4月だというのに手帳がない

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新年度が始まりましたが、今年はここに至るまで手帳を買いそびれたままです。

気に入ったものを探しつつ、間に合わせのつもりで某百貨店のノベルティを使っていましたが、「もうこれでいいか」という気になってきました。

「これでいいか」というと語弊がありそうですが、使用に何の支障もない。いや、むしろたっぷりの余白は、書き散らかし型の自分にとってありがたいくらい。どのページもパタンと180度開きますし、硬めの表紙のお陰で台が無い場所でも書きやすく、また裏移りしない紙もノンストレスです!(さらには栞紐つき)

……いいこと尽くめではありませんか。間に合わせのつもりが、後からどんどん良いところが見えてきたというわけです。こんなに素晴らしい製品なのに、「所詮ノベルティ」という先入観にとらわれていたのですね。勿体ない話です。だいたい、何の根拠があって「所詮」なのかと。そんな自分も恥ずかしい。

同時にハタと思いました。「これって、持ち物に限ったことではないかもしれないなあ」。人生は選択と判断の連続とはいいますが、自分の勝手な思い込みで目の前にある素敵な物事を見逃さないようにしたいと、あらためて手帳を眺めています。

 

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唯我独尊

 

blog_誕生佛.jpg誕生釈迦仏立像(奈良時代・7世紀) 東京国立博物館 研究情報アーカイブズより

「唯我独尊(ゆいがどくそん)」。生まれたての釈尊が言われた言葉だそうです。よく知られている言葉ですが、おおもとは、『毘奈耶雑事』巻二十に、「足、七花を蹈(ふ)んで、行くこと七歩し已(お)わって、四方を遍観し、手指上下して、是(かく)の如きの語を作(な)す、『此れ即ち是れ我が最後の生身。天上天下、唯我独尊』」とあるそうです。
「天上天下、唯我独尊」。この言葉を、「この世界で、おれは一番えらいのだ」と解釈しておられる人もおられるかも知れませんが、それは、僕の独断で言えば、まったくの誤解です。この言葉は、釈尊の、現在で言うところの「孤独感」を表わした言葉だと思います。「おれはこの世に一人しかいない、おれのことを理解してくれる者は誰もいない、どうやって、おれが悟った真理をみんなに伝えていけばよいのだ」と言う、いわば絶望感なのだと思います。

「生老病死(しょうろうびょうし)」。釈尊が説かれた四つの苦しみ、四苦です。この「生苦」も、多くの人は、生まれて来る時の苦しみと解釈されておられると思いますが、これも、僕の独断で言えば、生まれて来るということ自体の苦しみなのです。生まれて来なければ、当然ですが、苦しみは発生しません。だから釈尊は、不邪淫戒を説かれました。釈尊の不邪淫戒は、性交の快楽を禁止されたのではありません。根本の「生苦」を作るなということです(もちろん、律学からは反論があるでしようが)。これが、インドで仏教が受け入れられなかった一つの要因だと思います。

僕たちは、一人で生まれて来て、一人で苦しみをかかえて生きざるを得ません。

ここで思い出してほしいのです。

自分というものは、一人しかいないのだということを。
自分の心を本当に理解出来る人は、誰もいないのだ、自分さえそうなのだということを。
だから、誰かのせいにして自分から逃げないように。

でも、みんな、そんなに強くないから、誰かの助けを求めるように。
誰かに声をかけるように。

小生も僧侶でありながら妻帯しています。しかし、妻の気持ちは、小生には分かりません。
それが、一人ということです。でも、そばにいてあげることは出来ます。一人と一人として向き合うしかありません。

人の心は分からない。だから、人の声を聞いて下さい。
自分の心は誰も分からない、だから、人に話して下さい。

結局、ブログ禅読者の皆さんの力に応援を求める、個人的な記事になってしまいました。

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謎の兵馬俑

通勤してきて研究所に着く直前、花園大学西門ヨコのフェンス内には、少し暖かくなってくると野草が咲いたり、梅雨頃には紫陽花が咲いたりするので、春になって暖かくなってきたので何か咲いていないかなと目を配るようになった春先のこと、ある日、そこに兵馬俑(へいばよう)が立っていたのです。

一瞬何が立っているんだろうと目を疑いましたが、紛い無く兵馬俑1体なのです。誰が置いたのかなぁと思っていましたが、つい先日、この兵馬俑が、研究所の通用口横に立っているではありませんか。

