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「中国旅行記3(玉仏寺・豫園観光)」

 

IMG_8367.jpg鄭州の空港から中国最大の都市、上海へ。
この日の天候は曇りで、非常に湿度が高く、かなり蒸し暑い1日だったことを憶えています。

IMG_8364.jpg空港からバスに乗り約30分で玉仏寺に到着しました。玉仏寺は1882年に創建され、創建者がインドからの修行の帰りに、ミャンマーで玉でできた仏像を手に入れ持ち帰り、その2体の玉仏がこの寺に安置されたので、玉仏寺と名付けられたという歴史があるそうです。

IMG_8353.jpg繁華街の中にあるお寺ですが、山門は常に閉まっているということで、道路沿いの側面にある小さな門から入りました。

IMG_8361.jpgIMG_8363.jpg比較的新しいお寺なので、仏像などの状態も綺麗な物が多かったです。
メインの翡翠で造られた仏像は玉仏楼という建物の2階にありました。写真撮影は禁止でしたが、薄暗く怪しい雰囲気の空間に光り輝いた状態で安置されていて、とても優しい表情をした仏像に、観光客の方々はしばし手を合わせておられました。

現在では上海仏教界の中心となっているのがこの玉仏寺であり、ツアー観光としても必ず組み込まれる寺院だそうです。

◇豫園観光

IMG_8375.jpg上海で一番有名といって良いほどの観光スポットに到着しました。豫園は明の時代に造られ、中国の文化を代表する400年以上の歴史を持つ庭園です。

IMG_8378.jpg豫園の「豫」は「愉」に通じ、「楽しい園」という意味があるそうです。

IMG_8373.jpg広大な敷地は約2万平方メートルもあるそうですが、周りには多くの商店ががあり、国内外の観光客で賑わっていました。人混みで覆い尽くされているので、団体で歩いても迷子になるくらいです。

IMG_8379.jpgここには中国古来の庭園が有り、昔の中国の建物がそのまま残っています。

IMG_8384.jpgこちらは「玉玲瓏(ぎょくれいろう)」という太湖石で、太湖石とは上海の西約70キロにある太湖から産出される石で観賞用に重宝されているそうです。
名石と呼ばれるには条件があって、細く痩せて見える事、しわが多い事、穴が中でつなっがっている事などが条件なのだそうです。中央の石がその条件に最も近く 名石中の名石でその名を「玉玲瓏」というそうです。石の頂点から水を注ぐと全ての穴から水が流れ、また、石の下から香を焚けば全ての穴から煙が立ち上がるという幻想的な光景が見られると話しておられました。

P1060335.jpg最後に豫園の中にあるお茶屋さんにて総茶礼。中国ならではのお点前を流暢な日本語でご説明いただきとても分かりやすかったです。

3日間の短い旅でしたが、年齢や肩書きに関係なく、皆さんが笑顔で親しくお話されている姿がとても有意義で印象的でした。
まずは全員無事に帰国できたこと、更に言えば、今回の旅でたくさんの宝物を見学してきましたが、こうして皆様とのご縁をいただき、一団で時間を共に過ごせた事が一番の宝物になったことはいうまでもありません。ご参加いただいた方々には心から感謝御礼申し上げます。

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(おわり)

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「中国旅行記2(嵩山少林寺)」

8時半にホテルを出発し、中国河南省登封市にある五岳(中国の五大名山)の一つ、嵩山の麓にある禅宗発祥の地、少林拳の総本山、嵩山少林寺へ参ります。

IMG_8213.jpg少林寺に到着するまでの壮大な山々。

IMG_8229.jpg少林寺到着。少林寺の創建は496年ということですが、1928年の軍閥混戦の最中に隋末以降最大の大火があり、建物や魏代の仏像などすべて焼失し、現在のお寺は最近復元された物だそうです。

P1060167.jpg少林寺の高僧方と合流し、少林寺住職の永信法師との面会まで境内案内していただきました。

P1060203.jpg正面の大雄峰殿に移り一同で大悲呪を唱和。

P1060196.jpg10時に永信法師と面会し、永信法師と団長の松竹寛山老師のそれぞれの挨拶をいただきお土産の交換を行ないました。
1日少林寺に滞在することをお話しすると、永信法師はとても喜んでおられました。

