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御苑の秋

 

131128-1.jpg忙しくしており、特別どこかへ紅葉を見にでかけるという事をしていませんが、通り抜けする御苑の秋のにぎわいには、毎年感動してしまいます。

131128-2.jpg懲りずにこのブログでもご紹介し続けていますが、御苑は桜の季、紅葉の季、いずれも穴場なのです。皆思い思いに自分の気に入った場所で四季の移ろいを愛でています。
そんな、ゆったりした具合が心地良く、時間があれば足を運び、運ぶたびに様々な発見を得ている、私にとって大切な場所となっています。

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第11回 禅と文化の旅

皆さまおはようございます。
本日は、かねてよりご案内させていただいておりました“第11回 禅と文化の旅”にでかけております。
余裕がありましたら、禅文化研究所のFacebookページにて、随時写真をご紹介させていただきます。

今回は慈照寺さんにて所長の講演もありますが、レジュメを拝見し、私自身も楽しみにしております(下記)。

 

久松真一博士が唱えられた「禅美術七つの性格と、その禅的根拠」について
禅文化研究所 所長・西村惠信

禅美術七つの性格
その禅的根拠
 
1)不均整 完全性を破ったもの 無法の法、無聖
2)簡素 さっぱりしたこと 純一無雑、無一物
3)枯高 さびる、侘びるに同じ 脱落、露堂々、孤危峭峻
4)自然
わざとらしさのないこと 無心、無念
5)幽玄 含蓄、余韻、奥床しさ 無底、無一物中無尽蔵
6)脱俗 仏にさえ拘わらぬ洒脱さ 独脱無依、無碍自在
7)静寂 静騒に関わらない静けさ 鳥鳴山更幽、一黙如雷

 

それでは、33名のご参加の皆さま、所長と職員2名で、行って参ります!

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教林坊 滋賀の隠れ里

 

20131124-1.jpg自坊の近くにありながら、今まで訪ねることができなかった教林坊(滋賀県近江八幡市)。紅葉真っ盛りの先日、ようやく訪ねることができました。
聖徳太子の創建と伝えられる、天台宗の古刹で、白洲正子も『かくれ里』にて「石の寺」として書きのこしています。

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20131124-6.jpg桃山時代に作庭されたとみられる地泉鑑賞式庭園は小堀遠州作として伝えられます。

小さな本堂に祀られる本尊は観世音菩薩で、おとなりには秘仏の不動明王が特別公開中でした。

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書院の「掛け軸庭園」は、なんとも洒落たしつらえです。ここにしばらく座してお茶でもいただきたいところですが、残念ながらそれはかないません。

小さなお寺ですが、紅葉狩りに満足させて頂きました。へんに飾られていないのもいいですね。

ここは竹林の庭としても知られています。初夏に訪ねてみるのも良さそうです。地元では、観音正寺(西国観音霊場・天台系単立)、石馬寺(臨済宗妙心寺派)とあわせて、繖山三観音としても知られてきています。

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伊勢神宮特別参拝

 

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年に1度はお伊勢参りを・・・と思っていますが、今年はご縁をいただき、二度目のお参りがかないました。いつもと違いますのは、御垣内にての特別参拝であった事。
言葉にはならぬものがあります。まさに西行さんがあの御歌をうたわれた気持ちがまたひしひしと伝わって参りました。

131126-2.jpgさて、神宮のみならず、名刹などを訪ねますと、最近世をにぎわす“パワースポット”とやらに人々が集まっています。手をかざしてみたり写真を撮ってみたりと・・・。
もちろんそれも良いのだろうなとは思います。ですが、神宮では、周りを見渡せばそこここに自分にとって特別となりうるような氣が満ちている場所をみつけられます。
パワースポット目指してゆけば、そういった所に気づかぬままかもしれないのは、何とも残念だなとは思います。
自身の感覚を研ぎ澄まして、お参りされる事をおすすめしたいと思います。

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西田幾多郎遺墨展 -京都大学総合博物館-

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おはようございます。
11月最終週のはじまりです。早いですねぇ・・・・・・。

興味深い展覧会が目白押しのこの時期、まだ行けていないのですが、12/1までのこちらをご紹介しておきます。

西田幾多郎遺墨展

京都大学ならではの展覧会。なかなか他の美術館などで西田先生の書のみの展覧会は開催されることがないような気がします。必見ですね!

