や馬(軍馬俑)で、秦始皇帝陵博物館の兵馬俑坑が有名ですね。中国で出土した武士俑や軍馬俑は等身大ですが、通用口に立っているのはもちろんミニチュアです。

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まさか歩きはしませんが、誰がここに動かしたのかなと思い、こういうことの好きそうな某スタッフに尋ねたところ、自分はやっていないし、不思議に思っていたというのです。

事実はすぐにわかりました。別の若いスタッフが、棚卸しや倉庫整理をし、廃棄品置き場にいったところ、兵馬俑がゴミと一緒に横たわっていたのを見つけたので、拾ってもどり、通用口ヨコに置いたのだと。フェンス横にあった兵馬俑を、おそらく大学の清掃担当の誰かがゴミにしようとしてしまったようなのですね。

中国で出土された兵馬俑はみんな東を向いて立っているそうですが、うちの兵馬俑は西を向いて立っています。というわけで、意味は違いますが、研究所を護ってくれているみたいになりました。ちょっとお地蔵さんみたいですが。

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