P1060200.jpg永信法師と一同で記念撮影。

P1060210.jpg永信法師のご厚意で、現役修行僧による少林拳の演武を見せていただきました。一般の方はここには通してもらえないということと、現役の修行僧の演武は普段はショーとして公開していないと伺いました。日々の修行で培った迫力ある技の1つ1つを間近で見ることが出来ました。
ここで裏話になりますが、映画「少林寺」で映画に登場したお寺はここではないそうです。舞台は、撮影のために4カ月かけて中国浙江省に作った「瓜二つ」のセットで、その建造には2000万元(約2億4000万円)も使用されたというお話もお聞きかせいただきました。

P1060230.jpg午後からは初祖庵(達磨大師が9年間面壁されたという洞窟)に向けて出発。初祖庵の反対の山には二祖庵があり、ロープウェイで上ることができます。二祖庵に上られた方も何名かおられましたが。殆どの方が初祖庵を目指しました。山の頂上に見える白い達磨像がゴールです。頂上までの階段の数は約900段あるそうです。

P1060246.jpg足場はとても不安定で、蟹歩きで上らなければ進めないような階段も有りました。
また、登山道には10ヶ所ほど休息場もあったので、時おり休憩をとりながら頂上を目指しました。

P1060250.jpgこちらは頂上手前にある達磨洞。ここが達磨大師が9年間面壁されたとされる洞窟です
この達磨洞の奥には、9年間の面壁で達磨大師の影が遺っていたそうですが、清朝の中頃に、少林寺の僧侶がこの面壁石が消失してしまう事を恐れて、蔵経閣に保存する事にしたそうです。しかし、軍閥によって少林寺が焼き討ちされた際に、面壁石は蔵経閣と共に焼失してしまい、現在は、面壁石の複製品が文殊殿に安置されています。

IMG_8345.jpg頂上に到着し、登山希望者は無事全員たどり着きました。
登り切った達成感で一致団結!

今回、達磨大師のふるさとに足を運ぶことで、達磨大師が築いた少林寺の歴史と、数々の難を乗り越えて少林寺の地が現存していることを改めて知ることができました。
少林寺からバスで鄭州へ。
(つづく)

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「中国旅行記1(竜門石窟)」

本ブログですでに別のスタッフが報告していました「臨済禅師1150年遠諱 日中合同法要記念訪中」の記録。解団後に組まれていた長い方のコースでは、洛陽の龍門石窟、崇山少林寺、そして上海の玉仏寺や豫園を訪ねました。
3回にわたって、その旅行記を書いていくことにします。

IMG_8086.jpg新幹線に乗り石家荘から約3時間かけて洛陽へ。

IMG_8096.jpgIMG_8101.jpg到着後、約20分ほどバスに乗って竜門石窟に向かいます。石窟の入り口までは専用カートで10分ほど移動。

IMG_8110.jpg入り口に到着しましたが、かなり日差しが強く日よけ対策は必須でした。

IMG_8153.jpgIMG_8202.jpgこの石窟竜門石窟寺院は2000年に世界遺産に認定され、敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟と並ぶ中国三大石窟の一つであるそうです。石窟は1352ヵ所もあり、全長は1kmにも及びます。
この石窟寺院の造営は494年ごろから開始され、唐時代末まで約400年にわたって続けられたそうです。

IMG_8167.jpgIMG_8144.jpgIMG_8161.jpgすべて手彫りで、彫られた仏像は、約10万体であるということ知り、壮大な労力と時間を費やして完成されたそうです。
また、文化大革命の時に殆どの仏像が破壊され、顔や手のない仏像がたくさんみられました。仏像の中には数センチの仏像もあり、大小様々な仏像を拝見することが出来ました。

IMG_8172.jpgなんと言っても見所はメインの盧舎那仏(東方のビーナス)とも呼ばれているそうです。高さは17メートルあり、その左右に2体ずつ比丘、菩薩、天王、力士の巨像が9体が彫られています。

P1060162.jpg対岸からみる石窟群が一番絶景というこで、一団で記念撮影。


暑さと急な階段の上り下りで歩き疲れたせいか、次の嵩山への移動のバスでは殆どの方がおやすみになられていました。
(つづく)

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臨済禅師1150年遠諱  日中合同法要記念訪中(6)

合同法要を無事円成した訪中団一行は、バスに便乗し、宿泊先の石家荘ヒルトンホテルへ戻ります。

_AC_8266.jpg休む間もなく、今度はヒルトンホテルの宴会場にて、日本側からの答礼昼食会。各派の総長さん方にお出迎えをいただきました。

IMG_4959.jpg日本の僧侶と違い、中国僧は般若湯は一切召し上がらないので、乾杯もお茶にて!