 

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開館20周年記念 村上華岳・山口薫・北大路魯山人展 -何必館・京都現代美術館-

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祇園にひっそりと佇む美術館、何必館・京都現代美術館を訪れました。
開館20周年記念を記念して、館所蔵の名品より、さらに選りすぐられた作品のおめみえです。
眼福の極みでありました。

辛いことがある時、何かもやもやとしたものが頭をもたげている時、苦しんで格闘しながらも作品を生み出し続けた先人たちの思い(作品)に触れる事は、誰にどのような言葉をかけてもらうよりも自身を癒やしてくれる事がありますね。
開館20周年記念展は先日終了しましたが、今月23日より、山口薫展が始まります。

最後に、館内にありました印象に残ったことばを・・・・・・。

-座辺師友-
自分の周辺の生活空間、自分の身辺にあるものこそが、おのれの師であり友である

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禅文化研究所曝涼展のおしらせ

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花園大学歴史博物館で行なわれている企画展期間中に、禅文化研究所曝涼展を開催しています。
4点ずつ2期にわけて展覧しますが、今回は、室町期ごろの墨蹟をご覧に入れます。

平成25年11月4日~12月13日
日曜(11月17日は開館)
10:00~16:00(土曜日は14:00まで)

春浦宗煕の「大燈國師遺誡」などは必見!!!
是非、お運びください。

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スリランカの赤い雨 -生命は宇宙から飛来したのか

花園大学の教堂において、非常に興味深い講演会が開催されます。
事前申込不要、無料で、どなたでもご自由におこしいただけるものですので、ご案内させていただきます。

【日時】
2013年11月28日(木) 午後2時40分~午後4時10分(場合により延長あり)
【場所】花園大学 教堂
☆講師 松井孝典先生
(千葉工業大学惑星探査研究センター所長・東京大学名誉教授)
☆講師 チャンドラ・ウィックラマアシンゲ先生
(英国カーディフ大学教授、バッキンガム大学アストロバイオロジー研究所所長)
☆司会 佐々木閑(花園大学教授)

―講演会詳細―
世界的な惑星物理学者でNHKの『地球大紀行』でも人気を博した松井孝典先生と、スリランカが生んだ世界的物理学者チャンドラ・ウィックラマシンゲ教授が、生命の起源について最先端の学説を発表します。
「生命は宇宙から来たのではないか」という考えは、フレッド・ホイルなどの一流科学者たちも主張してきましたが、今回それを実証する可能性のある新たな現象がみつかりました。「スリランカに降った赤い雨」。それが一体何を意味するのか、エキサイティングな議論が展開するでしょう。司会は花園大学の佐々木閑先生が務められます。

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白山道場の小池心叟老師


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東京は文京区白山に龍雲院というお寺があります。
しかし、龍雲院という名前よりも「白山道場」として知られているのではないでしょうか。あの山本玄峰老師がここで「正修会」という坐禅会をもたれ、井上日召や田中清玄といった人たちが参禅していました。のちに法を嗣ぐ中川宋淵老師が山本玄峰老師と初めて出会われたのもこの白山道場です。

さて、ここに平成18年12月9日に世寿92をもって鬼籍に入られた南華室小池心叟老師が住まわれていました。京都建仁寺の竹田益州老師の膝下で長く修行され、湊素堂老師とともに、その法を嗣がれたお一人です。
湊素堂老師は、益州老師の後をとって、建仁寺僧堂師家、そして建仁寺管長と出世されましたが、この小池心叟老師は、ずっと白山道場に住まわれここを離れられることはなかったといいます。
この小池心叟老師を慕われて学生時代にここで起居されていたのが、現東福寺派管長の遠藤楚石老師と、現円覚寺派管長の横田南嶺老師です。心叟老師ご自身はここで寓居されてはいましたが、偉大な二人の管長を輩出された老師なのです。

この小池心叟老師は、とてもすばらしい書画を残されていることを、このたび縁があり知らされました。そして、禅文化研究所のカレンダーに使わせてもらえないかと考え、先般、研究所より車に撮影機材を積み込んで白山道場を訪ねました。

