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公開 逸話(15)白隠門下 その10-遂翁元盧(3)

再び白隠禅師高弟の一人で、遺墨の多い遂翁元盧禅師と、珍しく出てくる琉球僧の逸話から。

 


遂翁02.jpg遂翁和尚のところへ琉球(沖縄県)の僧が来参した。遂翁は、隻手(せきしゅ)の公案を与えて指導した。
三年の期間が過ぎ、帰郷することになった僧は、遂翁に相見し、涙を流しながら嘆いた。
「わたしは、大法を求めるために、遠い海原を越え、この地へ参りました。しかし、前世からの悪習はいまだ消えず、悟りを開くことができません。このまま空しく故郷に帰り、昔のままの姿をさらすのは、嘆かわしいかぎりです」
僧の嘆きを聞いた遂翁は、
「そんなに悲しむことはない」
と慰め、かつ、
「七日間、一所懸命に坐禅せよ」
と、教えた。僧は、その教えの通りに七日間坐禅をしたが、一向に悟れなかった。再び遂翁に相見し、
「どうにも悟れません。どうか、方便をお示し下さい」
と、訴えた。遂翁は、
「あと七日間、一所懸命に坐禅せよ。必ずや悟ることがあろう」
と、教えた。僧は、再び教えの通りにした。しかし、七日がたっても前と同じだった。
「どうにも悟れません。どうか、方便をお示し下さい」
遂翁は、
「古人は、三七、二十一日の間に悟りを開かれた。そなたも、更に七日間、坐禅をせよ」
と、教えた。僧は、教えの通り二十一日間坐禅をしたが、いささかの所得もなく、遂翁に相見し、嘆き悲しんだ。遂翁は、
「わしによい方便がある。そなた、更に五日間、坐禅せよ」と。
僧は、また教えの通りにした。そして五日が過ぎ、遂翁のところへやって来た。
「どうじゃ」
「以前のまま、どうにもなりません」
遂翁は、
「そんなことではとうてい大悟はできぬ。もっとせっぱつまって究めねばならぬ。三日ののち、まだ開悟できなければ、その時は、死んでしまえ」
と、厳しく励ました。
この僧も、ここで始めて身命を投げ捨てて坐禅をした。三日ののち、果たして隻手の公案を透過した。僧は遂翁に相見し、遂翁も喜んで印可した。そして、この僧は琉球に帰って行った。その後、遂翁は、嗣法の書を送ったという。
孔子さまも、
「憤(ふん)せずんば啓(けい)せず、悱(ひ)せずんば発(はっ)せず」
と言っておられるが、この僧こそ、この言葉の通りではないか。


開悟できなければ「死んでしまえ」とは、少々乱暴で、今の世でこんなことを言えば、過剰指導だ、「パワハラ」だと訴えられるかも知れませんが、禅の修行では、「大死一番」、死んだと思って徹底的に参究せよと言われるものです。だからこそ、新聞記事のように騒ぎ立ててもすぐ忘れられるものではなく、このような話が逸話となって語り継がれていくのでしょう。

 

※写真は遂翁元盧筆/遂翁元盧画・頑極禅虎賛「南泉一円相図」(禅文化研究所蔵)。禅文化研究所デジタルアーカイブズ「禅の至宝」より

 

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正受老人と白隠

 

正受老人と白隠_poster.jpg

若き白隠は越後高田で修行中、遠寺の鐘声を聞いて大悟されたと自ら記しておられます。しかしその後、信州飯山に向かって道鏡慧端禅師(正受老人/1642~1721)の膝下に入った白隠は、その境地を徹底的に叩きのめされ「穴蔵禅坊主」とまで叱咤されました。しかしその後、徹底した修行の中で、難答難解の公案がからりとわかった白隠は、今の世に「臨済宗中興の祖」「五百年間出」といわれる、日本において欠くことのできない偉大な禅僧となられました。

正受老人のおられた正受庵は、今も飯山の地にひっそりと残っています。臨済宗において聖地ともいえるかもしれません。

この飯山市で、平成29年8月19日土曜日、白隠禅師250年遠諱を記念して「正受老人と白隠 -悟りを超えた白隠さん-」と題した講演会が、臨済宗妙心寺派の主催により開催されます。