乾杯の音頭は天龍寺派管長佐々木容堂老師。

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法要が無事におわったこともあり、和やかに答礼祝宴はお開きとなりました。

ひきつづき、ヒルトンホテルの真向かいにある、河北博物院へ徒歩で移動。こちらで「日中合同墨蹟展」が開催されます。

_AC_8400.jpgお坊さん達の一団と雖も、厳重なセキュリティチェックを経て、まずは開催式典テープカットの会場へ。
両国の代表者が登壇しての挨拶。

_AC_8414.jpg昨夜の歓迎会、本日の合同法要と答礼昼食会、そして墨蹟展の開催式。
すべてに両国代表の挨拶があり、そしてそれぞれに通訳がつくので、挨拶する方も、聞いている方もちょっとお疲れ気味。いよいよテープカット!

ところが、そのテープカットは意外な方法でした。

_AC_8466.jpgなんと、この大きな丸い地球儀のようなボールに代表者がタッチすると、ボールの中で開催開始を意味する文言が電光掲示で表示されるという仕組み。

そして、いよいよ墨蹟展へ。下見の時に誤りを見つけ訂正を依頼した大看板の日本語、ちゃんと修正されているかが不安だった事務局一同でしたが、下の大看板を見て胸をなで下ろしました。

_AC_8404.jpg展覧会場では、墨蹟も来場者も日中取り混ぜて盛況となりました。

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博物館をあとにして、一行は、約1時間のバスに揺られて、趙州塔のある柏林寺参拝へ。

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全員で趙州塔前にて大悲呪一巻をお勤めし、柏林寺内を拝観させて頂きました。臨済寺よりも遙かに広い境内ですが、ここも、近年整えられたもので、以前は荒れ果てていて、この塔があっただけとか。

一番奥の方には、この「萬佛楼」があります。

IMG_5004.jpg中はといいますと、こんな様子です。僧侶や信者の方が、晩課をあげておられました。

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今回の旅で唯一、若干の観光気分を味わえた参拝でした。この後、ヒルトンホテルに一旦もどって休息、夜には夕立と大渋滞の中を国賓大酒店に移動し、訪中団の解団式を執り行ない、翌朝、訪中を続けるグループ、あるいは帰国するグループと、各団体に分かれました。私たち事務局は一名以外はこれにて帰国。

大きな問題もなく訪中日中合同法要を終えて、ほっと一息でした。(おわり)

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臨済禅師1150年遠諱  日中合同法要記念訪中(5)

まもなく訪中団が到着するという連絡が入ると、臨済寺住職の慧林法師や明憨法師法師をはじめ、臨済寺の僧侶、信者さんたちが列をなしてお出迎えに立たれました。

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南禅寺派管長をはじめ各派管長や老師方につづき、訪中団が大型バスで続々と到着です。

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到着された一行はただちに会場へ入っていただきました。ただ、お天気が良すぎて、直射日光のあたる場所は、法衣を着ての待機はなかなかの修行でした。

_AC_7963.jpgところで、この写真、建物の屋根の上にはしごで登って撮影したのです。なにしろ会場がよく見渡せるんです。

IMG_4730.jpg IMG_4802.jpg _AC_7998.jpg

合同法要がはじまると、まず、日中の主要参列者のご紹介ののち、中国仏教協会副会長の演覚法師と、臨済寺住職の慧林法師、日本側からは団長の南禅寺派管長中村文峰老師が代表してご挨拶をされました。

つづいて、両国の主要参列者が真前に献花をされます。

_AC_8022.jpg各派管長や老師方、そして各派総長方により、美しい白百合が献花されていきました。

いよいよ法要の開始です。まず最初に中国側の僧侶により読経が行なわれました。中国音での読経ですので詳しくは分からないのですが、般若心経の冒頭「パンニャーパラーミータ」は確認できました。

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そのあと、続いて、日本側の法要です。中村文峰老師の香語のあと、大悲呪一巻を読誦いたしました。

_AC_8173.jpg法要が終わる頃、ブーンと大きな蜂が飛んでいるような音がするので空を仰いだら、中国側はドローンを飛ばしての撮影もしていたようです。

法要が終わって自由参拝。法要中は長時間暑い中に座っているだけだった訪中団も、各々、臨済塔正面で献花したり焼香したりして参拝をされました。

_AC_8217.jpgその後に再び法要会場にての団体写真。約300名の集合写真はかなりの圧巻でしたが、中国側がとても不思議な撮影機器をもっており、パノラマ写真を撮ってくれました。

正式な集合写真は、臨黄ネットの遠諱専用ページにて公開するとして、ここでは、その直前の様子を。

_AC_8237.jpg無事に合同法要は円成し、この後、答礼昼食会、日中合同墨蹟展、柏林寺参拝と、過密スケジュールは続きます。

(つづく)