円覚寺の横田南嶺老師が兼務なさっていることもあり、お手持ちの心叟老師の墨蹟を出して頂き、また、関係寺院や近隣におられる白山道場の坐禅会の旧いメンバーからも墨蹟をお持ちいただき、115点もの写真を撮影させて頂きました。

何度もご覧になっているであろう墨蹟ですが、軸が変わる度に、「おお、これは若書きだ」とか、「この繊細な線がよく書けるものだ」とか、お弟子である南嶺老師はじめ、お集まりの皆さんからいろいろな言葉が漏れていました。

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心叟老師がこの龍雲院に住まわれたときには、現在の庫裏の座敷が本堂で、床の間を内陣とされていてご本尊をお祀りされ、大変質素な生活をされていたそうで、なんでこんなところに住むことになったのだろうと、どこかに出ることを何度も考えられていたとのことでした。
物乞いが訪ねてきた時にも、「何かあげたいのだが、このとおり、このお寺には何もない。申し訳ないね」と払われたところ、あとでその物乞いがもどってきて「困ったときはお互い様だ」とリンゴを一つ置いていったという逸話も残っているとか。
その後、白山道場として坐禅会をはじめられ、多くの在家が坐禅を組みに集まりだし、今のような本堂もできたといいます。

さて、2015年のカレンダーが心叟老師の書で制作できるか、さっそくこれから調整です。

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秋の夜長にいっぷく

131118.jpg秋の夜長を一人楽しんでおります。


【棗】
11年ほど前にミャンマーの工房にて求めました。
タイやミャンマーなどでは、ビンロウの実に石灰をまぶして、キンマという植物の葉に包んで嚙む習慣があります(道ばたでそれをペッと吐いているのを見て、びっくりしたものです!)。その材料を漆器の入れ物に入れて客をもてなしました。
漆器は中国から伝わり、ミャンマーでも独自の文様が生まれ、さらにそれが日本へ伝わると茶人の間で珍重され、その塗りを上記の理由から、「キンマ」と呼びました。
そのキンマの元祖をミャンマーで求めたのがこの棗です。日本のように蓋がぴたっと合うほどに精巧には作られていませんが、何ともいえない味があります。
日本のような木地では無く、竹ひごを作ってからそれをしっかりと編み、それから轆轤で削り形を整えてから漆を塗り重ね、文様を彫っていくという工程なのです。工房では実際に作っている所が拝見でき、また、漆器美術館ではあまりに人がいなかった為館長さんがご案内してくれたのも良き思い出です。仏教遺跡を訪ねられる方は、是非ともミャンマーの漆の文化にも触れてみてください。

【茶碗】
丹波・二代目市野信水作
実家が兵庫の為、よく丹波の窯元には家族ででかけました。25歳の頃に一目惚れし、今は亡き父にねだって求めた茶碗です。堀内宗心宗匠のお箱書をいただいており、ご銘を、“謝茶”といいます。作家さんのお母様がこの茶碗の為に、古い丹波布で作ってくださったお仕覆がこれまた素晴らしいのです。

【茶杓】
禅僧であった祖父が毎日の一服に使っていた何でも無い茶杓です。ですが、何十年も毎日使われていた為、飴色になり、素晴らしい風合いです。お金では買えない価値がそこにはあります。

【茶】
石本川口軒 錦の森
お稽古場でいつもいただいているお茶と同じもの。非常に美味しいお薄です。

【菓子】
同僚からいただいた吹き寄せ。ご製は俵屋吉富。

【菓子器】
川合優作 蓮弁皿 薄くひいた檜で作られている使い捨てのお皿です。でも、まだ使うつもりです。お菓子の風情にとても合っていて一人ご満悦でした。

旅先で求めたもの、家にあるもの、私の元へ集まってきたもので楽しむ食後の一服は、わくわくするものです。日々のくらしに、わくわくをお忘れなく!

