サンガセミナー2018 3-1「禅の建築講座 -黄檗山萬福寺の伽藍-」終了

 

blog_2018-09-10-09.15.jpgもう先週の月曜日(2018/9/10)のことで申し訳ありませんが、本年度のサンガセミナー 3-1「禅の建築講座-黄檗山萬福寺の伽藍-」を無事終了しました。

今回の講座は、黄檗山萬福寺を会場に、講師の佐々木日嘉里先生による午前中の座学、その後、萬福寺の普茶料理をご賞味頂いたあと、午後は萬福寺山内の建造物を、佐々木先生の解説を交えながら見学してまわるというものです。

先般の強烈な台風21号がさったばかりなのに、また大雨が続き、山陰方面は鉄道網が運休している日。残念ながらその影響で参加を見送られた方もおられましたが、雨の中、約30名もの方が受講されました。

冒頭に、会場である黄檗宗萬福寺の宗務総長・盛井幸道師からお忙しいところをわざわざご挨拶をいただきました。

blog2018-09-10-10.08.jpgつづいて、さっそく佐々木日嘉里先生の講座。写真の沢山入ったレジュメをお配りし、それに沿って、まず日本の寺院建築の歴史概略を解説いただき、途中からこの萬福寺の中国様式がおおく取り入れられた伽藍の説明へと進んでいきました。

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約2時間の座学を聞いたあとは、いよいよ、受講者の皆さんがお楽しみにされていた普茶料理。

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仏旗にある五色が使われているとお聞きしたとおり、カラフルな精進料理がつぎつぎと出てきます。美味しく頂戴しました。

その後は、午後の実地見学です。現在、境内の伽藍堂と鐘楼が解体修理の最中ということで、佐々木先生がその様子を見られたらいいのにというご希望がかない、特別に工事現場に立ち入らせて頂き、解体されて露わになっている建物の柱組を観ることができたのです。
京都府の文化財保護課がこの工事を行なっておられるということで、担当者の方より詳しい説明をいただき、予想外の勉強までさせていただくことになりました。内部の撮影はしてもいいが公開禁止ということですので、残念ながらここではご覧頂けませんが、午前中に先生からお聞きした柱の部材などを目の前で観ることができ、とてもラッキーでした。

そののち、境内の伽藍を一つ一つ見ながら、午前中にお聞きした内容を復讐するように見て回ることができたのでした。

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足元の悪いなかではありましたが、丁寧で詳しい説明と実地見学、そして精進料理に皆さんご満足をいただけたように感じました。

精進料理付きの講座、できれば今後も取り入れていきたいと思いました。

さて、次回のサンガセミナーは、2018年10月13日(土)、京都東山は高台寺での「地獄絵図(熊野観心十界図)お絵解き講座」(西山克先生[関西学院大学教授])です。まだ少し余裕がありますので、今からでもお申し込み可能です。お待ちしております。

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「100 年遠諱記念 明治の禅僧 釈宗演」展

 

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今年秋には明治時代に活躍され著名な禅僧の一人である釈宗演老師の100年遠諱が、鎌倉の大本山円覚寺で勤修されます。それに先立ち、大本山円覚寺・花園大学歴史博物館・禅文化研究所の共催で、花園大学歴史博物館におきまして、2018年秋企画展として「100 年遠諱記念 明治の禅僧 釈宗演」を開催いたします。

禅文化研究所としましても、ほかに釈宗演老師の出身地である若狭の地でも行なわれる遠諱法要にあわせて、相国寺派第四教区で自費出版される『近世若州僧宝伝』の編集をさせていただき、釈宗演老師以外にも若狭から出られた近世の傑僧の伝記などをまとめさせていただきました。

また、同じく大本山円覚寺において来年4月に勤修される誠拙周樗禅師の遠諱事業として、禅師の遺墨集の制作を承っており、現在、そちらも編集中であるということもあり、このところ、円覚寺関係の仕事をたくさんさせていただいています。

さて、話を戻しますが、「100 年遠諱記念 明治の禅僧 釈宗演」の会期中に、二度の講演会も予定しております。詳しくはこちらをご覧下さい。どちらも入場無料で、お申込も不要です。
展覧会は前期後記で展示替えもあり、それぞれの期間中に一度ずつの講演会ということになるので、それにあわせてご来場になるのもオススメです。

どうぞ、花園大学歴史博物館までお運び下さい。

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仏教とヒンズー教とが共存する国、カンボジアへ その10(ベン・メリア)

 

blog_MG_1214.jpgついにカンボジアシリーズ最終回です。長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
少々、遺跡巡りばかりで飽きた感もしないではないのですが、最後に訪ねたのはベン・メリア遺跡です。

アンコール・ワットから50kmくらい東にいったあたりにあるこの遺跡は、大きな寺院なのですが、傷み方がひどく、また、ほとんど修復が施されていない遺跡として知られています。アンコールワット遺跡群がこうやって世界遺産になるまでには、あちこちの遺跡は各国が協力して修復を行なってきたのです。いってみれば、初めてフランスの学者がジャングルの中に睡るアンコール遺跡を発見した時には、どこもほぼこんな状態だったかもしれません。

blog_MG_1167.jpg痩せ細った牛たちが休憩中の森の中を少しあるいていくと……

blog_MG_1175.jpg密林の中にこんな瓦礫の山が出現するのでした。アンコール・ワットより先に建立されたとみられるそうで、「東のアンコール・ワット」という異名もあるようです。ちなみに、アンコール・ワットプリヤ・カーン、そしてこのベン・メリアの3つの寺院は一直線上に建てられているそうです。
ヒンズー教寺院として建立されたのですが、仏教のレリーフもいくつか観られました。