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臨済禅師1150年遠諱  日中合同法要記念訪中(4)

いよいよ合同法要当日。
訪中団は早朝より宿泊先の石家荘ヒルトンホテルの朝食会場にて朝食を取って頂きます。が、事務局はさらにそれより一足早く、法要の行なわれる臨済寺入りし、入念に最終チェックをしておりました。

ホテルから正定県へ向かうには、滹沱河をわたります。ただ、滹沱河は、私の思っていたイメージとはだいぶ異なるのですが、それはさておき……。

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ごらんください、この受け入れスタッフの数。多くがボランティアだそうですが、大変、ありがたいことです。皆さん、私たちに対して合掌してお出迎え頂いたのも印象的でした。事務局の方が、スタッフに説明をされているところです。

IMG_4482.jpg法要中に双方の僧侶によって献花がなされますが、そのための百合の準備が丁寧に行なわれていました。

IMG_4503.jpg臨済塔の横には仏旗がはためき、日中友好の合同法要の始まるのを待っているようです。

_AC_7725.jpg下の写真、こちらが臨済塔の正面です。信者さんが三拝の礼をしておられるところ。

_AC_7728.jpgその臨済塔左側に当たる広場が、合同法要の会場となります。正面中央には祭壇が作られ、お供え物などが見えますね。

_AC_7765.jpgよくご覧下さい、中央にはなにやら、お像があります。アップでご覧に入れましょう。

IMG_4545.jpg臨済禅師のお像でした。喝を吐かれているところでしょうか。それにしてもちょっとユーモラスなかわいらしいお像でした。さあ、そろそろ、陽も高くなり、会場の準備も整ってきたようです。まもなく日本側訪中団が到着するようです。

_AC_7760.jpg(つづく)

 

 

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臨済禅師1150年遠諱  日中合同法要記念訪中(3)

日中合同法要が明日に迫ったこの日、日本からの訪中団が続々と到着することになっています。
羽田空港、中部国際空港、関西国際空港からの各飛行機は、ほぼ定刻に飛んだとの事。しかしながら、夜19:00から開宴される、中国側の「歓迎晩宴」(於・石家荘世貿広場酒店)には、一番最後につく関空からの一行が北京空港到着後の大型バスでの到着がギリギリになりそうな様子です。
昨日は一日晴天でしたが、今日は一日曇り空。夕刻には雨も少し落ちてきました。首を長くして、関空からの一行と適宜連絡を取り合う中、19:30頃に到着。さっそく宴会場へご案内。ただちに開宴となりました。

まずは両国の主賓の紹介、そして両国代表者ご挨拶です。

招待者である中国側を代表して、臨済寺住職の慧林法師から歓迎のご挨拶。

IMG_4081.jpg日本側を代表して、円覚寺派管長横田南嶺老師からご挨拶でした。

IMG_4104.jpg続いて双方から、お土産の交換へと続きます。中国側からのプレゼントは、柏林寺住職の明海法師から手渡されました。

IMG_4181.jpgまた日本側からは、団長である南禅寺派管長中村文峰老師をはじめ、相国寺派管長有馬賴底老師、妙心寺派管長嶺興嶽老師、天龍寺派管長佐々木容堂老師がそれぞれ日本側からのプレゼントをお渡しになり、その後は、精進料理による宴会が和やかに行なわれました。

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IMG_4357.jpg(つづく)

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臨済禅師1150年遠諱  日中合同法要記念訪中(2)

合同法要の準備段階二日目。
まずは、石家荘ヒルトンホテルの真向かいにある、河北博物館へ。
こちらでは、今回の遠諱法要にあわせて、日中の禅僧および中国書家による墨蹟展が開催されます。7日の合同法要の午後には、テープカットセレモニーが行なわれますので、展覧会場と共に、その打ち合わせにいきました。

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まことに立派な建物です。通訳でお世話になっている禅文化研究所の研究員でもある李さんによれば、ただ残念なのは、文化大革命により重要な文物が棄却されたため、展示するものが少ないのだとか。どこの国でも箱物はともかく、内容を充実させるのは至難の業のようです。

IMG_3907.jpg展示会場の入り口には、展覧会の大きな掲示が。ところがなんと、その展覧会名のタイトル、日本語表記がとてもおかしな日本語になっていたのです。おそらく、翻訳ソフトでも使ったのでしょう。さっそく修正を依頼し、李さんと私は博物館の日本語の打てないパソコンを借りて、臨黄ネットから文字を探し出し、なんとか、修正データを作ったのでした。