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『妙好人』(鈴木大拙/法藏館)

131115.jpg初めて聞いた言葉でした。

浄土真宗の篤信者を、こう呼ぶのだそうです。語源は、『観無量寿経』の「念仏者は人中の分陀利華〔白い蓮華〕」という一節。仏さまの徳を表わす蓮華(中でも貴い白蓮華)にたとえられるほど素晴らしい人、という最高の賛辞のようです。

しかもこの言葉を真宗以外の人に初めて紹介した人物が鈴木大拙であると聞き、気になって本書を手に取りました。

様々なエピソードが掲載されているのですが、こんなにピュアな世界があったとは。

なにより、妙好人は僧侶でもなければ、特別社会的地位の高い人物でもなく、あくまで一般の信者であるという点に引き込まれました。親しみやすいけれど信念があって、決しておごらず一生懸命。早い話が、魅力的な人ばかりなのです。あまりに純粋なので、今の時代なら「不思議ちゃん」扱いされる場面もあるかもしれません。

とても印象的な一冊でしたが、何に対して自分の心が動いたのかをうまく言い表せず、しばらくもどかしく思っていました。後日、柳宗悦が述べた妙好人と民芸品の共通点についての文章を読み、ようやく納得。「意識して作られるものとは異なる素朴な美しさ(要約)」。これだったんだな~と、改めて心が温まりました。

いい本に出会えると当分幸せですね。寒い夜にこそ、お読みいただきたい一冊です!

『妙好人』

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夕ざりの茶 -北村美術館-

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これまでに幾度もご紹介させていただいております北村美術館

こちらは毎度、茶事形式での展観(今回は寄付・濃茶席・続き薄)にて、拝観後はさながら何時間にもおよぶ茶事を楽しんだ後のように満足できるのが特徴です。

-夕ざりの茶-

はて、夕ざりとは?!と思っておりますと、いただきました展示目録にありました。
近代数寄者の茶会記を繙くと、社会的に多忙な財界人である彼らは、仕事を早くに切り上げられる日に集まり、夕方のまだ日のあるうちに席入りし、その後灯火も必要となるような時間帯に寄り合い、茶事を楽しむ事をなさっていたそうな。
冬の夜長を楽しむ「夜咄(よばなし)」の茶事とも違い、季節は関係なく行なったのが夕ざりの茶事だそうです。

忙しい合間を縫ってそのように茶事を行なった事、我々茶の湯を稽古する者としても見習わねばなりません。と、自分で書きつつ耳が(目が?)痛いです。
その昔の天下人や武士たち、そして近代の数寄者でもあった財界人、一服の茶に何を求め、何を見ていたのでしょう。数々のそれは素晴らしいお道具を拝見しながらしばし感慨にふけりました。

 

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阿字観体験 -根来寺-

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先日ご紹介しました、和歌山、紀北 いのりとみのりの旅キャンペーンの一環で、根来寺にて行なわれている、“阿字観”を体験してきました。

阿字観(あじかん)。
耳にされた事はありますか? 簡単に言えば、真言密教における瞑想法です。字のごとく、阿の梵字(大日如来を現わします)を観ながら呼吸を行ないます。

弘法大師空海の詠まれた御歌に、下記があります。

阿字の子が 阿字のふるさと 立ちいでて
また立ち帰る 阿字のふるさと

すなわち、阿字(大日如来)は全ての根源であり、皆ここから生まれ、ここへと返ってゆく、生命の根本であるというわけです(阿吽、オームなども、同じでしょうか)。
大日如来は、宇宙そのものであり、万物の根源であると言われ、よく、曼荼羅でも一番真ん中に描かれていますね。
個人的には、この阿字観によって、自身が宇宙や自然を構成する一部なのであり、そこから断絶されて存在するわけではなく、一体となる感覚(自覚)を得られたならば(阿字と一体になる)、本来の自己というものに気づき、なぜ生まれてきたのか、なにをなすべきかが徐々にわかってゆき、逆らわず、自然と導かれ、よりよく生きる事ができるのでは・・・と思いました(そんなに簡単にはゆかないかもしれませんが、近づいてゆけると思います)。

さて、方法ですが、これはおなじ真言宗でも高野山金剛峯寺の方法と、根来寺の方法とでは少し違いはあるそうで、今回は私が根来寺で体験したものをご説明します。


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まず、坐法を教えていただいてから、上写真のように、月の中にある蓮華座の上に描かれた阿字のサンスクリットを観て、数息観(ひとーつ、ふたーつ、、、、と自分の呼吸を数えます)をします。体験では時間が限られている為、とお(十)までを数えました。

次に、阿息観といって、息を吐く時に、「あーーーーーーー」と声を出します。だんだん腹の底(丹田)に力が集中してきて、身体もあたたかく声も大きくなり、息が深くなってゆくのを感じました。これも、十回息を吐きました。