講演者は、前・禅文化研究所所長の西村惠信先生です。

飯山というところは、現代に至っても行きにくい土地でしたが、北陸新幹線の開通により東京からなら1本で、関西からでも富山経由で簡単にいくことができるようになりました。
会場は、北陸新幹線「飯山駅」から歩いて5分の「飯山市文化交流会館なちゅら」。お盆明けの土曜日です。入場も無料。
おちかくの方はもちろん、この機会にちょっと脚を伸ばして正受庵へのお参りもどうぞ。

パンフレットはこちら(PDF)からご覧頂けます。

 

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東福寺の夏期暁天講座

 

blog_2017東福寺夏期講座.jpg

夏本番となり、各本山での暁天講座の季節となりました。

今年の大本山東福寺での暁天講座は上記ポスターの通りです。

暑い盛りですが、朝の涼しい時間帯に、広々とした東福寺の大禅堂(去年、臨済禅師白隠禅師の遠諱大摂心を行なった場所)で、禅に関わるお話を聴講されては如何でしょうか。

会費も予約も不要です。どうぞお運び下さい。

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季刊『禅文化』245号発刊のお知らせ

 

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季刊「禅文化」7月号が、25日に発刊となります。

今回の特集は「白隠禅師シンポジウム-京都-」。

白隠禅師は、日本臨済宗中興の祖と仰がれながらも妙心寺には上堂されておらず、このためこれまで妙心寺での遠諱慶讃法要は行なわれてきませんでした。禅師没後250年となる今年、妙心寺法堂において初めて法要が勤修された翌日、花園大学教堂にて開催された「白隠禅師シンポジウム(京都会場)」(主催:臨済宗黄檗宗連合各派合議所、共催:花園大学)。この催しを、誌上で振り返ります。

龍澤僧堂師家・後藤榮山老師の提唱式講演「白隠前後無白隠」を巻頭に、愚堂東寔に対する白隠禅師の特別な敬意を、その書画から紐解く論攷などを掲載。シンポジウムにご参加いただけなかった方にも、その空気を感じていただけるよう臨場感を意識しました。

また、禅師は明治天皇より「正宗国師」号を追諡されていますが、この事情にまつわる後藤老師の推論(表紙解説)もぜひお読みいただきたく、何卒宜しくお願い申し上げます。

くわしくは、こちらを御覧下さい。

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誠拙周樗禅師(1745-1820)の遠諱記念に

 

blog_20170720_092225.jpg昨日、鎌倉は大本山円覚寺まで出向いて参りました。梅雨明けしたばかりの暑い一日。
東上する時の新幹線は毎回、E席を確保し、富士山を拝もうといつも楽しみに向かうのですが、夏に富士山の全景を拝めることはなかなか難しく……。昨日も雲の小袖で顔を隠されておりました。

 

blog_20170720_103756.jpg北鎌倉の円覚寺山門に着きました。平日の午前中なので、参拝者は少ないようでした。なにやら見かけた顔の女性とすれ違いました。京都の数珠屋のおかみさん。朝早くから管長猊下にご相見だったのでしょうか。お見送りの雲水さんとお話しになりながらでしたので、こちらにはお気づきでないようでした。

blog_20170720_103837.jpg私はというと、2019年に円覚寺様が勤修される、中興大用国師誠拙周樗禅師200年および釋宗演老師100年の大遠諱に合わせて、制作を依頼されている大用国師の墨蹟集の打ち合わせに参ったわけです。
勅使門の前にも「大遠諱」の大きな立て札が見えますね。

blog_20170720_104116.jpg全国から集められた資料によると、大用国師の墨蹟は約450点。その中から、管長様や塔頭や末寺の委員の方々、そして宗務本所の方々と一緒に、掲載する書画を選定するという6時間近くにわたる会議でした。

今回の会議でほぼ選定を終えましたので、それらの墨蹟を、これから約1年ほどの間にご所蔵の各ご寺院などに伺って、撮影調査という大仕事が控えているわけです。

blog_20170720_104026.jpgこういった記念すべき事業に関わる刊行のご依頼をいただくことも、弊所の仕事の大きな部分を占めています。ありがたいことです。