blog_MG_1195.jpg修復はされていないものの、内部の中央祠堂の方へは、遊歩道のような通路が築かれていて、そこを通って内部へ入っていくことができるようになっています。遺跡は崩れているだけでなく、苔むしていて、とても湿度が高く蒸し暑いのでした。

blog_MG_1215.jpgそしてご存知の方もあろうかと思いますが、じつはここ、スタジオジブリの「天空の城ラピュタ」のモデルになったのではないかと言われている遺跡でして、そういわれてみると、なにやらよく似た雰囲気の景色が見えるのです。

blog_MG_1198.jpgこんなところとか、あるいは、こんな雰囲気とか……

blog_MG_1237.jpg手の長いロボット兵が音をきしませながら出てくるような感じがしますよね。

朽ち果てた遺跡の傍で咲く蓮の花は、死の世界の中に浄土をみた気がしました。

blog_MG_1254.jpgこの後、車でシェムリアップまでもどり、荷物を整理してその夜の飛行機を待ちがてらカメラを持って散歩していたら、川沿いのベンチでカンボジアの美女に出会いました。許可を取って撮影させて貰ったのがこちら。

blog__MG_1268.jpg撮らせてほしいというと、ちょっと恥ずかしがった顔をしましたが、ちゃんとカメラ目線で対応してくれました。こうして初のカンボジアツアーは終わったのでした。

多くの遺跡の中で、私の記憶にとくに残ったのはバイヨンでした。今度はもっとゆっくり時間があればバイヨンのレリーフをゆっくりみたいという気持ちがあります。
それから特筆すべきは、カンボジアのクメール料理。毎日、とても美味しくいただきました。となりのタイ料理ほど辛くなく、反対隣のベトナム料理ほど香草がきつくないので、日本人の口にとてもあうのではないかと思います。
もちろんニュースで流れてくるように一党独裁政治のようになってきていて、ガイドのコーさんは時々批判的な話もしていましたが、人々はニコニコしていて親切でしたし、治安もよく物価も安いので、カンボジアはとても好印象なのでした。

おしまい

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仏教とヒンズー教とが共存する国、カンボジアへ その9(バンテアイ・スレイ)

 

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カンボジアでのある夜、カンボジア伝統芸能であるアプサラスダンスショーを観に行きました。すごくゆったりとしたダンスが特徴で、指先の曲げ方など、練習したらできるものなのかわかりません。食事を頂きながらのショーでしたが、少し大きなホールで各国からの観客が入り交じっておりました。

さて、カンボジアも最後の日となりました。この日はガイドは依頼せず、車だけ半日チャーターしまして、いわゆるアンコール遺跡群から少し外れた2ヶ所をめぐることにしました。

まずは、バンテアイ・スレイです。英語は通じないのかと思えるほど反応のない(午後になって突如英語を話し出したのでした)、これまた猛烈に飛ばすドライバーの運転で、約1時間半。

降り立って遺跡に入っていくところには、こんな立派な水牛が草を食んでいました。カンボジアで見かける牛はやせ細っているのが多いので、ちょっと意外でした。

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さて、バンテアイ・スレイとは「女の砦」を意味するヒンズー教の寺院で、ラテライトと赤い砂岩で建造されています。

blog_MG_1128.jpgリンガ(シヴァ神を象徴する男性器を象った像)のならんだ参道を入っていくと、この塔門(下の写真)があらわれます。

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こうしてみただけでもおわかりかと思いますが、他の遺跡に比べてここの特徴はといえば、レリーフが深く鋭く彫られていて、いまでもはっきり観ることができる点にあるでしょう。

下のレリーフは、ビシュヌ神が象の聖水を浴びている様子です。緻密な彫刻が見事に遺っています。

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こんなお供えをおく台?もありました。蓮の花をかたどっているのでしょうか。

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blog_MG_1163.jpg手前は経蔵、奧が中央祠堂です。そういや、昨日までガイドしてくれていたコーさんは、経蔵のことを図書館と訳して話すので、頭の中で切り替えないと、イメージがしにくいのでした。

そして、観光客の多くが探して見つけようとしていたのが、こちらのデヴァター(女神)像、「東洋のモナリザ」と賞されるものです。

blog_MG_1160.jpgこれから訪ねられる方、大きな遺跡ではないので、どこにあるか探してみて下さいね。
あともう一ヶ所、最後に「ベン・メリア遺跡」を訪ねて、私のカンボジアの旅は終了です。

つづく

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仏教とヒンズー教とが共存する国、カンボジアへ その8(プレ・ループ)

 

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続いて訪ねたのは、かつて境内で行われたと伝わる火葬を名の由来とするプレ・ループ遺跡はヒンズー教の寺院。10世紀中頃の建立だそうで、上の写真の下左に長方形の遺跡がみえますが、これは石槽とよばれ、ここで死者を荼毘にふしたということです。

ガイドのコーさんによると、荼毘に付した後、下の写真の場所で、椰子の実のジュースで遺骨を洗ってから埋葬するのだそうです。

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聞くと、今でもそういったことは行なわれているとのことでした。おそらくカンボジアの田舎ではそういった風習が残っているのでしょうね。

その後、正面の階段をのぼり、中央祠堂の裾まで登り切ると、景色のいいこと。アンコールの平原が一望できるのです。ここから観る夕陽も、絶景ポイントとして有名です。

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最後にギラギラ照りつける太陽で、「ダイヤモンド中央祠堂」。

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あと少しつづく。

 

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