そして最期には何も言葉には出さず、阿字のお軸をみつめながら自身の呼吸に集中します。段階を踏んでゆく方法で、また、みつめる対象物があるというのは、非常に集中しやすいものです。次第に、阿字が浮き上がってくるような感覚を覚え、とても心地よく、短い時間の体験ではもの足りないくらいに思いました。

到達すべき境地は、阿字観も禅宗で行なう坐禅もおそらく同じなのかもしれません。
が、ここでこんな事を書いても良いのでしょうか・・・・・・。阿字観の方が集中しやすく、私には向いている気がしてしましました(すみません)。自分に向いている向いていないは、私も坐禅やヨガの瞑想法を体験しているからこそ比較できるのであって、本を読んでいても体験談を読んでみてもわかりません。
禅宗寺院での坐禅も、阿字観も、実践体験あるのみです!

根来寺では、11月の16、17、24、30日(土曜日曜)の午前10時からと、午後2時からの一時間、一回につき先着20名限定での体験です。もう今年はこれでおしまいですよ!行かれる方は事前にお申込をなさってからご参拝ください。
☆根来寺:0736-62-1144

大事な事をお伝えし忘れておりましたが、この阿字観体験、なんと国宝大塔(上写真です)の中で行なわれます。何度参拝しても見飽きぬあの美しい大塔の外陣にて、諸仏に見守られながら行なう瞑想。こんな有り難い事がありましょうや・・・。
5回体験すると、外陣ではなく、内陣での体験が可能とのことで、真剣に考えてしまいました・・・・・・。

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きのこ狩り

131112-1.jpg皆さんおはようございます。

以前のブログで、できる限り自然の中に身を置きたいと宣言しましたが、今回はきのこ名人(採るのも判別も料理も)に付き従い、友人たちと山へ入りました。

目指すは松茸!!!だったのですが、名人に雑誌の撮影が入り、前日に全て採っていた為、我々素人にみつけられるはずも無く・・・。
それでも、アミタケなどたくさんのきのこ(地元の人は雑茸と呼び、食べないそうな)を収穫し、名人が前日に採った松茸のおこぼれにもあずかり、美味しく楽しい夕餉となったのでした。

131112-2.JPG山では、五観を研ぎ澄まし、しばし一人になって山との対話の時間・・・・・・。良いものですねぇ・・・。
北欧発祥の“森のようちえん”では、子供達は思い思いに森の中で時を過ごすようですが、一人になりたい子は、その子を尊重し、先生たちもお友達たちも放っておくそうな。
何かと、「皆と一緒にいなくてはダメ!」「戻りなさい!」「どこ行っているの?」とおしかりを受けてばかりだった記憶の残る幼稚園生活。
漸く大人になって、“森のようちえん”を楽しんでいます。
誰にでも、そんな時間はとても必要な気がしています。

さて、次はいつ自然の中に身をおいてみましょうか・・・・・・。

131112-3.jpgアミタケは茹でると鮮やかな色に!自然の色ですよ!

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和歌山、紀北 いのりとみのりの旅

 

131111.jpg高野山や紀伊国一之宮などの伝統ある社寺が多く残る神仏混淆の地、紀北(和歌山県北部)。

そんな紀北にスポットを当てた“いのりとみのりの旅”キャンペーンが12月13日まで開催中です。

私も先日、丹生都比売神社にお参りさせていただきましたが、このキャンペーン中には、平成のご造営にて、本殿の第1殿・第2殿の檜皮を葺き替え、彩色の塗り替えをなさっているご様子が、間近から拝めるのでした。
その他の寺社でも、期間中のみの特別拝観や行事などが開催されており、先日も根来寺の大塔内での阿字観体験にお邪魔してまいりました(この事につきましてはまた後日ご紹介予定です!)。

日本人は、その暮らしの中で、神道や仏教の教えや行事に自覚も無いままに触れている事が多いわけですが、いにしえより神も仏も尊ぶ地にて、改めて日本人を、自身をみつめる機会を持たれてみてはいかがでしょうか。
何らかの宗教を信じなければならないというのではなく、日々のくらしの中で、何を大切にしてゆくと良いのか、そういった芯の部分に気づけるきっかけとなる気が致します。

残念ながら臨済宗・黄檗宗寺院は含まれませんが、そんな事は関係無く、日本の歴史や宗教、信仰に関心を抱いている私としましては、こんなにも楽しいキャンペーンはそうは無い!と思っています。
さらに、“いのり”だけではなく、“みのり”情報も満載で、紀北の美味しい物からその土地を理解するという楽しみ(これは煩悩ではなく、“学び”でしょう!)までもが付いてきます。

関西にいらっしゃる方は、京都や奈良、滋賀も良いですが、和歌山にも目を向けてみてください!