日帰りでの鎌倉行。便利な世の中です。

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特別展「雪村-奇想の誕生」 MIHOミュージアム

 

su01a.jpg来たる平成29年8月1日から9月3日まで、滋賀県のMIHOミュージアムにて特別展「雪村-奇想の誕生」が開催されます。

今年の春に東京芸術大学大学美術館で展観されていた同展の関西開催です。

室町後期から戦国時代に主に東国で活躍した画僧、雪村周継(せっそんしゅうけい)は、それまで日本では中国画を基本にした山水画や人物画が描かれていた画風を、独自の画風で一新した画家です。

その主要作品約80点と、雪村から影響を受けた後代の関連作品約30点で構成される本展、春の展覧会にも出展した、弊所所蔵の「蕪図」も再び出品(後期展示)されます。

暑い時期ではありますが、MIHOミュージアムは関西でも最も涼しいところかも知れません。納涼を兼ねて出向かれては如何でしょうか。

同展のパンフレットはこちらからご覧頂けます。

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『一休ばなし集成』在庫あります

 

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今週末、2017年7月28日(金)の13時~18時30分に、花園大学講堂にて、一休シンポジウム「一休と禅のこころ」が開催されることは、先般のブログ禅にて紹介させていただきました。

そんなおり、絶版品切れとなっている『一休ばなし集成』の返品本でカバー汚れのものが、少しまとまって有りました。そこで、簡易的にカバーを作成し、この機会に直販限定特別価格にて販売させていただくことにしました。

定価は税込み2621円ですが、在庫整理につき税込み1944円にて販売いたしております。再版の予定はありませんので、一休さんの伝説がまとまったこの一冊が手に入らずにおられた方、今がチャンスです。

こちらのWEBショップからお求めいただけます。また、上記の一休シンポジウムの会場でも販売させていただきます。

 

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研究所の花 2017/7-2

京都では、祇園祭のお囃子の音が聞こえだしています。今週日曜日が宵山ですね。

さて、今週の研究所の花をご紹介します。そろそろ紫陽花が終わりになってきましたので、他の花を伐ってきました。

まずは玄関先に擬宝珠(ギボウシ)です。夏らしく竹籠の掛け花入れに入れてみました。

blog_BKL0138.jpgもうひとつ、玄関先に。こちらはミソハギとチョコレートコスモス。
ちなみに色紙は、現妙心寺派管長嶺興嶽老師の「布袋留守」自画賛です。布袋さんのぬのぶくろ、パンパンではち切れそうですが、「無」とはこれ如何に。

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それから応接室。今回はかなり派手目です。ダリアと紫陽花、そしてカラー。

blog_BKL0131.jpg最後に無文老師の真前には、擬宝珠と斑入りのススキをお供えしました。

blog_BKL0132.jpg関東など7月盆の地域では、今、お盆真っ盛りですね。

ご先祖があの世から戻ってこられてご供養するのは、日本だけの風習のようですが、「如在(いますが如く)」(まさしくここに居られるかのように)お迎えして、ご先祖におかげさまの心を捧げたいものですね。

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当処即ち蓮華国

 

blog_MG_3796.jpg一面、蓮でいっぱいのこの池。滋賀県竜王インター近くの貯水池です。そういえば、数年前に禅文化研究所の職員旅行で中国を訪れた時にも、避暑山荘の池でたくさんの蓮が見られたことを思い出しました。
東京の上野駅の西にある不忍池も蓮で一杯ですね。今頃は蓮の花が満開でしょう。

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滋賀県で蓮といえば、琵琶湖博物館近くに一昨年まで、みごとなほどの蓮の群生が見られましたが、ニュースでも採り上げられていたように、去年から全然見られなくなってしまいました。それは水中の土壌が蓮に適した泥状態ではなくなってしまったらしいことが原因のようです。やはり蓮は「泥中蓮」の禅語もあるように、泥の中にこそ美しい花を咲かせるようです。

 

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「当処即ち蓮華国、この身即ち仏なり」(「白隠禅師坐禅和讃」より)

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梅雨明けが待ち遠しい頃

このところ、梅雨と言うより、熱帯の雨期のような雨の降り方ですね。福岡県などでは、今までに無いような大雨により、大きな災害となって、たくさんの被害者が報告されています。衷心よりお見舞い申し上げます。

