Mar 04
2015
大徳寺月釜
毎月28日には、大徳寺のいくつかの塔頭で表千家の釜が掛かります(大寄せといって、誰でも参加できるお茶会があるのです)。先日もお邪魔して参りました。
若かりし頃より、28日が仕事休みの土日と重なればなるべく行くようにし、色々と学ばせていただいております。
この日はほぼ表千家のお席で、私が稽古している流派の先生方が釜を掛けられるわけなのですが、これまでに様々な流派のお茶会を経験してきて思うのです。
皆、茶の湯の稽古をする者は、どちらかの流派に属して点前を習っており、稽古を続けているのですから、恐らくはその流派が好きなのだと思うのです。もちろん私も、好きだからこそ続いています。
ただ、長く続けてきて、これこそほんとうの学びなのだろうな……と思いますのは、「結局は流派は関係なく、お茶をするその人自身がどうであるか…というところが一番大切なのだ」という事に気づいた事であります。
お茶を習おうとする方に、「どの流派がいいだろう?」と相談されると、昔は「そりゃあ表千家です」と答えたものですが、今は「私は表千家が好きだけれど、結局はどの流派であれ、師事する先生によると思う」と答えています。
これは、宗教でも同じなのだろうなぁ…などと考えています。
ただ、好みや、合う合わないは確かにあるわけで、私はやはり禅宗が好きだなと思っています。
by admin at 09:00
先日は衡梅院のお茶室の説明有難うございました。
妙心寺はこの大徳寺と違ってあまり公開されないので
馴染みがなかったのですが 静かな雰囲気と
お庭の空気感が素敵でまた訪れたいと思いました。
同じ禅寺なのに大徳寺とはまた違った考えなのも
興味深いです。
私も月釜に何回か行った事があります。
「流派に関係なく お茶をするその人自身どうであるか」
本当に そう思います。
また 宜しくお願い致します。
コメントいただきありがとうございます。
そうですね、同じ臨済宗でも宗派によってカラーが違うのは興味深い事だと思います。
老師にも、革新的な方から枯淡な方まで色々な魅力的な方がいらっしゃいます。
大切な芯こそしっかりしていれば、全てが全く同じというのではなく、色々あって多様性があることこそ強さなのだなぁと、在家の身ながら研究所で働かせていただき、思っています。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。