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季刊『禅文化』230号より 「生飯」と「玍苕帚」

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天龍寺派徳寿院の精進料理名人、山﨑紹耕和尚に、精進料理レシピと仏教にまつわる面白いお話を連載いただいています。

今回は、「生飯(さば)」と「玍苕帚(すいちょうそう)」。へー、ほー、そうなのかぁ~と、知識の幅が広がるようなお話です(すみません、詳しくは是非ともお読みになってみてください)。

家に帰り、上のお話を拝読しましたら、今度はレシピが気になり、無性に作りたくなって今回お教えいただいた、胡瓜のゴマ和えを作ってみました。うん、お寺で食べる精進料理のお味!美味しくできました。
しかし、シンプルなだけに、丁寧に作らないと美しくはできないな・・・という学びもありました。

 

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東北の被災地を再訪 2

日没の早い東北の地、初日の夜は盛大に檀家さんたちと酒を酌み交わして楽しみ、また、楽天対巨人の試合を観戦。東北の希望の星である楽天を応援しましたが、初戦は辛くも敗れてしまいました。仙台のホテルは双方を応援する人たちで満員だとか。
半月を観ながら温泉を楽しみ、ゆっくりさせてもらいました。

松島の日の出

翌朝、松島の朝日に気持ちよく目覚めさせてもらい、一路、気仙沼へ。

途中、南三陸町を経由。「南三陸さんさん商店街」で、ちょっと休憩。
前回来たときにはひっそりしていて、まわりには津波で壊れた廃屋ビルがあっただけで、何もなかったのですが、今はそのビルもきれいに取り壊されて駐車場が拡大し、また隣にはホームセンターができていたりして、少し様変わりしていました。
あの防災庁舎はまだ佇んでいましたが、近く取り壊しが決定したとか。今でも取り壊してほしいという声と、残してほしいという声とが入り交じっているようです。
宮城県では津波によって被災したところはほぼ瓦礫は取り除かれ、ところどころにある処理場で重機が分別作業をして、巨大な焼却施設で処理をしているようです。前に来たときには、あちらこちらにあった壊れたビルの多くも跡形もなく片付けられ、またペンキで番号が書かれ積み上げられていた廃車も全く見つけることができませんでした。

またJR気仙沼線は、あちこち分断され見る影もありませんでしたが、今はその一部を舗装して専用バス道路として利用するようになっているそうで、列車に代わる交通手段として、今後はこのままで行くとか。


そして、前回の時にも訪ねたのですが、気仙沼の地福寺様へ到着。

この地福寺のご住職・片山秀光師は、「めげない、にげない、くじけない」をモットーにして震災後にも活発に活動され、復興に向けてのリーダーとしての役割を担っておられます。
また、「海辺の森を作ろう会」という団体の副理事長も務められ、海を防波堤で仕切るのではなく、自然と共生していける環境をつくろうと植樹活動も行なわれています。

まず、境内で片山住職より被災したときのお話を伺いました。前回来たときにはなかったのですが、鐘楼のあとにはお地蔵様が建てられ、また大鐘は、流されていた門柱を再利用して釣り下げられていました。また近くには巨大な瓦礫の処理上があり、大型ダンプがひっきりなしに向かっています。

先の方に海が見えますが、もともとは檀家さんたちの家がびっしり建っていて、ここから海は見えなかったということです。

地福寺 流された鐘楼あとに

ところが、下の写真に書き込んでいるところまで津波は押し寄せ、本堂の中にも流れ込み、隣に建っていた庫裏も「そっくり」流されたとシャレを交えてお話しされましたが、笑って聞いているわけにはいきませんでした。