そして、今年、自坊の玄関には燕が巣を作りませんでした。いつもは2~3組のカップルがやってきては巣作りをし、雛を産んで巣立っていくのですが、これは私の記憶の中にないことです。
そして、いつも花盛りになるヤマボウシが、今年はほとんど花を付けませんでした。サツキやツツジはものすごく花が多かった今年ですが。なにも起きなければいいのですが、と少し心配になります。

blog_MG_3765.jpg梅雨入りが遅かった分、室内のしつらえを夏仕様に入れ替えるのも少し後手後手になってしまいました。これでやっと夏らしくなりました。

blog_MG_3758.jpgそして、私事ながら、最近、小さな重機を借りて、暇を見てはコツコツと杉や棕櫚の切り株を起こしており、ここに紫陽花を並べていこうとしています。

blog_MG_3770.jpg重機は別に誰からならったわけでもないですが、自分でやってみたいという思いで、簡単な操作方法だけを聞いて、5月頃からあちこち掘ったりしてだいぶ慣れてきました。しかし、根っこを起こすのは、とても大変なことがわかりました。

杉の木の根は、浅く周囲に広がっているのですが、1本ずつがそこそこ太く、それを切るのが大変です。また棕櫚の根は細くて数が多い。根元から四方八方に広がっていて、四方からそれらを重機で切り落としていって、底の方まで切っていくとやっとゴロリと根っこが転びます。それでも人力でやることを思うと、大いに楽ではあるのですが。

檀家さん達は重機を動かしているのが、業者の人だと思って近づいてくるのですが、やっているのが私だとわかると、一様に驚きの声。まさか和尚さんがやってるなんて思わなかったと……。

臨済宗の和尚は、なんだってやりますよ。

 

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サンガセミナー2017 第2回講座終了

 

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おはようございます。今日は七夕様ですね。

さて、去る7月3日(月)、本年度サンガセミナーの第2回目にあたる「禅の建築講座 妙心寺の伽藍」を開講しました。講師は、弊所発行の季刊誌『禅文化』で「部分から全体へ 寺院建築入門」を連載頂いている佐々木日嘉里先生です。

妙心寺本坊の一室をお借りして、まずは座学から開始しました。一時間半ほどの座学で、住居建築とは異なる寺院建築の歴史概略、日本の寺院建築の種類として「飛鳥様式」「白鳳様式」「天平様式」を経て、日本独特の「和様」へと発展し、また中国の影響を受けた「大仏様」、そして「和様」ベースに大仏様を加味してできた「新和様」、さらに宋代の中国禅宗の影響を受けた「禅宗様」という、多種の様式の特徴を習いました。

blog_AC_2094.jpgそして今回は、その中でも「禅宗様」の時代による変遷を学ぶべくして会場とした妙心寺ですので、時代の変遷と共にみられる骨組みの特徴の変化を、実際に建築物を見学しながらご教示頂きました。

blog_2017-07-03-15.14.jpg通常非公開の室町中期に建てられた開山堂、そして桃山時代に建てられた勅使門や三門、江戸期に建てられた仏殿の構造を、実際に見比べ、時代により礎石の形が異なり、木鼻や虹梁の彫刻が変わったり、垂木の構造が変わっていくのを目の当たりに見せて頂き、受講者の皆さんはもちろん、私自身もとても興味深く知ることが多々ありました。

blog_2017-07-03-15.24.jpg受講者の方だけの特典にしたいので詳しくは書きませんが、三門の柱の長さの違いなどは初めて知ることができ、ものごとはじっくりと目を凝らさないと気がつかないことが多いのだと改めて感じました。

蒸し暑い中でしたが、ときおり涼風を感じる妙心寺山内、妙心寺派兵庫教区の奉仕団の方々が山内清掃をされていました。

 

さて、次回は9月に開催する第3回。「日々の花講座 -秋口の花を生ける-」と「お寺で写真講座 - 一眼レフカメラを使いこなそう -」の2講座です。残念ながら「日々の花講座」はすでに定員に達し、受付締切となっていますが、「お寺で写真講座」はまだ申し込み可能です。お申し込みをお待ちしております。