ちなみに、兵馬俑とは、古代中国で死者の墓に副葬される人形(武士俑)や馬(軍馬俑)で、秦始皇帝陵博物館の兵馬俑坑が有名ですね。中国で出土した武士俑や軍馬俑は等身大ですが、通用口に立っているのはもちろんミニチュアです。

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まさか歩きはしませんが、誰がここに動かしたのかなと思い、こういうことの好きそうな某スタッフに尋ねたところ、自分はやっていないし、不思議に思っていたというのです。

事実はすぐにわかりました。別の若いスタッフが、棚卸しや倉庫整理をし、廃棄品置き場にいったところ、兵馬俑がゴミと一緒に横たわっていたのを見つけたので、拾ってもどり、通用口ヨコに置いたのだと。フェンス横にあった兵馬俑を、おそらく大学の清掃担当の誰かがゴミにしようとしてしまったようなのですね。

中国で出土された兵馬俑はみんな東を向いて立っているそうですが、うちの兵馬俑は西を向いて立っています。というわけで、意味は違いますが、研究所を護ってくれているみたいになりました。ちょっとお地蔵さんみたいですが。

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研究所の花 2017/4

 

blog_MG_1877.jpgおはようございます。今週の研究所の花。
先般のブログで庭に生えているヒメリュウキンカをご紹介しましたが、玄関に生けてみました。

応接室には、クリスマスローズを中心に。

blog_MG_1878.jpgそして、無文老師のご遺影にも。

blog_MG_1879.jpg最近、改めて無文老師のご法話を読む機会があり、いいお話は、時節がすぎても朽ちないなぁと思う次第です。

さて、新年度も始まりました。気持ちも新たに、気を引き締めて参りましょう。

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降誕会と花折始

お彼岸も終わり、もうすぐ4月です。4月と言えば8日、降誕会(ごうたんえ)、お釈迦さまのお誕生日です。花御堂(はなみどう)を作り、小さな指で天と地を指す赤子のお釈迦さまをお迎えして盆の中に立て、甘茶をそそぐ、なんともほほえましい法要です。

降誕会の花祭りについては、別のスタッフが書くかもしれませんから、わたしは、皆さんがあまり聞き慣れない「花折始(はなおりはじめ)」について少し紹介します。

この行事も4月8日に行なわれます。特に兵庫県の一部で盛んなようです。わたしの山寺は、その兵庫県の一部にあります。わたしの地方では、初花折(はつはなおり)と呼んでいます。これは、他家に嫁いだお嫁さんの実家に、新しい仏さんが出られた時、お嫁さんが実家に帰り、その仏さんの墓参りをするという行事です。路傍に咲く花を手折(たお)って、墓前に供えるから花折なのでしょう。

この「仏さん」というのは、亡くなられた人のことですが、わたしたちは、死者などと即物的には呼びません。成仏なさったから、皆さん「仏さん」なのです。

昔は、現在のように、お嫁さんが自由に実家に帰ることなどは許されていませんでしたので、この初花折の日だけは、しゅうとさんや、しゅうとめさんに気がねせずに実家に帰れたのでしょう。この行事も降誕会に由来するものでしょうから、お釈迦さまも、いきなはからいをされたものです。

寺院によっては、降誕会の法要に合わせて新仏供養を行なわれているところもあるようです。

blog_170331.jpg現代のお嫁さんたちは、気楽に実家に帰っておられるようですので、来たる4月8日は、実家の墓前で手を合わせて、ご先祖さまの冥福と、我が身の近況報告をなさってはいかがですか。心が洗われると思いますよ。

ところで、実はわたしの地方では、降誕会も花折始も、月遅れの5月8日に行なわれます。陰暦の4月は初夏なのですが、この地方では、4月に花なんか咲いていませんし、5月でさえ、花御堂の屋根を葺(ふ)く花を集めるのは一苦労です(最近は田圃にレンゲがありません)。でも、4月に行なわれる地域もあるでしょうから、早めに紹介しました。

どこかで、「彼岸会に続いてまた墓参りか。このごろの禅文化のブログは、なんだか説教くさいなあ」という声が聞こえてきそうなブログでした。ごめんなさい! でも、わたしの心からの願いなのです。

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