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本堂にあげていただいて、檀家さんたちとお経をあげ、焼香をさせて頂きました。
本堂の上間と下間には、犠牲になった檀家さん150名のお位牌やお遺骨が、びっしりと祀られておりました。お位牌だけが祀られている方もあり、まだご遺体の見つかっていないのだとうかがいました。
お茶とお菓子でおもてなしいただきながら、気仙沼で撮られた震災当日の津波の動画を見せても頂きましたが、それは目を疑うほどのものでした。


また、海べりにあった墓地は流されてしまったので、最近、下記のような納骨堂を建てられ、墓地の代わりにお参りできるようにされておりました。

新しく構築された地福寺の納骨堂

片山住職と握手をして、復興成就をお祈りしお別れしました。

ところで、今回の旅行は、私の掛搭していた僧堂仲間(仙台のお寺の住職)に紹介してもらった、仙台の「たびクルー」という旅行社社長の佐藤さんにお世話になりました。たしか行程表には添乗員無しとなっていたのにもかかわらず、実際には佐藤さん自らいろいろと便宜を図ってくださって、至れり尽くせりのサービス。宴会場ではお酒の手配も。本物の「おもてなしの心」を感じた次第です。おすすめします。

さて、まだ東北の地を訪れていない方、是非、赴かれることをおすすめします。復興は始まってはいますが、まだまだであることが、現地を訪ねられたらよくわかると思います。

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丹生都比売神社 -和歌山県かつらぎ町ー

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「ずいぶん方々旅をしたが、こんなに閑でうっとりするような山村を私は知らない」
『かくれ里』 白洲正子

 

白洲さんがこの地で最期を迎えたいと仰ったほどに愛した地、和歌山の天野へお邪魔し、丹生都比売(にうつひめ)神社へ参拝。宮司の丹生様にご案内いただく機会を得る事が叶いました。

この丹生都比売神社、創建はおよそ1700年前と伝わり、かの弘法大師空海が高野山に金剛峯寺を建てるのも、丹生都比売大神様のお許しを得て、大神様の神領に建立されたのです。よって、今もなお、高野山の僧侶の参拝が途絶える事無く続く、神仏混淆の姿を拝める貴重な神社となっています。

ちょうど平成のご造営が進められており、本殿の第1殿・第2殿の檜皮を葺き替え、彩色を塗り替えられていらっしゃいますが、その様子を間近で拝見させていただく事ができました(詳細はこちら)。

131106-2.jpg本殿前には、たくさんのお札が納められています。高野山の僧侶が護摩だきの祈祷をされたり、葛城山で修験の修行に入られる際には、成就を願ってまずはこちらに参拝されます。その祈願の為にお納めになられたお札だったのです。

この天野の里、明治の廃仏毀釈以前には、神仏混淆のお堂がたくさんあり、まさに日本人の宗教観そのものといった風景が見られた地でしたが、現在はその跡を残すのみ。それでもにわかにその空気を今もなお感じ取る事のできるかくれ里。

今回は時間が無く、丹生都比売神社のみの参拝となりましたが、次回はゆっくり歩いてまわりたいものです。

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東北の被災地を再訪 1

去る10月末の土日を利用して、3.11のあの大地震から1年後に訪ねて以来、久しぶりに東北の地を訪ねてきました。
今回は、自坊の新年会で檀家さんに「一緒に東北に行って慰問してきましょう」と募っての1泊2日の団体慰問。団体といっても12名の小さな団体ですが、同行してくれた檀家さんたちには、住職として嬉しく感謝の気持ちで一杯です。
ただ非常に強い台風27・28号が一緒にやってきて、「藤原の効果」などという状況で、台風の進路が危ぶまれ、旅行を中止しなくてはならないかという判断に押し迫れ、やきもきしましたが、台風が東寄りに進んでくれたため、旅行を決行することができた次第。仏天のご加護と感ぜずにはいられません。

さて、自坊を出て伊丹空港から空路、仙台空港へ。空港からは小型の貸し切りバスにて移動です。
仙台空港も津波の被害を受けて、震災直後は大変な状況だったと、現地のバスガイドさんの声。空港の壁の見上げるような位置に津波の到達水位が掲示されています。
小雨が降っていたので、空港近くの閖上(ゆりあげ)地区を車窓から慰問。海に近いので、相当な被害があったとのことです。
案内して下さるガイドさんも石巻出身の方で、自身のお母様が震災時に入院中でしたが、震災により医療機器が正常に使えなかったため、震災後10日でお亡くなりになったとか。知人ご友人のお話もまじえ、2年半が経ったとはいえ、未だ更地のままの被災地を見ながらのお話は、重く心に響きました。