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研究所の花 2017/7

7月に入るや急に蒸し暑くなり、夜も寝苦しくなりました。個人的に、全くもって夏は苦手です。
僧堂にいるときも、寒い寒い冬の方が夏よりずっとよかった覚えがあります。冬が恋しいこの頃。とバカなことも言ってられませんね。

blog_AC_2088.jpgあっという間に7月となり、関東など7月盆を迎えるところの和尚様たちは、そろそろ慌ただしい思いをされているのではないでしょうか。そういうときこそ脚下照顧だと、無文老師はおっしゃるかもしれません。無文老師には半夏生をお供えしました。

自坊で自ら勝手にビオトープと名付けていつも水を取り入れている雑草湿地に、何年か前に植えた半夏生。去年はまったくダメで全く姿を見せず、もうなくなってしまったかと思っていたのですが、今年は姿を見せてくれました。去年は水があまり入らなかったのですが、今年はちょっと工夫をして水が流れるようになったからでしょうか。

blog_AC_2086.jpgそして応接室の達磨大師真前には、ヒメヒオウギズイセンとユリを。自坊のユリもそろそろおしまいです。

玄関先や廊下などには、まだまだ勢いよく咲いている紫陽花を生けました。

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そういえば、サンガセミナー9月開催の「日々の花」講座は、早々に定員20名に達してしまいました。毎年人気の講座です。花がある生活は楽しいですね。

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逸話(14)白隠門下 その9-大休慧昉

白隠門下で、のちに東福寺派の宝福寺(岡山県井山)に住した大休慧昉禅師(1715~1774)の逸話を2話ご紹介します。


大休慧昉墨蹟.jpg「大休和尚―南泉一株花の公案―」

ある時、大休和尚は、〈南泉一株花〉という公案を究明していた。ちょうど白隠禅師が、金剛寺の雲山和尚を訪問されることになり、大休も随侍した。その途中、大休は、公案に対する見解を示した。その見解を聞いた禅師は、
「そのような悪見解、犬も食わぬぞ」
と、大休を叱りつけ、杖で叩きすえた。
金剛寺に着いた禅師がうしろを振り返ると、大休の姿がなかった。禅師は、
「遅れよったな」
と思い、そのまま金剛寺に入り、雲山と夜どおし話をした。
その頃、大休は、金剛寺門前の農家に入って坐禅をし、一念の妄想もない坐禅三昧に入っていた。どれほどの時間が過ぎただろうか、ふと目を開くと、もう夜の月は沈み、カラスが鳴き、東の空がしらみはじめていた。その景色を見た途端、大休はカラリと〈南泉一株花〉の公案を悟った。大休は走って白隠禅師に相見し、その見解を示した。禅師も、大いに称嘆されたという。

 


 

「快岩・大休―雨の中の托鉢―」

快岩と大休が、松蔭寺に掛搭することになった時、白隠禅師は二人に対し、
「この寺は貧しく、そなたらを養うことができぬ。明日、村へ出て托鉢をせよ」
と命じられ、二人も承知した。
翌朝は、激しい風雨だった。二人は旦過寮まで来て、雨が止むのを待っていた。そこへ、白隠禅師が竹箆をひっさげてやって来られ、
「おまえら、ここで何をしておる」
と、ものすごい剣幕で尋ねられた。快岩が、
「風雨が激しいので、托鉢に出ようかどうか、迷っていたところです」
と答えると、禅師は、
「この意気地なしめが! 風雨を恐れてどうするのだ! 東海道にはいくらでも人が往来しておるではないか。おまえら、はよう托鉢に出ねば、わしが、ぶったたくぞ」
と、二人を叱りつけた。二人は、禅師の剣幕に恐れおののき、旦過寮を出て行った。山門まで来ると、二人は顔を見合わせ、
「なんと厳しい和尚よ」
と言いながらも、笠をかぶり、雨合羽を着け、雨をついて托鉢に出かけて行った。
昼、柏原に着いたころ、雨はようやく上がり、米や麦、七、八斗ばかりを托鉢することができた。
夜になって松蔭寺に帰り着いた二人を見た白隠禅師は、
「そなたら若い者は、こうでなくてはならぬ」
と喜ばれ、二人のために「藕糸孔中の弁」を示された。

※快岩=快巌古徹(生没年不詳/山梨県長光寺/白隠法嗣)

『白隠門下逸話選』(能仁晃道編著)より

※写真は「一葉舟中載大唐」(大休慧昉書/禅文化研究所蔵) 禅文化研究所デジタルアーカイブズ「禅の至宝」より

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