午後からは、合同法要を行なう臨済寺へ。個人的にも初めて訪れたのですが、以前も来た事のあるスタッフによると、もともとは臨済塔のみがあって、回りはほとんど何もない状態だったそうで、こんなに立派な寺院になっているのは驚きだとか。

IMG_3948.jpgオレンジのベストを着た臨済寺のスタッフの人たちも一所懸命に働いています。

法要の会場となるのは、臨済塔正面からいうと左側になる広場ですが、こちらでは法要の準備が少しずつ進められていました。

IMG_3956.jpg臨済寺側の調整をしていただいた明憨法師を中心に、臨済寺のスタッフ(ボランティアも多いらしい)と法要の打ち合わせを入念に行ないました。

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(つづく)

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臨済禅師1150年遠諱  日中合同法要記念訪中(1)

臨黄合議所では、臨済禅師1150年遠諱を記念して、訪中団を組み、中国石家荘正定にある臨済塔のある臨済寺で日中合同法要を行ないました。その準備のために法要団の到着する2日前の9月4日から、遠諱旅行部会の部員さんたちとともに、事務局として禅文化研究所の我々スタッフ数名は関空をたち、現地に向かいました。
関空から北京空港の飛行時間は短いのですが、北京空港から石家荘のホテルまで、330kmの距離をマイクロバスで移動。ほとんど高速道路なんですが、北京市内などの渋滞のため、約6時間もかかるのです。

IMG_3887.jpg前回、訪中したときから比べると、街中には電動バイクばかりになっていて、少し驚きでした。環境問題の影響で国が主導しているのかも知れません。

到着するや、すぐに中国受け入れ側で中心となっていただいている柏林寺住職の明海法師(右の茶色い法衣の方)や事務局の方々との打ち合わせ。こちらの要望に対して、若い明海法師がテキパキとスタッフに指示を出していかれる様子は力強い限りでした。

IMG_3900.jpg日本からの訪中団が宿泊する石家荘ヒルトンホテルは、都市化が進む石家荘でもひときわ目立った高層ビル。フロントは31階にあります(下層階はテナントのようです)。

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合同法要は7日。あと2日の間に、いろいろ詰めていかねばならないことがあり、我々は夜遅くまで打ち合わせを行なってようやく眠りに落ちたのでした。(つづく)

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中国出張




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2/25から2/27まで中国に行ってきた。
今回の訪中目的は、臨黄合議所が進めている臨済禅師1150年遠諱事業の一つである、訪中団の受入れと、日中合同法要の実施に向けて、中国側関連機関と協議するためである(詳細は後日臨黄ネットに掲載予定)。

さて、中国というと尖閣問題の渦中でもあるが、何よりの心配はPM2.5による大気汚染の状況であった。ネットショップで防塵マスクを購入し(1枚1500円もする!)、うがい薬等も持参しての出発となった。

北京空港に着き、迎えの車にそそくさと乗り込み最初の目的地である河北省の石家荘に向かう。意外にも北京市内でマスクをしている人は殆どいない。通訳として同行の李建華氏(当研究所北京在住研究員)によると、これ程度ならみんなマスクをしないとのこと。しかし、遠くはだいぶ霞んでいるのだが……。

北京から石家荘までは車で約4時間の行程で、車外の風景をのんびり見ながら目的地に向かう。この石家荘は国内でも最も汚染濃度が強い地域だそうで、確かに近づくにつれ車内の空気が変わってきた気がしていた。
午後6時、予定より1時間遅れで最初の訪問先である河北省仏教協会に到着。関係者の温かな歓迎を受け会談にのぞんだ。

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『和顔愛語』中国語版刊行 -李建華 北京だより-




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“黄山書社”によって中国で出版された中国語版『和顔愛語』が、今日から全国各地の新華書店へ配布しはじめている。
注文部数は当当ネットブックショップなど大手では一口1000冊仕入れていることもあって、既に予定刊行部数の5000部を超える好調ぶりなので、出版社の“黄山書社”は各地への分配は適当に均して行き渡るように配本せざるをえなかった。この勢いではまもなく増刷になるだろうか。楽しみである。

この中国語版『和顔愛語』は、禅文化研究所が山田無文老師の膨大な法話や提唱の中から厳選した164編を李建華・楊晶が翻訳をつとめてできたものである。
中文化すると字数が少なくなるため、中国語版は姉妹書だった原書の『和顔』『愛語』を一冊に仕上げた。

