季刊『禅文化』は、花園会館にありました

 

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季刊『禅文化』を、花園会館と南禅会館の客室に置かせてもらうようになったことは、別のスタッフが2月に本ブログで紹介しましたが、禅文化研究所の所員で、花園会館や南禅会館をよく利用するのは、在宅で仕事をしていて、時折上洛する小生くらいなものです。先日も、ある所用で花園会館を利用しました。

「ほんとうにおいてあるかなぁ」、「お客さんは、読んでくれているかなぁ」と、その日は、いつもより少し緊張して客室に入りました。

果たして『禅文化』243号が机の引き出しにチャンと置かれていました。ホテルの一室で『禅文化』を見るのは、なんとなく照れくさい思いもしました。

手に取ると、中程のグラビアページまで、誰かが読んで下さったのでしょう、めくられたページはブクブクにふくれていました。その号のグラビアは、去年3月にあった臨済禅師の遠諱大摂心における雲水さんたちの颯爽とした凛々しい姿の写真でしたので、見る人を圧倒したと思います。

ところが、それ以後のページは、新品同様でめくられた様子がありませんでした。花園会館に宿泊されるからといって、仏教や禅に興味を持っておられる人とは限りません。

グラビアページ以後のページをいかにしてブクブクにふくれるまで読んでもらえるか。『禅文化』は、マンガ雑誌や週刊誌ではなく専門誌ですので、易しい記事と難しい記事が混在しています。この易と難とのバランスをどう取っていくのか、それこそ難しい問題ですが、禅文化研究所所員の一人一人の課題だと思います。

そんな中で、最近は毎号に大なり小なりの特集を組ませて貰っています。来号では「袈裟と法衣」の特集を組んでいます。近いところからさかのぼっていくと……

243号「遠諱報恩大摂心からの一歩」
242号「永源寺開祖・寂室元光禅師」
241号「禅と能」
240号「東京・麟祥院とゆかりの人々」
239号「驀顧す、臨済録」
238号「武蔵野の禅刹平林寺」
237号「大拙・寸心両居士の禅思想点描」
236号「衆生と向き合う禅僧」

いかがでしょうか。わたし達も、もっともっと試行錯誤を重ねて行きます。読者の皆様の御助言をお寄せ下さい。

ところで、花園会館も南禅会館も、いいホテルですよ。早朝、鐘の音が聞こえたり、すぐに禅寺の散策ができたりします。お泊まりの際には、引き出しに、『禅文化』があれば、手に取ってみて下さい。京都旅行に、予期しない感動が待っているかも知れません。


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平安を祈る

 

blog_daihannya.jpg二階の寝室で寝ていると、ぐらぐらと大きな揺れを感じて、目覚めるとめまいのように天井が揺れている。慌てて枕元の携帯だけを手に取り階下に降りていくと、家人たちが来客と何食わぬ顔で話をしていた……。先週土曜日、3月11日朝方にみた夢でした。
あの3.11の丸6年が近づいた数日前から、テレビで盛んに報道されていたから潜在意識ができていたのでしょうか。夢でよかったと思いましたが、実際に6年前に被災された人たちは、「夢ならばいいのに」と何度も何度も思われたことだと思います。

ところでその土曜日には、自坊の「大般若祈祷会」の法要を行ないました。例年3月のこのあたりに行なう法要ですが、たまたま今年は3月11日に。七回忌にあたる今年ではありますが、例年と同じように祈祷会のお勤めをいたしました。

大般若祈祷会にお参りになった方はご存知かと思いますが、600巻ある「大般若経」の経典を、大勢のお坊さん達がそれぞれ「転読」という方法で1巻ずつ繰っていくのですが、その際にはそれぞれの巻名を大声で「大般若経巻第○○ 唐三蔵法師玄奘奉詔譯(だいはんにゃきょうかんだい○○ とうのさんぞうほうしげんじょうぶじょうやく)」と唱えてから、真言を唱えながら経本を繰ります。そして繰り終わったあとには、「降伏一切大魔最勝成就(ごうぶくいっさいだいまさいしょうじょうじゅ)!」と、これまた大声で唱えてます。こうして一人あたり50巻の経本を転読していくのです。
降伏一切大魔最勝成就」というのは、我々が仏道を成そうとすることを邪魔する「一切の大魔」、つまり煩悩、これらを押さえ込んで、なんとか仏道を成就するぞ!という意気込みを言っているわけです。

 さて、日頃みなさんは生活していて、力限りの大声を出す機会など、ないと言ってもいいのではないでしょうか。
私たち禅寺の和尚は、この大般若祈祷会の時には、大声をはりあげる機会に恵まれます。じつはこれはとても気持ちのいいものなのですよ。

導師は出頭寺院が転読されている間、大般若経の中の第578巻「第十般若理趣分」を看読します。
そうして法要の最後の回向では、仏法の興隆、世界の平安をはじめ、五穀が豊富に実り、災難が起こらないように、そして檀信徒の方々のお家が栄え、お寺も火事や盗難に遭わないようになど、無事を祈るわけです。本当に盛りだくさんです。
私は導師を勤めながら、まだ復興に至っていない福島をはじめ東北の地のことも思っていました。
改めて犠牲になられた方々のご冥福をお祈りをするとともに、一日も早く、復興が結実することを祈願しております。

