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戒律のはなし(2)(193号所収)  

寺はだれのものか

佐々木 閑(ささき しずか)

花園大学教授


 ご存じのように、お釈迦様が悟りを開かれたのは菩提樹の下でした。今でもインドのブッダガヤにはその菩提樹(代替わりはしているようですが)が残っていて、世界中の巡礼が拝みにやってきます。樹の下に座って瞑想するという修行方法は、仏教だけでなく、その他のインドの宗教家たちの間でも広く行われていた、ごく普通のものでした。大地が焼け付くようなインドの昼下がり、木の葉ごしの陽光がきらきらと踊る中、巨木の根方で結跏趺坐して目を閉じれば、精神はたちまちにしてこの世界から遊離して、遙かな高みへと昇っていくようです。大樹の下での瞑想こそが、深遠なインド精神文化の発祥地なのです。
 そして、お釈迦様もその例にもれず、菩提樹の下で、仏教という、世界に例をみない合理的で実践的な宗教を生み出されました。だからこそ、菩提樹は今でも、仏教のシンボルとして、あらゆる仏教国で崇拝されているのです。
 お釈迦様は、自分が悟りを開いた後、その体験を他の人たちにも教えて、共に悟りの喜びを分かち合いたいと考えて、布教の旅に出発しました。最初の布教の相手は、ベナレスの近く鹿野苑にいた五人の修行者たちでした。いわゆる初転法輪です。その後も多くの人たちが次々と弟子になり、仏教僧団は急速に拡大していきます。
 しかし、このような発展期においても、仏教修行者の住みかは、相変わらず木の下でした。当時の僧団の様子を覗いてみたなら、森の中に点在する大きな木の下で、三々五々、瞑想に専念する比丘たちの姿が見えたことでしょう。そしてそこには、寺院というものはみあたりません。お釈迦様が布教を始めたばかりのこの頃、修行者が住まうための住居、つまり寺院というものはまだ存在しなかったのです。
 仏教の原則は、一切の生産活動を停止して、すべてのエネルギーを修行に注ぐという点にありますから、日々の生活物資はすべて一般社会からの布施によってまかなうことになります。その生活物資の中でも、最も高価でぜいたくなのは、不動産つまり、土地と、その上に建つ寺の建物です。生産活動をしない修行者たちが、自分の力で寺の敷地を手に入れ、そこに寺院を建立することなどできるはずがありません。それはすべて、一般社会の信者さんからの寄進に頼っていたのです。
 律の記録によりますと、お釈迦様が初めて信者さんから受け取った寺院は、竹林精舎という名の僧院でした。有名な場所ですね。寄進したのはマガダ国ビンビサーラ王です。王様だからこそ、広大な土地と、立派な建物を易々と寄進することができたのです。
 この竹林精舎を嚆矢として、それからの仏教僧団は数多くの僧院を所有することになります。一番有名なのは祇樹給孤独園、略して祇園ですね。これらの僧院はすべて、信者さんからの寄進です。つまり、信者さんが自分で建てて、それをそのまま、仏教僧団に寄付するという形で、所有権を僧団に移譲するわけです。さてそれでは問題です。
 「お坊さんたちが、もらったお寺で暮らしているうちに、あちこち傷んできて、修理が必要になりました。その修理の費用は一体どうやって工面したらよいでしょうか」。
 普通に考えるなら、その僧院はすでに信者さんから僧団に譲り渡されたものですから、所有権は僧団側にあります。したがって、その修理は僧団の責任ということになるでしょう。「お寺を寄進した信者さんに、その後の修理の責任まで負わすのは可哀想、修理はまた別の人たちにお願いしよう」というわけです。ところが、寺院の所有権に関する律の規則を見ると、違うことが書いてあります。それは次のような話です。
 ある村の長者さんが、ラーフラ尊者のためにお寺を建てて寄進した。ラーフラさんはそこにしばらく住んでいたが、まもなく遊行の旅にでてしまい、その寺は無住になってしまった。長者は「ラーフラ尊者がまた帰ってくるかどうかわからないし、それならこの寺を僧団(サンガ)に寄付しよう」と考え、寺を僧団に寄進しなおした。ところがそれから間もなく、ラーフラさんが戻ってきた。自分の寺が、今では僧団の所有となっていることに驚いて、お釈迦様(つまりラーフラさんのお父さん)に相談したところ、お釈迦様の判決は「施主が、特定の人を指定して布施したものを、あとで別の人とか僧団に布施しなおした場合、初めの布施だけが有効であって、二番目の布施は無効となる」というものであった。つまりこの寺はラーフラさんのものなのです。
 そしてそれに続いてお釈迦様は次のような重大なことを宣言します。「土地は王に属する。建物および建物内の備品は施主に属する。そしてそれが傷んだら施主が自分で補修しなければならない」。
 以上が律の中の話です。これはどういうことかというと、施主が自分で寺を建てて、特定のお坊さんなり、僧団なりへ寄進した場合でも、その本当の所有権はずっと施主の側にあって、坊さんたちは、ただそれを借りて住んでいるだけなのです。つまり借家ですね。ですからそれが傷んだら、本当の所有者である施主が、自費で修理しなければならないということなのです。坊さんたちはただ借りて住んでいるだけですから、自分で直す必要はありませんが、そのかわり、寺院の真の所有者になることはできません。そして、家賃を払わねばなりません。その家賃とはなにかというと、もちろんお金を払うのではなくて、坊さんとしての清らかで高潔な生活を日々送ることなのです。布施の果報というのは、つまらない人に布施するよりも立派な人にあげた方が大きくなると考えられているので、自分の布施したお寺に立派なお坊さんが住んでくれれば、それだけ大きな果報が得られることになります。
 ですから、そこに住む坊さんが清らかな生活を送っていると「ああ、よかった」と施主は安心します。これが家賃です。つまりお坊さんが寺院に住むためには、それにみあった立派な人でなければならないということなのです。
 このように、樹の下から出発した仏教も、信者さんとの共存の中で、寺院生活を始めるようになり、それが現在の仏教世界にまで続いてきています。ちゃんと家賃を払っているお坊さんもいれば、そうでない人もいるでしょう。払っていないお坊さんには督促状が必要かもしれませんね。

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