禅文化研究所の初代所長、臨済宗妙心寺派管長、花園大学学長をつとめ、中日両国仏教文化の交流や臨済祖庭復興の事業において多大な貢献をなされた山田無文老師は、生前1957年をきっかけに中国を三回ほど訪問し、その最後の訪中に、1980年6月日中友好臨黄協会第一次訪中団の団長として来られた時に、李建華が通訳をつとめて中国の正果法師とともに北京の広済寺、霊光寺、河北の臨済禅寺、趙州柏林禅寺、河南の嵩山少林寺、杭州の霊隠寺、上海の玉佛寺などの禅林に同行致した。

和顔愛語そのままの無文老師が当時まだ26歳の通訳にすばらしい印象を残して下さった。それから12年経った1992年に禅文化研究所に入ったのも、この因縁によるかもしれない。『和顔愛語』の翻訳は、老師に対する深い思い出を形にしたものである。

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北京国際彫塑公園 -李建華北京だより-




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我が家はc(彫刻と塑像)公園に近いので、たまに散歩も兼ねて行くのだが、今日は珍しく雪が降ったため、清新な空気を吸うためにも出かけた。途中花嫁さんを担ぐ花籠が大いばりで交通ルールも無視して四つ角を渡った一幕を目にした。

面積が162ヘクタールにおよぶ公園は西長安街沿いに位置し、アート彫刻を募って2002年9月にオープンしたテーマパークである。国内外から集めた彫刻作品が180点に及ぶという。フランス、アメリカ、ドイツ、ロシア、スペイン、ベルギー、インドネシア、韓国、シンガポール、カンボジア、モンゴルなどのアーティストばかりか、日本人作家のものもある。

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春節 -李建華北京だより-




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糖胡芦(タンフルー) サンザシの串刺し

研究所の客員研究員の、李建華氏より、春節当日の様子の便りが届きましたのでご紹介します。

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今日は春節(旧正月)です。よいお天気なので、散歩も兼ねて近所の廟会(縁日)へ行ってきました。
昔廟(お寺)の神様や仏さまを祭る行事のみに限られていた廟会は、いまは商業活動や娯楽文化行事の方に重点が置かれるように変貌し、私たちがよく行く「北京国際彫刻公園」でも催すことができるようになっています。
軽食や雑貨の屋台が並んでいて飾り物、民間工芸品などが売っており、サーカスなどの催しが行われるため、多くの市民が訪れ大変な賑わいです。

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北京・李さんからの春節だより




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正月飾りを買う人々

季刊『禅文化』の聖域巡礼でおなじみの、吾が研究所の客員研究員、李建華さんより、北京だよりです。

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中国では春節(旧正月)に里帰りの習慣があり、それに伴って帰省ラッシュがはじまります。出稼ぎや大学生がどんどん膨らむ昨今の都市では、一斉に地方に散らばってゆくため、右往左往滅茶苦茶になります。列車や飛行機の切符をとるのも必死!

今年の春節は2月3日ですので、それを前後に40日に及ぶ「春運」(旧正月前後の輸送ピーク)期間中、各種交通機関を利用して移動する人口は、前年比3億人(11.6%)増の28億5900万人に達する見通しで、移動人口の最高記録を再び更新する模様です。凄いですよ!
私は毎年の春節は里帰りはせず、北京で過ごします。おかげで北京はいま見慣れた車の渋滞は消え、バスや電車はガラガラ。こういう風景は長く続かないものですが、実にいい気持ち。
日常生活で馴染みの自由市場は大晦日から正月五日まで休むため、買い溜めしなければと近所の市場に出かけます。野菜や水産物や豚・鶏肉など活気溢れるだけに膨らみ、そんな屋台に目も眩みそうな旧正月の一日です!

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いつも雑踏を見せる王府井通りも寂しく…

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大理喜洲 -中国-




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雲南省大理にある喜洲は、大理古城から距離にして19キロほどの所にあるペー(白)族の村である。唐代の南昭国の時代にはここには王宮が建てられ、 南詔国の重要な軍事拠点となり、西南シルクルート中の重鎮として栄えたという。
訪れた厳家大院は、明 ・ 清 ・ 民国時代に造られた「三房一照壁」「四合五天井」というペー族の民居を代表するもので、家屋には精密な彫刻が施され、白い壁には優美な絵が描かれている。
住居の屋上から眺める街並みは、緩やかな曲線の屋根が続き、往時の面影を今に伝えている。

