寒い朝

 

blog_MG_7696.jpgこの間の寒波は、福井市付近に30年以上ぶりの大雪を降らせ、私の知っているお寺では2mを超える積雪があったとか。テレビのニュースでもものすごい状態が放送されていましたが、現実はもっとすごいと言っていました。屋根に積もった雪が心配ですね。しかしそれを下ろすのに事故になったりしないことを、お手伝いには行けないながらも、心から祈っています。

滋賀県にある自坊付近も積もるときには50cmほど積もったりしますが、この度の寒波は、ただ寒いだけでした。朝起きると、庫裏の中でもかなり寒く、外は氷点下5度くらいではなかったでしょうか。

今朝も日の出前に、期待はしてない物の、何か研究所に持って行けるような花がないかと見て回りましたが、水仙も前回の雪で寝かされてしまい、ほかには冬枯れの景色のみ。というわけで、鋏をカメラに持ち替えて、凍える手を摩りつつシャッターを切ってきました。

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blog_MG_7694.jpg最近、このような霜の植物にもっと近寄って、マクロ撮影すると、いろいろな結晶の形が見えてインスタ映えすると流行っているそうですね。スマートフォンにつけるマクロレンズが100均で売っているのだそうです。

ところで、研究所の花はしばらく生けられそうにありませんね。

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西郷どんの逸話 その3

さて、今日も西郷隆盛の逸話から。

◇炭火も使いよう
西郷が、ある人の壮行会に出席した。冬の寒い時で、座敷の火鉢には炭火が盛んにおこしてある。酒宴もたけなわになったころ、西郷は戯れに芸者に向かって言った。
「おまえさんにいいものをあげ申そう」
芸者は喜んで両手を出したところ、西郷は傍の火鉢から火をはさんで出した。芸者は仕方がないので着物の両袖でこの炭火を受け取った。一座はドッと興をわかした。
しかし、この芸者にしてみたら心中穏やかではない。仕返しをしてやろうとて、同じことを西郷にしたのである。ところが西郷は、
「はい、ありがとう」
と言って、おもむろにを取り出すと、一服、煙草を吹いつけたのである。

 

◇刺客に「ご苦労さんでごわす」
佐久間貞一、人見寧、梅沢孫太郎の三士が西郷を暗殺せんと企てていた。一計をはかって、勝海舟に紹介状を頼みに来た。そこで海舟は、
「佐久間、人見、梅沢の三士は幕臣なり。今般、足下を刺し殺さんとして遠く錦地に行く。幸いに接見の栄を三士に与えられよ」
という意味の紹介状を書いて与えた。三人は紹介状を持って西郷の家を訪ねた。時あたかも炎暑の候であったが、玄関にもろ肌を脱いだひとりの肥大漢がごろりと横になっていたので、すぐに紹介状を渡して、
「なにとぞ、先生にお取り次ぎを願いたい」
と言えば、裸の男は、
「はあ、吉之助は俺どんじゃ」
と言って、三人を奥の間に通したが、紹介状を一読して、
「お前たちは俺どんを刺しに来られたこつじゃが、遠路どうもご苦労さんでごわす」
と言ったので、三人は色を失って早々に逃げ帰り、海舟に告げて言った。
「どうも西郷という人は大人物で歯が立ちませんでした」

※いずれも『禅門逸話選 中』(禅文化研究所刊)より

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漏水にご注意

 

blog-2018-02-03-08.47.21.jpg寒波のために断水。
最近よく目にするニュースですが、空き家の水道管が破裂漏水して水圧が下がり、各家庭に水道水を供給出来ないのだそうです。

これは、僕も経験があります。
僕がある寺を兼務していた時代のことです。
兼務ですので、法要の時ぐらいにしか寺に行きません。行っても境内の周囲を注意して見回ることなどはしません。ところが、ある日、庫裡に行くと、何やらスゴイ音が聞こえます。外の水道管が破裂して、水が洪水のごとく吹き出していました。さっそく、ホームセンターへ行って道具や機材を買って来て修理しました。これでやれやれと思って、数日後に再び行くと、また同じ音がしました。これは大変と、ついに水道修理の業者さんを呼びました。
業者さんが言うには、漏水の被害は、神社も多いそうです。共通するのは、毎日、そこに行かないということです。
結局、僕は市の水道局に30万円を支払いました。その業者さんが、減額処理の手続きをしてくれなかったみたいです。

心当たりのある人は、さっそく元栓を止めに行って下さい。来月、高額な水道料金が請求されるかも知れませんよ。それと、素人工事は禁物です。僕のように被害を拡大させます。

禅や仏教には、何の関係もないブログ記事ですが、「雪裏の梅花、春、遠からじ」、みなさん、がんばりましょう。

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西郷どんの逸話 その2

さて、大河ドラマの「西郷どん」にちなんで西郷隆盛(号は南洲・1827~1877)の逸話を前回より続けます。

◇無三和尚に参禅する
青年西郷隆盛は、友人吉井友実とともに、福昌寺の無三和尚について禅を学んでいた。無三は二人が大器であるのを見抜いて、痛棒熱喝、つねに悪辣の手段で接していた。ある時、西郷は吉井と相談して言った。
「老師の室内に入ると、いつもやにわに痛棒を食らって、逃げようにも逃げ場もごわさん。そこで、今日は庭先で参禅し、老師が如意棒を手にとられたら一目散に逃げ出そうじゃごわせんか」
そう示し合わせて、二人は行って庭先に立って参禅をお願いしたところ、無三は立ちどころにその魂胆を見抜き、
「この生意気者めが!」
と大喝一声、雷のような大音声を発した。二人は平身低頭、わびを入れたのであった。
後に西郷は吉井と会って懐旧談をするたびに、必ずこの話をしたという。
*吉井友実=1828~1891。薩摩藩出身の志士・政治家。
『心にとどく禅のはなし』(禅文化研究所刊)より

 

◇西郷の坐禅石
西郷は十七歳から二十八歳までの前後十年間、毎日、無三和尚に参じ、一日も怠ることがなかったという。大山巌は回顧談の中で、
「鹿児島における予の家は西郷の家に近接していたので、予は六、七歳のころから西郷に従い、読書や習字を習った。そのころ西郷は禅学を学んでいた。予が朝早くその家にいたると、西郷はすでに草牟田の誓光寺の住職無三上人のもとに赴き、講習を終わって帰宅しているのをつねとした」
といっている。西郷らが坐禅を組んだ坐禅石は現在も残っているという。
『禅門逸話選 中』(禅文化研究所刊)より

 

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タバコはマナーを守りましょう

 

一日に40本のタバコを吸うヘビースモーカーの小生は、耳の痛い語録にブチ当たってしまいました。煙草(タバコ)は、慶長年間(1596~1615)に、日本に移入されたと言われていますが、江戸中期の坊さんが、こんな誡めを残しておられたのです。

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煙艸(たばこ)は、仏制に無しと雖(いえど)も、……不如法なること知んぬべし。蓋(けだ)し仏世に此の草無し。……或いは説法の座、或いは懺法、施餓鬼、曁(およ)び法事に就(つ)いて誦経する処、三宝の尊前、都来(すべ)て之れを禁ず。大いに礼儀を失して壇場を汚すこと、之れに過ぎたるは罔(な)し。

『大蔵宝鑑録』「見江山大蔵禅院清規」(明石市・大蔵院蔵)より

タバコのマナーは、古くから言われていたのですね。

ヘビースモーカーの小生も、自分の仕事部屋と、喫煙所以外では、絶対に吸いません。何だか、JTの宣伝みたいなブログになりましたが、喫煙者の皆さん、よろしくお願いします。

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