昼食の後、私たちが向かったのは、震災の被害は少なかったという日本三景のひとつ、松島です。

日本三景の一つだからと訪ねたわけではありません。松島といえば瑞巌寺。臨済宗妙心寺派の名刹があります。じつは、自坊の勧請開山は、松島瑞巌寺を中興したあの雲居希膺禅師の弟子にあたります。そういった御縁が瑞巌寺と自坊にはあるのですよと、檀家さんたちに伝えたところ、今までお参りしたときには知りもしなかったとのこと。ぐっと意識も深まったようです。

瑞巌寺参道

さて、参道両側には以前、大きな杉の木がたち並び壮観だったのですが、ごらんのとおり、参道左側はごっそりと杉の木がありません。これは山門近くまで押し寄せた津波により、杉が立ち枯れしてしまったために伐採したあとなのだそうです。

現在、瑞巌寺のご本堂は大改修中。これは震災の前から始まったようですが、まだ数年かかるという大工事。というわけで、仏像やお位牌は庫裏の中に仮本堂として祀られてありますが、その庫裏の前で、私たちの到着を知って、瑞巌寺住職の吉田道彦老大師が親しくお迎え下さいました。

職員の和尚様から懇切丁寧にご案内をいただき、檀家さんたちにもよくわかったことでしょう。そして、何度か瑞巌寺を訪ねている私も初めて目にしたのがこちら。伊達政宗公の正室陽徳院(愛姫)の御霊屋です。これは、本堂や庫裏からは少し離れた、瑞巌僧堂の裏手にあり、本堂の大改修期間中のみ公開されているということですので、瑞巌寺を訪ねられる方には是非ともおすすめしたいところです。
一目見た瞬間、ハッとするほどの豪奢な御霊屋です。まるでお祭りの御神輿のようでした。

瑞巌寺で特別公開されている陽徳院(愛姫)御霊屋陽徳院御霊屋このあと、松島の夕景色を楽しみながら、近くの旅館に一泊し、翌日は気仙沼へと向かいました。

日本三景 松島

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『野菜のごちそう しばにさんちの食卓Ⅱ』宮本しばに

131101-1.jpg以前にもこちらで、友人の本『野菜料理の365日 ~しばにさんちの食卓~』をご紹介させていただきましたが、このたび新たなる一冊が発刊されました。

『野菜のごちそう しばにさんちの食卓Ⅱ』

今回ももちろん、野菜料理の豊富なレパートリーが紹介されています。特別なものを使うのではなく、家にあるもの、近所の店で揃うもので、野菜の存在を生かし切った、抜群に美味しい料理が作れてしまう本なのです。

131101-2.jpg季節野菜のナムル 辛子ソース添え


「この一皿が今の自分」

しばにさんの言葉が胸に響きます。
1年365日、日に2~3回、私たちは“食べる”事をほぼ欠かしません。毎食に、その時の自分というものが否応無しに出るのです。
でも、「やらなければならないこと」ではなく、大人のおままごとだと思って創作を自由に楽しみ、大胆にかつ丁寧に、食材の良し悪しや、作る時の気分に左右されず、どんな状況でもそれを「よし」として料理に向かう。“日々是好日”ということばを引用し、日々の料理への向き合い方を、しばにさんが本の中のエッセイで伝えてくれています。

131101-3.jpg弊所の所長、西村惠信が、『禅語に学ぶ 生き方。死に方。』の中で、「禅はどこにでも転がっている」と言っていますが、10月半ばに彼女の家を訪れ、共に過ごすと、ほんとうに転がりまくっていました。

各国を旅して集まってきた美しい物に囲まれ、料理にもそのエッセンスが取り入れられ、日々食している物も選び抜かれたものばかり、大自然の中で地に足ついた自分流の営みを続ける。まさにそのくらしぶりは、私にとって“学び”しかありませんでした。
そんな彼女が生み出した料理本も、手に取った多くの方に、料理を通じてよろこびと学びを与え続けてゆくのだと思います。
心底オススメする一冊です!

 

 

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