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大理四僧塔



大理四僧塔

今回の大理での行事の一つは、明代に起こった政争に巻き込まれこの地で没した、4人の日本人留学僧が葬られている四僧塔での法要である。
この供養塔のことは、以前このブログでも紹介されているが、埋葬された中の1人、闘南という僧が、現在の臨済宗建仁寺派妙光寺(京都市右京区宇多野上ノ谷町)の僧であったことから、崇聖寺との友好寺院締結が生まれた経緯がある。
最近になって新聞報道などにより注目を集めた四僧塔であるが、彼らがどのような運命を辿ったかは日本側の史料には見出せず、中国側の史料によってその一端が窺い知れるだけというから、600年もの間日本人に関心が示されなかったのも仕方がないことであろう。

大理四僧塔_法要

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雲南省 大理

蒼山

雲南省の中西部にある大理は、海抜2000メートルの高地にあり、13世紀まで大理王国の首都として栄えた町である。
じ(さんずい+耳)海と呼ばれる人間の耳の形をした湖と、19の峰が連なる蒼山とに囲まれる。年間を通して温暖な気候に恵まれ水も豊富で農業が盛んである。日中の日差しはかなり強いが、心地よい風が肌に気持ちよい。風の町とも呼ばれるらしく、山の頂には風力発電の風車が回っていた。
ガイドの話によると、町の中が綺麗なのは、一日中吹く風がゴミを掃除してくれるからだという。
雲南省は少数民族が多い地域だが、大理はその人口の大半を白(ペー)族が占めている。
白族はその名の通り、男女とも白を基調とした服装が特徴である。

今回この地を訪れたのは、禅文化研究所が事務局を務める日中臨黄友好交流協会と、大理にある崇聖寺とが結んだ友好寺院締結を記念した式典に参加するためである。
これから数回にわたり訪中で訪れた地を紹介してゆきたい。

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北京便り 1

北京在住の禅文化研究所研究員 李建華さんから届いた北京便り(1)。




わが家の窓から見える除夕の爆竹風景


中国は旧暦のお正月・春節を祝う慣わしなので、毎年の西暦の年始日は違ってくる。
今年の春節は2月7日。中国語では「過年」(年を過ごす)といわれる。春節の前日は除夕(じょせき)といい、つまり日本の大晦日に当たる。春節には爆竹を鳴らしたり、赤い桃符を貼ったり、餃子を作って食べたりするが、わが家は餃子だけを作った。

わが家の手作り餃子

実家に帰省して年を過ごすのが習慣だが、民族大移動のためにどこでも混雑を極める状態なので、帰らないでいるが、その代わり雰囲気のないお正月を迎える。
しかし今年は大変だ。例年吹雪とは無縁だった中部と東部、南部で138万平方キロに及ぶ氷雪害に見舞われたため、送電線や家屋、農作物の被害はもとより、道路や鉄道、空港は麻痺状態となり、帰省客8000万人の足を直撃した。
一方、一衣帯水の隣国では毒入り冷凍餃子で騒いでいる。情報が結構錯綜していて疑惑が相当あることは別として、天声人語に「きれいな環境に慣らされた体が、取るに足らない異物にも反応するようになった」とあるように、無菌状態におかれる日本人の胃腸が綺麗すぎるから、やはり海外のものを食べないほうが一番安全であろう。


手作り餃子でお正月

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杭州 霊隠寺 -中国4-

霊隠寺の山門

杭州では、西湖のさらに西にある霊隠寺(れいいんじ)も訪ねた。 このお寺は、東晋の時代(326年)にインドの僧・彗理が創建したもので、1600年以上の歴史がある古刹である。 全盛のころに比べると縮小はしているようだが、それでもかなり大きなお寺である。 また沢山の人たちが参詣に訪れ、香をたき、仏前で五体当地の礼拝をしている。

飛来峰

山門をとおると、まずは有名な飛来峰である。岩壁には300を超える数の石仏が彫られている。 これは五代から宋代、元代までに彫られたもので、独特の風格があり、とても精緻で美しい。

大雄宝殿

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杭州 銭塘江と六和塔 -中国3-

西湖

北京での業務を終え空路2時間弱、杭州へ。 杭州には李建華さんの友人で、今回の邦訳のお手伝いをしてくださる王さんがおられる。 空港まで愛車でお出迎えいただき、さっそく市内のホテルに移動して打ち合わせを行なった。

西湖 花港観魚

西湖の遊覧

さて、実は杭州には初めて来た私としては、ちょっとした観光時間も楽しみにしていた。 私は滋賀県に住んでいるので、湖があり緑も多い杭州は、北京や上海と違い、とても落ち着いた気持ちになった。 街の西にある西湖は、美しい景観を楽しむことができる名勝区であり、数々の文化財もある。