ご加担いただきました近隣の和尚さんたちをお見送りに山門を出ると、梅の花が満開を迎えておりました。今年は雪の多い自坊付近で、とくに紅梅の枝がことごとく折れて可哀想ですが、ようやく春がやってきたようです。

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雲水さんは楽しみだ

 

blog_IMG_1719.jpgわたしは、時々、僧堂に行って、雲水さん達と一緒に、漢詩のイロハを勉強している。もちろん、制間中という、いわば、雲水さん達の休暇中を利用してのことである。制中となれば、坐禅と入室参禅のみだから、文字をあつかうようなことは出来ない。

わたしは想像するのだ。
この雲水さん達が、将来、どこかの住職となり中堅や老僧になった時、「わしが雲水の時になあ、○○という人が手弁当で僧堂に来てな、漢詩のイロハを教えてくださった。あんた達も、二四不同や二六対ぐらいは勉強せんといかんなあ」と、なかば、偉そうに言っておられる姿を。

雲水さんは楽しみだ。将来、お師家さんになられるかも知れないし、管長さんになられるかも知れないし、いなか寺で一所懸命、仏法を説いておられるかも知れない。

そんな雲水さん達と一時を共に出来るのは、文字になってしまった語録の訓読に明け暮れるわたしにとって、生きた禅を見るようで、とても愉快なのである。

そういうわたしにも、雲水時代はあったのですよ。
もう忘れてしまいましたけど。

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特別展「原の白隠さん」

花園大学歴史博物館では、来たる4月3日(月)~6月10日(土)のあいだ、白隠禅師250年遠諱記念「原の白隠さん -松蔭寺と静岡沼津伝来の禅画・墨蹟」展を開催されます。

今年の白隠禅師250年遠諱正当に合わせて、昨年秋より3部にわけて開催されている白隠禅師の特別展の一環で、今回は第2部にあたります。(前回は「正受老人と信濃の白隠」:2016年10月10日~12月10日)

白隠禅師が得度をされ、また住職を勤めながら多くの弟子達を接化されていた沼津市原の松蔭寺。この松蔭寺に残されている多くの遺墨を中心に白隠画の魅力にせまる展覧会です。

会期:2017年4月3日(土)~6月10日(土)
休館日:日曜日および5月5日・6日(但し大学行事により臨時休館する場合があります)
開館時間:10:00~16:00(但し土曜日は14:00まで)
入館料:無料
主催:臨済宗妙心寺派、花園大学歴史博物館
協賛:学校法人 花園学園

期間中、2期にわけて展示替えも行なわれます。是非、お近くにおいでの際にはお立ち寄りください。

 

※展覧会の詳細は下パンフレットの画像(表・裏)をクリックすると拡大して表示されます。

2017白隠展(表).jpg表面

2017白隠展(裏).jpg裏面

 

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逸話(11)白隠門下 その6-峨山慈棹(2)

前回に続いて、峨山慈棹禅師の逸話を2話ご紹介します。


blog_柏樹子話有賊機.jpg1)峨山和尚―柏樹賊機の公案―

峨山和尚は、松蔭寺で修行中、寺尾という所に庵居し、〈疎山寿塔(そざんじゅとう)〉の公案に参じていた。
ある日、ハタとその公案がわかり、思わず手に香炉を捧げ、松蔭寺の方角に向かって、白隠禅師に感謝の香をたき、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。
白隠禅師が遷化された後、武蔵(神奈川県)永田に帰って、依松に庵居した。そこで自ら考えた、
「わしは松蔭寺にいた時、関山禅師の〈柏樹子(はくじゅし)の話(わ)に賊機(ぞっき)あり〉の公案をとおった。しかし、まだ十分ではない」と。
かくして、余事を交えず、〈柏樹賊機〉の公案に参究した。ある夜、急に冷たいつむじ風が吹き起こり、かまびすしく山が鳴り谷が響いた。この時、忽然として〈柏樹賊機〉の真意にぶち当たり、庵の外に走り出て、四、五十歩も疾走した。そこで初めて峨山和尚は、関山慧玄禅師の肝心かなめのところを徹見したのである。

 

2)峨山の垂示―空しく光陰を過ごすなかれ―

峨山和尚が言われた。
「わしは、天沢山麟祥院に住すること十年。禅牀(ぜんしょう)を天香閣に置き、毎夜、その上で坐禅をする。深夜の十二時から二時まで一睡して起きる。鐘司(しょうす)が、下駄を鳴らしながら鐘楼に上り、鐘を打つ。その時には、すでに洗面も終わり、法衣袈裟を著けて仏前にいたり、朝の勤行をする。毎日、この通りだ。朝はやく起床し、精神をふるいたたせてお経を読み、その後に今参究している公案を専一に工夫することだ。くれぐれも、空しく時を費やしてはならぬ。今、わしは年老いたが、勉めて怠らずにいる。なぜならば、黄龍慧南(おうりょうえなん)禅師も言われておる、『老いたりとて、やすやすと気ままにはせぬ』と」

 

いずれも『白隠門下逸話選』(能仁晃道編著)より

※写真は「栢樹子話有賊之機」(東嶺円慈書/禅文化研究所蔵) 禅文化研究所デジタルアーカイブズ「禅の至宝」より

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