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北京での仕事 -中国2-

電飾の天安門広場

今回の訪中は、主に2つの仕事のためである。 その一つは、研究所が事務局を兼ねている、臨済宗黄檗宗の公式サイト、臨黄ネットホームページの中国語版を作成するため、その翻訳についての打ち合わせである。 既に、英語版ページは去年の冬からオープンしているが、今度は中国に向けても発信しようということになっている。そもそも禅は中国から渡ってきたわけであるから里帰り的ではあるが、日本と中国の友好を深める意味もある。

もう一つの仕事は、研究所が日本国内で発行発売している書籍の中国語版の出版についてである。現在、予定に上がっているのは、禅僧の修行生活を絵をつけて書かれた『雲水日記』、山田無文老師の説話集『和顔』および『愛語』。この3種類である。

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オリンピックを迎える北京 -中国 1-

北京

星野監督率いる日本野球チームが、北京オリンピックの出場を決めた。 その激戦のころ、研究所の刊行物を中国語化して中国でも売ってもらおうと、短期間ではあるが、久しぶりに中国北京を訪れた。 来年の夏にはオリンピックが行なわれることで、いろいろと注目されている北京である。

オリンピックへのカウントダウン

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お墓つれづれ(その二)-中峰明本禅師墓塔-

西天目山

今年もお盆が近づいてきた。このころになると、中国の西天目山で出会った農民たちを思い出す。
去年の夏、日本で我が家の墓参りを済ませてから、中国浙江省杭州市の西に位置する西天目山へ登った。
目的は、山の中腹にある中峰明本禅師(一二三六~一三二三)のお墓にお参りすることであった。
山頂から少し下ったあたり、中国では珍しい、直径1mほどもある杉(中国名は“柳杉”)が立ち並ぶ森の中に作られた林道をしばらく歩く。登山客の通る山道から鬱蒼と草の生い茂った脇道へ入り、しばらく草を踏み分けて行くと、少し小高いところに、杉樹に囲まれるように中峰明本禅師(一二三六~一三二三)のお墓が現れた。

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博客と禅客

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「ブログ」は、“web log”の略語からきているという。最近、始めて知った。
中国語では、“博客[bo2ke4]”と書いて「ポォクォ」と発音する。音訳語である。これから連想するのが“黒客[hei1ke4]”(ヘィクォ)で「ハッカー」の音訳語。
「客」には、他郷を転々と仮住まいして渡り歩き、専門の技能や職業を行う者のことを表わす意味がある。
「説客(ぜいかく)」「刺客(しかく)」「剣客(けんかく)」などなど。
忘れてならないのが、我が禅宗の祖師方が「禅客」と呼ばれ、師を求め諸方を行脚されていたことだ。道を求めて、時には命懸けで諸方を巡るさまは、まさしく「客」というにふさわしい。
かたや、現代の「博客」「黒客」は、何を求めてさまよい歩くのか?
(Y.K Wrote)
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中国のお寺つれづれ(その一)-出家者の条件-

仕事の関わりで、中国の仏学院について、HPの情報を渉猟していたら、中国仏学院入学要項なるものにたどり着いた。これまで、明文化したものを見たことが無かったので、抜粋訳を紹介しておく。


中国の僧院

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中国仏学院学生募集要項
一、応募資格:
(1)高校卒業以上の学歴あるいはそれと同等の教育程度を持ち、一定期間の出家生活を経験し、敬虔な信仰心を持ち、学業品行ともに優れ、積極的に仏教活動に従事できる青年僧であること。
(2)未婚者あるいは恋愛関係のない者に限る。
(3)年齢は、満19~25歳までとする。
(4)顔立ちが端正で、心身共に建康で……。(以下省略)
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お墓つれづれ(その一)-大理日本四僧塔-

思いをはせるT局長


わたしはお墓が好きだ。というより、とても気になる。 お墓といっても、秦の始皇帝陵や明の十三陵などの大規模で歴史に名を残し観光地ともなっている墳墓ではない。有名無名、大小に関わらず、苔むし草だらけの墓塔でありながら、地元の人々に伝承され護られて、今も昔も変わらぬ姿を見せてくれるお墓がよい。
毎年、仕事にキリがつくと、休みを取って中国へ渡り、少しずつお寺巡りをしている。最近の楽しみは、古い禅僧のお墓を見つけることだ。
先日、弊所T局長が中国大理への出張から帰国され、お願いしていた「日本四僧塔」の写真を見せてもらった。

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